3日目

村編9-メイプル村の飲食店

「では私達は森に帰ります。サーラさん、お世話になりました」
「おねえちゃん、ありがとー」
次の日朝食の後、きつねの親子は予定通り帰ることになった。
「またいらしてくださいね」
サーラはそんな2人にこたえる。
「また森に行く時は会いにいきますね」
透達もそう声をかける。
「はい。待ってますよ」
「ばいばーい」
そう旅行カバンをさげて去っていく2人を、4人で見送る。
姿が小さくなっていくと、透の気持ちはうつむいた。
行っちゃった。なんだかさびしい気分…。
でもこれからわたし達も出発するんだから!
そう気を取り直すと、鈴良と優志を振り返った。
「わたし達も行こうか!」
「そうだな」
鈴良と優志も明るく応える。
とうとう今日透達は、このメイプル村を見てまわる予定なのだった。
荷物になるので、とりあえずスケッチブックは持っていかない。
今日は絵の方はお休みしてもいいと思っている。
「いってきまーす」
サーラに手を振って、3人はメインストリートに繰り出した。
「村を見てまわるっていっても、具体的に何をするんだ?」
詳しい話はしていなかったので、優志が聞く。
「そうね。家を一軒一軒訪ねるわけにはいかないから、普通の家とは違うお店みたいなところに入ってみましょう」
鈴良が最もな答えをいう。
「じゃあ左側を先に見て、入り口で折り返してから、右側を見ようね」
透がいっている右や左は森から見た方角である。
そう決まった3人が最初に目を止めたのは、メミリーに声をかけられる前にあいさつをしてくれた
お兄さんがいた建物だった。
「ここは普通の家と違うわよね」
この建物は入り口が大きく、中から何やら楽しそうな声が聞こえてくる。
しかしカーテンがかかっているため、中の様子はわからない。
鈴良の判断に2人はうなずいて、中に入ってみることにした。
軽い戸を開けると中はうす暗く、やはり何かのお店のようだった。
大きな窓もあるけれど、外から見た通りカーテンがかかっている。
カウンターが入り口から真正面にあって、奥にテーブル席もあり、大人が何人か座っている。
透はそのうす暗さに、思わず鈴良の制服の裾をつかんだ。
そんなきょろきょろと頼りなげに見回して立っている3人に、この店の主人から声がかかる。
「いらっしゃい」
「よっ!3人とも。のどがかわいて来たのか?」
そしてカウンターにいたダンが振り返って聞いた。
「ダン!」
3人とも意外にも知り合いに会えたので驚く。
それにしても昨日といい今日といい、ダンとはこんな出会いばかりしている。
「私達、村の見学をしているんです」
鈴良がそう答えると、ダンが説明してくれる。
「そうか。ここはオレが運んできた飲み物を飲む店だ。
オレの従兄弟のヤンが経営してるんだ。何か飲んでいきな」
そうすすめられ、3人はダンのいる1番近いカウンター席に座る。
「絵描き旅行者のみんな、よろしくな」
ヤンはダンとは違って細いが、笑った顔はどことなく似ている。
ヤンのあいさつに、ダンが3人を紹介する。
「カトール、スズラ、ユージっていうんだ」
「こんにちは」
3人もあいさつをする。
するとダンが透に聞いた。
「カトール、いつもより元気がないんじゃないか?」
言ってもいいのかな?
ダンにそう聞かれたので、透はおずおずという。
「あの、その、お店がもっと明るいといいなあって」
ダンは透の気持ちが想像付いて、すぐに対策を立てる。
「そうか。ここは主に大人が来る店だから照明をおとしてあるんだ。
ヤン、もうちょっと明るくしてくれ」
「OK!」
ダンの言葉に、ヤンはすぐに照明のつまみを回した。
カーテンを開けると、光を調節できずにいきなり明るくなってしまう。
それによって、他のお客さんの気分をこわすかもしれない。
だから店主としてお客さんみんなのことを考えなくてはいけないヤンは、照明の方を強くしたのだった。
そのおかげで店内は大分明るくなったが、文句をいうお客さんはいない。
みんな何もなかったかのように、そのまま話を続けている。
透はその明るさにほっとして、元気を取り戻した。
それが解決すると、ヤンは注文を取る。
「飲み物は何がいいかい?ジュースもお茶もいろいろあるよ」
せっかくなので、3人はそれぞれ飲みたい物をいう。
「私は麦茶をお願いします」
鈴良が最初にいい、透が続く。
「わたしはオレンジジュース」
優志はきっとないだろうと遠慮しながらも、一応言ってみる。
「俺、もしあるならソーダ水が…」
ここは泉から汲んでくるんだから、炭酸があるはずないよな。
泉にある時に抜けるだろうし。
しかしダンはぱっと顔を輝かせた。
「ああ、あるぜ。あれは子ども達にも大人気なんだ。
不思議にぴりぴりしておもしろいよな」
どうやらダンもお気に入りらしい。
「ソーダ水、オレンジジュース、麦茶だね」
ヤンはそう確認のため繰り返すと、奥に引っ込んだ。
飲み物は、その奥にあるのかもしれない。
自然に飲み物が湧くだけあって、俺達の常識とは違ってるんだな。
優志はそう改めて思うのだった。
ヤンがいない間に、ダンが3人に話をする。
「もっと大きければビールも飲めるんだがな。
これは1日コップ2杯まで飲んでいいことになっているんだ」
ビールもあるんだ。
その泉に近付くと、くらくらしそう。
透はあの泉の中になみなみと湧いているビールを想像して、そう考える。
泉の中でアルコールも炭酸も抜けないのね。不思議。
鈴良もそう冷静に考える。
何でもありな泉らしいとわかった3人だった。
ヤンはわりとすぐに飲み物を出してくれた。
ごつごつしているけれど、光があたるときれいなグラスに入っている。
「どうぞ」
「いただきまーす」
早速飲んでみて、3人は喜びの声をあげた。
「冷たくって、おいしーい」
頭が冴えるようなさわやかな冷えように、3人は思わず瞳が大きくなる。
その反応をみて、ヤンは自信を持っていう。
「せっかくダンが汲んできてくれた飲み物だからね。大事に保存しているんだよ」
喜ぶ3人を見て、ヤンもダンもうれしそうだった。
それから飲み物を飲みながら、店の中の人達とも話をしたりした。
おかげで最初の訪問から楽しい気分になったのだった。

ヤンの店のおかげで、さっきより元気になった透達。
しばらく普通の家らしい建物が続いて、左側の真ん中まで来てしまった。
仕事中のリッケの家を通りかかったので、あいさつする。
「こんにちはー」
そろそろお昼を作ろうと思っていたリッケは、振り返りながら楽しそうに聞く。
「おや、今日はどうしたの?」
今度は透が答える。
「わたし達、村の見学をしているところなんです」
すると仕事熱心なリッケは、その点から考える。
「そうか。小さい村だけど、いろんな仕事をしている人がいるからね。
おもしろいと思うよ」
そして先読みをして、自分に関わるところを考えた。
「…ということは、お昼はどこにいるか決まってないんだね。
まあペントならどこにいても運んでくれるか」
その言葉の中に初めて聞く名前があったので、透達は聞いてみる。
「あの、ペントさんって?」
その言葉で、仕事上自分と1番繋がっている人を透達は知らないことを、リッケは思い出す。
「ああ、ペントはわたしの作った料理を、みんなのところに運んでくれる仕事をしているんだよ。
今日会えると思うよ」
そっか。リッケは作る専門の人だもんね。運び屋さんもいるんだ。
よく考えれば気付きそうなことだ、と透は思った。
ダンのところと似たような関係だな。
さっき会ったばかりのダンとヤンを思い出して、優志はそう思う。
「じゃあ、今日のお昼もお楽しみに!」
そうリッケに見送られて、3人はまた歩き始めた。


村編10-メイプル村立図書館

リッケの家を過ぎると他にはめぼしいところもなく、村の入り口まで来てしまった。
「こっちの方は、お店らしいところはあまりなかったわね」
鈴良の言葉に優志がうまくまとめる。
「飲み物や食べ物関係だけだったな」
「向こう側にいろいろあるんだよ、きっと」
透はそう期待を持っていう。
そして折り返すことにして、3人はさっきとは180度逆へと歩き始める。
少し歩くと、開いた本の表札がかった建物が目に入った。
ここもどうやらお店らしい。
「本屋さんかな?」
表札の形から透がいう。
「入ってみればわかるわね」
にっこり笑って中を指差す鈴良の言う通り、3人は入ってみることにした。
戸を開けると、カランカランとベルが鳴る。
そこは壁沿いに大きな棚が並んでいて、その中にはたくさんの本が入っていた。
「本屋っていうより、図書館だな」
それをみて優志がつぶやく。
するとその言葉に答えが返ってきた。
「そうです。ここはメイプル村立図書館ですよ」
声のした方を振り向くと、横のドアから20代後半くらいのめがねをかけたお兄さんが出てきた。
お兄さんは自己紹介をする。
「僕は館長兼司書のトニー。
今は図書館と繋がっている家の方にいたのですが、みなさんが来た音が聞こえたので来ました」
さっきのベルはどうやらそのために付いているらしい。
「わたしは真坂透です」
「夢里鈴良です」
「野村優志です」
3人は一応フルネームで名乗る。
「あの、司書って…?」
透が聞きなれない言葉なので質問する。
「ああ、みんなが自分の気に入った本を見つけられるようにお手伝いする人のことですよ」
そんなわかりやすく答えてくれるトニーに、鈴良も質問する。
「この図書館は、トニーさん1人でやっているんですか?」
するとトニーはうなずいた。
「はい。本のお掃除をする時は手伝いに来てくれる人もいますが、基本的に1人でやっています」
「本のお掃除?」
透がまたわからなくて首をかしげると、トニーは指を1本立てていう。
「年に1回、本にたまってしまったほこりをきれいに取るんですよ。
あれって、本にはよくないんです」
優志は透達が質問をしている間、なつかしい思いで並んでいる本を見ていた。
図書館なんて、小学校以来だよな。
中学になってからは、調べ物をする時にたまに図書室を使うくらいになってるからな。
小学生の時は、母さんにいわれて2週間に1度行ってたっけ。
図書館ということで、家にいる優しいお母さんのことを思い出した優志だった。
今でも優志のお母さんは、小学生の弟達を連れて図書館通いを続けている。
そんなしみじみとしている優志に、透も鈴良もトニーも気が付く。
「野村くん、今までと様子が違うわね」
「うん、うれしそうだよね」
そうにっこりこっそり話し合う鈴良と透。
トニーはそんな優志を見て、図書館の案内を始める。
「この図書館は、1人につき1冊貸し出しています。
メイプル村は、夜寝る前に本を読む週間があるので、みなさん利用しているんですよ。
ユージさん達もどうぞ」
そう聞いて、鈴良は思い出した。
そういえば、サーラもメミリーも旅人のことを本で読んだっていってたわね。
トニーさんの言う通り、みんな読書家なんだわ。
「本の場所など、わからないことがあったらお聞き下さい」
「はーい!」
図書館でも透は元気に返事をする。
しかし本棚に1番先に行ったのは優志だった。
透と鈴良もそれに続く。
優志は熱心に本棚を見ている。
そしてあるコーナーに目が止まった。
こういうの、昔大好きだったよなー。
その冒険物の中から何冊かぱらぱらと見る。そしてその中の1冊に決めた。
本を読むのは久しぶりだから、なんだか楽しみだな。
そううきうきすることも久しぶりだった。
図書館にそれほど慣れていない透は、棚をくまなく見ている。
文庫や新書などはなく、みんなハードカバーのしっかりした本である。
どうやらこの図書館は、上になるほど大人向けの本になっているようだ。
わたし達向けの本は、この辺りだね。
それはちょうど透の肩の辺りに並んでいる。
そこをずーっと横に見ていって、ある本に目が止まった。
「あっ!この本、小人が出てくるんだ」
その本を手に取って表紙を眺めていると、昨日会ったナッツを思い出す。
とってもちっちゃくてかわいかったなー。
森には、まだまだいろんな小人さんがいるんだよね。
よーし、この本を読んで、それまで楽しみにしてようっと。
透はにっこり笑顔になった。
「よいしょっと」
そう決めた透の隣では、鈴良が背伸びをして本を手に取っていた。
その位置から、大人向けの本だろう。
「鈴良ちゃんは何の本にしたの?」
そう聞く透に、鈴良は表紙を見せていった。
「短歌の本よ」
「短歌…?」
この言葉に、透は動揺を隠せなかった。
短歌って難しいから、国語の教科書でしか読んだことないよー。
鈴良ちゃん、渋い!
そんな透に気付かず、鈴良は張り切っていう。
「私、詩とか俳句とか、言葉は短いけれどしっかり深い内容が込められているものって好きなの」
ちなみに鈴良は、普段は外国の名作物語が大好きでよく読んでいる。
「透ちゃんは何にしたの?」
透もうれしそうに紹介する。
「わたしはね、これ。小人さんが出てくる本だよ」
「透ちゃん、ファンタジー好きだものね」
鈴良は透の好きなものがよくわかっているので、いつも通りに答える。
3人がそうやって楽しく本を選んでいる間に、トニーは少しいなくなっていた。
透達が本を借りるために必要なものを取りに行っていたのだった。
そして、3人がちょうど選び終わったところに戻ってきた。
「みなさん、気に入った本は見つかりましたか?」
「はい!」
3人は喜んでうなずく。
それから、さっきいろいろな棚を見ていた透が質問した。
「高いから見えなかったんですけど、上の方にはどんな本が並んでいるんですか?」
棚の高さは、透達の身長の2倍以上はあった。
大人向けの本にしてはスペースがありすぎる。
するとトニーは、うなずいて説明する。
「上は専門書です。
動物の本、植物の本、また村のみなさんのそれぞれのお仕事に役立つ本が並んでいます。
1番みなさんが読んでいる読み物は、自由に手に取れる位置に並べて、専門書はご要望があれば、僕が脚立を使って取るようになっているんですよ」
「そうだったんですかー」
感心する透達を見て、トニーは思い付いていたずらっぽくいう。
「そうそう。僕の仕事にぴったりな「図書館の本」なんていうのもあるんですよ」
「えっ!?そんな本があるなんて2人とも知ってた?」
透が驚いて聞くと、図書館によく通っていた鈴良も優志も首を振る。
「知らなかったので、びっくりしました」
そんなふうに予想通りの素直な反応をする透達を、見ているのが楽しいトニーだった。
それからトニーは、持ってきたものを3人に差し出す。
「では、カトールさん達の図書カードを作りましたので、これに本の題名を書いてくださいね」
渡されたカードには、それぞれの名前がカタカナで記されていた。
3人とももうすっかり慣れたので、そのことは何も言わずに受け取る。
そして本の部屋の入り口に近い机で、第1冊目の書名を書く。
こうして自分のカードを作ってもらったりすると、本当に村へ仲間入りをした気分だった。
これからしばらく3人は、こうやって暮らしていくのである。
トニーはカードを受け取るといった。
「本は1週間借りられます。
図書館は朝食の後から夕飯の前まで開いていますので、好きな時に来てください」
一斉に食事の時間が来るメイプル村ならではの、わかりやすい開館時間である。
「はーい!トニーさん、ありがとうございました」
見送るトニーにお辞儀をして、出て行く3人。
そして楽しみなおみやげを持って、3人は村巡りを続けるのだった。
1/1ページ
スキ