2日目

村編7-吉次さん達との話

「こんばんは!吉次さん、小太郎くん」
夕食を食堂で食べた後、透達はきつねの親子に声をかけた。
「おや、こんばんは」
「こんばんはーっ」
休憩所に座っていた2人は振り向く。
透達も休憩所の椅子に座って、お互いが向かい合う形になる。
透は話を始めようとして、話しかける時の礼儀を思い出した。
「あっ。そういえばわたし達、自己紹介がまだでしたね。
わたしは真坂透です」
吉次さん達の名前は聞いていたのに、わたし達はいってなかったよ。
鈴良と優志もつづく。
「私は夢里鈴良です」
「俺は野村優志」
3人がそう名乗ると、吉次さんはこの村に入って初めての返答をした。
「とおるさん、すずらさん、ゆうじくんですか」
えっ!?
そう繰り返されると、透がぱっと椅子から身を乗り出していった。
「わたし、この村の人に透って呼ばれたの初めてです!
他の人にはカトールって名前だと思われるみたいで。
あ、でも、カトールって名前も気に入ってます」
でもやっぱり本当の名前で呼んでもらえるとうれしいな。
そんな透の反応を見て、鈴良と優志は考えた。
たしかに、村の人達透ちゃんのことをそう呼んでいたわね。
気付いていたけれど、細かいことにはこだわらない鈴良。
自分が優志に違う呼び方をされていても、全く気にしていなかった。
そういえば、この親子の名前も和名だもんな。
その優志は、今日透に教えられて、鈴良の名前がしっかりわかったところだった。
(メミリーと別れた後、優志がまた違う名前で鈴良を呼んだので、透が強く訂正した。
『優志くん、「鈴良」ちゃんっていうんだからね!』
今まで何度も聞いてさすがにわかった優志が、透の時のように尋ねる。
『初めて聞く名前だな。どんな漢字なんだ?』
すると透は安心した気持ちもあって、今度はにっこり笑っていった。
『良い鈴って書くんだよ。きれいな名前でしょ?』
その間、鈴良は黙ってにこにこしていた。)
吉次さんも透と同じような気持ちらしい。
「私も、人で名前が漢字の方に出会ったのは初めてです。
親近感がわきますなあ」
「本当に」
こんなところから仲良くなった人達。
そうしてみんなでなごやかな気分になってから、話を始めた。
「私達、今日は吉次さんや小太郎くん達の住む森に行ってきました」
鈴良が今日の出来事の中から、お互いで話せる話題を始める。
きつねの親子は思った通り、うれしそうに返してくれた。
「おお、そうだったんですか」
「森のどこ?」
今までおとなしくしていた小太郎くんが元気に聞く。
「いろんな飲み物がわく泉だったよな」
優志がわかりやすく今日の終着点をいうと、透がうれしさを表情に出して付け加える。
「その途中、1番小さな小人さんにも会いました」
「ああ!チップル族だね」
小太郎くんが透の言葉に返事をした。
その様子から、チップル族と仲がいいらしいことがわかる。
優志と透の話を聞いて、吉次さんがいった。
「私達の住むところはもっと奥なんですよ。
今度、遊びに来てください」
「ぼく達の他にも、たぬきさんや、うさぎさんや、いろいろいるんだよ」
そう聞いて、それぞれ考える鈴良と透。
動物もいろいろ住んでいるのね。そんな雰囲気の森だったものね。
楽しそう。それにわたしって動物園でしか見たことなかったんだよね。
「はい!ぜひ行きます」
透達は喜んでうなずいた。
すると吉次さんはよく知っている人の名前を出した。
「メミリーさんに案内してもらうといいでしょう。
彼女はよく森に来ていて、私達のところもよく知っていますから」
「うん!村の子ども達をたくさん連れて遊びに来るね」
透達は、メミリーの森に慣れていた様子を思い出す。
森の人ともこんなに仲がよくって、メミリーってやっぱり行動力があって元気なんだなあ。
吉次さん達の話を聞いて、透達はそう改めてわかった。
森の動物達と楽しそうにしているところもなんとなく想像がついた。
「今日も俺達は、そのメミリーに案内してもらったんだよな」
優志の言葉に、鈴良はもう少し詳しく話す。
「そうなんです。今まで絵を描いた場所も彼女の推薦です」
「もうすっかり友達になってます」
透達がそうこたえると、吉次さんは感心したようにうなずいた。
「さすがメミリーさん。お友達になるのが早いですな」
透達もうなずいて思う。
きっとわたし達に声をかけてきたように、他の人ともああやって仲良くなっているんだろうな。

それから話題はお互いのことになった。
「とおるさん達は、なぜ絵を描いて旅をしているのですか?」
その質問にはまっすぐに説明できないので、3人とも困った。
やっぱりここが絵の中の世界だなんて言ってはいけないんだろうな。
そこでこの世界のことにはふれないように答えてみることにした。
目配せをして3人でそう打ち合わせる。
「あるじいさんに絵を描いてほしいって頼まれて、その絵を描くために旅をしてるってことだよな?」
優志がそう最初に言って透と鈴良に確認すると、2人はうなずいた。
「私達、前からいろいろと絵を描く活動をしていたんです」
鈴良が美術部のことをそう説明する。
まあ、俺はほとんど行ってなかったけどな。
優志は鈴良の言葉に、心の中でそう考付け加える。
「だからこんな素敵な村を絵に描きながら旅ができて、とっても楽しいです」
確かに、最初に思っていた時よりもずっといいところだよな。
透のまとめの言葉を聞いて、優志はそう冷静に実感した。

「小太郎くん達は、どんなふうに暮らしているの?」
そう透が張り切って聞くと、小太郎くんはにこにことして言った。
「えーとね、あ、やっぱり秘密にする。来てくれた時のお楽しみ。
その時は詳しく紹介するからね」
期待していたので、透は残念に思う。
「そっか」
鈴良がそんな透に、うまく言った。
「透ちゃん、どんなところかわからないから、行くのがもっと楽しみになったわね」
思った通り、その言葉で透は考え方が変わった。
「そうだね。楽しみなことは先にあった方がいいよね。
それに今日はもう楽しいことたくさんあったしね」
そういう透に、鈴良は優しくうなずく。
吉次さんは、そんな2人のやり取りをほほえましく思って見ていた。



村編8-おじいさんへの手紙

それからもいろいろと話をしていた5人。
そのうち小太郎くんがコックリコックリと眠そうにし始めた。
宿の時計を見ると、9時30分に近い。
「大分話し込んでいましたね」
鈴良がそう言ってすぐ、吉次さんが立ち上がって言った。
「小太郎が寝る時間になってしまったので、すみませんが今日はここまでで。
また明日帰る前に、お話できたらいいですな」
そんな吉次さんに、透達は明るくお別れする。
「はい。そうですね。吉次さんも、小太郎くんも、お休みなさーい」
「お休みなさい」
吉次さんは眠そうな小太郎くんの手を引いて、部屋への階段を昇っていった。
吉次さん達は透達とは違う通路の部屋に泊まっているとのことだった。
行っちゃった。でもいろいろ話が聞けて楽しかったな。
見送った透達が一息つくとすぐに、今度は魔法電話が鳴った。
ドキッ!
いきなりだったので3人とも驚く。
透は手の中の電話機を3人で聞こえるように持って、それからボタンを押す。
星型のボタンが光っていたのでわかっていても、鈴良は一応聞いてみた。
「はい。もしもし。明里先輩達ですか?」
するとやっぱりその通りで、いつも元気な明里の声が聞こえてくる。
『うん。そうだよ。3人とも元気?』
「はい。わたし達はとっても元気です」
そう透が答えて、それからは桜中学校美術部全員でお互い今日のことを話したのだった。
「村の人達にお世話になって、とっても楽しく生活してます」
透がそうまとめると、明里も明るく言う。
『それはよかった。あたし達も銀じいさんには本当に気にかけてもらってて。
お礼の電話をしたくらいじゃ足りないくらいだね』
お礼の電話?
その言葉に透達ははっとする。
そういえばわたし達、1度もおじいさんにお礼を言ってなかった。
このままじゃいけないな。

明里達との電話が終わってから、3人はこのことについて話し合った。
「今から電話しましょうか?」
鈴良が電話機をみつめながら、2人に聞く。
すると透が意外に別の提案をした。
「うん。そうだね。
でも今のわたし達は、電話より手紙の方がうまく伝えられるんじゃないかな?
手紙の方が考えながら書けるでしょ?」
自分達がまだおじいさんにすっかり慣れていないので、きちんと話せるかどうかを考えたのだった。
「手紙って、どうやってじいさんに出すんだよ?」
優志がもっともな質問をする。
すると透は、今度は根拠のない自信で言う。
「大丈夫!おじいさんは魔術師だし、受け取ってくれるよ」
おいおい、透ってなんでこういう考え方なんだ?
優志はそんな透に多少気後れする。
そこに鈴良が明里達から聞いたことを入れて、納得のいく説明をする。
「明里先輩達は3人で生活をしているから、おじいさんがいろいろと必要な物を届けてくれるっていってたわ。
私達には村の人がいてくれるからそういうことはなくても、おじいさんはちゃんと私達のことも見ていてくれているんじゃないかしら」
その理屈には優志も納得した。
それに実際、今日ビニールシートをリュックに入れておいてくれたのも思い出す。
「そうかもしれないな。じゃあ試しに書いてみるか」
そう決めた3人は、宿の受け付けに行ってベルを鳴らした。
リーン リーン♪
すると奥の部屋にいるサーラが出てきてくれるのだった。
サーラはここに住んでいるので、1階に自分の部屋がある。
「あら、カトール達、どうしたの?」
すぐ来てくれたサーラに、透達はお願いをした。
「遅くにごめんなさい。
わたし達、お手紙を書きたいんだけど、便箋とか持っていないんです。
そういうのありませんか?」
迷惑なお願いかな?と思ったけど、聞いてみる。
するとサーラはすぐに持ってきてくれた。
「あるわよ。好きなのを持っていって」
さすが宿だけあって、こういう物はきちんと揃っているらしい。
たくさんある中から、透達は封筒1枚、便箋2枚をもらった。
「本当にありがとうございます。お休みなさい」
「お休みなさい」
透達はきれいなレターセットをもらって、少しうきうきとした気分で階段を昇る。
サーラは3人のそんな様子をほほえましく思って見送った。
カトール達の町の人にでも出すのかしら。
サーラの予想は半分当たっている。

和室の方がいいということで、手紙は透達の部屋のテーブルに3人集まって書くことにした。
内容は3人で話し合いながら、鈴良が書いていく。
おじいさんは知っているだろうけれど今までのことと、こんな楽しい村に連れてきてくれてありがとうというお礼も。
意外と優志も熱心に参加する。
透が思い付いたことを言うので、付け足したり、文章の順番を直したりした。
鈴良がそれをきちんとした文章に直して書く。
3人とも国語が得意教科なため、スムーズに文章ができた。
手紙ができると、おじいさんが受け取りやすいように、窓の外に手を伸ばした。
「おじいさん。わたし達からの手紙です。受け取ってください」
そう透が空に向かっていうと、すぐにその手の中から手紙がぱっと消えた。
「届いた!」
透はああ言っていたけれど半信半疑だったので、本当に受け取ってもらえて驚いた。
「すごいな」
優志も予想はしていたけれど、瞳を丸くする。
驚いている3人に、おじいさんの声が聞こえた。
『手紙をありがとう。わしは透さん達のこともよく見ておるよ。
これからも村の者と仲良くしておくれ。期待しておるからのう』
空から聞こえたその声にますます驚いた3人。
だけどその言葉を聞いてほっと安心した気持ちになった。
手紙を書いてよかった。おじいさんはこわい人なんかじゃなくて、優しい人だったね。
本当に透や鈴良の言うとおり、じいさんは俺達のことを見ていたんだな。
周りの人のおかげで、これからも安心して生活ができるのね。
3人は見上げる星空の向こうから、おじいさんが見守っていてくれるような気がしました。
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