2日目
山編5-お花畑の不思議な蝶
「すご-い。たんぽぽ、つくしにオオイヌノフグリがいっぱい咲いてる」
木がたくさん生えていたところを抜けて、原っぱに出た3人。
そこはいろいろな色の花が咲いているお花畑だった。
お花畑の上を、蝶やてんとう虫、蜂など春の虫達が楽しそうに飛んでいる。
真ん中に何も生えていない道があり、植物を移動のために踏むことのないようになっていた。
明るい日光を浴びながら、軽やかな気分で歩いている。
「つくしって食べられるんですよね。ぼくはまだ食べたことないけど」
実はやはり料理を中心に頭が回るらしい。
「こういう景色、写真では見たことあるけど、まさかこんなに早く来られるなんて思わなかったな」
星成は、辺りを大きく見渡しながら感動の気持ちを込めて言う。
「うん。あたしはよく山に来ていたけど、こんなにきれいに広がっているのは初めて見たよ」
明里はそんな星成にうなずいて言った。
森は遠くに見えていて、しばらくはこの風景の中を春風に吹かれながら歩いていけそうだった。
「きれいだね。今日の絵は、この花畑に決定だね」
明里の言葉に実と星成は、自分の周りに広がる景色を楽しみながらうなずく。
自分がこんな景色の中にいることが、まさに魔法だと3人は思った。
そうしてお花畑の中間まで来た明里達。
3人は少し道をそれて、お花畑の上に座った。
ここで絵を描くことにしたのだ。
絵を描くための画材を取り出すと、それぞれ昨日と同じ物だった。
これからもこの画材で、景色を描いていくことになるんだな。
そうわかった星成と実。
よーし、今日はこのお花畑の何を描こうかな?
周りは色とりどりの花畑。
たくさんの植物が生えていて、何を描こうか迷うところだった。
そんな張り切る3人のところに、むらさきあげはがひらひらと飛んできた。
そして星成の頭にとまった。
?
星成はそれに気が付いて、蝶が逃げないように動きを止めた。
そして上目遣いで蝶を見る。
何で僕の頭に止まってるんだろう?
実もそんな星成と蝶をじっと見ている。
一緒に見ていた明里は、鉛筆を持って、そんな星成に言った。
「いいね。あたしは、その蝶と星成を描こうか」
えっ!?僕を描く?
突然そんなことを言われて、星成は落ち着きをなくした。
「明里先輩、それはやめてくださいよ」
慌てて大きく手を振ったので、蝶は星成の頭を離れた。
「照れることないのに」
明里がそんな星成の様子を見て笑う。
実はそんな2人よりも、蝶を瞳で追っていた。
蝶は遠くには飛んでいかずに、今度は星成の近くにある花にとまった。
「この蝶、星成のこと好きみたいだな」
その蝶の様子を見て、実はそう感じた。
星成はそう言われて、その蝶が気になった。
そうなんだろうか?
蝶をじっと見てみると、まるでそうだとうなずいているように見えた。
本当のところはわからないけれど、今絵を描く材料を探していたのを思い出す。
「じゃあ僕は、この蝶を中心に描こうかな」
せっかくなので、この蝶を絵で記録しておくことにした。
オレは何にしよう?
実は自分も描くものを早く決めようと、周りを見回す。
するといいものが瞳に入った。
「ぼくはてんとう虫にしよっと」
すぐ側のたんぽぽに、てんとう虫がとまっているのを見つけたのだった。
黄色のたんぽぽに赤いてんとう虫は、彩りも明るくていい。
「あたしはやっぱり春の草花かな。
つくしに菜の花、オオイヌノフグリと、たくさん生えてるし」
実と星成は虫に決めたけれど、明里は予定通り花を描くことにした。
そう3人とも決まったところで、準備を始める。
星成は絵の具のため、川に水を汲みに行く。
川はつかず離れず、昨日と同じくらい離れたところを流れていた。
だから星成は全く迷うことはなかったが、違う理由で気がかりだった。
この間に、あの蝶いなくなってないよな。
心配して急いで戻ってきたけれど、蝶はちゃんと星成を待っていた。
星成が戻ってくると、実と明里は楽しそうに、もう絵を描いていた。
クレヨンでてんとう虫とか描いてると、なんだか幼稚園の頃を思い出すなあ。
そううれしそうな顔をしながらも、少ししみじみと昔を思い出している実。
やっぱり春はいいなあ。
あたしは鉛筆画だけど、このきれいさが表現できるように描かなくちゃ。
そう気合いが入っている明里。
明里は1本にしぼるのではなく、たくさんの種類の花を描いている。
2人とも思っていることが表情に出ていた。
星成はそんな2人の様子に、安心した気持ちで座る。
でもスケッチブックを開いてあの蝶を見ると、少し不思議な気持ちになる。
そしてそんな気持ちを込めて絵を描く。
おじいさんの絵の中だから、不思議なことが起きるのはわかるけど、蝶に気に入られたのは初めてだな。
なんでかはわからないけど、…でも好かれるっていうのはやっぱりうれしいな。
そう自分では気付かず、優しい瞳をして思う星成。
3人はそれぞれの思いで絵を描きあげた。
描き終わると、てんとう虫は遠くへ飛んでいってしまい、蝶は星成のところへ来た。
絵を描いている間、虫達がその花にずっととまっていたのは、おじいさんの力なんだろうな。
星成はそれに気が付いた。
そして3人はまた、それぞれの絵を見せ合った。
今回は描いたものが違うので、お互い見るのが楽しかった。
実、明里の絵と見ていって、最後は星成の絵。
蝶に不思議な思いを抱いている影響で、いつもよりも淡く描かれている。
そのスケッチブックを開くと、あの蝶もまるで一緒に絵を見ているようだった。
「本当に不思議だな、この蝶」
実がそう言うと、明里は心の中で思っていた。
後で銀じいさんに聞いてみよう。銀じいさんなら、知ってるよね。
山編6-明里ちゃんから見た部員達
3人は絵をしまって、また道に戻ると歩き出した。
長い間いて満足していたので、今度はお花畑の向こうまで行く。
お花畑の先には、また昨日通ったような木々の群れ。
しかしその前に、200mほどの長さの原っぱがあった。
むらさきあげははお花畑のところまでは付いてきていたが、3人が原っぱに来ると帰っていった。
蝶はお花畑が家なので、そこからは出たくないらしい。
そんな蝶を見送って、明里達はこの原っぱで今晩を明かすことに決めた。
「ここにテントを立てよう」
明里が手ごろなところに決める。
2人が同意すると、前振りもなくテントと昼食の材料がぱっと現れた。
おじいさんは本当にタイミングがいい。
「わあ。すごい」
3人はそう口には出したけれど、もうこういうことには大分慣れた。
そしてテントを立てたのだが、実も星成も2回目のため昨日より早く作ることができた。
慣れってすごいな…。
3人ともそういうところから、そう感じていた。
そしておじいさんが送ってきてくれた材料で、昼食を作る。
今回はチャーハンを作ることになった。
作りながら明里が言った。
「ねえ星成、あたし達毎日こういうことをしていたら、料理うまくなるかもね」
星成は状況を考えてから答える。
「そうですね。今春だから、この調子でいけば。
僕もテントの立て方のコツなど、わかるようになってきましたから」
そんな予想の話をしている2人に、実は炒めながら答える。
「そうですよ。料理はそんなに難しいものじゃないから、明里先輩も星成もすぐ上達しますよ」
明里と星成は、そういう実に注目する。
見ていると、本当に楽しそうに、そして簡単そうに作っている。
そんな態度から、実の言うことが信じられた2人だった。
昼食を食べて後片付けをすると、時刻は2時頃。
ここからまた自由時間にすることにした。
実は約束通り、星成と昼寝に行くことにした。
まだ眠そうじゃないけど、今の暇があるうちに寝ておいた方がいいな。
それに学校では、昼休みに眠る習慣が付いているみたいだし。
そう実は考えて、星成を引っ張って行った。
「先輩!ぼくと星成は、少し森の中に行ってみますね」
実と星成は元気だなあ。
そう明里は思いながら、2人に手を振る。
「いってらっしゃい。あたしはお花畑に戻ってみようかな」
そう言ってわかれた3人。
星成と実は少し森の中に入る。
あまり奥に行って、原っぱまで戻れなくなったら困るからだ。
ここら辺までくれば、明里先輩に見つからないだろう。
そう実は考えて、なんとか原っぱからは見えそうにないあたりに決めた。
「いい木陰だな」
星成が辺りを見回して喜ぶ。
さっきまで春の太陽が照り続けていたので、森の中は涼しく感じられた。
「そうだな。遊びたい気もするけど、今のうちに寝ておこうぜ」
星成は実が約束を守って連れてきてくれたのがわかって、感謝しながらうなずいた。
「そういえば、朝早起きして眠かったんだった」
2人は昨日のように、座って木の幹にもたれかかって眠る。
それまで特に眠くもなかったのだが、ぽかぽか陽気のせいかもしれない。
5分も経った頃には、2人ともすっかり眠っていた。
実は星成の付き添いで来たつもりだが、昨日と同じく自分も眠ってしまうらしい。
明里はお花畑の中に500mほど入って座った。
「やっぱりきれいだなあ」
しみじみ感動していると、さっきのむらさきあげはがやってきて、明里の周りを飛び始めた。
それを見て、さっきの疑問を思い出す。
「そうだ!銀じいさんにこの蝶のこと聞いてみようと思ってたんだ」
思い立つと、すぐに電話機を出して○ボタンを押す。
そして電話の向こうに声をかける。
「もしもし、銀じいさん」
すぐにおじいさんの声が聞こえてきた。
「明里さんか、なんだい?」
明里は年長者らしく、まずお礼を言う。
「さっきもテントとか送ってくれていつもありがとう」
それから本題に入った。
「ところで、お花畑に来たら、あたし達のところに来る不思議な蝶がいるんだ。
今はあたしの近くにいるけど、さっきは星成にとってもなついてて。
でもここは銀じいさんの絵の中だから、あたし達に直接関係あるとは思えないんだよね。
この蝶は、どんな蝶なの?」
明里が自分の考えも入れて言うと、おじいさんは感心したようだった。
「さすが明里さんは考えておるのう」
それからおじいさんは簡単に教えてくれた。
「その蝶は、お花畑にいる1番子どもの子になつく性質があるんじゃよ」
子どもになつく?
明里はその意外な答えに驚いて、一瞬頭の中が止まった。
それから納得する。
「…ああ!確かに実はお兄さんみたいなところあるもんね。
実際、星成と実は1歳くらい違うし」
明里は誕生日も思い出して返事をする。
「今はあたしだけだから、あたしになついてるんだ」
明里は電話機から、そんな特徴を持った蝶に視線をやった。
蝶は相変わらず、パタパタと羽を動かしてうれしそうだ。
すっかりわかった明里に、おじいさんは付け加えた。
「子どもというのはつまり、1番純粋ということでもあるんじゃよ」
明里はそんなおじいさんの言葉にすぐうなずく。
「うん、わかってるよ。星成は普段真面目にしてるけど、そういう部分もあるって知ってる」
だからあたしは、星成や実がかわいいと思うんだろうね。
明里は2年生から部長になって、部員のことを1人1人よく見ている。
だから5人がどんな子かはよく知っているのだった。
実も星成も、そして今は別々だけど透ちゃんも鈴良ちゃんも優志もみんなあたしにとってはかわいい後輩達。
優志も怒りやすかったり、多少面倒がるところもあるけど、じつはいい子だしね。
だから透ちゃんや鈴良ちゃんと、ちゃんと旅を続けられるはず。
そう部員のことを改めて思い返していた。
「じゃあ、銀じいさん、またね」
「ああ。また何かあったら電話しておくれ」
この蝶のことは、あたしだけの秘密にしておこう。
明里は電話を切るとき、そう決めた。
その星成と実は、今頃何してるんだろう?
青空を仰ぎながらそう思う。
そんな少年2人は、今夢の中にいました。
山編7-夕焼け
「ん?」
実が目を覚ますと、もう夕方だった。
周りがオレンジ色に染まっている。
オレもこんなに寝ちゃってたんだ…。
実は少し寝ぼけたままで辺りを見回す。
すぐ近くで星成はまだ眠っていた。
「星成、もう起きた方がいいぞ」
実が声をかけると、星成はすぐに起きた。
「あ…、実。待っててくれたのか?」
まだ眠そうな顔をした星成に、実は正直に答える。
「いや、オレもついつい眠っててさ。こんな時間になったんだけど。
そろそろ戻ろうぜ」
2人が林の中から出てくると、太陽の光がまぶしかった。
今まで眠っていたせいもあるけれど、それは山に沈む夕陽だからかもしれない。
自然の中の夕陽は、町で見るよりも大きくみえた。
周りの物がみんなオレンジ色になっているのを見て、2人は感動する。
「こんな光景見るの久しぶりだな。
現実でも、毎日こんな時間があるんだろうけど忘れてた」
星成の言葉に、実は少し違う観点を入れてこたえる。
「そうだな。いつもはこの時間外にいないから気付かないんだな。
昨日はオレ達が起きた時は暗くなってたし、明里先輩は見たかもしれないけどな」
その実の言葉で、2人は明里を思い出して見回す。
明里はわりと近くのお花畑の中に座って、静かに西の空をみつめていた。
2人は、そんな明里の元に駆け寄った。
「先輩!何してるんですか?」
「あんまり太陽見てると、瞳に悪いですよ」
そういう実と星成に、明里はうれしそうに言った。
「そろそろだよ。2人ともみててごらんよ」
?
実と星成はなんだかわからないけれど、明里の言った空を見る。
そこにあるのは、さっき見たまぶしい夕陽。
「ここは遮る物がないから、格別きれいでしょ。
それに周りを見てごらんよ。
夕陽を浴びて、さっき見たのとは違う良さがあるから」
オレ達だって、気付いて見たんだけどな…。
そう思ったけれど、部長に言われたので、2人は改めて辺りを見回してみる。
実も星成も絵を描いていて、芸術家の気持ちを少しは持っている。
よくよく見てみると、さっきよりも深い感動があった。
さっきは全体を見たけれど、今度は植物を1つ1つみてみる。
それぞれさっき絵を描いた時とは違った色合いになってていいな。
そうほのぼのとした気分になる星成達。
しかし明里の本題はこれからだった。
2人の様子に満足した気持ちで、空を指して教える。
「ほら変わった!2人とも見てごらん」
実と星成がその声で顔を上げてみると、さっきとは空の様子が変わっていた。
!あれ?
「さっきまで夕陽一色だったのに、空が白っぽくなってる」
そう実が言っている間に、星成はよく見ていた。
「いや、真上は水色で、下は黄色で、何色にもなってるぞ」
こんな空を見たのは初めての2人は瞳を丸くしている。
まるでオーロラとか大きな虹みたいだ。
これは特別な現象なんだろうか?
そんな2人に、見慣れている明里は笑って言った。
「夕方から夜になる間に、こんな時もあるんだよ。きれいでしょ」
明里先輩はよく見てるんだ…。
明里のその態度から、2人はそのことがわかった。
実際その通りで、明里は見られる時はできるだけ欠かさないようにしている。
「あ!そうか!山だとみえるんですね」
実は、明里がよくキャンプをしていたということを思い出して言った。
でも明里は首を振った。
「いや、町でもみえるよ。晴れてる日は」
僕達が気付かなかっただけなんだ…。
星成も実も、自分の町でぜひみてみようと思った。
夕焼けを長いこと3人で見ていたため、夕食作りが昨日よりも遅くなった。
でもおじいさんはタイミングよく材料を送ってくれる。
その時入っていたメモによると、おじいさんは自分の描いた世界で自然のすばらしさに気付いてもらえたことがうれしかったらしい。
銀じいさんはやっぱり自然に強い思いを込めている人なんだな。
この山の絵の中を見て、明里は前からそう感じ取っていた。
あたしがキャンプに行って見た時よりも光って見えたよ。
そうメモを読んで思っている明里の隣で、星成と実も言う。
「感謝してるのは僕達の方だよな」
「そうそう、普段知らずに過ぎてたものを教えてもらえたんだから」
そして3人はそのメモの下にあった材料で夕食を作る。
今日はごはん、みそ汁のある純和風の食卓になった。
夕食も終わってすっかり落ち着いてから、明里達は透達に電話することにした。
「透ちゃん達、今日はどうだったかな。電話してみよう」
そう明里は決めてボタンを押すと、3人の真ん中に置いた。
『はい。もしもし。明里先輩達ですか?』
最初に鈴良の声が聞こえてきた。
明里がそれにこたえる。
「うん。そうだよ。3人とも元気?」
『わたし達はとっても元気です』
そう声の調子も元気に答えたのは透。
その様子から、今日も楽しい日になったらしいということがわかる。
「僕達も元気です。今日はお花畑を通って、今は原っぱにいるんですよ」
星成も透達の声が聞こえるのがうれしくて、張り切って話す。
「そのお花畑で、星成がある蝶に気に入られちゃって。
なぜだか理由はわからないんですけどね」
実が付け加えて言った。
こっちにとっては重要なことだったのだが、向こうは普通に聞いている。
『星成くん達にも不思議なことがあったのね。
私達も今日はいろいろあったのよね』
鈴良と息が合った透がいつも以上に、張り切っているのが伝わってくる。
『そうそう。小人さんや変身できるきつねさんに会えて感激でした。
小人さんは10cmくらいしかなくって、絵本で見たような様子でしたよ。
きつねさんとは、ついさっきまで話をしていたところだったんです』
そんななかなか詳しい透の補足説明をしたのは優志だった。
『後はお茶とかジュースの飲み物がわく泉もあっただろ』
今日は村グループも電話機の向こうに3人そろっているらしい。
優志は昨日の不機嫌状態が、もうすっかり回復しているようだった。
素の状態になっているのが明里にはよくわかる。
その透と優志の話に、3人は驚いた。
小人に、変身したり話したりするきつね?
それにお茶が湧く泉。
透先輩達は、僕達よりも不思議な世界にいるんだな…。
こっちは多少おじいさんが計らってくれているところはあっても、基本的に普通の山だよな。
でも透先輩達がいるところはお伽の国みたいなところなんだろうか?
どんな状態なんだろう?
聞いても、ちょっと想像できない世界だった。
通りでオレ達の話に驚かないわけだな。
そう考えた星成と実だったが、明里はわりとすぐに納得した。
さすが銀じいさんの絵の世界だね。
この部長はおじいさんと会った時といい、本当に順応能力が高いらしい。
『私達今日は、村の近くの森に案内してもらったんです』
そうまとめるのはやっぱり鈴良。
「もりだくさんな日だったんですね」
「村の絵にはそんな生き物がいるんだ」
星成と実が立ち直って答える。
「まさに透ちゃんの好きな世界だね」
明里は大きくうなずいていう。
そっちの絵に透ちゃんが行けてよかった、よかった。
「村の人もみんな特別なんですか?」
星成がさっきの話からわいた疑問を聞くと、これには優志が答えた。
『いや、村は普通だな。
俺もじいさんに小人がいるとか聞かされた時はどんな村かと思ったものだけど』
それを透が引き継いで、明るくまとめる。
『村の人達にお世話になって、とっても楽しく生活してます』
透達の笑っているのが伝わってきて、明里達は安心したのだった。
もう寝る時間になって、明日のことを話し合う明里達。
「明日は桜の樹を描こうね」
明里は楽しみなため、にこにこ顔になる。
それに星成がこたえる。
「原っぱの向こうに、桜の樹が見えていましたね」
昼間お花畑を歩いているとき、木々の向こうに桃色の樹が何本かあったのが見えていたのだった。
遠目に見ても、あれは間違いなく桜だった。
それは明日行ける距離のところにある。
今日原っぱに泊まることにしたのは、せっかくのお花畑を心残りなく楽しんでおきたいという気持ちの他に、桜を明日のお楽しみにしたかったため、ふみとどまっておいたという理由もある。
「もう桜の季節か。…っていうことは、1日どのくらいの季節を歩いているんだろう?」
実の疑問に、星成が考えて答える。
「僕達の街で考えると桜が咲くのは5月初めだから、1日に半月くらいってことになるけど。
でも花が咲くのって地域によって違うから、どうなんだろう?」
そう考える実と星成に、明里は楽天的にいう。
「まあそういうことは今考えなくても、歩いていけば自然とわかるよ」
「それもそうですね」
2人は今考えても確かな答えが出るわけじゃないので、うなずいた。
それに季節の進み具合が、特別僕達に影響あるわけじゃないしな。
普通なら温度差があると体に悪いけど、今朝の様子からすると大丈夫そうだ。
星成がいっているのは、昨日たくさん動き回ったにも関わらず、今朝体はなんともなかったことだ。
「じゃあ明日を楽しみに、今日は寝よう」
明里の言葉にうなずいて、3人は寝ることにした。
透ちゃん達も楽しそうだし、あたし達も心おきなく楽しもう!
そう明里は安心と、わくわくした気持ちで布団に入っていた。
実と星成は昼寝をしたけれど、すぐに眠れた。
星成は頭のどこかに引っかかっていたから、夢にあの蝶が遊びに来たかもしれない。
実も今日はいろいろあったけれど、何が1番残っているだろう?
お花畑や夕陽など、とにかく今日は自然のいろいろなところに感動した3人でした。
「すご-い。たんぽぽ、つくしにオオイヌノフグリがいっぱい咲いてる」
木がたくさん生えていたところを抜けて、原っぱに出た3人。
そこはいろいろな色の花が咲いているお花畑だった。
お花畑の上を、蝶やてんとう虫、蜂など春の虫達が楽しそうに飛んでいる。
真ん中に何も生えていない道があり、植物を移動のために踏むことのないようになっていた。
明るい日光を浴びながら、軽やかな気分で歩いている。
「つくしって食べられるんですよね。ぼくはまだ食べたことないけど」
実はやはり料理を中心に頭が回るらしい。
「こういう景色、写真では見たことあるけど、まさかこんなに早く来られるなんて思わなかったな」
星成は、辺りを大きく見渡しながら感動の気持ちを込めて言う。
「うん。あたしはよく山に来ていたけど、こんなにきれいに広がっているのは初めて見たよ」
明里はそんな星成にうなずいて言った。
森は遠くに見えていて、しばらくはこの風景の中を春風に吹かれながら歩いていけそうだった。
「きれいだね。今日の絵は、この花畑に決定だね」
明里の言葉に実と星成は、自分の周りに広がる景色を楽しみながらうなずく。
自分がこんな景色の中にいることが、まさに魔法だと3人は思った。
そうしてお花畑の中間まで来た明里達。
3人は少し道をそれて、お花畑の上に座った。
ここで絵を描くことにしたのだ。
絵を描くための画材を取り出すと、それぞれ昨日と同じ物だった。
これからもこの画材で、景色を描いていくことになるんだな。
そうわかった星成と実。
よーし、今日はこのお花畑の何を描こうかな?
周りは色とりどりの花畑。
たくさんの植物が生えていて、何を描こうか迷うところだった。
そんな張り切る3人のところに、むらさきあげはがひらひらと飛んできた。
そして星成の頭にとまった。
?
星成はそれに気が付いて、蝶が逃げないように動きを止めた。
そして上目遣いで蝶を見る。
何で僕の頭に止まってるんだろう?
実もそんな星成と蝶をじっと見ている。
一緒に見ていた明里は、鉛筆を持って、そんな星成に言った。
「いいね。あたしは、その蝶と星成を描こうか」
えっ!?僕を描く?
突然そんなことを言われて、星成は落ち着きをなくした。
「明里先輩、それはやめてくださいよ」
慌てて大きく手を振ったので、蝶は星成の頭を離れた。
「照れることないのに」
明里がそんな星成の様子を見て笑う。
実はそんな2人よりも、蝶を瞳で追っていた。
蝶は遠くには飛んでいかずに、今度は星成の近くにある花にとまった。
「この蝶、星成のこと好きみたいだな」
その蝶の様子を見て、実はそう感じた。
星成はそう言われて、その蝶が気になった。
そうなんだろうか?
蝶をじっと見てみると、まるでそうだとうなずいているように見えた。
本当のところはわからないけれど、今絵を描く材料を探していたのを思い出す。
「じゃあ僕は、この蝶を中心に描こうかな」
せっかくなので、この蝶を絵で記録しておくことにした。
オレは何にしよう?
実は自分も描くものを早く決めようと、周りを見回す。
するといいものが瞳に入った。
「ぼくはてんとう虫にしよっと」
すぐ側のたんぽぽに、てんとう虫がとまっているのを見つけたのだった。
黄色のたんぽぽに赤いてんとう虫は、彩りも明るくていい。
「あたしはやっぱり春の草花かな。
つくしに菜の花、オオイヌノフグリと、たくさん生えてるし」
実と星成は虫に決めたけれど、明里は予定通り花を描くことにした。
そう3人とも決まったところで、準備を始める。
星成は絵の具のため、川に水を汲みに行く。
川はつかず離れず、昨日と同じくらい離れたところを流れていた。
だから星成は全く迷うことはなかったが、違う理由で気がかりだった。
この間に、あの蝶いなくなってないよな。
心配して急いで戻ってきたけれど、蝶はちゃんと星成を待っていた。
星成が戻ってくると、実と明里は楽しそうに、もう絵を描いていた。
クレヨンでてんとう虫とか描いてると、なんだか幼稚園の頃を思い出すなあ。
そううれしそうな顔をしながらも、少ししみじみと昔を思い出している実。
やっぱり春はいいなあ。
あたしは鉛筆画だけど、このきれいさが表現できるように描かなくちゃ。
そう気合いが入っている明里。
明里は1本にしぼるのではなく、たくさんの種類の花を描いている。
2人とも思っていることが表情に出ていた。
星成はそんな2人の様子に、安心した気持ちで座る。
でもスケッチブックを開いてあの蝶を見ると、少し不思議な気持ちになる。
そしてそんな気持ちを込めて絵を描く。
おじいさんの絵の中だから、不思議なことが起きるのはわかるけど、蝶に気に入られたのは初めてだな。
なんでかはわからないけど、…でも好かれるっていうのはやっぱりうれしいな。
そう自分では気付かず、優しい瞳をして思う星成。
3人はそれぞれの思いで絵を描きあげた。
描き終わると、てんとう虫は遠くへ飛んでいってしまい、蝶は星成のところへ来た。
絵を描いている間、虫達がその花にずっととまっていたのは、おじいさんの力なんだろうな。
星成はそれに気が付いた。
そして3人はまた、それぞれの絵を見せ合った。
今回は描いたものが違うので、お互い見るのが楽しかった。
実、明里の絵と見ていって、最後は星成の絵。
蝶に不思議な思いを抱いている影響で、いつもよりも淡く描かれている。
そのスケッチブックを開くと、あの蝶もまるで一緒に絵を見ているようだった。
「本当に不思議だな、この蝶」
実がそう言うと、明里は心の中で思っていた。
後で銀じいさんに聞いてみよう。銀じいさんなら、知ってるよね。
山編6-明里ちゃんから見た部員達
3人は絵をしまって、また道に戻ると歩き出した。
長い間いて満足していたので、今度はお花畑の向こうまで行く。
お花畑の先には、また昨日通ったような木々の群れ。
しかしその前に、200mほどの長さの原っぱがあった。
むらさきあげははお花畑のところまでは付いてきていたが、3人が原っぱに来ると帰っていった。
蝶はお花畑が家なので、そこからは出たくないらしい。
そんな蝶を見送って、明里達はこの原っぱで今晩を明かすことに決めた。
「ここにテントを立てよう」
明里が手ごろなところに決める。
2人が同意すると、前振りもなくテントと昼食の材料がぱっと現れた。
おじいさんは本当にタイミングがいい。
「わあ。すごい」
3人はそう口には出したけれど、もうこういうことには大分慣れた。
そしてテントを立てたのだが、実も星成も2回目のため昨日より早く作ることができた。
慣れってすごいな…。
3人ともそういうところから、そう感じていた。
そしておじいさんが送ってきてくれた材料で、昼食を作る。
今回はチャーハンを作ることになった。
作りながら明里が言った。
「ねえ星成、あたし達毎日こういうことをしていたら、料理うまくなるかもね」
星成は状況を考えてから答える。
「そうですね。今春だから、この調子でいけば。
僕もテントの立て方のコツなど、わかるようになってきましたから」
そんな予想の話をしている2人に、実は炒めながら答える。
「そうですよ。料理はそんなに難しいものじゃないから、明里先輩も星成もすぐ上達しますよ」
明里と星成は、そういう実に注目する。
見ていると、本当に楽しそうに、そして簡単そうに作っている。
そんな態度から、実の言うことが信じられた2人だった。
昼食を食べて後片付けをすると、時刻は2時頃。
ここからまた自由時間にすることにした。
実は約束通り、星成と昼寝に行くことにした。
まだ眠そうじゃないけど、今の暇があるうちに寝ておいた方がいいな。
それに学校では、昼休みに眠る習慣が付いているみたいだし。
そう実は考えて、星成を引っ張って行った。
「先輩!ぼくと星成は、少し森の中に行ってみますね」
実と星成は元気だなあ。
そう明里は思いながら、2人に手を振る。
「いってらっしゃい。あたしはお花畑に戻ってみようかな」
そう言ってわかれた3人。
星成と実は少し森の中に入る。
あまり奥に行って、原っぱまで戻れなくなったら困るからだ。
ここら辺までくれば、明里先輩に見つからないだろう。
そう実は考えて、なんとか原っぱからは見えそうにないあたりに決めた。
「いい木陰だな」
星成が辺りを見回して喜ぶ。
さっきまで春の太陽が照り続けていたので、森の中は涼しく感じられた。
「そうだな。遊びたい気もするけど、今のうちに寝ておこうぜ」
星成は実が約束を守って連れてきてくれたのがわかって、感謝しながらうなずいた。
「そういえば、朝早起きして眠かったんだった」
2人は昨日のように、座って木の幹にもたれかかって眠る。
それまで特に眠くもなかったのだが、ぽかぽか陽気のせいかもしれない。
5分も経った頃には、2人ともすっかり眠っていた。
実は星成の付き添いで来たつもりだが、昨日と同じく自分も眠ってしまうらしい。
明里はお花畑の中に500mほど入って座った。
「やっぱりきれいだなあ」
しみじみ感動していると、さっきのむらさきあげはがやってきて、明里の周りを飛び始めた。
それを見て、さっきの疑問を思い出す。
「そうだ!銀じいさんにこの蝶のこと聞いてみようと思ってたんだ」
思い立つと、すぐに電話機を出して○ボタンを押す。
そして電話の向こうに声をかける。
「もしもし、銀じいさん」
すぐにおじいさんの声が聞こえてきた。
「明里さんか、なんだい?」
明里は年長者らしく、まずお礼を言う。
「さっきもテントとか送ってくれていつもありがとう」
それから本題に入った。
「ところで、お花畑に来たら、あたし達のところに来る不思議な蝶がいるんだ。
今はあたしの近くにいるけど、さっきは星成にとってもなついてて。
でもここは銀じいさんの絵の中だから、あたし達に直接関係あるとは思えないんだよね。
この蝶は、どんな蝶なの?」
明里が自分の考えも入れて言うと、おじいさんは感心したようだった。
「さすが明里さんは考えておるのう」
それからおじいさんは簡単に教えてくれた。
「その蝶は、お花畑にいる1番子どもの子になつく性質があるんじゃよ」
子どもになつく?
明里はその意外な答えに驚いて、一瞬頭の中が止まった。
それから納得する。
「…ああ!確かに実はお兄さんみたいなところあるもんね。
実際、星成と実は1歳くらい違うし」
明里は誕生日も思い出して返事をする。
「今はあたしだけだから、あたしになついてるんだ」
明里は電話機から、そんな特徴を持った蝶に視線をやった。
蝶は相変わらず、パタパタと羽を動かしてうれしそうだ。
すっかりわかった明里に、おじいさんは付け加えた。
「子どもというのはつまり、1番純粋ということでもあるんじゃよ」
明里はそんなおじいさんの言葉にすぐうなずく。
「うん、わかってるよ。星成は普段真面目にしてるけど、そういう部分もあるって知ってる」
だからあたしは、星成や実がかわいいと思うんだろうね。
明里は2年生から部長になって、部員のことを1人1人よく見ている。
だから5人がどんな子かはよく知っているのだった。
実も星成も、そして今は別々だけど透ちゃんも鈴良ちゃんも優志もみんなあたしにとってはかわいい後輩達。
優志も怒りやすかったり、多少面倒がるところもあるけど、じつはいい子だしね。
だから透ちゃんや鈴良ちゃんと、ちゃんと旅を続けられるはず。
そう部員のことを改めて思い返していた。
「じゃあ、銀じいさん、またね」
「ああ。また何かあったら電話しておくれ」
この蝶のことは、あたしだけの秘密にしておこう。
明里は電話を切るとき、そう決めた。
その星成と実は、今頃何してるんだろう?
青空を仰ぎながらそう思う。
そんな少年2人は、今夢の中にいました。
山編7-夕焼け
「ん?」
実が目を覚ますと、もう夕方だった。
周りがオレンジ色に染まっている。
オレもこんなに寝ちゃってたんだ…。
実は少し寝ぼけたままで辺りを見回す。
すぐ近くで星成はまだ眠っていた。
「星成、もう起きた方がいいぞ」
実が声をかけると、星成はすぐに起きた。
「あ…、実。待っててくれたのか?」
まだ眠そうな顔をした星成に、実は正直に答える。
「いや、オレもついつい眠っててさ。こんな時間になったんだけど。
そろそろ戻ろうぜ」
2人が林の中から出てくると、太陽の光がまぶしかった。
今まで眠っていたせいもあるけれど、それは山に沈む夕陽だからかもしれない。
自然の中の夕陽は、町で見るよりも大きくみえた。
周りの物がみんなオレンジ色になっているのを見て、2人は感動する。
「こんな光景見るの久しぶりだな。
現実でも、毎日こんな時間があるんだろうけど忘れてた」
星成の言葉に、実は少し違う観点を入れてこたえる。
「そうだな。いつもはこの時間外にいないから気付かないんだな。
昨日はオレ達が起きた時は暗くなってたし、明里先輩は見たかもしれないけどな」
その実の言葉で、2人は明里を思い出して見回す。
明里はわりと近くのお花畑の中に座って、静かに西の空をみつめていた。
2人は、そんな明里の元に駆け寄った。
「先輩!何してるんですか?」
「あんまり太陽見てると、瞳に悪いですよ」
そういう実と星成に、明里はうれしそうに言った。
「そろそろだよ。2人ともみててごらんよ」
?
実と星成はなんだかわからないけれど、明里の言った空を見る。
そこにあるのは、さっき見たまぶしい夕陽。
「ここは遮る物がないから、格別きれいでしょ。
それに周りを見てごらんよ。
夕陽を浴びて、さっき見たのとは違う良さがあるから」
オレ達だって、気付いて見たんだけどな…。
そう思ったけれど、部長に言われたので、2人は改めて辺りを見回してみる。
実も星成も絵を描いていて、芸術家の気持ちを少しは持っている。
よくよく見てみると、さっきよりも深い感動があった。
さっきは全体を見たけれど、今度は植物を1つ1つみてみる。
それぞれさっき絵を描いた時とは違った色合いになってていいな。
そうほのぼのとした気分になる星成達。
しかし明里の本題はこれからだった。
2人の様子に満足した気持ちで、空を指して教える。
「ほら変わった!2人とも見てごらん」
実と星成がその声で顔を上げてみると、さっきとは空の様子が変わっていた。
!あれ?
「さっきまで夕陽一色だったのに、空が白っぽくなってる」
そう実が言っている間に、星成はよく見ていた。
「いや、真上は水色で、下は黄色で、何色にもなってるぞ」
こんな空を見たのは初めての2人は瞳を丸くしている。
まるでオーロラとか大きな虹みたいだ。
これは特別な現象なんだろうか?
そんな2人に、見慣れている明里は笑って言った。
「夕方から夜になる間に、こんな時もあるんだよ。きれいでしょ」
明里先輩はよく見てるんだ…。
明里のその態度から、2人はそのことがわかった。
実際その通りで、明里は見られる時はできるだけ欠かさないようにしている。
「あ!そうか!山だとみえるんですね」
実は、明里がよくキャンプをしていたということを思い出して言った。
でも明里は首を振った。
「いや、町でもみえるよ。晴れてる日は」
僕達が気付かなかっただけなんだ…。
星成も実も、自分の町でぜひみてみようと思った。
夕焼けを長いこと3人で見ていたため、夕食作りが昨日よりも遅くなった。
でもおじいさんはタイミングよく材料を送ってくれる。
その時入っていたメモによると、おじいさんは自分の描いた世界で自然のすばらしさに気付いてもらえたことがうれしかったらしい。
銀じいさんはやっぱり自然に強い思いを込めている人なんだな。
この山の絵の中を見て、明里は前からそう感じ取っていた。
あたしがキャンプに行って見た時よりも光って見えたよ。
そうメモを読んで思っている明里の隣で、星成と実も言う。
「感謝してるのは僕達の方だよな」
「そうそう、普段知らずに過ぎてたものを教えてもらえたんだから」
そして3人はそのメモの下にあった材料で夕食を作る。
今日はごはん、みそ汁のある純和風の食卓になった。
夕食も終わってすっかり落ち着いてから、明里達は透達に電話することにした。
「透ちゃん達、今日はどうだったかな。電話してみよう」
そう明里は決めてボタンを押すと、3人の真ん中に置いた。
『はい。もしもし。明里先輩達ですか?』
最初に鈴良の声が聞こえてきた。
明里がそれにこたえる。
「うん。そうだよ。3人とも元気?」
『わたし達はとっても元気です』
そう声の調子も元気に答えたのは透。
その様子から、今日も楽しい日になったらしいということがわかる。
「僕達も元気です。今日はお花畑を通って、今は原っぱにいるんですよ」
星成も透達の声が聞こえるのがうれしくて、張り切って話す。
「そのお花畑で、星成がある蝶に気に入られちゃって。
なぜだか理由はわからないんですけどね」
実が付け加えて言った。
こっちにとっては重要なことだったのだが、向こうは普通に聞いている。
『星成くん達にも不思議なことがあったのね。
私達も今日はいろいろあったのよね』
鈴良と息が合った透がいつも以上に、張り切っているのが伝わってくる。
『そうそう。小人さんや変身できるきつねさんに会えて感激でした。
小人さんは10cmくらいしかなくって、絵本で見たような様子でしたよ。
きつねさんとは、ついさっきまで話をしていたところだったんです』
そんななかなか詳しい透の補足説明をしたのは優志だった。
『後はお茶とかジュースの飲み物がわく泉もあっただろ』
今日は村グループも電話機の向こうに3人そろっているらしい。
優志は昨日の不機嫌状態が、もうすっかり回復しているようだった。
素の状態になっているのが明里にはよくわかる。
その透と優志の話に、3人は驚いた。
小人に、変身したり話したりするきつね?
それにお茶が湧く泉。
透先輩達は、僕達よりも不思議な世界にいるんだな…。
こっちは多少おじいさんが計らってくれているところはあっても、基本的に普通の山だよな。
でも透先輩達がいるところはお伽の国みたいなところなんだろうか?
どんな状態なんだろう?
聞いても、ちょっと想像できない世界だった。
通りでオレ達の話に驚かないわけだな。
そう考えた星成と実だったが、明里はわりとすぐに納得した。
さすが銀じいさんの絵の世界だね。
この部長はおじいさんと会った時といい、本当に順応能力が高いらしい。
『私達今日は、村の近くの森に案内してもらったんです』
そうまとめるのはやっぱり鈴良。
「もりだくさんな日だったんですね」
「村の絵にはそんな生き物がいるんだ」
星成と実が立ち直って答える。
「まさに透ちゃんの好きな世界だね」
明里は大きくうなずいていう。
そっちの絵に透ちゃんが行けてよかった、よかった。
「村の人もみんな特別なんですか?」
星成がさっきの話からわいた疑問を聞くと、これには優志が答えた。
『いや、村は普通だな。
俺もじいさんに小人がいるとか聞かされた時はどんな村かと思ったものだけど』
それを透が引き継いで、明るくまとめる。
『村の人達にお世話になって、とっても楽しく生活してます』
透達の笑っているのが伝わってきて、明里達は安心したのだった。
もう寝る時間になって、明日のことを話し合う明里達。
「明日は桜の樹を描こうね」
明里は楽しみなため、にこにこ顔になる。
それに星成がこたえる。
「原っぱの向こうに、桜の樹が見えていましたね」
昼間お花畑を歩いているとき、木々の向こうに桃色の樹が何本かあったのが見えていたのだった。
遠目に見ても、あれは間違いなく桜だった。
それは明日行ける距離のところにある。
今日原っぱに泊まることにしたのは、せっかくのお花畑を心残りなく楽しんでおきたいという気持ちの他に、桜を明日のお楽しみにしたかったため、ふみとどまっておいたという理由もある。
「もう桜の季節か。…っていうことは、1日どのくらいの季節を歩いているんだろう?」
実の疑問に、星成が考えて答える。
「僕達の街で考えると桜が咲くのは5月初めだから、1日に半月くらいってことになるけど。
でも花が咲くのって地域によって違うから、どうなんだろう?」
そう考える実と星成に、明里は楽天的にいう。
「まあそういうことは今考えなくても、歩いていけば自然とわかるよ」
「それもそうですね」
2人は今考えても確かな答えが出るわけじゃないので、うなずいた。
それに季節の進み具合が、特別僕達に影響あるわけじゃないしな。
普通なら温度差があると体に悪いけど、今朝の様子からすると大丈夫そうだ。
星成がいっているのは、昨日たくさん動き回ったにも関わらず、今朝体はなんともなかったことだ。
「じゃあ明日を楽しみに、今日は寝よう」
明里の言葉にうなずいて、3人は寝ることにした。
透ちゃん達も楽しそうだし、あたし達も心おきなく楽しもう!
そう明里は安心と、わくわくした気持ちで布団に入っていた。
実と星成は昼寝をしたけれど、すぐに眠れた。
星成は頭のどこかに引っかかっていたから、夢にあの蝶が遊びに来たかもしれない。
実も今日はいろいろあったけれど、何が1番残っているだろう?
お花畑や夕陽など、とにかく今日は自然のいろいろなところに感動した3人でした。