絵描き旅行者の旅立ち

平成11年11月11日、桜中学校美術部に何かが起きるらしい。

◎-0-明里__あかり__、透__とおる__、鈴良__すずら__、優志__ゆうじ__、実__みのる__、星成__ほしなり__、?

その日の放課後、部員達はみんな部室へと向かっていた。
この桜中学校の美術部員は6人と少ない。
しかもその中の1人はめったにこない。
しかし今日は、その優志も部活に出るようだ。
部室に1番のりしたのは、1年生の小山__こやま__実と長谷川星成。
いつもより幾分気分良くやってきた。
実と星成は、同じクラスで仲が良い。
この部に入った理由は、部活の見学をしていて通りがかったところを、部長の明里に見つかったからだった。
そして明里の強引な勧誘に流されて、入部することになったという…。
だから今でも、この2人は明里にふりまわされているところがある。
しかし入部理由はそうでも、入ってみたら2人は絵を描くことが好きになった。
だから部活では、いつも楽しそうに描いている。
そんな2人が、いつものように用具を取ろうと棚の方を見た。
するとそこに座り込んでいる人がいた。
いかにもファンタジーに出てくるような、重そうな上着を羽織ったおじいさんだ。
「誰だろう?あの人」
その謎の人物に聞こえないように、実は星成に小声で聞いた。
その不思議なおじいさんに当惑した表情で、2人は話を続ける。
「さあ…でも、怪しいな。
みるからに変な服を着てるし…、学校に関係ありそうな人には見えないし…」
その謎の人物を見つめたまま、2人はその場から動けずにいた。
すると2年生の真坂__まざか__透と夢里__ゆめさと__鈴良もやって来た。
透と鈴良も同じクラスで、いつも一緒に絵を描いている。
この2人は本当に絵が好きで、この美術部に入った。
「こんにちは-。
早いね、実くん、星成くん」
透が実達を見つけて、いつものように元気よく声をかける。
しかし2人はおじいさんを気にかけて、黙ったままだ。
「どうしたの?」
その様子を不思議に思って、透が聞く。
それに実が答える。
「先輩…、美術用具入れの前に、変な人が座っているんですよ」
その言葉に、透と鈴良も棚を見た。
確かに変わった人がそこにいた。
「わたし、声をかけてくる」
「透先輩…!危ないですよ」
星成は止めたが、透はその人のところへと向かった。
「おじいさん、誰ですか?」
「…………。」
尋ねても、その人は黙ったままだ。
…………。どうしよう。
透は困っているし、鈴良、実、星成ははらはらして、そんな2人を見ている。
そんなどうしようもない雰囲気の中に、残りの2人がやってきた。
美術部部長で3年生の日向__ひなた__明里と、2年生で幽霊部員の野村優志だ。
「やっ。実、星成に透ちゃんと鈴良ちゃん!
今日は優志も来たから、美術部全員で絵が描けるね」
そう明里は明るく笑う。
4人の視線が、そんな明里達に向けられた。
「あ。今日は野村くんも来たんですね」
明里が来たことで、鈴良は幾分ほっとする。
そして明里と透を交互に見た。
「ん?どうした?」
4人の様子がいつもと違うことに、明里は気が付いた。
4人とも見ている棚の方を向いてみる。
そして謎の人物に気付いて尋ねた。
「あの人は?」
何も気付いていなかった優志も、その言葉でやっとみんなの視線の先を見た。
優志は数えるくらいしか部に来ていない。
だからいつものみんなの様子も知らなかったのだった。
その大注目を浴びている人は、みんなが自分を見ていることがわかると、やっと立ち上がった。
「全員揃ったようじゃな。
今日はみなさんに頼みがあって来たのじゃ」
そしてびっくりしている6人に向かって話し始めた。
「わしは銀。絵描きじゃ。
絵は描くのも、見るのも好きでのう。
家にはたくさんの絵が飾ってある。
そこでみなさんの絵も、もらいたくて来たわけじゃ。
美術部のみなさんなら、いい絵を描くじゃろうと思ってな」
そのおじいさんの突然の話の内容にも、6人は驚いた。
その中で1番早く冷静になった明里が、おじいさんに答える。
「絵って何でもいいの?
だったら、結構上手に出来たのをあげてもいいけど」
しかしおじいさんは首を振る。
「この絵で描いてほしいんじゃ」
そう後ろから2枚の絵を出して並べた。
それは小柄なおじいさんの背の高さもある、横型の大きな絵だった。
木の枠に入っている。
こんなに大きな絵も持ってきていたことに、何故みんなは気付かなかったのだろう?
おじいさんの言葉に、優志は不機嫌そうに答える。
「絵を見て描けって?
俺達に模写しろっていうのかよ?」
するとおじいさんは平然と、常識では考えられない話をした。
「この絵を見て描くのではない。
この絵の中にみなさんが入る。
その旅でそれぞれ気に入ったものを描いてきてほしいのじゃ」
美術部一同、話が見えずにしーんとした。
その中で透と星成がぼんやりとつぶやく。
「絵に…」
「入る?」
「………?」
鈴良もどういうことなのか考えている。
「そんなこと出来るわけねーだろ」
真っ先に優志がそう返す。
しかしおじいさんは、さらに凄いことをいった。
「案ずることはない。わしは絵描きでもあり、魔術師でもある。
君達を絵の中に送るのは簡単なことじゃ」
「魔、魔術師…」
その言葉に、一同はさらに困惑した。
その中で、明里1人は張り切り始めた。
「おもしろそう!やろうやろう」
そんな明里に対して、優志はすかさずいった。
「俺は嫌だ」
しかし部長には権限がある。
「全員参加ね」
そうあっさり返した明里には逆らえなかった。
「それで、その絵を描く期間ってどのくらい?」
おじいさんのところへ行って、明里は話を進める。
「このスケッチブックがいっぱいになるまで、みなさんには絵を描いてきてほしいのじゃ」
そう答えると、おじいさんはスケッチブックを6冊差し出した。
「さあ、受け取って下さい」
みんな戸惑いながらも、明里、透、鈴良、星成、実、優志と順番におじいさんのところに行き、受け取った。
普通のスケッチブックみたい…。
星成、透、鈴良がそれの中身を確かめながらそう思った。

おじいさんは次の話に移る。
「絵は2枚あるので、それぞれ3人ずつ2つのグループになるように分かれてほしいんじゃが…」
そう聞いて、透__とおる__と鈴良__すずら__が小さく話す。
「どういうふうに分けるんだろうね」
すると優志__ゆうじ__がもっともな意見をいった。
「普通、男女別になるだろ。
ちょうど3人ずつだしな」
しかし明里__あかり__の考えは違っていた。
「それなら大丈夫!
もちろん実__みのる__と星成__ほしなり__は、あたしについてくる!よねーっ?」
明里はそうにっこりと、実と星成を振り返って聞いた。
「えっ?」
うすうす想像はついていたが、実はやはり驚いた。
「やっぱりな…」
星成も小声でつぶやく。
「…ってことは、俺はおまえ達と一緒かよ」
優志ははっと気付いて、透と鈴良を指差す。
透はぱっと明るい顔になって答えた。
「!そうだね。
じゃあこれからしばらく、3人で頑張ろうね」
そう透は鈴良と優志を見比べる。
「野村くん、よろしく」
鈴良もそう笑う。
「……」
透達がそう仲間結成をしている一方。
おじいさんと明里達は話を進めていた。
「グループのリーダーには、わしや、もう片方のグループと連絡が取れる電話を渡そう」
そうおじいさんは、2つの電話機を差し出した。
明里達の方は当然決まっている。
「もちろんあたしがリーダーだな。3年生だし。
透ちゃん達の方は、誰をリーダーにする?」
明里がそう透達を向いて聞く。
「え?」
決まっていないので、透は返事に困る。
すると面倒なことはやりたくない優志が提案した。
「おまえがなれば?」
すると透を信頼している鈴良も賛成する。
「そうよ。透ちゃんがなるべきよ」
そう2人に勧められて、透はうなずいた。
「…うん!じゃあわたしがリーダーやるね。
明里先輩、わたしです」
そうおじいさんから電話機を受け取りに行く。
おじいさんは2色の電話機のうち、水色を明里に、桃色を透に渡した。
そう2人が手に持つと、おじいさんはそれについて説明した。
「それにはボタンが2つついているじゃろう。
そのうちの丸のボタンはわしに、星のボタンはもう片方のグループにかかるようになっとるからな」
話の途中に透が質問した。
「でも電池が切れたら、かけられなくなるんじゃないですか?」
「それは今いおうと思っていたことだったんじゃが、それなら心配ない。
それは魔法電話じゃから、いつでもどこでもかけられる」
そうおじいさんは力強く答えた。
「それは魔法道具なんですか」
鈴良がその電話を見ながら、感慨深げにいう。
いつのまにかもう、誰も魔法といわれても驚かなくなっていた。
「では最後に、どちらの絵にするか決めてもらいたい。
まずこっちの山の絵の方は?」
おじいさんは片方の絵を腕で指し、たずねる。
山が堂々と大きく描かれている絵だ。
明里はすぐに気に入って、元気よく手を挙げた。
「あたし、行きたい!実も星成もいいよね」
実も星成もどちらの絵でも良かったので、うなずいた。
おじいさんはそんな様子に、6人を見回して感謝した。
「ありがとう、みなさん。
わしの願いを聞いてくれて…」
それから明里達に山の絵の説明を始める。
「この山の絵は、わしがつい昨日描き上げたものじゃ。
自分ではとても気に入っとる。
春、夏、秋、冬と四季が楽しめるんじゃ。
旅に必要な物は、その都度わしが送るようにするからのう。
とりあえず今は、このリュックを持って行っておくれ」
そうおじいさんは、6人それぞれにリュックサックを渡した。
「絵の中に入っている間は、この世界の時間は経たないから安心していい。
気を付けて行ってきておくれ」
その言葉に、星成はほっとため息をついた。
良かった。何日もどこに行っていたのか、説明するのが大変だと思っていたけど。
「では送るぞ」
準備が終わったおじいさんはそういって、何やら呪文を唱え始めた。
明里達には、何といっているのかわからない。
そんな中、しばらく別れることになる透達に、明里は声をかけた。
「じゃあ、行ってくるね。
優志、真面目にやりなよ。
透ちゃん、鈴良ちゃん、よろしくね」
そんな先輩に、透もにっこりと返す。
「はい。先輩達も頑張ってきてくださいね」
すると透達を慕っている実と星成も返した。
「先輩達も」
最後に鈴良も付け加える。
「3人とも気を付けて」
そう別れのあいさつが済むと、おじいさんは大きな絵筆を取り出した。
明里達3人の周りに、赤い絵の具らしきもので円を描く。
その円が出来ると、明里達はぱっと消えてしまった。
すごい。これが魔法…。
鈴良はそれを見て感心した。
「では次は君達の番じゃな」
おじいさんは今度は透達に向き直る。
そしてもう1枚の絵を腕で差し、説明を始めた。
「こっちの絵は村が描かれておる。
だから君達は生活に苦労することはないじゃろう。
村の者達はみな、気のいい連中じゃからのう。親切にしてくれる」
そう聞いて、透達は多少安心した。
「じゃあわたし達は、村の様子を描いてくればいいんですか?」
透の言葉に、おじいさんはうなずく。
それから楽しそうにいった。
「ああ。それからおもしろいものも描けるぞ。
この絵の中には小人など、君達がこの世界では知らないものもたくさんおるからのう」
「小人?」
優志がその言葉に反応する。
どんな世界なんだろう?
透も想像してみた。
「では君達も送るぞ」
そうさっきと同じように、おじいさんは呪文を唱え始めた。
透達はその不思議な言葉を聞きながら、それぞれこの旅について考えていた。
最初はびっくりしたけど、わたし魔法使いや小人とか、そういうファンタジー大好きなんだよね。
本当に会えるなんて感動!
小人さんに会えるのもすっごく楽しみ。
特に透はそう喜んでいる。
どんなところなのかしら。
本の世界みたいに、楽しいといいわね。
鈴良も村に期待している。
何でこんなことになるんだよ。
しかも行くところが、まともな村なのかもわかんねえし。
優志は多少いらだっている。
呪文を唱え終わったおじいさんは、さっきとは違う絵筆を出した。
描きながらおじいさんは、最後の挨拶をする。
「楽しんで、いい絵を描いてきておくれ」
輪が描き終わると、透達もまた明里達のように、ぱっと消えてしまった。
1人だけになり、美術室は静かになった。
その中でおじいさんは、6人の無事を祈った。
そして出来あがった絵を楽しみに思いながら、黙って6人が行った2枚の絵を見ていた。


2000年11月制作


(私よりも若い世代の人への 時代背景の解説)
作中に魔法道具の電話機が登場するのは、異世界に行くからということもありますが、
1999年のこの時代(私の周りの)中学生で携帯電話を持っている子は少数派でした。今は多数派なのかな…。
高校生以上は殆どの子が持っていたみたいです。私は遅れて17歳から…。
それでメンバーの6人の誰も、普通の携帯電話は持っていません。

ネットで調べてみたら、この平成11年に長文メールやネットを使えるようになって、カメラ系はまだ付いていなかったようです。
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