ミステリー・グリーンティー

とある土の曜日の夕暮れ。
女王候補アンジュの大陸視察に同行してきた、炎の守護聖シュリは、自分の執務室に帰ってきた。
(今日は悪くない時間だった)
そう今日過ごした時間を思い出して微笑む。
しかし応接用の机にたくさんの物が置かれていることに気付くと、目を見開く。
(なんだ!?これは……)
そこには7個の大小様々な箱や袋が並んでいる。
(…もしかして、誕生日プレゼントか?)
箱の半分以上はラッピングされているので、シュリはそう気付いた。
そう今日はシュリの誕生日なのだ。
それでもシュリが驚いたのには理由があった。
(去年まではこんなことはなかったが…、どういうことだ?)
そう不思議に思いながらも、中を確かめていくことにする。
まずは黒いビニール袋を手に取った。
(これは酒…だな)
その手に持った緑色のボトルは、シュリが特に好きな種類だ。
ロレンツォやヴァージル、ユエと一緒に酒盛りするときにも、よく飲んでいる。
(おそらくこれは、あの3人のうちの誰かか)
そのことを思い出して、贈り主の名前はないが、そんな予想がついた。
2番目に茶色のシンプルな袋を開ける。
中には、りんごと梨が3つずつ入っていた。
これにも贈り主は書かれていない。
シュリは時々、酒を飲みながら、果物を食べることもある。
しかしシュリが果物を好きだと知っている者は、他にもいる。
(これは誰からなのか、見当がつかないな…)
そうため息をついたが、他の物の贈り主がわかれば、消去法で判明するかもしれない。
そうも考え、とりあえず他も開けてみることにする。
3番目は細長い白い箱を選んだ。
これは袋以外では唯一ラッピングされていなくて、確認しやすいからだ。
それにも贈り主は書かれていなかったが、品物からわかりやすかった。
(これはノアか?)
箱の中にはノアの大好物のカステラが入っていた。
シュリは甘い物が好きな方なので、ノアが注文した物を分けてくれたに違いない。
ノアとはあまり話はしないが、時々一緒に聖殿の片付けをすることがあった。
共用スペースの物をシュリが片付けて、ノアは清掃をする…と、自然と分業している。
(あのノアがこんなことをするようになるとはな……)
そう感慨深い気持ちにもなる。
シュリが守護聖になった時、ノアは今のカナタと同じ年齢の子供だった。
そのためしばらくシュリは、ノアを「まだ守られるべき子供」として見ていた。
守護聖になってから出会った相手はみんな、遠い他人のように感じているシュリ。
しかし少しはそういう思いもあったのだ。
人を遠ざけるようにしているノアが、このように積極的に動くとは、成長を感じる。
4番目にシュリが開けたのは、1番小さな包みだった。
赤い包装紙に青いリボンがかけられた薄い箱。
中に入っていたしおりに、シュリは目を見はる。
(これは美しいな!)
その輝きが感じられるしおりは、シュリの好みにも合うものだった。
(こういうセンスをしているのは、フェリクスか?ユエか?もしかすると女王候補か?)
数人の顔は浮かぶものの、これも特定は難しいので、他の物を開けてみる。
5番目に手に取った包みも、小さめで平たい。
藤色に白い模様の入った包装紙が美しい。
その中に入っていたのは文庫の小説だった。
シュリは読書が趣味なので、選んでくれたようだ。
これにはカードも添えられていたので、贈り主はすぐに判明した。
『誕生日おめでとう。
主人公が美しい生き方をしていて、僕もいい影響を受けた物語を贈るよ。
僕の故郷ネージュの本なんだ。
シュリも気に入るといいけど』
そんなメッセージの周りには、小さく繊細な花の模様が印刷されている。
(フェリクスからか)
読書をする守護聖は多い中で、シュリはフェリクスの選ぶ小説が1番好きである。
(フェリクスが勧めるものは楽しみだな)
6番目に、他よりも大きめで平たい、藍色の包装がされた包みを開ける。
こちらには神話の本が入っていた。
表紙は金の装飾がされていて美しい。
これはハードカバーなので、少し重みがある。
贈り主レイナからのバースデーカードも付いていた。
『シュリ様、お誕生日おめでとうございます。
シュリ様も読書が好きとお聞きしたので、バースの神話を贈ります。
私が特に素晴らしいと思っている神様の物語です。
よろしかったら、ご覧になって下さい』
これはレイナが故郷にいた時から、お気に入りの本らしい。
(女王候補の故郷では、どんな神話が伝えられてきたのか、
そしてレイナはどんな物語をいいと思っているのかも、知っておいた方がいいだろう)
そう興味深いと思う。
こうして2冊も初めて読む本を手に入れたシュリは、楽しい計画を立て始める。
(早速今夜、もらった酒を飲みながら、読み始めるか)
そう微笑んでいたが、まだ開封していない、1番大きな箱が1つ残っている。
緑地に星柄の入った包装紙に包まれていた。
それには急須と、グリーンティーの茶葉が入っていた。
急須は朱色で、下部に小さく桜が描かれている。
贈り主の名前は書かれていないが、メッセージは添えられていた。
シュリはそれを声に出して読む。
「誕生日おめでとう。
誕生日当日に飲んでみて…か」
それから「茶葉は少なめで!」とも書かれている。
グリーンティー(緑茶)もシュリの好物だ。
メッセージの誕生日指定の意味はわからない。
しかしこれまでの贈り物で気分が良くなっているシュリは、メッセージに従うことにした。
(今晩はこちらを飲んでみるか)
グリーンティーをよく飲む国の出身であるカナタが淹れるところを、シュリは何度も見ている。
そのため自分でも淹れることができる。
早速執務室で使っている陶器のカップを持ってくる。
茶葉の袋を開けてみて、シュリは「おやっ」と思う。
(これまでに見たことがある茶葉に比べて、白っぽいものが多く入っているな。
種類が違うのか?まあいい)
そう少し気になったが、香りも嫌いじゃないので、構わず淹れることにする。
(茶葉は少なめだったな…)
そうメッセージ通りにしてみると……。
(む。いつもよりも湯呑みに、茶葉が出てくるな)
最初はそこが気になったが、ある物を見つけたシュリは目を見開いた。
(これは……!茶柱が立っている…だと!?)
そこにはシュリ念願の茶柱があった。
ユエの前にはよく現れ、カナタのところにも来たのを見かけていた。
自分のところにも来てほしいと願っていた、あの茶柱が!
シュリはそのまま、穴が空きそうなほど見つめる。
その茶柱は10秒ほど頑張って立っていた。それから倒れてしまう…。
しかしシュリの胸は、感動で包まれていた。
その思いで、周りがキラキラしているようにも見える。
(俺のところにも、とうとう茶柱が…)
───少ししてその余韻が落ち着くと、不思議な気がする。
(しかし何故急に、茶柱が立ったのか?
俺の誕生日にこんなことが起こるとは、出来すぎている気もする…)
そう考え始めて、シュリが思い当たったのは───。
(まさか、ユエかミランの力か?)
ミランは緑の守護聖だからなのか、ラッキーパワーを注ぐ…ということができるらしい。
コインゲームでも大量に当てまくっているのを見たことがある。
そしてユエは、植物も含めた生き物──それだけではなく、物の気持ちもわかるらしい。
そのおかげか、よく茶柱を立てることができる。
信じ難いことに、この前は7本も立っていたらしい。
それについて「俺を見て空気を読んだ茶葉が、茶柱を立てた」などと、理由を語っていた。
そんな神がかった2人なら、前もって茶葉に何かをしておいて、茶柱を立たせることもできるかもしれない。
そんなことを考えたが、とりあえず淹れたグリーンティーは冷めないうちに、飲んでおく。
謎は含まれているものの、シュリの夢を叶えてくれたグリーンティーは優しい味がする…ような気がした。
(では確かめに行くか!)
有り難く飲み干したシュリは、真相を確かめに行く。
本人に直接訊きに行くのだ。

執務室から出たシュリは、ちょうど廊下にミランがいるのを見つけた。
ミランは声を掛けながら、近付いてくる。
「あれ?シュリもこんな時間に聖殿にいたんだ」
その言葉で、今日のミランの仕事を思い出す。
「そうか。ミランは今日エスポワールの緊急要請に行っていたんだったな」
ミランは疲れているようで、ため息をつく。
「そうだよー。僕も頑張ったから、無事解決したけどね。
報告書も書いたら、こんな時間になっちゃった」
土の曜日は平日とは違うので、もう退勤した守護聖の方が多い時間になっていた。
窓の外はもう暗い。
「俺は今日エリューシオンの方に行っていた」
シュリはそういっただけだが、土の曜日当日に入る、大陸の仕事といえば、決まっている。
「そうなんだー。視察は楽しくていいよね」
そうミランが羨ましそうなので、一応言っておく。
「まあ、そうだが、あれも一応仕事だからな」
それからミランは「あっ」と思い出した顔をする。
「そうだ!今日はシュリの誕生日だね。おめでとう!
プレゼントは特に用意してないけど、僕の踊りを見せてあげられるよ。
やっぱり望みが叶うのが一番でしょ」
そうミランは笑顔で提案してくれた後、こう付け加える。
「でも今日はもう暗いし、疲れてるから帰りたい。
せっかくだしちゃんと踊ってあげたいから、今度昼間に声をかけてよ」
「ああ、ありがとう。ただ今の俺の一番の願いは、宇宙の安定だからな。
さすがに難しいだろう」
シュリは申し出にお礼をいいながらも、そう返す。
「うーん。まあそうだけど…。
僕の踊りを見ることで、シュリ自身もまだ知らない『願い』に気付くこともあるかもよ」
そうミランは見透かすような視線で、シュリの目を見る。
それからパッと身を翻した。
「まあ気が向いたら。それじゃあね~」
そうミランは手を振ってから、私室のある方へ帰っていく。
そんなミランとの会話から、あのグリーンティーの贈り主ではないことがわかった。

ユエの執務室の前に行ってみると、中から微かに物音がする。
今日はユエもミランと一緒に緊急要請に行っていたので、こちらに来てみて正解だった。
「ユエ、入るぞ」
そうシュリが入ると、ユエは書類を見ているところだった。
「まだ仕事か?」
その声にユエは顔を上げる。
「ああ。王立研究院から相談を受けてよ。
明日は日の曜日だし、今日中に出来ることはやっておこうと思ってな。
もう少しでまとまりそうだぜ」
ユエは首座の上、守護聖になってからも長い。
そのため他の守護聖よりも、相談を受けることが多い。
今日は緊急要請から帰ってきた後に、この件に取り掛かり始めた。
そのためこんな時間になっていた。
そんなユエは椅子から立ち上がると、シュリのところまで歩いて行く。
それから笑顔になって訊ねた。
「そうだ、シュリ。ハッピーバースデー!
お前の執務室にしおりを置いておいたが、見たか?」
その言葉に、先程見蕩れたしおりを思い出す。
「あれはユエからだったか。ああ、とても美しいしおりだと思った」
目を閉じて思い出しながら、そう素直な気持ちを伝える。
その褒め言葉を聞いたユエは得意げな顔になる。
「そうだろ?読書をする時にでも使ってくれ。
祝いの言葉は直接伝えたいと思ったけどよ、留守だったから…。
でもプレゼントは当日渡した方がいいと思って、置いておいたんだ」
そういう理由で、ユエからの贈り物には、カードはついていなかったらしい。
まず伝えたい話は終わったユエは、シュリに質問する。
「そういえばシュリは、何の用事で来たんだ?」
「ああ、俺の執務室に置かれていた物の中に、グリーンティーのセットがあってな。
それで淹れてみたら、茶柱が立ったんだ」
そう聞いたユエは満面の笑みになる。
「おお、やったじゃねーか!写真は撮ったか?」
そう訊かれて、シェリは初めてそのことに気づく。
「いや…、驚きのあまり忘れていたな…。
それでそんなことが誕生日に起こるとは、贈り主が何か細工をしていたのかと思ったんだが…。ユエではないようだな」
そう聞いてユエも真面目な顔になる。
「そうだな。俺はそのグリーンティーについては何も知らねえな。
それに俺は前もって茶柱を立たせるようなことはできねえしな」
そう自分ではないとはっきり告げる。
それから笑顔になって、ガッツポーズをする。
「でもハッピーな報せをありがとうな。おかげでもう少し頑張れそうだ」
「ああ、(こちらこそ)ありがとう」
そうユエも一緒に喜んでくれたことで、内心嬉しさが増したシュリは礼を告げた。

(ミランでもユエでもなかったな。…とすると、一体誰が…)
ユエの執務室から出た後、シュリはうつむいて考え込む。
最初は超能力の類で茶柱が立ったのかと思った。
しかしこれは科学的な力によるものなのかもしれない。
シュリの予想は、そういう方向にシフトした。
(あの急須に、茶柱を立たせる仕掛けがある可能性も考えられる。
そんなことができるのは、ゼノ!)
そう真っ先に思いついて、早足でゼノの執務室の前に行く。
しかし中は静まりかえっている。ここにはいないようだ。
そこでシュリも、今日は帰ることにした。
まずはもらったプレゼントをみんな運ぶために、私室と往復する。

仕切り直してゼノの私室の前に行くと、中からゼノとカナタの声が聞こえる。
こちらは私的な場所なので、部屋の主にちゃんと許可を取る。
「ゼノ、聞きたいことがあるんだが、入っていいか?」
するとほどなくして、ゼノの声が返ってくる。
「シュリ様!?はい、どうぞ」
そこでシュリは部屋に入る。
2人はゲームをしていたようで、近くにゲーム機がある。
ゼノもカナタも立った状態でシュリを迎えた。
「シュリ様は視察から帰られたところですか?お疲れ様です」
そうゼノはまず挨拶をする。
「ああ。さっき戻ってきたところだ」
「あ!シュリさんは今日誕生日だって聞きました。おめでとうございます」
そう周りから聞いていたカナタは、自分からお祝いの言葉を伝える。
「お誕生日おめでとうございます!」
ゼノも笑顔で続く。
そんな後輩にシュリはお礼をいった。
「ああ、ありがとう」
「それでシュリ様はどうされたんですか?」
そうゼノに促され、シュリは話を始める。
「今日俺の執務室に、グリーンティーのセットが置かれていてな。
その贈り主を探しているんだ」
そう聞いたゼノもカナタも戸惑った顔をする。
「グリーンティー…。俺はわからないですね」
「オレも。今日はシュリさんの執務室に行ってないしな…」
そう2人は顔を見合わせる。
それからゼノは「これはいい機会」と気持ちを切り替えて、用意していた物を取りに向かう。
「シュリ様、今少し時間ありますか?
俺たちからもシュリ様へプレゼントがあるんですよ」
そういってから部屋の冷蔵庫を開ける。
冷蔵室、冷凍室それぞれから長方形のお盆を1つずつ取り出して、テーブルに置いた。
ゼノは嬉しそうにいう。
「俺たち、シュリ様の好きなフルーツシャーベットやゼリーをたくさん作ってみました。
冷やしておかないといけないから、シュリ様が帰ってきたら、お出ししようと思っていたんです。
ちょうど来ていただけて良かったです」
「シュリさん、今はどれにしますか?」
そうカナタも嬉しそうに訊ねる。
そこには色とりどりのシャーベットとゼリーが、それぞれ5種類も並んでいた。
シャーベットの上には少し、その味の果物も乗っている。
それを見るとオレンジ、さくらんぼ、ラ・フランス、メロン、ぶどうがある。
聞いてみると、5種類ともシャーベットとゼリーは同じ味を作ったそうだ。
(作り方は難しくないはずだが、これだけの種類を用意するのは手間だっただろう)
まだグリーンティーの謎は解けないままだが、
そんな想像をしたシュリは、せっかくの厚意を受けることにした。
「そうだな。ではこのぶどうのシャーベットと、オレンジのゼリーを頂こう」
そう1つずつ選ぶ。
ゼリーはそのまま1人分になっている。
しかしシャーベットは3人分のため、3分の1をガラスの器に盛りつける。
「ではこちらをどうぞ。俺たちも食べよう」
そうゼノはシュリ用に用意していたゼリーを、まず冷蔵庫にしまう。
その後に自分達用のを出す。
ゼリーも3人がそれぞれの味を食べられるように、分けてあった。
「カナタはどれを食べたい?」
そうゼノに訊かれたカナタは、食べたことのない味を選ぶ。
「じゃあオレはラ・フランスのシャーベットを食べてみたい」
カナタは基本的に甘いものが得意ではない。
そこでゼノはすくいながら「これくらいにする?」と確認した。
「うん。それくらいで」
そうカナタが頷いたので、その小盛りのシャーベットを目の前に置く。
2人と同じ味を試食したいと考えたゼノ。
ラ・フランスのシャーベットとオレンジのゼリーにした。
他はすぐに冷蔵庫に戻す。
「たくさん作ったので、また食べに来てくださいね」
そうシュリを誘いながら、2人にスプーンを配る。
そして3人ともテーブルにつくと、早速食べ始める。
「「「いただきます」」」
「これは美味いな」
そう目を丸くするシュリ。
「このシャーベット、結構サッパリしてるから、オレもいけるよ」
そうカナタがゼノを見ると、ゼノは喜んで誘う。
「じゃあカナタもまた一緒に食べよう。やっぱりオレンジは美味しいなー」
そう作った本人も満足する味だ。
デザートを楽しみながら、謎のグリーンティーセットについて、シュリは違う方向からいってみる。
「さっき話したグリーンティーセットで淹れてみたら、初めて茶柱が立ったんだ」
すると自分も体験した時に嬉しかったカナタが反応する。
「え!?誕生日に!?聞いたオレまでテンション上がりました」
シュリはカナタを見て頷いてから、話を続ける。
「ああ。驚きのあまり、見入ってしまった。
それでもしかすると急須に仕掛けがあって、そうなったのかと思ってな」
その話を聞くと、ゼノは考え込む。
「うーん。急須が特別製だったか、もしくは茶柱が立ちやすくなる条件がある…とか?
その急須と茶葉を見せてもらってもいいですか?」
そこで冷菓をゆっくり楽しんだ後に、3人で確かめることにした。

食べ終わったシュリは、私室からグリーンティーセットを持ってくる。
その急須をあらゆる角度から確認したゼノは、こう答える。
「うーん。とりあえずこれは、普通の急須みたいですね…」
「茶柱が立ったのは、たまたまなのかな?」
カナタはそう相槌を打つ。
そこでゼノはもう1つの案を、タブレットで調べてみることにした。
するとすぐに目的の情報を見つける。
「あ、ありましたよ。茶柱の立て方!」
その発言にカナタもシュリも驚く。
「えっ!?」
「そんな方法があるのか!?」
そんな2人にゼノは、そこに書かれている説明を要約して伝える。
「読み上げますね。
えーとまず、茎の含まれている茶葉を選ぶ…」
「しのって?」
カナタにとって初めて聞く言葉なので、きょとんとした顔でゼノを見つめる。
そこでゼノはネットの写真と、シュリの持ってきた茶葉を見比べながら、2人に指し示す。
「この白っぽい部分のことみたいですね」
「!確かに白いものが多く含まれていると思っていた」
そう自分でも気付いていたシュリが頷く。
「それから…茶こしに大きめの穴が空いている急須を使う…」
そうゼノから聞いても、標準がわからないシュリは首をひねる。
「茶こし?ここも肝心なのか。これまでに使ったものがどうだったのか覚えていないが…」
その言葉にカナタがすぐに動く。
「じゃあ、オレも自分の急須を買ってもらったから、比べてみましょう」
そうカナタはすぐに、私室からマイ急須と茶葉も持ってくる。すると───。
「やはり俺がもらった物の方が、穴が大きいな」
比べてみると違いがよくわかった。
「それにオレの茶葉よりも、茎の部分が断然多い!」
カナタの茶葉にも少し茎は入っているが、明らかに割合いが違っている。
「本当にここに書いてある通りですね…」
そうゼノも驚いてから、まだある茶柱を立てる秘訣を読み上げる。
「それから少なめの茶葉に、多めのお湯を使う」
その言葉にシュリは大きく反応する。
「それは……!そうするようにメッセージが入っていたな…」
「すると30%の確率で茶柱が立つでしょう…だそうです」
それでネットの説明は締められていた。
グリーンティーをよく飲む国の出身であるカナタが、初めて知る情報に特に感心する。
「へー。茶柱が立ちやすくなる方法があるなんて知らなかったな。30%か…。
シュリさんは何杯淹れたんですか?」
「1人だったから1杯だけだ」
その話にゼノが笑顔で祝う。
「じゃあシュリ様は、その30%を引き当てたんですね!おめでとうございます!」
「誕生日にスゲー!オレも茶柱を見たことがあるのは2回だけだから、羨ましいです」
そうカナタは心から羨ましがる。
そう3分の1の幸運を引き寄せた上に、また2人からも祝ってもらえて、シュリも満足した気持ちになる。
そこでシュリは、カナタにこう提案する。
「これは茶柱が立ちやすいなら、今度一緒に飲むか」
するとカナタは目を輝かせて乗り気になる。
「やったー!オレも茶柱立てたい。楽しみです」
そんな様子を見ながら、ゼノはこう思った。
(俺は確実に茶柱を立てる急須も作れるけど…。
成功するかわからないから、嬉しいんだよね)

そう謎の半分は解明したが、シュリは目を閉じて考え込む。
「茶柱が立った原理はわかったが、一体これは誰がくれたのか…」
「シュリ様を喜ばせたかった誰かに、心当たりはないですか?」
そうゼノに問われる。
これまではこんなことが出来そうな相手を考えていた。
そんなシュリにとって、目から鱗な発想だ。
これまででユエ、ノア、カナタ、ミラン、ゼノ、フェリクス、レイナは違うらしいことが判明している。
「そうか。俺を喜ばせたい誰か…か」
そう繰り返して呟いたシュリの頭に、真っ先に浮かんだのは───。
「(シュリを)私が笑顔にしてあげられたらいいのに」とか、
「私もシュリの仲間になれないですか?」といっていた彼女の姿だった。
彼女は今日の視察中も、
「誕生日なのに来ていただいて、ありがとうございます。
今日はシュリの行きたいところに行きましょう。
シュリにとって嬉しい1日にできたら…って思っているんです」
そう笑顔で軽やかに歩いていた。
そして中央広場で、温かい時間を過ごしたのだった。
アンジュとは今日ずっと一緒にいたから、執務室に来る時間はないはずだ…。
チラと頭に浮かんだものの、そう考えから外していたが、もしかしたら…。
そして心当たりもある。
最近ちょっとした悲しいこととして、「一度も茶柱が立ったことがない」とアンジュに話したばかりだ。
これまでの彼女の反応を思い出してみれば、「なんとかしたい」と考えてくれたのかもしれない。
そんなアンジュに、シュリも大分心を許してきている。
先日はずっと大切にしている遺品よりも、優先して彼女を助けていた。
そんなアンジュの姿を思い出し、贈り主の予想がついたシュリは、穏やかな顔でこう言った。
「ああ。あいつかもしれない。
明日聞いてみるか」


Fin







《種明かし》

今週の大陸視察を終えたアンジュが寮に帰ってきた。
すると廊下にサイラスがいるのを見つける。
挨拶を交わした後、アンジュは今朝のお礼を伝える。
「今日はプレゼントを届けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ。喜んでくださるといいですね」

今朝いつものようにサイラスが朝食を運んできた時に、こんなことがあった。
「今日は大陸視察に行くことをお忘れなく」
そうサイラスの言葉を聞いたときに、アンジュはうっかりしていたことに気付く。
「あ!今日って聖殿には行けないんだった」
そう1週間のうち土の曜日だけは、女王候補は聖殿に入ることが出来ない。
その様子に、サイラスは理由を訊ねる。
「何か用事がおありですか?」
「はい。今日はシュリの誕生日なので、プレゼントを渡しに行きたかったんですけど…。
視察で会うときに持って行くこともできるけど、夕方まで持ち運ぶには、大きいかなあ」
茶葉だけでなく、急須とセットにして箱に入っているので、それなりにかさばる。
その大きさの箱を見たサイラスはこう提案する。
「そうですね。アンジュ様には、しっかり視察をしてきていただきたいですし…。
それは私がシュリ様の執務室に運んでまいりましょう」
その渡りに船な言葉に、アンジュは頭を下げる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

シュリのもとでも茶柱が立って、喜んでほしい。
そう思ってネットで方法を調べ、条件に合うだろう急須と茶葉を用意した。
(あれで茶柱が立つといいな…。そうだ!)
部屋に帰ってきたアンジュは窓を開ける。
茜色から紫色に変化してきている空の中に、いくつかの星が輝いて見える。
(女王候補でも少し不思議な力を持っているみたいだから、願ってみたら叶うかも)
そう考えて、アンジュは手を組む。
(シュリの湯呑みに茶柱が立ちますように!
そしてシュリにとって、嬉しい誕生日になりますように☆!)
すると星が応えるように、瞬いて見えた。


Fin


2024年6~7月制作





(あとがき)
この物語は「ミステリー覆面」というイベント用に書きました。
私が覆面を意識して変えた部分は、初めてシュリさんをメインにしたこと。
そしてシュリさんを主人公にするなら、これまでに書いたアンミナ小説とは違い、3人称にするので、そこがぴったりだなと思いました。
アンジュさん側のシュリさんは書いたことがなかったので、ファンから見たらどう感じるのか気になっていました。
私はオリジナルでは児童文学を書いているので、意識しなくても、その雰囲気が出るみたいです。


ユエさんの茶柱話をした時に、シュリさんも茶柱を立てたがっていることを思い出したことから、この物語は生まれました。
そこで茶柱を立てるコツがあるのか調べてみたら、紹介されていたので、現実的な方法で叶えました。

私が参考にした方法はこちら
(https://ameblo.jp/shokokai-tsutiyama/entry-10045238566.html

https://dime.jp/genre/599641/)


緑茶セットの贈り主は、王道の展開からすぐに予想がつくだろうと思いました。
そこでこの物語で1番のミステリーにしたのは、何故今回シュリさんは、大勢からプレゼントをもらえたのかということにしました。
それはアンジュさんとの関わりによって、大切な遺品をゼノくんに預けるほど、他の守護聖にも心を開いたからということでした。
それが勘のいい人には読んでいて伝わるように、元々のシュリさんのキャラに合う範囲で、全体的に少し柔らかくしました。
そして他の守護聖に心を開き始めたシュリさんは多分こう、と周りの善意を受け入れようとする姿勢で表現しました。
ノアくんが18歳の時にシュリさんは出会っているから、こんな過去もあったのでは!?と想像も入れました。
最後に恋愛段階がここまで進んでるという回想を入れたところでは、そのことに気付いてもらえるようにと考えました。
これは「みんなとの距離が近くなったシュリさんが、夢も叶って喜ぶ」話なので、書いていて楽しかったです。

シュリさんはネットでプレイヤーに向ける言葉が優しいなと、そこからいい人なことに気付きました。
それから私はアンミナの恋愛イベントでは、アンジュさん以外にも心を開く結末が特に好きです。
シュリさんとの話では、アンジュさんが本人に思いをそのままいうところも好きなので、作中に引用しました。


プレゼントは、出来るだけシュリさんの好きな物を割り振りました。
ユエさんは、シュリさんの誕生日に美しいしおりを贈る。
ゼノくんは、守護聖のみんなの好きな食べ物を作りたい。
フェリクスさんは小説のセンスが1番いいと、シュリさんが思う人。
…というのも公式から入れました。
作中で贈り主が判明しなかった物は、お酒はロレンツォさんで、果物はヴァージルさんからです。
出身地と本人の好物から、自然の物はヴァージルさんで、人工物はロレンツォさんの方が合うかなと。
それとロレンツォさんは人のこともよく知ろうとするので、シュリさんの好きな物も細かく観察しているのでは…と思うからです。

ミステリーなので、贈り主は出来るだけ伏せようと思いました。
でもフェリクスさんとレイナさんが名乗らないのは、キャラと合わないと思ったので明かしました。
ロレンツォさんもメッセージカードを書くのでは?と迷ったので、ミステリーじゃなかったら付けた気がします。

ゲームはユエさん以外の回想はまだ埋まってないけど、公式サイトやパンフレット等は出来るだけ読んでから書き始めました。
私はアンミナではユエさんの好きなところを記録しておきたくて、二次創作しています。
でもユエさんだけじゃなくて、その物語に合う、他の人の場面も出来るだけ入れたいです。
まだメインにしたことのない人の話も、いいのが浮かんだら書きたいなと考えています。
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