ミステリー・グリーンティー

とある土の曜日の夕暮れ。
女王候補アンジュの大陸視察に同行してきた、炎の守護聖シュリは、自分の執務室に帰ってきた。
(今日は悪くない時間だった)
そう今日過ごした時間を思い出して微笑む。
しかし応接用の机にたくさんの物が置かれていることに気付くと、目を見開く。
(なんだ!?これは……)
そこには7個の大小様々な箱や袋が並んでいる。
(…もしかして、誕生日プレゼントか?)
箱の半分以上はラッピングされているので、シュリはそう気付いた。
そう今日はシュリの誕生日なのだ。
それでもシュリが驚いたのには理由があった。
(去年まではこんなことはなかったが…、どういうことだ?)
そう不思議に思いながらも、中を確かめていくことにする。
まずは黒いビニール袋を手に取った。
(これは酒…だな)
その手に持った緑色のボトルは、シュリが特に好きな種類だ。
ロレンツォやヴァージル、ユエと一緒に酒盛りするときにも、よく飲んでいる。
(おそらくこれは、あの3人のうちの誰かか)
そのことを思い出して、贈り主の名前はないが、そんな予想がついた。
2番目に茶色のシンプルな袋を開ける。
中には、りんごと梨が3つずつ入っていた。
これにも贈り主は書かれていない。
シュリは時々、酒を飲みながら、果物を食べることもある。
しかしシュリが果物を好きだと知っている者は、他にもいる。
(これは誰からなのか、見当がつかないな…)
そうため息をついたが、他の物の贈り主がわかれば、消去法で判明するかもしれない。
そうも考え、とりあえず他も開けてみることにする。
3番目は細長い白い箱を選んだ。
これは袋以外では唯一ラッピングされていなくて、確認しやすいからだ。
それにも贈り主は書かれていなかったが、品物からわかりやすかった。
(これはノアか?)
箱の中にはノアの大好物のカステラが入っていた。
シュリは甘い物が好きな方なので、ノアが注文した物を分けてくれたに違いない。
ノアとはあまり話はしないが、時々一緒に聖殿の片付けをすることがあった。
共用スペースの物をシュリが片付けて、ノアは清掃をする…と、自然と分業している。
(あのノアがこんなことをするようになるとはな……)
そう感慨深い気持ちにもなる。
シュリが守護聖になった時、ノアは今のカナタと同じ年齢の子供だった。
そのためしばらくシュリは、ノアを「まだ守られるべき子供」として見ていた。
守護聖になってから出会った相手はみんな、遠い他人のように感じているシュリ。
しかし少しはそういう思いもあったのだ。
人を遠ざけるようにしているノアが、このように積極的に動くとは、成長を感じる。
4番目にシュリが開けたのは、1番小さな包みだった。
赤い包装紙に青いリボンがかけられた薄い箱。
中に入っていたしおりに、シュリは目を見はる。
(これは美しいな!)
その輝きが感じられるしおりは、シュリの好みにも合うものだった。
(こういうセンスをしているのは、フェリクスか?ユエか?もしかすると女王候補か?)
数人の顔は浮かぶものの、これも特定は難しいので、他の物を開けてみる。
5番目に手に取った包みも、小さめで平たい。
藤色に白い模様の入った包装紙が美しい。
その中に入っていたのは文庫の小説だった。
シュリは読書が趣味なので、選んでくれたようだ。
これにはカードも添えられていたので、贈り主はすぐに判明した。
『誕生日おめでとう。
主人公が美しい生き方をしていて、僕もいい影響を受けた物語を贈るよ。
僕の故郷ネージュの本なんだ。
シュリも気に入るといいけど』
そんなメッセージの周りには、小さく繊細な花の模様が印刷されている。
(フェリクスからか)
読書をする守護聖は多い中で、シュリはフェリクスの選ぶ小説が1番好きである。
(フェリクスが勧めるものは楽しみだな)
6番目に、他よりも大きめで平たい、藍色の包装がされた包みを開ける。
こちらには神話の本が入っていた。
表紙は金の装飾がされていて美しい。
これはハードカバーなので、少し重みがある。
贈り主レイナからのバースデーカードも付いていた。
『シュリ様、お誕生日おめでとうございます。
シュリ様も読書が好きとお聞きしたので、バースの神話を贈ります。
私が特に素晴らしいと思っている神様の物語です。
よろしかったら、ご覧になって下さい』
これはレイナが故郷にいた時から、お気に入りの本らしい。
(女王候補の故郷では、どんな神話が伝えられてきたのか、
そしてレイナはどんな物語をいいと思っているのかも、知っておいた方がいいだろう)
そう興味深いと思う。
こうして2冊も初めて読む本を手に入れたシュリは、楽しい計画を立て始める。
(早速今夜、もらった酒を飲みながら、読み始めるか)
そう微笑んでいたが、まだ開封していない、1番大きな箱が1つ残っている。
緑地に星柄の入った包装紙に包まれていた。
それには急須と、グリーンティーの茶葉が入っていた。
急須は朱色で、下部に小さく桜が描かれている。
贈り主の名前は書かれていないが、メッセージは添えられていた。
シュリはそれを声に出して読む。
「誕生日おめでとう。
誕生日当日に飲んでみて…か」
それから「茶葉は少なめで!」とも書かれている。
グリーンティー(緑茶)もシュリの好物だ。
メッセージの誕生日指定の意味はわからない。
しかしこれまでの贈り物で気分が良くなっているシュリは、メッセージに従うことにした。
(今晩はこちらを飲んでみるか)
グリーンティーをよく飲む国の出身であるカナタが淹れるところを、シュリは何度も見ている。
そのため自分でも淹れることができる。
早速執務室で使っている陶器のカップを持ってくる。
茶葉の袋を開けてみて、シュリは「おやっ」と思う。
(これまでに見たことがある茶葉に比べて、白っぽいものが多く入っているな。
種類が違うのか?まあいい)
そう少し気になったが、香りも嫌いじゃないので、構わず淹れることにする。
(茶葉は少なめだったな…)
そうメッセージ通りにしてみると……。
(む。いつもよりも湯呑みに、茶葉が出てくるな)
最初はそこが気になったが、ある物を見つけたシュリは目を見開いた。
(これは……!茶柱が立っている…だと!?)
そこにはシュリ念願の茶柱があった。
ユエの前にはよく現れ、カナタのところにも来たのを見かけていた。
自分のところにも来てほしいと願っていた、あの茶柱が!
シュリはそのまま、穴が空きそうなほど見つめる。
その茶柱は10秒ほど頑張って立っていた。それから倒れてしまう…。
しかしシュリの胸は、感動で包まれていた。
その思いで、周りがキラキラしているようにも見える。
(俺のところにも、とうとう茶柱が…)
───少ししてその余韻が落ち着くと、不思議な気がする。
(しかし何故急に、茶柱が立ったのか?
俺の誕生日にこんなことが起こるとは、出来すぎている気もする…)
そう考え始めて、シュリが思い当たったのは───。
(まさか、ユエかミランの力か?)
ミランは緑の守護聖だからなのか、ラッキーパワーを注ぐ…ということができるらしい。
コインゲームでも大量に当てまくっているのを見たことがある。
そしてユエは、植物も含めた生き物──それだけではなく、物の気持ちもわかるらしい。
そのおかげか、よく茶柱を立てることができる。
信じ難いことに、この前は7本も立っていたらしい。
それについて「俺を見て空気を読んだ茶葉が、茶柱を立てた」などと、理由を語っていた。
そんな神がかった2人なら、前もって茶葉に何かをしておいて、茶柱を立たせることもできるかもしれない。
そんなことを考えたが、とりあえず淹れたグリーンティーは冷めないうちに、飲んでおく。
謎は含まれているものの、シュリの夢を叶えてくれたグリーンティーは優しい味がする…ような気がした。
(では確かめに行くか!)
有り難く飲み干したシュリは、真相を確かめに行く。
本人に直接訊きに行くのだ。

執務室から出たシュリは、ちょうど廊下にミランがいるのを見つけた。
ミランは声を掛けながら、近付いてくる。
「あれ?シュリもこんな時間に聖殿にいたんだ」
その言葉で、今日のミランの仕事を思い出す。
「そうか。ミランは今日エスポワールの緊急要請に行っていたんだったな」
ミランは疲れているようで、ため息をつく。
「そうだよー。僕も頑張ったから、無事解決したけどね。
報告書も書いたら、こんな時間になっちゃった」
土の曜日は平日とは違うので、もう退勤した守護聖の方が多い時間になっていた。
窓の外はもう暗い。
「俺は今日エリューシオンの方に行っていた」
シュリはそういっただけだが、土の曜日当日に入る、大陸の仕事といえば、決まっている。
「そうなんだー。視察は楽しくていいよね」
そうミランが羨ましそうなので、一応言っておく。
「まあ、そうだが、あれも一応仕事だからな」
それからミランは「あっ」と思い出した顔をする。
「そうだ!今日はシュリの誕生日だね。おめでとう!
プレゼントは特に用意してないけど、僕の踊りを見せてあげられるよ。
やっぱり望みが叶うのが一番でしょ」
そうミランは笑顔で提案してくれた後、こう付け加える。
「でも今日はもう暗いし、疲れてるから帰りたい。
せっかくだしちゃんと踊ってあげたいから、今度昼間に声をかけてよ」
「ああ、ありがとう。ただ今の俺の一番の願いは、宇宙の安定だからな。
さすがに難しいだろう」
シュリは申し出にお礼をいいながらも、そう返す。
「うーん。まあそうだけど…。
僕の踊りを見ることで、シュリ自身もまだ知らない『願い』に気付くこともあるかもよ」
そうミランは見透かすような視線で、シュリの目を見る。
それからパッと身を翻した。
「まあ気が向いたら。それじゃあね~」
そうミランは手を振ってから、私室のある方へ帰っていく。
そんなミランとの会話から、あのグリーンティーの贈り主ではないことがわかった。

ユエの執務室の前に行ってみると、中から微かに物音がする。
今日はユエもミランと一緒に緊急要請に行っていたので、こちらに来てみて正解だった。
「ユエ、入るぞ」
そうシュリが入ると、ユエは書類を見ているところだった。
「まだ仕事か?」
その声にユエは顔を上げる。
「ああ。王立研究院から相談を受けてよ。
明日は日の曜日だし、今日中に出来ることはやっておこうと思ってな。
もう少しでまとまりそうだぜ」
ユエは首座の上、守護聖になってからも長い。
そのため他の守護聖よりも、相談を受けることが多い。
今日は緊急要請から帰ってきた後に、この件に取り掛かり始めた。
そのためこんな時間になっていた。
そんなユエは椅子から立ち上がると、シュリのところまで歩いて行く。
それから笑顔になって訊ねた。
「そうだ、シュリ。ハッピーバースデー!
お前の執務室にしおりを置いておいたが、見たか?」
その言葉に、先程見蕩れたしおりを思い出す。
「あれはユエからだったか。ああ、とても美しいしおりだと思った」
目を閉じて思い出しながら、そう素直な気持ちを伝える。
その褒め言葉を聞いたユエは得意げな顔になる。
「そうだろ?読書をする時にでも使ってくれ。
祝いの言葉は直接伝えたいと思ったけどよ、留守だったから…。
でもプレゼントは当日渡した方がいいと思って、置いておいたんだ」
そういう理由で、ユエからの贈り物には、カードはついていなかったらしい。
まず伝えたい話は終わったユエは、シュリに質問する。
「そういえばシュリは、何の用事で来たんだ?」
「ああ、俺の執務室に置かれていた物の中に、グリーンティーのセットがあってな。
それで淹れてみたら、茶柱が立ったんだ」
そう聞いたユエは満面の笑みになる。
「おお、やったじゃねーか!写真は撮ったか?」
そう訊かれて、シェリは初めてそのことに気づく。
「いや…、驚きのあまり忘れていたな…。
それでそんなことが誕生日に起こるとは、贈り主が何か細工をしていたのかと思ったんだが…。ユエではないようだな」
そう聞いてユエも真面目な顔になる。
「そうだな。俺はそのグリーンティーについては何も知らねえな。
それに俺は前もって茶柱を立たせるようなことはできねえしな」
そう自分ではないとはっきり告げる。
それから笑顔になって、ガッツポーズをする。
「でもハッピーな報せをありがとうな。おかげでもう少し頑張れそうだ」
「ああ、(こちらこそ)ありがとう」
そうユエも一緒に喜んでくれたことで、内心嬉しさが増したシュリは礼を告げた。

(ミランでもユエでもなかったな。…とすると、一体誰が…)
ユエの執務室から出た後、シュリはうつむいて考え込む。
最初は超能力の類で茶柱が立ったのかと思った。
しかしこれは科学的な力によるものなのかもしれない。
シュリの予想は、そういう方向にシフトした。
(あの急須に、茶柱を立たせる仕掛けがある可能性も考えられる。
そんなことができるのは、ゼノ!)
そう真っ先に思いついて、早足でゼノの執務室の前に行く。
しかし中は静まりかえっている。ここにはいないようだ。
そこでシュリも、今日は帰ることにした。
まずはもらったプレゼントをみんな運ぶために、私室と往復する。
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