未来の神様の新年
もしも私がバースにいたままだったら、大晦日にあたる日の夜……。
私はレイナの夢ブロマイドを、枕の下に敷いて眠った。
今晩はレイナと会う約束をしているんだ。
夢の中に行くと、レイナは笑顔で迎えてくれた。
「アンジュ、待ってたわ。〇〇神社、開いてるといいわね」
「うん、現実と同じ時間だと、深夜だからね」
私たちはこれから神社に、初詣に行こうとしているんだ。
前もって行きたい神社を決めていた私たちは、2人でその名前を唱える。
「「それじゃあ〇〇神社へ」」
すると景色が変わって、その神社の近くに瞬間移動していた。
周りに人はたくさんいるけれど、突然現れた私たちを気に留める様子はない。
夢とはいえ本当に不思議で、便利だ。
「夢ブロマイドって、本当にどういう仕組みなのかしらね……」
何度か体験していることだけれど、レイナも改めてつぶやく。
初めてレイナの夢ブロマイドを使った時に、彼女となら特別にバースにも行けることを聞いた。
それから週に1度は夢でレイナと会って、一緒に息抜きをしていた。
その3分の2位はバースに来ている。
空は暗いので、今は夜……なのに、神社の前には大勢の人が並んでいる。
そして行列の周りには、屋台もたくさん出ている。
神社がこうなる時は、桜祭り、夏祭り、秋祭り……といろいろあるけれど。
周りの人の服装を見ると……。
「今はちょうど初詣なのかな?」
夢の中だからか、普段飛空都市で着ている服でも、私は寒く感じない。
けれど周りの人は、コートやマフラーを身に着けている。
元々私たちだけでも初詣できたら……と考えていた。
でも他の人もそうなら、気分が盛り上がってくる。
私たちは明るい顔になって、列に並ぶ。
「私の家はここから3km離れてるんだ。レイナのところは?」
私もレイナも子どもの頃から、この神社にお参りに来ていた。
そんな話を昼間していたので、そう訊ねてみる。
「私も同じくらいね。
高校生になってからの初詣は毎年こうやって、大晦日の夜に両親と来ていたわ」
「私の家も。じゃあこれまでに、すれ違ったことがあるかもしれないね。
もしかして今も、両親が来ていたりして?」
一応2人で周りの人を見回してみたけれど、私たちの両親はいないようだった。
思い出してみれば、これまでバースに来た時に、1度も知り合いを見掛けたことがない。
夢とはいえ、そう会わないようにされているのかもしれない。
「ともかく親戚以外と来るのは初めてだから嬉しいわ」
そうはにかむレイナに私も頷く。
「私も。夜は家族以外と来たことがないから、新鮮な気分だよ」
明るい時間なら友達とも来たことがあるけれど、夜は雰囲気や空気感が大分違う。
「……今更だけれど、初詣はユエ様と一緒じゃなくて良かったの?
バース以外のところには行けたでしょう?」
レイナにはユエを好きなことを打ち明けているので、そう確認される。
そう気遣われたので、私ははっきり頷いた。
「うん。初詣は『バースにレイナと』行くのが一番いいと思ったの。
それに起きたら、ユエとは一緒に初日の出を見るんだ。
明日は書き初めをする約束もしてるし」
数日前にもうすぐお正月が来ると、ユエに話をしたら、一緒にそれらしいことをしようといってくれた。
「レイナも彼と何かするの?」
レイナが一番いいと思っている人のことも聞いているので、私も訊ねてみる。
「ええ。私も一緒に初日の出を見る約束をしているわ。
あとバースでお正月にする遊びもしてみたいって」
その話に私は興味をひかれた。
レイナたちはどんなことをするんだろう?お正月の遊びって、いろいろあるからなあ。
「(お互い)楽しみだね!」
そう私たちはこれからの楽しい予定を思い出して、笑顔になった。
そんな話をしながら、参拝の列に10分程並んだだろうか。
「あと30秒で新年だよ」
そんな声が聞こえて、周りの人たちがカウントダウンを始めた。
だんだんと一緒に数える人が増えていく。
私たちは時計を持っていないけれど、そんな空気の中、一緒に気分が高まっていった。
「5……4……3……2……1!」
そしてカランカラン♪と神社の鐘が鳴らされ、
離れたところから神社の人の声が聞こえた。
「あけましておめでとうございまーす!」
そこで私とレイナも笑顔を見合わせて、新年の挨拶をした。
「あけましておめでとう。これからもよろしくね!」
夢の中なので、私が飛空都市に行った時に無くした財布が今手元にある。
お賽銭を入れて、手を合わせて、願い事をする。
(この宇宙を無事救えますように……)
夢は他にもあるけれど、今はそれが1番の願い。
参拝が終わって少し移動すると、毎年引いているおみくじが目に入った。
「おみくじを引くの?」
そうレイナに訊かれたけれど、私はおみくじから目線を外して、キッパリと答えた。
「ううん。これまでは気になって引いてたけど、今年は大吉にするから」
そんな私の真意をわかってくれたレイナも頷いた。
「……そうね。私たちが大吉にしてみせるわよね」
『努力は私を裏切らない。決断したのなら、後はやるだけ』
そう前にレイナがいっていた言葉が、今は私の心にもある。
それからもう幾らか掛けられている絵馬を見掛けて、私は近付いた。
『幸せな年になりますように』
『就職できますように』
『家族みんなが健康でありますように』
『子供が無事生まれてきますように』
『世界が平和になりますように』
そういろいろなことが書かれている。
そんな願い事を見て、私はこの前見た夢を思い出した。
その夢の中で私は、仲間と一緒なら、人々を守っていけるんじゃないか──って思った。
そして先日レイナは、私と一緒に仕事をしたい、力になりたいと言ってくれた。
──今は私とレイナの大陸の発展度は同じくらい。
女王になるのはどちらなのか、まだわからないけれど──。
もし私が女王になれなかったとしても、レイナと一緒に聖地に残ろうと思ってる。
そしてこの宇宙で暮らすみんなのために、頑張っていきたい。
育てている大陸の人たちの思いを聞いたり、宇宙意思と話をしているうちに、
そんな気持ちが私の中に芽生えてきていた。
だから新年にレイナと大切な故郷に来て、改めて心を決めたかった。
新年の希望に満ちた、この清浄な空気に包まれていると、叶えられる気がする。
みんなの未来は、私たちが守ってみせるよ。
おみくじは引かなかったけれど、お守りは欲しいと思った。
神様になっても、変わらず病気になったりするそうだし。
「肌守りを買おうかしら」
やっぱりレイナも、そのお守りが一番いいと思うみたい。
事故からも病気からも守ってくれる肌守りが、1番役立つように思う。
宇宙がいい方向に行くように、厄除けか開運なども買った方がいいのかは迷うところ。
「私も。それから守護聖の分も買いたいな。
前にユエに付いて王立研究院に行ったら、危ない任務もあるって聞いて驚いたんだ」
守護聖は宇宙にとって、かけがえのない存在と聞いているのに……。
治安の悪い地域に行くこともあったり、反乱の鎮圧まですることもあるらしい。
特にヴァージルとシュリは、度々そんな仕事をしているらしいから、とても心配だ。
「そうね。私も心配していたの。
じゃあ半分ずつ買うのはどうかしら」
「それがいいね」
そうレイナの提案通り、私と親密度が高い5人分を買うことになった。
レイナは1人少ない分、サイラスの分も買ってくれた。
入ってはいけないバックドアを閉めるなど、サイラスも危険な仕事もしている。
確かに必要な気がする。
──こんな話をしているけれど、実は夢で買った物は、現実には持っていけない。
目が覚めたら消えてしまう──。
それでも私たちはお守りを買いたかった。
今私たちの手元にあるうちに、願いを込める。
私は両手でお守り6体を扇形に持つと、目を閉じてこう願った。
(この令梟の宇宙を頑張って支える、みんなの身をどうか守ってくれますように──)
そして彼と初日の出を見るために、起きる時までは──。
レイナと屋台の物を楽しみながら、語り明かすのだった。
PiPiPiPiPi……
まだ暗い中、アラームの音で目を覚ます。
ぼんやりと目を開けると、私はいつの間にかレイナちゃん人形を抱いて眠っていたようだ。
それを見て、ついさっきのことを振り返る。
レイナと初詣に行って、本当に良かったなあ。
お参りをして、気持ちを入れ直せて。
一緒に美味しいものを食べたりして、楽しんで。
夢の中のことなので今お腹は空っぽだけど、いい体験をして胸は満たされていた。
そんなことを思い出しながら、レイナちゃんの頭を撫でる。
私が飛空都市に来てから、こんな時間に起きるのは初めてだ。
だから他のぬいぐるみ達も、『今日はどうしたの?』と私に訊いている気がする。
「今日はこれからユエと、特別な朝日を見に行くんだ。
みんなもその初日の出の光を浴びられるようにしていくね」
私はそう説明すると、ユエくん人形たちを窓の近くに並べる。
……と、こんなふうにのんびりしていられない。
ユエと約束しているんだから。
そうハッとした私は準備を始める。
普段寝坊な私は若干まだ頭がボーッとしていたけれど、少し急いで身支度を整えた。
早足で寮の階段を降りて、1階に行く。
約束の5分前だけれど、もうユエは待っていてくれた。
イスから立ち上がって、声をかけてくれる。
「おはよ。それからあけましておめでとう。
バースじゃ、今日はそういう挨拶をするんだろ?」
新年初めて会ったユエは、そう微笑んでいる。
その様子に、私もにっこり笑顔になる。
「うん、そう。あけましておめでとう!これからもよろしくね」
「ああ、よろしくな」
この時間に寮の玄関は閉まっているだろうから、外で待ち合わせをしていた。
そこでそのことについて訊ねる。
「そういえば玄関は開いてた?」
「ああ。レイナが少し早く出掛けたんだ。
それですぐそこで会ったんだが……。
アンジュと待ち合わせをしているはずの俺を見掛けたから、閉めないでくれたそうだ」
「なるほど」
そう詳しく聞いて、私は納得した。
そういえばレイナは私よりも少し前に、夢の世界から帰っていったっけ。
「じゃあ日が昇る前に行くか!」
そう元気にいうユエに付いて、2人で玄関に向かう。
私たちは公園で、一緒に初日の出を見ようと約束していた。
サイラスを心配させないように前もって、早朝に散歩に行くことは伝えてある。
寮から出ると、薄明の中。まだ街灯や月が照らしてくれている。
飛空都市は基本的にいつも晴れで、今日は雲も少ない。
遮られることなく朝日を見られそうだなと、空を見回した私は思った。
飛空都市は常春だから、大体は空気が暖かい。
でも1日の中で1番気温が下がる日の出前は、さすがに涼しい。
寒いというほどではないけれど。
「そういえばユエは普段から早起きなんだよね。
これくらいの時間に起きることもあるの?」
朝に強いと聞いていたのを思い出して、歩きながらそう訊ねる。
ユエは私を向いて答えてくれる。
「さすがにいつもは朝日が差し込んできてから、起きてるな。
だからこういう時間に外にいるのは、あまりない体験だな」
「うん、私もめったにない。新鮮な気分だね」
朝日が昇るところを見るのはお互いにとって、めったにない特別なことなんだ。
それから私は大事なことを思い出す。
「そうだ、ユエはちゃんとサプリメントを飲んできた?」
太陽を見ると、目を傷めてしまう。
だから目を守るルテインなどが入ったサプリを飲んでこようと、話していたのだった。
それでも直接見るのは少しだけにしないといけない。
「ああ。ちゃんと飲んできたぜ。アンジュは忘れなかったか?」
「私は朝忘れるといけないから、寝る直前に飲んでおいたよ」
あれからまだ6時間後だし、1日1回飲むものだから大丈夫なはず。
効果が出るのは1時間後らしいから、間に合わない方がよくないと考えた私は
そうしていた。
「じゃあ安心して見られるな」
そうユエは笑顔になる。
確認して落ち着いたら、私は先日のことを思い出した。
この前の夜に、ユエとその公園に行ったこと。
そこでユエも私のことを想ってくれていることが、はっきりとわかった。
実はその前に水晶の洞窟で話した時から、私を意識してくれているらしいことに
気付いて、内心ソワソワしていたけれど……。
つい先日、不意にユエに抱きしめられて、そこでユエの気持ちも聞いた。
すごくドキドキした。
そして帰り道は手を繋いで、ここを歩いたんだ。
その前にもファンタジーパークで、手を繋いだりしたことはあったけど……。
この前は珍しく手袋を外したユエの手を握ったから、更に特別感があった。
だからユエとこの道を歩くと、特に意識しちゃうな。
その時の温かさを思い出すと、私の頬も熱くなってしまう。
そんな感傷に浸っていたら、すぐに公園に着いた。
その間に空はもう大分明るくなってきている。
あちこちで鳥も元気にさえずっていた。
あれはサイラスではない……はず、きっと。
まだ日は出ていなくても、すっかり朝の様子だ。
そんな中、公園の東側が開けたところに移動する。
この場所にしようって、前もって話し合っていたんだ。
「ここだと良く見えそうだな」
そうユエがいうように、前を遮る物が少ない。
開けている場所なこともあって、柔らかな風が吹いてくる。
私はユエが立ち止まったところの左側に回って、2mほど間を空ける。
今は意識していることもあって、普段よりも離れてしまった。
ユエは私の方を見ても、そのことについては何もいわなかった。
そして2人ともその原っぱに座って、朝日が昇るのを待つ。
空と雲の下側は、もう光の色に染まっている。
こういうときに見られる空のグラデーションも、私はとても好き。
寝坊な私が普段見ているのは、夕方の方だけど。
──…………。
そう静かに空に見蕩れていると、ユエが話し始めた。
「俺にとってはいつも通りの日になるはずだったが、お前のおかげで特別な日になったな」
そう私に嬉しそうな顔を向けてくれる。
それからユエは空の向こうを見つめて、しみじみいう。
「俺はスオウから聖地に来て、随分長い時が経った……。
スオウにいたときには大切だった『あの日』がいつか……なんて、
もうわからなくなっちまったもんな……」
そう聞いて、私は寂しい気持ちになる。
「そうなんだ……」
ここにいたまま時が経っていったら、バースでの暦の日などを、私ももう追えなくなっちゃうんだろうな……。
そうなったら私はもう、バースの日本人ではなくなってしまうような気分になる。
──それでも私は、ここに残るって決めたんだ!
そう気持ちを奮い立たせると、バースで聞いた言葉を思い出した。
「……そういえば『毎日が誰かの誕生日』って言葉を聞いたことがあるんだ。
宇宙は広いから、毎日がどこかの星では大切な日になるのかもしれないね」
ユエと話している間に、そういうことに気が付いた。
そのときに地平線から昇り始める太陽が見えた。
サーッと日の光が周りのものを、眩しく染めていく。
一日が始まっていく──。
キラキラとしたその光景は、少し陰っていた私の心も晴らしてくれた。
それで私は思わず立ち上がって、両手を斜め上に上げた。
なんだかとても……。
「すがすがしい気分!
ユエが朝を好きで早起きしているのは、こういう気持ちになれるからなのかな……」
そう笑顔になって、感じたことを口にする。
するとすぐに隣りから答えが返ってくる。
「そうだな。俺も今、すごくいい気分だ。
始まりの朝日だとお前に聞いてるからか、いつも以上に明るくまっすぐな気持ちになる」
そうユエもとてもいい表情をしている。
私が見慣れている夕焼けと、この朝焼けの景色は多分似ているはず。
なのに、気分はこんなに違うんだ……!
なんだか、また頑張ろう……って気持ちにしてくれる。
そして陽の光が、心地よい暖かさに変えていってくれる。
そんな力をくれる朝焼けを見ながら、ユエに報告する。
「さっきね、夢でレイナとバースの初詣に行ってきたんだ。
そこで神様に願ってきたよ」
「そうなのか。そういえばそのバースの神っていうのは、どんな存在なんだ?」
そう私を見上げるユエに訊かれたので、思い出してみる。
「いろんな神様がいるけど……。
私たちが行った神社で祀ってるのは、天照大御神だったな」
「アマテラス?」
「うん。神話に出てくる太陽のことだよ」
そう教えると、ユエは満面の笑顔になった。
太陽を大好きな、光の守護聖だから。
「太陽か!それはすごい力を持ってそうだな」
そんなユエを見て、私はハッと気付く。
──そういえばユエは、私がさっき朝焼けを見て感じたような気持ちにさせてくれる人だ。
だからこの人が光の守護聖なんだろうな。
そんな神様にお願いしてきたことの中から、まずはユエにも関することを伝える。
「レイナと2人で、みんなの分のお守りも買ったんだ。
夢から覚めたら消えちゃうから、渡せないけど……。
この令梟の宇宙を頑張って支える、みんなの身を守ってくれますようにって、
気持ちを込めてきたよ」
するといつもみんなのことを大事に思っているユエから、お礼をいわれる。
「そうなのか。ありがとうな。後でレイナにもお礼を言っとかねえと」
そんなユエに、私の大事な願いの話もする。
「それからね、この宇宙を無事に救えますように……って、願ってきたんだ。
女王になるのはどちらかわからないけど、
レイナと一緒に宇宙のみんなを守っていきたいと、今私は思ってる」
そのことを私は好きな人の前で、初めて口にした。
ユエはそんな私に少し驚いたように、いつもよりも目を大きく開けた。
そして真面目な顔になって、向き直る。
「そうか。じゃあこれからも俺たちと共に聖地で、星を導いてくれるんだな」
私もそんなユエに向き直って、右手を胸の前でギュッと握った。
「うん。レイナも私と一緒に仕事をしたいっていってくれて……、
どちらになっても残ってくれるそうなんだ。
気持ちをわかりあえるレイナもいるなら、私も頑張っていけると思う」
そう私たちの決意をまず報告する。
そして前からいいたかったお礼を、ユエに話し始める。
「私ね、前にユエから『すべての命が大切で、愛おしいと思う』って聞いた時に、とても嬉しかったんだ。
私はここに来る少し前、いろんなことが上手くいってなくて……落ち込んでた。
本当に1人なわけじゃないのに、孤独に感じて心細かった……」
仕事もプライベートも不安で、気分が晴れなかった。
この頃のことを思い出すと、俯いていた私。
それがユエの話を聞いているうちに、心が温かくなっていった。
それを思い出して、今の私の表情も柔らかくなる。
「だから私も含めて、みんなを愛してくれている神様は本当にいるんだ……って
わかったときに、ほっとしたんだ。
それにね、子供の頃は私も、そんな人になりたいって目指していたのを思い出した。
だから私もまた、周りのみんなを愛せる人になりたい。
そういう気持ちにさせてくれて、ありがとう」
大人に近付くにつれて、それは難しいことだと諦めていたけれど……。
好きな物語の主人公のように、周りのみんなに優しく接する人になりたいと、
幼い頃の私は思っていた。
宇宙意思からもそういう女王になってほしいといわれる前から、私の中にはそんな思いがあった。
だからその夢をまた目指してみたいと思う。
もし女王にはなれなかったとしても、私はそんな大人になりたい。
「そうだったのか。俺の思いをそんなふうに受け取ってくれて、嬉しいぜ。
だからアンジュが女王候補に選ばれたのかもしれねえな」
そう愛という大切なものを私に戻してくれたユエは、私をしっかり見つめて頷いてくれる。
「そうなのかな」
そう返した私は、朝焼け空を向いて、右手を目の高さに掲げた。
そしてさっき胸に宿った思いも付け加える。
「それからね、今この時みたいに。
他の星にとって大切な日も、いい日になるように──。
私も毎日心を込めて、力を注いでいきたいなって思った」
そう女王か補佐官になれてからの抱負を声に出す。
するとユエは目を閉じてから、彼からもらえるのは、とても名誉な褒め言葉をくれた。
「……そうか。今のお前、すごく眩しいな。
アンジュなら、いい女王になれると思う」
「ありがとう。そうなれるように頑張るね」
そう笑顔でお返しする。
大切な人にも、きちんと新年の決意表明を出来て良かった。
それで安心した私は、ふと良さそうなことを思い付いた。
それを早速ユエに提案する。
「そうだ!胡蝶の川にも行ってみたい。
今はいつもとは違う様子が見られる気がする」
そんな予感がして張り切る私に、ユエはすぐに頷いてくれた。
「そうだな。行ってみるか」
胡蝶の川に着くと、私が予想した通りだった。
普段昼間に見ているのとは、少し違う光景が広がっている。
影の濃い林の中に差し込む、幾筋の朝日。
その中を飛ぶ蝶が、時々光に照らされてきらめいている。本当に綺麗だ。
その様子に目を奪われた私は、思わず口を開けてため息をついた。
いつも幻想的な場所だけど、初めて見る美しさにテンションが上がる。
「やっぱりすごく綺麗!こんなのを新年に見られて、縁起が良いな!」
私はそう腕を大きく動かして喜ぶ。
隣りのユエは、静かに感動しているようだった。
「おお!俺もこんな輝きを見るのは初めてだ……」
それから不意に、少し前にこの胡蝶の川で話したことを確認される。
「……そういえばアンジュは、やるべきこともやりたいことも両方やるって考え
なんだよな」
私は両手を握って、元気に頷く。
「うん、そう。やるべきことは計画的に進めながら、
好きなものにも出来るだけ向かっていくよ。
気分がいい方が、いい仕事も出来るでしょ。
今もね、この胡蝶の川を見たら、こんな綺麗な景色を守らなきゃって思ったよ」
そう仕事も義務だから……とかじゃなくて、自然に自分が思ったことをモチベーションにしていきたい。
「……。ああ、そうだな、俺も今年は、もっといろいろ頑張らねえとな」
そうユエが大きく息をついていうので、私は首を傾げる。
「ユエはもう充分いろいろと頑張ってると思うけど……」
仕事に真剣に取り組んでいるだけでなく、
休日は初めてのことに挑戦しているという、ユエのチャレンジ精神を私は尊敬していた。
その姿勢、とてもかっこいいと思うんだよね。見習いたい。
それもやらなきゃいけないことと、やりたいことの間を取っているよね。
そうユエを見つめながら考えていた私は、ふと思い出した。
そうだ!川といえば、ユエが泳げるようになったらいいなと、私は思っている。
何度も川に落ちて溺れた話を聞いているから、心配なんだよね。
──私には実際ユエが今思い浮かべていることはわからないけど……。
その目標を実現できたらいいなと思う。
そして私も教えてもらうばかりじゃなくて、ユエの力にもなりたいな。
「うん。お互いもっと、なりたい自分になる年にしたいね」
私がそう思い直すと、ユエはスッキリとした表情で続ける。
「ああ。明日早速、その目標も書き初めにしねえとな」
その言葉を聞いた私も、最近の気持ちも書き初めにしようと思った。
メインの抱負はちゃんと決めているけれど、いくつか書いてもいいよね。
また清々しい朝を迎えられるように、もっと早起きするようにもなりたいし。
「私も明日書きたいことをまとめておかなきゃ」
今日部屋に帰ってから、やることができた。
そうやる気が出た私たち。
お互い明日は、どんな抱負を書いているんだろう。楽しみだな。
それからまたユエを見つめて考える。
書き初めが出来たら、森の湖にユエを呼びたいな。
今の最優先は宇宙のことだけど、ユエの傍にもいたいから。
意見が合わないことがあっても、
自分なりの意見をいえる私を好きと、ユエは受け入れてくれたことも嬉しかった。
いわなければならないことはきちんと伝えてから、愛のあるフォローをくれる人。
ユエ本人も、自分は愛と優しさでできているといっている。
そう優しいからこそいえる励まし方をしている姿を見た時に、私は心を掴まれた。
そんなふうに人だけでなく、動物も物も、みんなを愛しているユエのことを、私も大好きだ。
ユエと一緒にいられたら、大切な気持ちをずっと無くさずに、持っていられると思う。
愛に満ちた女王になりたい私は、自分の中にあるこの愛も大切にしたい──。
それに女王になるなら恋人も持ってほしい、らしきことをサイラスはいっていた。
だからまずはユエと気持ちを確認したいと思う。
きっとこの想いは届くはず!
そうして書き初めをした翌日に、私は意を決して告白しようとした。
すると先にユエから『共に生きてほしい』といってもらえるのだった。
想像していたよりも、ユエは私のことを深く想ってくれていた。
そんな言葉をもらった私は、涙が出るほど嬉しかった。
『ありがとう、ユエ。私も、同じ気持ちだよ』
ユエも信じてくれるように、新しい扉を開けられるように頑張るね。
そんな幸せが待っていることをまだ知らない今日は、新年の始まりの日。
Fin
2025年1月制作
〈解説と あとがき〉
この物語はワンライ企画の「年越し」「お正月」というテーマから生まれました。
そう聞いて浮かんだのが、この女王候補たちの初詣と、ユエさんとお正月らしいことをする様子でした。
フクロウの夢で、女王らしい意識が目覚めていくアンジュさんの話も好きで、その部分も小説に入れたいな……と、前から考えていました。
お正月は新年の目標を立てるから、そんな話を書ける、いい機会だと思って、この内容に決めました。
レイナさんと行った初詣は、私が毎年行っている大きな神社と、氏神様のいる、小さな神社での様子を合わせました。
大きな方の神社で実際、天照大御神を祀っているので、ぴったりだなと思いました。
前に書いたクリスマスの話(ミラクルな贈り物を、あなたに)が、ユエさんと恋愛7後なので、6日後の元日は恋人になったかどうかというくらい。
どちらにしようか考えたところ、恋人になれるかわからないけど、聖地に残る覚悟を固める方がかっこいいなと思ったので、こうしました。
恋愛8後のお互いいろいろ意識してる微妙な心理状態と、未来の目標にまっすぐ向かっていく気持ちが混在する物語になってしまいましたが……。
新年(1月3日)に恋人同士になるって、希望溢れるいい年になりそうだから、これで良かったと思います。
ユエさんと行く場所を、最初は森の湖にしようかと思いました。
でもそこはレイナさんたちも行きそうだし、
ユエさんとの恋愛イベント終盤は公園が舞台なので、こちらにしました。
公園は広いし、日の出をちゃんと見られる場所もあるんだ……。
初日の出の中アンジュさんが語る場面は、とても美しい光景が浮かんでいるけど、それを描写出来なかったことが残念でした。
単純に描写力の問題もありますが、
一人称だと、客観的に見た主人公の様子を描けない!という壁を実感しました。
「その時のアンジュは日の光を受けて煌めいて見えることもあって、とても美しかった。もう女王になる姿が見えるようだった」というようなことを書きたかったです。
それから一人称だと、主人公以外はその時に何を思っているのかを書けないのも……。
アンジュさんは聖地に残る予定だと聞いている時に、ユエさんは(もうすっかり女王らしい。これは諦めないといけないかな……)と感動と寂しさを感じていて、
その後気持ちを切り替えて、胡蝶の川で楽しんでいるアンジュさんを見て(やっぱり告白してみよう)と考えている様子を描いたつもりです。
そう作中で伝わるのか微妙になってしまったので、
今後は書きたい内容によっても、1人称か3人称かを分けた方が良さそうです。
そういうことはありますが、
新年にかっこいいアンジュさんと、幸せになれそうなユエアンの姿を考えられて良かったです。
みんな、いい年になりますように。
私はレイナの夢ブロマイドを、枕の下に敷いて眠った。
今晩はレイナと会う約束をしているんだ。
夢の中に行くと、レイナは笑顔で迎えてくれた。
「アンジュ、待ってたわ。〇〇神社、開いてるといいわね」
「うん、現実と同じ時間だと、深夜だからね」
私たちはこれから神社に、初詣に行こうとしているんだ。
前もって行きたい神社を決めていた私たちは、2人でその名前を唱える。
「「それじゃあ〇〇神社へ」」
すると景色が変わって、その神社の近くに瞬間移動していた。
周りに人はたくさんいるけれど、突然現れた私たちを気に留める様子はない。
夢とはいえ本当に不思議で、便利だ。
「夢ブロマイドって、本当にどういう仕組みなのかしらね……」
何度か体験していることだけれど、レイナも改めてつぶやく。
初めてレイナの夢ブロマイドを使った時に、彼女となら特別にバースにも行けることを聞いた。
それから週に1度は夢でレイナと会って、一緒に息抜きをしていた。
その3分の2位はバースに来ている。
空は暗いので、今は夜……なのに、神社の前には大勢の人が並んでいる。
そして行列の周りには、屋台もたくさん出ている。
神社がこうなる時は、桜祭り、夏祭り、秋祭り……といろいろあるけれど。
周りの人の服装を見ると……。
「今はちょうど初詣なのかな?」
夢の中だからか、普段飛空都市で着ている服でも、私は寒く感じない。
けれど周りの人は、コートやマフラーを身に着けている。
元々私たちだけでも初詣できたら……と考えていた。
でも他の人もそうなら、気分が盛り上がってくる。
私たちは明るい顔になって、列に並ぶ。
「私の家はここから3km離れてるんだ。レイナのところは?」
私もレイナも子どもの頃から、この神社にお参りに来ていた。
そんな話を昼間していたので、そう訊ねてみる。
「私も同じくらいね。
高校生になってからの初詣は毎年こうやって、大晦日の夜に両親と来ていたわ」
「私の家も。じゃあこれまでに、すれ違ったことがあるかもしれないね。
もしかして今も、両親が来ていたりして?」
一応2人で周りの人を見回してみたけれど、私たちの両親はいないようだった。
思い出してみれば、これまでバースに来た時に、1度も知り合いを見掛けたことがない。
夢とはいえ、そう会わないようにされているのかもしれない。
「ともかく親戚以外と来るのは初めてだから嬉しいわ」
そうはにかむレイナに私も頷く。
「私も。夜は家族以外と来たことがないから、新鮮な気分だよ」
明るい時間なら友達とも来たことがあるけれど、夜は雰囲気や空気感が大分違う。
「……今更だけれど、初詣はユエ様と一緒じゃなくて良かったの?
バース以外のところには行けたでしょう?」
レイナにはユエを好きなことを打ち明けているので、そう確認される。
そう気遣われたので、私ははっきり頷いた。
「うん。初詣は『バースにレイナと』行くのが一番いいと思ったの。
それに起きたら、ユエとは一緒に初日の出を見るんだ。
明日は書き初めをする約束もしてるし」
数日前にもうすぐお正月が来ると、ユエに話をしたら、一緒にそれらしいことをしようといってくれた。
「レイナも彼と何かするの?」
レイナが一番いいと思っている人のことも聞いているので、私も訊ねてみる。
「ええ。私も一緒に初日の出を見る約束をしているわ。
あとバースでお正月にする遊びもしてみたいって」
その話に私は興味をひかれた。
レイナたちはどんなことをするんだろう?お正月の遊びって、いろいろあるからなあ。
「(お互い)楽しみだね!」
そう私たちはこれからの楽しい予定を思い出して、笑顔になった。
そんな話をしながら、参拝の列に10分程並んだだろうか。
「あと30秒で新年だよ」
そんな声が聞こえて、周りの人たちがカウントダウンを始めた。
だんだんと一緒に数える人が増えていく。
私たちは時計を持っていないけれど、そんな空気の中、一緒に気分が高まっていった。
「5……4……3……2……1!」
そしてカランカラン♪と神社の鐘が鳴らされ、
離れたところから神社の人の声が聞こえた。
「あけましておめでとうございまーす!」
そこで私とレイナも笑顔を見合わせて、新年の挨拶をした。
「あけましておめでとう。これからもよろしくね!」
夢の中なので、私が飛空都市に行った時に無くした財布が今手元にある。
お賽銭を入れて、手を合わせて、願い事をする。
(この宇宙を無事救えますように……)
夢は他にもあるけれど、今はそれが1番の願い。
参拝が終わって少し移動すると、毎年引いているおみくじが目に入った。
「おみくじを引くの?」
そうレイナに訊かれたけれど、私はおみくじから目線を外して、キッパリと答えた。
「ううん。これまでは気になって引いてたけど、今年は大吉にするから」
そんな私の真意をわかってくれたレイナも頷いた。
「……そうね。私たちが大吉にしてみせるわよね」
『努力は私を裏切らない。決断したのなら、後はやるだけ』
そう前にレイナがいっていた言葉が、今は私の心にもある。
それからもう幾らか掛けられている絵馬を見掛けて、私は近付いた。
『幸せな年になりますように』
『就職できますように』
『家族みんなが健康でありますように』
『子供が無事生まれてきますように』
『世界が平和になりますように』
そういろいろなことが書かれている。
そんな願い事を見て、私はこの前見た夢を思い出した。
その夢の中で私は、仲間と一緒なら、人々を守っていけるんじゃないか──って思った。
そして先日レイナは、私と一緒に仕事をしたい、力になりたいと言ってくれた。
──今は私とレイナの大陸の発展度は同じくらい。
女王になるのはどちらなのか、まだわからないけれど──。
もし私が女王になれなかったとしても、レイナと一緒に聖地に残ろうと思ってる。
そしてこの宇宙で暮らすみんなのために、頑張っていきたい。
育てている大陸の人たちの思いを聞いたり、宇宙意思と話をしているうちに、
そんな気持ちが私の中に芽生えてきていた。
だから新年にレイナと大切な故郷に来て、改めて心を決めたかった。
新年の希望に満ちた、この清浄な空気に包まれていると、叶えられる気がする。
みんなの未来は、私たちが守ってみせるよ。
おみくじは引かなかったけれど、お守りは欲しいと思った。
神様になっても、変わらず病気になったりするそうだし。
「肌守りを買おうかしら」
やっぱりレイナも、そのお守りが一番いいと思うみたい。
事故からも病気からも守ってくれる肌守りが、1番役立つように思う。
宇宙がいい方向に行くように、厄除けか開運なども買った方がいいのかは迷うところ。
「私も。それから守護聖の分も買いたいな。
前にユエに付いて王立研究院に行ったら、危ない任務もあるって聞いて驚いたんだ」
守護聖は宇宙にとって、かけがえのない存在と聞いているのに……。
治安の悪い地域に行くこともあったり、反乱の鎮圧まですることもあるらしい。
特にヴァージルとシュリは、度々そんな仕事をしているらしいから、とても心配だ。
「そうね。私も心配していたの。
じゃあ半分ずつ買うのはどうかしら」
「それがいいね」
そうレイナの提案通り、私と親密度が高い5人分を買うことになった。
レイナは1人少ない分、サイラスの分も買ってくれた。
入ってはいけないバックドアを閉めるなど、サイラスも危険な仕事もしている。
確かに必要な気がする。
──こんな話をしているけれど、実は夢で買った物は、現実には持っていけない。
目が覚めたら消えてしまう──。
それでも私たちはお守りを買いたかった。
今私たちの手元にあるうちに、願いを込める。
私は両手でお守り6体を扇形に持つと、目を閉じてこう願った。
(この令梟の宇宙を頑張って支える、みんなの身をどうか守ってくれますように──)
そして彼と初日の出を見るために、起きる時までは──。
レイナと屋台の物を楽しみながら、語り明かすのだった。
PiPiPiPiPi……
まだ暗い中、アラームの音で目を覚ます。
ぼんやりと目を開けると、私はいつの間にかレイナちゃん人形を抱いて眠っていたようだ。
それを見て、ついさっきのことを振り返る。
レイナと初詣に行って、本当に良かったなあ。
お参りをして、気持ちを入れ直せて。
一緒に美味しいものを食べたりして、楽しんで。
夢の中のことなので今お腹は空っぽだけど、いい体験をして胸は満たされていた。
そんなことを思い出しながら、レイナちゃんの頭を撫でる。
私が飛空都市に来てから、こんな時間に起きるのは初めてだ。
だから他のぬいぐるみ達も、『今日はどうしたの?』と私に訊いている気がする。
「今日はこれからユエと、特別な朝日を見に行くんだ。
みんなもその初日の出の光を浴びられるようにしていくね」
私はそう説明すると、ユエくん人形たちを窓の近くに並べる。
……と、こんなふうにのんびりしていられない。
ユエと約束しているんだから。
そうハッとした私は準備を始める。
普段寝坊な私は若干まだ頭がボーッとしていたけれど、少し急いで身支度を整えた。
早足で寮の階段を降りて、1階に行く。
約束の5分前だけれど、もうユエは待っていてくれた。
イスから立ち上がって、声をかけてくれる。
「おはよ。それからあけましておめでとう。
バースじゃ、今日はそういう挨拶をするんだろ?」
新年初めて会ったユエは、そう微笑んでいる。
その様子に、私もにっこり笑顔になる。
「うん、そう。あけましておめでとう!これからもよろしくね」
「ああ、よろしくな」
この時間に寮の玄関は閉まっているだろうから、外で待ち合わせをしていた。
そこでそのことについて訊ねる。
「そういえば玄関は開いてた?」
「ああ。レイナが少し早く出掛けたんだ。
それですぐそこで会ったんだが……。
アンジュと待ち合わせをしているはずの俺を見掛けたから、閉めないでくれたそうだ」
「なるほど」
そう詳しく聞いて、私は納得した。
そういえばレイナは私よりも少し前に、夢の世界から帰っていったっけ。
「じゃあ日が昇る前に行くか!」
そう元気にいうユエに付いて、2人で玄関に向かう。
私たちは公園で、一緒に初日の出を見ようと約束していた。
サイラスを心配させないように前もって、早朝に散歩に行くことは伝えてある。
寮から出ると、薄明の中。まだ街灯や月が照らしてくれている。
飛空都市は基本的にいつも晴れで、今日は雲も少ない。
遮られることなく朝日を見られそうだなと、空を見回した私は思った。
飛空都市は常春だから、大体は空気が暖かい。
でも1日の中で1番気温が下がる日の出前は、さすがに涼しい。
寒いというほどではないけれど。
「そういえばユエは普段から早起きなんだよね。
これくらいの時間に起きることもあるの?」
朝に強いと聞いていたのを思い出して、歩きながらそう訊ねる。
ユエは私を向いて答えてくれる。
「さすがにいつもは朝日が差し込んできてから、起きてるな。
だからこういう時間に外にいるのは、あまりない体験だな」
「うん、私もめったにない。新鮮な気分だね」
朝日が昇るところを見るのはお互いにとって、めったにない特別なことなんだ。
それから私は大事なことを思い出す。
「そうだ、ユエはちゃんとサプリメントを飲んできた?」
太陽を見ると、目を傷めてしまう。
だから目を守るルテインなどが入ったサプリを飲んでこようと、話していたのだった。
それでも直接見るのは少しだけにしないといけない。
「ああ。ちゃんと飲んできたぜ。アンジュは忘れなかったか?」
「私は朝忘れるといけないから、寝る直前に飲んでおいたよ」
あれからまだ6時間後だし、1日1回飲むものだから大丈夫なはず。
効果が出るのは1時間後らしいから、間に合わない方がよくないと考えた私は
そうしていた。
「じゃあ安心して見られるな」
そうユエは笑顔になる。
確認して落ち着いたら、私は先日のことを思い出した。
この前の夜に、ユエとその公園に行ったこと。
そこでユエも私のことを想ってくれていることが、はっきりとわかった。
実はその前に水晶の洞窟で話した時から、私を意識してくれているらしいことに
気付いて、内心ソワソワしていたけれど……。
つい先日、不意にユエに抱きしめられて、そこでユエの気持ちも聞いた。
すごくドキドキした。
そして帰り道は手を繋いで、ここを歩いたんだ。
その前にもファンタジーパークで、手を繋いだりしたことはあったけど……。
この前は珍しく手袋を外したユエの手を握ったから、更に特別感があった。
だからユエとこの道を歩くと、特に意識しちゃうな。
その時の温かさを思い出すと、私の頬も熱くなってしまう。
そんな感傷に浸っていたら、すぐに公園に着いた。
その間に空はもう大分明るくなってきている。
あちこちで鳥も元気にさえずっていた。
あれはサイラスではない……はず、きっと。
まだ日は出ていなくても、すっかり朝の様子だ。
そんな中、公園の東側が開けたところに移動する。
この場所にしようって、前もって話し合っていたんだ。
「ここだと良く見えそうだな」
そうユエがいうように、前を遮る物が少ない。
開けている場所なこともあって、柔らかな風が吹いてくる。
私はユエが立ち止まったところの左側に回って、2mほど間を空ける。
今は意識していることもあって、普段よりも離れてしまった。
ユエは私の方を見ても、そのことについては何もいわなかった。
そして2人ともその原っぱに座って、朝日が昇るのを待つ。
空と雲の下側は、もう光の色に染まっている。
こういうときに見られる空のグラデーションも、私はとても好き。
寝坊な私が普段見ているのは、夕方の方だけど。
──…………。
そう静かに空に見蕩れていると、ユエが話し始めた。
「俺にとってはいつも通りの日になるはずだったが、お前のおかげで特別な日になったな」
そう私に嬉しそうな顔を向けてくれる。
それからユエは空の向こうを見つめて、しみじみいう。
「俺はスオウから聖地に来て、随分長い時が経った……。
スオウにいたときには大切だった『あの日』がいつか……なんて、
もうわからなくなっちまったもんな……」
そう聞いて、私は寂しい気持ちになる。
「そうなんだ……」
ここにいたまま時が経っていったら、バースでの暦の日などを、私ももう追えなくなっちゃうんだろうな……。
そうなったら私はもう、バースの日本人ではなくなってしまうような気分になる。
──それでも私は、ここに残るって決めたんだ!
そう気持ちを奮い立たせると、バースで聞いた言葉を思い出した。
「……そういえば『毎日が誰かの誕生日』って言葉を聞いたことがあるんだ。
宇宙は広いから、毎日がどこかの星では大切な日になるのかもしれないね」
ユエと話している間に、そういうことに気が付いた。
そのときに地平線から昇り始める太陽が見えた。
サーッと日の光が周りのものを、眩しく染めていく。
一日が始まっていく──。
キラキラとしたその光景は、少し陰っていた私の心も晴らしてくれた。
それで私は思わず立ち上がって、両手を斜め上に上げた。
なんだかとても……。
「すがすがしい気分!
ユエが朝を好きで早起きしているのは、こういう気持ちになれるからなのかな……」
そう笑顔になって、感じたことを口にする。
するとすぐに隣りから答えが返ってくる。
「そうだな。俺も今、すごくいい気分だ。
始まりの朝日だとお前に聞いてるからか、いつも以上に明るくまっすぐな気持ちになる」
そうユエもとてもいい表情をしている。
私が見慣れている夕焼けと、この朝焼けの景色は多分似ているはず。
なのに、気分はこんなに違うんだ……!
なんだか、また頑張ろう……って気持ちにしてくれる。
そして陽の光が、心地よい暖かさに変えていってくれる。
そんな力をくれる朝焼けを見ながら、ユエに報告する。
「さっきね、夢でレイナとバースの初詣に行ってきたんだ。
そこで神様に願ってきたよ」
「そうなのか。そういえばそのバースの神っていうのは、どんな存在なんだ?」
そう私を見上げるユエに訊かれたので、思い出してみる。
「いろんな神様がいるけど……。
私たちが行った神社で祀ってるのは、天照大御神だったな」
「アマテラス?」
「うん。神話に出てくる太陽のことだよ」
そう教えると、ユエは満面の笑顔になった。
太陽を大好きな、光の守護聖だから。
「太陽か!それはすごい力を持ってそうだな」
そんなユエを見て、私はハッと気付く。
──そういえばユエは、私がさっき朝焼けを見て感じたような気持ちにさせてくれる人だ。
だからこの人が光の守護聖なんだろうな。
そんな神様にお願いしてきたことの中から、まずはユエにも関することを伝える。
「レイナと2人で、みんなの分のお守りも買ったんだ。
夢から覚めたら消えちゃうから、渡せないけど……。
この令梟の宇宙を頑張って支える、みんなの身を守ってくれますようにって、
気持ちを込めてきたよ」
するといつもみんなのことを大事に思っているユエから、お礼をいわれる。
「そうなのか。ありがとうな。後でレイナにもお礼を言っとかねえと」
そんなユエに、私の大事な願いの話もする。
「それからね、この宇宙を無事に救えますように……って、願ってきたんだ。
女王になるのはどちらかわからないけど、
レイナと一緒に宇宙のみんなを守っていきたいと、今私は思ってる」
そのことを私は好きな人の前で、初めて口にした。
ユエはそんな私に少し驚いたように、いつもよりも目を大きく開けた。
そして真面目な顔になって、向き直る。
「そうか。じゃあこれからも俺たちと共に聖地で、星を導いてくれるんだな」
私もそんなユエに向き直って、右手を胸の前でギュッと握った。
「うん。レイナも私と一緒に仕事をしたいっていってくれて……、
どちらになっても残ってくれるそうなんだ。
気持ちをわかりあえるレイナもいるなら、私も頑張っていけると思う」
そう私たちの決意をまず報告する。
そして前からいいたかったお礼を、ユエに話し始める。
「私ね、前にユエから『すべての命が大切で、愛おしいと思う』って聞いた時に、とても嬉しかったんだ。
私はここに来る少し前、いろんなことが上手くいってなくて……落ち込んでた。
本当に1人なわけじゃないのに、孤独に感じて心細かった……」
仕事もプライベートも不安で、気分が晴れなかった。
この頃のことを思い出すと、俯いていた私。
それがユエの話を聞いているうちに、心が温かくなっていった。
それを思い出して、今の私の表情も柔らかくなる。
「だから私も含めて、みんなを愛してくれている神様は本当にいるんだ……って
わかったときに、ほっとしたんだ。
それにね、子供の頃は私も、そんな人になりたいって目指していたのを思い出した。
だから私もまた、周りのみんなを愛せる人になりたい。
そういう気持ちにさせてくれて、ありがとう」
大人に近付くにつれて、それは難しいことだと諦めていたけれど……。
好きな物語の主人公のように、周りのみんなに優しく接する人になりたいと、
幼い頃の私は思っていた。
宇宙意思からもそういう女王になってほしいといわれる前から、私の中にはそんな思いがあった。
だからその夢をまた目指してみたいと思う。
もし女王にはなれなかったとしても、私はそんな大人になりたい。
「そうだったのか。俺の思いをそんなふうに受け取ってくれて、嬉しいぜ。
だからアンジュが女王候補に選ばれたのかもしれねえな」
そう愛という大切なものを私に戻してくれたユエは、私をしっかり見つめて頷いてくれる。
「そうなのかな」
そう返した私は、朝焼け空を向いて、右手を目の高さに掲げた。
そしてさっき胸に宿った思いも付け加える。
「それからね、今この時みたいに。
他の星にとって大切な日も、いい日になるように──。
私も毎日心を込めて、力を注いでいきたいなって思った」
そう女王か補佐官になれてからの抱負を声に出す。
するとユエは目を閉じてから、彼からもらえるのは、とても名誉な褒め言葉をくれた。
「……そうか。今のお前、すごく眩しいな。
アンジュなら、いい女王になれると思う」
「ありがとう。そうなれるように頑張るね」
そう笑顔でお返しする。
大切な人にも、きちんと新年の決意表明を出来て良かった。
それで安心した私は、ふと良さそうなことを思い付いた。
それを早速ユエに提案する。
「そうだ!胡蝶の川にも行ってみたい。
今はいつもとは違う様子が見られる気がする」
そんな予感がして張り切る私に、ユエはすぐに頷いてくれた。
「そうだな。行ってみるか」
胡蝶の川に着くと、私が予想した通りだった。
普段昼間に見ているのとは、少し違う光景が広がっている。
影の濃い林の中に差し込む、幾筋の朝日。
その中を飛ぶ蝶が、時々光に照らされてきらめいている。本当に綺麗だ。
その様子に目を奪われた私は、思わず口を開けてため息をついた。
いつも幻想的な場所だけど、初めて見る美しさにテンションが上がる。
「やっぱりすごく綺麗!こんなのを新年に見られて、縁起が良いな!」
私はそう腕を大きく動かして喜ぶ。
隣りのユエは、静かに感動しているようだった。
「おお!俺もこんな輝きを見るのは初めてだ……」
それから不意に、少し前にこの胡蝶の川で話したことを確認される。
「……そういえばアンジュは、やるべきこともやりたいことも両方やるって考え
なんだよな」
私は両手を握って、元気に頷く。
「うん、そう。やるべきことは計画的に進めながら、
好きなものにも出来るだけ向かっていくよ。
気分がいい方が、いい仕事も出来るでしょ。
今もね、この胡蝶の川を見たら、こんな綺麗な景色を守らなきゃって思ったよ」
そう仕事も義務だから……とかじゃなくて、自然に自分が思ったことをモチベーションにしていきたい。
「……。ああ、そうだな、俺も今年は、もっといろいろ頑張らねえとな」
そうユエが大きく息をついていうので、私は首を傾げる。
「ユエはもう充分いろいろと頑張ってると思うけど……」
仕事に真剣に取り組んでいるだけでなく、
休日は初めてのことに挑戦しているという、ユエのチャレンジ精神を私は尊敬していた。
その姿勢、とてもかっこいいと思うんだよね。見習いたい。
それもやらなきゃいけないことと、やりたいことの間を取っているよね。
そうユエを見つめながら考えていた私は、ふと思い出した。
そうだ!川といえば、ユエが泳げるようになったらいいなと、私は思っている。
何度も川に落ちて溺れた話を聞いているから、心配なんだよね。
──私には実際ユエが今思い浮かべていることはわからないけど……。
その目標を実現できたらいいなと思う。
そして私も教えてもらうばかりじゃなくて、ユエの力にもなりたいな。
「うん。お互いもっと、なりたい自分になる年にしたいね」
私がそう思い直すと、ユエはスッキリとした表情で続ける。
「ああ。明日早速、その目標も書き初めにしねえとな」
その言葉を聞いた私も、最近の気持ちも書き初めにしようと思った。
メインの抱負はちゃんと決めているけれど、いくつか書いてもいいよね。
また清々しい朝を迎えられるように、もっと早起きするようにもなりたいし。
「私も明日書きたいことをまとめておかなきゃ」
今日部屋に帰ってから、やることができた。
そうやる気が出た私たち。
お互い明日は、どんな抱負を書いているんだろう。楽しみだな。
それからまたユエを見つめて考える。
書き初めが出来たら、森の湖にユエを呼びたいな。
今の最優先は宇宙のことだけど、ユエの傍にもいたいから。
意見が合わないことがあっても、
自分なりの意見をいえる私を好きと、ユエは受け入れてくれたことも嬉しかった。
いわなければならないことはきちんと伝えてから、愛のあるフォローをくれる人。
ユエ本人も、自分は愛と優しさでできているといっている。
そう優しいからこそいえる励まし方をしている姿を見た時に、私は心を掴まれた。
そんなふうに人だけでなく、動物も物も、みんなを愛しているユエのことを、私も大好きだ。
ユエと一緒にいられたら、大切な気持ちをずっと無くさずに、持っていられると思う。
愛に満ちた女王になりたい私は、自分の中にあるこの愛も大切にしたい──。
それに女王になるなら恋人も持ってほしい、らしきことをサイラスはいっていた。
だからまずはユエと気持ちを確認したいと思う。
きっとこの想いは届くはず!
そうして書き初めをした翌日に、私は意を決して告白しようとした。
すると先にユエから『共に生きてほしい』といってもらえるのだった。
想像していたよりも、ユエは私のことを深く想ってくれていた。
そんな言葉をもらった私は、涙が出るほど嬉しかった。
『ありがとう、ユエ。私も、同じ気持ちだよ』
ユエも信じてくれるように、新しい扉を開けられるように頑張るね。
そんな幸せが待っていることをまだ知らない今日は、新年の始まりの日。
Fin
2025年1月制作
〈解説と あとがき〉
この物語はワンライ企画の「年越し」「お正月」というテーマから生まれました。
そう聞いて浮かんだのが、この女王候補たちの初詣と、ユエさんとお正月らしいことをする様子でした。
フクロウの夢で、女王らしい意識が目覚めていくアンジュさんの話も好きで、その部分も小説に入れたいな……と、前から考えていました。
お正月は新年の目標を立てるから、そんな話を書ける、いい機会だと思って、この内容に決めました。
レイナさんと行った初詣は、私が毎年行っている大きな神社と、氏神様のいる、小さな神社での様子を合わせました。
大きな方の神社で実際、天照大御神を祀っているので、ぴったりだなと思いました。
前に書いたクリスマスの話(ミラクルな贈り物を、あなたに)が、ユエさんと恋愛7後なので、6日後の元日は恋人になったかどうかというくらい。
どちらにしようか考えたところ、恋人になれるかわからないけど、聖地に残る覚悟を固める方がかっこいいなと思ったので、こうしました。
恋愛8後のお互いいろいろ意識してる微妙な心理状態と、未来の目標にまっすぐ向かっていく気持ちが混在する物語になってしまいましたが……。
新年(1月3日)に恋人同士になるって、希望溢れるいい年になりそうだから、これで良かったと思います。
ユエさんと行く場所を、最初は森の湖にしようかと思いました。
でもそこはレイナさんたちも行きそうだし、
ユエさんとの恋愛イベント終盤は公園が舞台なので、こちらにしました。
公園は広いし、日の出をちゃんと見られる場所もあるんだ……。
初日の出の中アンジュさんが語る場面は、とても美しい光景が浮かんでいるけど、それを描写出来なかったことが残念でした。
単純に描写力の問題もありますが、
一人称だと、客観的に見た主人公の様子を描けない!という壁を実感しました。
「その時のアンジュは日の光を受けて煌めいて見えることもあって、とても美しかった。もう女王になる姿が見えるようだった」というようなことを書きたかったです。
それから一人称だと、主人公以外はその時に何を思っているのかを書けないのも……。
アンジュさんは聖地に残る予定だと聞いている時に、ユエさんは(もうすっかり女王らしい。これは諦めないといけないかな……)と感動と寂しさを感じていて、
その後気持ちを切り替えて、胡蝶の川で楽しんでいるアンジュさんを見て(やっぱり告白してみよう)と考えている様子を描いたつもりです。
そう作中で伝わるのか微妙になってしまったので、
今後は書きたい内容によっても、1人称か3人称かを分けた方が良さそうです。
そういうことはありますが、
新年にかっこいいアンジュさんと、幸せになれそうなユエアンの姿を考えられて良かったです。
みんな、いい年になりますように。