5年生6月編
16-研究室のケッパー
「はい。白石みかんちゃん。
身長131cm。27kgね」
そう保健の美代子先生が、用紙を渡してくれました。
わたしは大喜びです。
「わーい!4月に測った時よりも伸びてる」
麻緒ちゃんもうれしそうに教えてくれました。
「みかんちゃん。わたしも130cmになったよ」
その言葉に喜び合います。
「やったね。わたし達、これから大きくなるよ」
クラスで背が1番小さいのは麻緒ちゃん。
そして2番目がわたしです。
他のみんなは140cm位で、わたし達より大きいんだよ。
大きいといえば、あ!そうだ。
「ねえねえ龍太郎くんは何cmだったの?」
そうクラスで1番大きい龍太郎くんに聞いてみます。
身体測定は、男の子と女の子は別々なので、聞こえてこなかったんです。
「162cmだったよ」
そう普通に答えてくれた言葉に驚きます。
30cmも違うんだ!
わたし達は、龍太郎くんの肩までもないもんね。
同じ歳なのに、どうしてこんなに違うのかなあ?
わたしはそれが不思議です。
今日は1日、身体測定です。
歯や喉、心臓の音も診てもらいました。
授業は全然なくて、午前中で帰れるんだよ。
もう3時間目もおしまいで、後1つだけです。
それで、みんなの表情がだんだん暗くなってきました。
「ぼく、帰りたい…」
そう1番落ち込んでいるのは、修くん。
いつでも健康でいられるって、とってもいいことだよね、うん。
わたしは気を取り直して、走って家へと帰りました。
「ただいまー。お母さん、テトリちゃん」
玄関を開けてそういったけれど、家の中は静かです。
あれ?
何も返事がなかったことは今までになかったので、驚きました。
もしかして、遠くの部屋にいて聞こえなかったのかな?
わたしはそう考えて、家の中を廻ります。
リビング、台所、洗面所、お母さんの部屋と覗いたけれど、誰もいません。
あ、そうだ!魔法の部屋かも。
お母さんはそこで、魔法のお勉強をしていることがあります。
でもやっぱりいませんでした。
そこでわたしは、やっとわかりました。
2人でお出掛けしているのかな?
魔法使いの家には、家族以外には開けられない魔法をかけています。
だからお母さんがいなくても、普通にドアは開くわけです。
でも今日に限っていないのは、どうしてかな?
わたしは考えて、昨日のことを思い出しました。
あっ!そういえば…。
今日は12時30分に帰るって、お母さんにいっていたんでした。
でもそれはみんなが帰る時間で、わたしは1時間早かったんです。
お母さん達は、わたしはまだ学校にいると思っているんだね。
だから家にいないのかもしれません。
そう一応納得のいく答えが出ました。
そこでわたしは、お部屋に行ってカバンを下ろします。
わたしの部屋は、お母さんの部屋のお隣です。
直接行ける扉もあります。
そして廊下を挟んで向かいは、ダイニングになります。
「宿題をやっておこうかな…」
時間があるので、先に宿題を済ませてしまおうかなと思いました。
そうしたら2人が帰ってきた時に、テトリちゃんとたくさん遊べるしね。
今日は学校のお友達は、遊んではいけないそうなんです。
なんでだかわからないけど、注射を受けた日はだめなんだって。
活発に動くと、具合いが悪くなるかもしれないそうなんです。
算数ドリルを机の上に置きます。
それからふと、さっき不思議なことがあったことに気が付きました。
「あれ?魔法の部屋、開いてたよね?」
魔法の部屋は、お母さんの部屋のお隣にあります。
そしていつも鍵がかかっているはずです。
なのに開いているっていうことは…。
「もしかして、研究室にいるのかな?」
魔法の部屋の下には、研究室があるって聞いています。
そこで魔法のお薬を作ったりするんです。
お母さんが昼間にそこにいることは、普通ありません。
でも鍵が開いていたっていうのは、そうなのかもしれません。
「行ってみよう」
そうわたしは初めて、そのお部屋を訪ねてみることにしました。
カチャン
やっぱり部屋は開きました。
魔法の本や水晶玉など、お部屋に並んでいる物を見回します。
それから研究室への階段があると聞いている、床の板を開けます。
本当にちゃんと階段がありました。
どういうところなのかな?
わたしはちょっと緊張して、階段を降りました。
下に着くと、窓もないのに明るくって、びっくりです。
細長い机があって、その脇には棚がありました。
でもお母さんはいません。
期待外れで、ちょっとがっかりしました。
でもせっかく来たので、この部屋を見回してみます。
お母さんは、こういうところで作っているんだね。
棚の中には、透き通った色の付いたお薬が並んでいました。
桃色や緑色など、色々あって綺麗です。
ジュースみたいに見えるけど、どんな効果があるのかな?
そう気になります。
でもわたしは今魔法が使えないのに、大変なことになったら困ります。
だから大人しく、止めておきました。
黙って入っちゃったことになるわけだし、そろそろ帰ろうかな。
そう思ったら、お薬の棚の向かいから声がしました。
「はじめまして。ようこそ」
そう声をかけられるなんて、思ってもいませんでした。
そして後ろから聞こえたので、とってもびっくりしました。
振り返ると、たんぽぽの綿毛のようなお花がいました。
どうやらこの子がしゃべったみたいです。
まっしろでふわふわしていて、まばたきをしています。
わたしはこういう生き物を見たのは初めてです。
「こんにちは。あなたは誰?」
ちょっと気持ちを落ち着けて、聞いてみます。
するとその綿毛さんは、自己紹介をしてくれました。
「私はケパサ。魔法使いの1家に1匹いる、研究室住まいのフラワーアニマルです。
1人で薬を作っていると寂しいでしょう?
だから明るく応援をするのが、私達の役目なの」
わたしはその話に感心しました。
そんな生き物がいたんだあ、おもしろいね。
「へえ。そうなんだあ。わたし、お母さんから聞いたことなかったから、びっくりしちゃった。
ケパサっていうのは、あなたの名前なの?」
すると首を振って、説明してくれます。
「いいえ。これは私達種類の名前。
幸せを呼ぶケサランパサランっているでしょう?そこから付いたみたい」
ケサランパサランからかあ。
そう聞いて、わたしはあの小さな白い綿毛さんを思い出しました。
「ケサランパサランには、わたしも会ったことがあるよ。
本当にいいことがありそうな気分になるよね」
そうにっこり笑います。
とっても縁起がいい名前です。
白いところもケサランパサランと同じだね。
それからわたしもやっと、名乗りました。
「わたしはみかんっていうの」
するとよくわかっているというように、うなずかれました。
「うん。いちごちゃんから聞いていたし、一目みてわかりました」
そうなんだ。お母さんは、わたしのことを話してくれていたんだね。
「いちごちゃんにはケッパーと呼ばれています。
みかんちゃんも、敬称を付けずにそう呼んでね」
「敬称って?」
難しい言葉だったので聞きます。
すると具体的に教えてくれました。
「名前を呼ぶ時に付ける、くん、ちゃん、さんなどです」
なるほど。いつもはみんなに付けて呼んでいる言葉です。
でもケッパーがそういうなら、そのまま呼ぶことにするね。
わたしはそう納得すると、ケッパーに質問しました。
「ケッパーは、いつも1人でここにいるの?」
それは寂しいだろうなって思います。
でもケッパーは不思議な仕組みになっていました。
「そう。でも私達ケパサは、魔法使いが持っている力を感じ取ると、目を覚ますようになっているの。
それまでは眠っています」
魔法使いの持っている力っていうと…。
「魔法の力を?」
わたしがそう確認すると、ケッパーはうなずきます。
そして今まで知らなかったことを教えてくれました。
「うん。魔法を使っていない時でも、充分力は出ているのよ」
そうなんだあ。
納得しそうになったけれど、わたしは大事なことを思い出します。
「でもわたしは今お休み中だよ?
普通ならそうかもしれないけど、魔法の種が休んでいる今もわかるものなの?」
そうだからこそ、ケッパーが起きているんだけどね。
不思議なので、わたしは詳しく聞いてみます。
でもケッパーが説明してくれたことは、わたしにはよくわからないことでした。
「みかんちゃんはカラーが白だから、使えなくなっているだけで、力は充分強いんです。
そしてケパサは、その人のカラーによって、顔の色が変わるようになっているのよ」
そうわたしのカラーだっていうまっしろな顔をして、ケッパーはいいます。
…ということは、ここが他の色にもなるんだね。
でもカラーって何だろう?聞いたことがありません。
白…白…。
わたしは色から考えてみます。
そして思い当たりました。
そっかあ!名字に白って入ってる。それのことだね。
わたしは自分でそう納得すると、話題を変えました。
「お母さんは、よくこの部屋に来ているの?」
すると思ったよりも多い回数でした。
「2日に1回は来ていますね。
お仕事に使うそうで、その出掛ける前の日に作ってます」
「お母さんって、そんなに出掛けていたんだあ」
わたしはそのことも知らなかったので、驚きました。
するとケッパーはうなずきました。
「うん。近くの町の悩み相談を受けているそうで、あまり日をあけられないんだとか」
「そうだったんだあ」
お母さんがお仕事に出掛けていることは、前から聞いていました。
でもそんなに一生懸命やっていたとは、知りませんでした。
わたしが家に帰ると、いつもお母さんはいてくれたから…。
魔法使いのお仕事っていうのは、みんなの役に立つことをすることです。
だったら何でもいいんだよ。
今まではお母さんのお仕事のお話を、詳しく聞いたことがありませんでした。
だから今日帰ってきたら、ぜひ聞いてみたいです。
そう考えて、わたしは肝心なことを思い出しました。
あっ!そういえば、この部屋へは勝手に入っちゃったことになっているんだったよ。
こういう大事な部屋に入ったっていったら、とっても怒られそうです。
そのお母さん達は、もうすぐ帰ってくるよね。
そろそろ戻らなくちゃ。
わたしはそう思って、ケッパーにお別れのあいさつをしました。
「ケッパー、いろいろ教えてくれてありがとう。
今度はこの部屋に入っていいっていわれるようになったら、また来るね。
魔法の森に行ったら、お薬の作り方を1つ教わるんだ。
その後なら大丈夫だと思うの」
お母さんが作っているお薬というのも、魔法の森で教わったものです。
魔法の森の学校では、お薬の作り方と魔法陣の描き方を、毎年1つずつ教えてもらえます。
そしてわたしも、今年最初のを教えてもらえるんだよね。
そうしたらお薬を作る時は、この研究室に入れてもらえるはずです。
そういうわたしを、ケッパーは元気に見送ってくれます。
「また会えるのを楽しみに待ってます」
「わたしもだよ」
そうケッパーに手を振って、上への階段を昇ります。
そして地下室の入り口をきちんと閉めて、魔法の部屋から出ました。
うん、これで大丈夫なはずです。
わたしが気づかないところに、研究室に入った跡があるかもしれないけどね。
あるいはわたしが来たことを、ケッパーから聞いてわかっちゃうかもしれません。
でもわたしからは、しばらくないしょにしておこうと思いました。
それにしても、家にケッパーがいたのにはびっくりです。
だからきっとお母さんは、研究室にいても寂しくないんだね。
そんな家の秘密を知って、なんだかさわやかな気分になりました。
それで気合いも入ります。
「よーし!じゃあお母さん達が帰ってくるまで、宿題しておこう」
さっきやろうと出しておいた算数ドリルを、しっかりやることにしました。
お母さんは、今もお仕事をがんばっているんだもん。
わたしも勉強しなくちゃね。
そう元気になって、わたしの机へと戻りました。
そして宿題が半分終わった頃です。
玄関の戸の開く音がしました。
それでわたしは玄関に走っていきます。
そして久しぶりにいいました。
「お帰りなさい」
するとお母さんとテトリちゃんは、びっくりした顔をしました。
そしてわたしに確認します。
「みかん、帰ってたの?
今日は12時30分じゃなかったっけ?」
やっぱりわたしが思っていた通りでした。
わたしが帰ってくるまでに帰るように、考えてくれていたんだね。
わたしは昨日いった間違いを訂正します。
「それはみんなの時間でね。
注射のないわたしは、1時間早かったの」
この言葉に、お母さんは納得します。
「そうだったの」
お母さんはお仕事をしながらも、甘えん坊なわたしに気を使ってくれていたんだね。
そうわかったわたしは、心があったかくなりました。
「2人でどこに行ってたの?」
そうわたしが普通に聞くと、テトリちゃんが答えてくれました。
「隣町ですよ。ご主人様は、近くの魔法使いがいない町に通って、お仕事をしているんです」
そうケッパーと同じことを話してくれます。
おかげでわたしは、聞きたかったことを聞くことができました。
「お母さんって、どんなお仕事をしているの?
教えて教えて」
するとお母さんも、うなずいてくれました。
「そういえば、詳しい話はしたことがなかったわね」
それからはみんなでお昼ご飯を食べる時間です。
作っている時や、食べ終わってからもまた、ゆっくり話してくれました。
まずお仕事は、わたしが小学生になってから始めたということ。
その4年間に頼まれた、いろいろなお仕事のこと。
覚えた魔法やお薬を使って、いろいろなことを解決していたみたいです。
魔法ってそういうふうにも役に立つ物なんだなって、発見がいっぱいでした。
わたしももっと、みんなが喜ぶような魔法を使えるようにならなくちゃ。
そうそう、研究室に入ったことを、お母さんに注意されることはありませんでした。
ケッパーが黙っていてくれたのかな?
ほっと一息だけど、お母さんに秘密ができてしまいました。
今度研究室に入った時には、ちゃんといおうと思います。
あ、お母さんの話ばかり聞いていて、わたしの身体測定の結果をいうのを忘れてたよ。
みーんな健康で、せっかく身長が伸びてたのにね。
2004年9月制作
「はい。白石みかんちゃん。
身長131cm。27kgね」
そう保健の美代子先生が、用紙を渡してくれました。
わたしは大喜びです。
「わーい!4月に測った時よりも伸びてる」
麻緒ちゃんもうれしそうに教えてくれました。
「みかんちゃん。わたしも130cmになったよ」
その言葉に喜び合います。
「やったね。わたし達、これから大きくなるよ」
クラスで背が1番小さいのは麻緒ちゃん。
そして2番目がわたしです。
他のみんなは140cm位で、わたし達より大きいんだよ。
大きいといえば、あ!そうだ。
「ねえねえ龍太郎くんは何cmだったの?」
そうクラスで1番大きい龍太郎くんに聞いてみます。
身体測定は、男の子と女の子は別々なので、聞こえてこなかったんです。
「162cmだったよ」
そう普通に答えてくれた言葉に驚きます。
30cmも違うんだ!
わたし達は、龍太郎くんの肩までもないもんね。
同じ歳なのに、どうしてこんなに違うのかなあ?
わたしはそれが不思議です。
今日は1日、身体測定です。
歯や喉、心臓の音も診てもらいました。
授業は全然なくて、午前中で帰れるんだよ。
もう3時間目もおしまいで、後1つだけです。
それで、みんなの表情がだんだん暗くなってきました。
「ぼく、帰りたい…」
そう1番落ち込んでいるのは、修くん。
いつでも健康でいられるって、とってもいいことだよね、うん。
わたしは気を取り直して、走って家へと帰りました。
「ただいまー。お母さん、テトリちゃん」
玄関を開けてそういったけれど、家の中は静かです。
あれ?
何も返事がなかったことは今までになかったので、驚きました。
もしかして、遠くの部屋にいて聞こえなかったのかな?
わたしはそう考えて、家の中を廻ります。
リビング、台所、洗面所、お母さんの部屋と覗いたけれど、誰もいません。
あ、そうだ!魔法の部屋かも。
お母さんはそこで、魔法のお勉強をしていることがあります。
でもやっぱりいませんでした。
そこでわたしは、やっとわかりました。
2人でお出掛けしているのかな?
魔法使いの家には、家族以外には開けられない魔法をかけています。
だからお母さんがいなくても、普通にドアは開くわけです。
でも今日に限っていないのは、どうしてかな?
わたしは考えて、昨日のことを思い出しました。
あっ!そういえば…。
今日は12時30分に帰るって、お母さんにいっていたんでした。
でもそれはみんなが帰る時間で、わたしは1時間早かったんです。
お母さん達は、わたしはまだ学校にいると思っているんだね。
だから家にいないのかもしれません。
そう一応納得のいく答えが出ました。
そこでわたしは、お部屋に行ってカバンを下ろします。
わたしの部屋は、お母さんの部屋のお隣です。
直接行ける扉もあります。
そして廊下を挟んで向かいは、ダイニングになります。
「宿題をやっておこうかな…」
時間があるので、先に宿題を済ませてしまおうかなと思いました。
そうしたら2人が帰ってきた時に、テトリちゃんとたくさん遊べるしね。
今日は学校のお友達は、遊んではいけないそうなんです。
なんでだかわからないけど、注射を受けた日はだめなんだって。
活発に動くと、具合いが悪くなるかもしれないそうなんです。
算数ドリルを机の上に置きます。
それからふと、さっき不思議なことがあったことに気が付きました。
「あれ?魔法の部屋、開いてたよね?」
魔法の部屋は、お母さんの部屋のお隣にあります。
そしていつも鍵がかかっているはずです。
なのに開いているっていうことは…。
「もしかして、研究室にいるのかな?」
魔法の部屋の下には、研究室があるって聞いています。
そこで魔法のお薬を作ったりするんです。
お母さんが昼間にそこにいることは、普通ありません。
でも鍵が開いていたっていうのは、そうなのかもしれません。
「行ってみよう」
そうわたしは初めて、そのお部屋を訪ねてみることにしました。
カチャン
やっぱり部屋は開きました。
魔法の本や水晶玉など、お部屋に並んでいる物を見回します。
それから研究室への階段があると聞いている、床の板を開けます。
本当にちゃんと階段がありました。
どういうところなのかな?
わたしはちょっと緊張して、階段を降りました。
下に着くと、窓もないのに明るくって、びっくりです。
細長い机があって、その脇には棚がありました。
でもお母さんはいません。
期待外れで、ちょっとがっかりしました。
でもせっかく来たので、この部屋を見回してみます。
お母さんは、こういうところで作っているんだね。
棚の中には、透き通った色の付いたお薬が並んでいました。
桃色や緑色など、色々あって綺麗です。
ジュースみたいに見えるけど、どんな効果があるのかな?
そう気になります。
でもわたしは今魔法が使えないのに、大変なことになったら困ります。
だから大人しく、止めておきました。
黙って入っちゃったことになるわけだし、そろそろ帰ろうかな。
そう思ったら、お薬の棚の向かいから声がしました。
「はじめまして。ようこそ」
そう声をかけられるなんて、思ってもいませんでした。
そして後ろから聞こえたので、とってもびっくりしました。
振り返ると、たんぽぽの綿毛のようなお花がいました。
どうやらこの子がしゃべったみたいです。
まっしろでふわふわしていて、まばたきをしています。
わたしはこういう生き物を見たのは初めてです。
「こんにちは。あなたは誰?」
ちょっと気持ちを落ち着けて、聞いてみます。
するとその綿毛さんは、自己紹介をしてくれました。
「私はケパサ。魔法使いの1家に1匹いる、研究室住まいのフラワーアニマルです。
1人で薬を作っていると寂しいでしょう?
だから明るく応援をするのが、私達の役目なの」
わたしはその話に感心しました。
そんな生き物がいたんだあ、おもしろいね。
「へえ。そうなんだあ。わたし、お母さんから聞いたことなかったから、びっくりしちゃった。
ケパサっていうのは、あなたの名前なの?」
すると首を振って、説明してくれます。
「いいえ。これは私達種類の名前。
幸せを呼ぶケサランパサランっているでしょう?そこから付いたみたい」
ケサランパサランからかあ。
そう聞いて、わたしはあの小さな白い綿毛さんを思い出しました。
「ケサランパサランには、わたしも会ったことがあるよ。
本当にいいことがありそうな気分になるよね」
そうにっこり笑います。
とっても縁起がいい名前です。
白いところもケサランパサランと同じだね。
それからわたしもやっと、名乗りました。
「わたしはみかんっていうの」
するとよくわかっているというように、うなずかれました。
「うん。いちごちゃんから聞いていたし、一目みてわかりました」
そうなんだ。お母さんは、わたしのことを話してくれていたんだね。
「いちごちゃんにはケッパーと呼ばれています。
みかんちゃんも、敬称を付けずにそう呼んでね」
「敬称って?」
難しい言葉だったので聞きます。
すると具体的に教えてくれました。
「名前を呼ぶ時に付ける、くん、ちゃん、さんなどです」
なるほど。いつもはみんなに付けて呼んでいる言葉です。
でもケッパーがそういうなら、そのまま呼ぶことにするね。
わたしはそう納得すると、ケッパーに質問しました。
「ケッパーは、いつも1人でここにいるの?」
それは寂しいだろうなって思います。
でもケッパーは不思議な仕組みになっていました。
「そう。でも私達ケパサは、魔法使いが持っている力を感じ取ると、目を覚ますようになっているの。
それまでは眠っています」
魔法使いの持っている力っていうと…。
「魔法の力を?」
わたしがそう確認すると、ケッパーはうなずきます。
そして今まで知らなかったことを教えてくれました。
「うん。魔法を使っていない時でも、充分力は出ているのよ」
そうなんだあ。
納得しそうになったけれど、わたしは大事なことを思い出します。
「でもわたしは今お休み中だよ?
普通ならそうかもしれないけど、魔法の種が休んでいる今もわかるものなの?」
そうだからこそ、ケッパーが起きているんだけどね。
不思議なので、わたしは詳しく聞いてみます。
でもケッパーが説明してくれたことは、わたしにはよくわからないことでした。
「みかんちゃんはカラーが白だから、使えなくなっているだけで、力は充分強いんです。
そしてケパサは、その人のカラーによって、顔の色が変わるようになっているのよ」
そうわたしのカラーだっていうまっしろな顔をして、ケッパーはいいます。
…ということは、ここが他の色にもなるんだね。
でもカラーって何だろう?聞いたことがありません。
白…白…。
わたしは色から考えてみます。
そして思い当たりました。
そっかあ!名字に白って入ってる。それのことだね。
わたしは自分でそう納得すると、話題を変えました。
「お母さんは、よくこの部屋に来ているの?」
すると思ったよりも多い回数でした。
「2日に1回は来ていますね。
お仕事に使うそうで、その出掛ける前の日に作ってます」
「お母さんって、そんなに出掛けていたんだあ」
わたしはそのことも知らなかったので、驚きました。
するとケッパーはうなずきました。
「うん。近くの町の悩み相談を受けているそうで、あまり日をあけられないんだとか」
「そうだったんだあ」
お母さんがお仕事に出掛けていることは、前から聞いていました。
でもそんなに一生懸命やっていたとは、知りませんでした。
わたしが家に帰ると、いつもお母さんはいてくれたから…。
魔法使いのお仕事っていうのは、みんなの役に立つことをすることです。
だったら何でもいいんだよ。
今まではお母さんのお仕事のお話を、詳しく聞いたことがありませんでした。
だから今日帰ってきたら、ぜひ聞いてみたいです。
そう考えて、わたしは肝心なことを思い出しました。
あっ!そういえば、この部屋へは勝手に入っちゃったことになっているんだったよ。
こういう大事な部屋に入ったっていったら、とっても怒られそうです。
そのお母さん達は、もうすぐ帰ってくるよね。
そろそろ戻らなくちゃ。
わたしはそう思って、ケッパーにお別れのあいさつをしました。
「ケッパー、いろいろ教えてくれてありがとう。
今度はこの部屋に入っていいっていわれるようになったら、また来るね。
魔法の森に行ったら、お薬の作り方を1つ教わるんだ。
その後なら大丈夫だと思うの」
お母さんが作っているお薬というのも、魔法の森で教わったものです。
魔法の森の学校では、お薬の作り方と魔法陣の描き方を、毎年1つずつ教えてもらえます。
そしてわたしも、今年最初のを教えてもらえるんだよね。
そうしたらお薬を作る時は、この研究室に入れてもらえるはずです。
そういうわたしを、ケッパーは元気に見送ってくれます。
「また会えるのを楽しみに待ってます」
「わたしもだよ」
そうケッパーに手を振って、上への階段を昇ります。
そして地下室の入り口をきちんと閉めて、魔法の部屋から出ました。
うん、これで大丈夫なはずです。
わたしが気づかないところに、研究室に入った跡があるかもしれないけどね。
あるいはわたしが来たことを、ケッパーから聞いてわかっちゃうかもしれません。
でもわたしからは、しばらくないしょにしておこうと思いました。
それにしても、家にケッパーがいたのにはびっくりです。
だからきっとお母さんは、研究室にいても寂しくないんだね。
そんな家の秘密を知って、なんだかさわやかな気分になりました。
それで気合いも入ります。
「よーし!じゃあお母さん達が帰ってくるまで、宿題しておこう」
さっきやろうと出しておいた算数ドリルを、しっかりやることにしました。
お母さんは、今もお仕事をがんばっているんだもん。
わたしも勉強しなくちゃね。
そう元気になって、わたしの机へと戻りました。
そして宿題が半分終わった頃です。
玄関の戸の開く音がしました。
それでわたしは玄関に走っていきます。
そして久しぶりにいいました。
「お帰りなさい」
するとお母さんとテトリちゃんは、びっくりした顔をしました。
そしてわたしに確認します。
「みかん、帰ってたの?
今日は12時30分じゃなかったっけ?」
やっぱりわたしが思っていた通りでした。
わたしが帰ってくるまでに帰るように、考えてくれていたんだね。
わたしは昨日いった間違いを訂正します。
「それはみんなの時間でね。
注射のないわたしは、1時間早かったの」
この言葉に、お母さんは納得します。
「そうだったの」
お母さんはお仕事をしながらも、甘えん坊なわたしに気を使ってくれていたんだね。
そうわかったわたしは、心があったかくなりました。
「2人でどこに行ってたの?」
そうわたしが普通に聞くと、テトリちゃんが答えてくれました。
「隣町ですよ。ご主人様は、近くの魔法使いがいない町に通って、お仕事をしているんです」
そうケッパーと同じことを話してくれます。
おかげでわたしは、聞きたかったことを聞くことができました。
「お母さんって、どんなお仕事をしているの?
教えて教えて」
するとお母さんも、うなずいてくれました。
「そういえば、詳しい話はしたことがなかったわね」
それからはみんなでお昼ご飯を食べる時間です。
作っている時や、食べ終わってからもまた、ゆっくり話してくれました。
まずお仕事は、わたしが小学生になってから始めたということ。
その4年間に頼まれた、いろいろなお仕事のこと。
覚えた魔法やお薬を使って、いろいろなことを解決していたみたいです。
魔法ってそういうふうにも役に立つ物なんだなって、発見がいっぱいでした。
わたしももっと、みんなが喜ぶような魔法を使えるようにならなくちゃ。
そうそう、研究室に入ったことを、お母さんに注意されることはありませんでした。
ケッパーが黙っていてくれたのかな?
ほっと一息だけど、お母さんに秘密ができてしまいました。
今度研究室に入った時には、ちゃんといおうと思います。
あ、お母さんの話ばかり聞いていて、わたしの身体測定の結果をいうのを忘れてたよ。
みーんな健康で、せっかく身長が伸びてたのにね。
2004年9月制作