小噺
その日、俺以外の男達は誰一人校舎に来なかった。暇を持て余した俺が一人で女達の所へ行ったって追い出されるに決まってる。締め切った教室から漏れ出す女達の楽しそうな声につまらねぇなとポツリと呟きながら仕方なく校舎を出た。
太郎くん「なにしてるの?」
声変わりしていない高い少年の声にふと振り向いた。太郎だ。保護者同然のさとるも居ない。都市伝説である俺達に孤独は当たり前かも知れないが、太郎が一人で居るのは珍しく感じる。
注射男「別に⋯散歩?」
太郎くん「さんぽかぁ。いいね!」
子供はあんまり好きじゃない。俺は子供を襲う都市伝説だが、別に赤マントみたくロリコンでなければさとるみたくショタコンでもない。でも太郎は嫌いな訳ではない。でも二人で話した回数は少ない方だ。どういう口調で接したら良いのか難しい。
太「どこ行くのー?」
注「いや別に⋯ そのへん?」
太「そのへんかぁ。」
会話がさっきからデジャヴってる。素っ気ない返事でもニコニコして後を着いてくる。若干迷惑。でもこんな俺でも仲間だと思って着いて来て居るんだ。だがどう見ても俺が不審者みたいだけど。
まぁ退屈だったのは事実。小さく溜め息を吐き、小学校から歩いてすぐの公園前まで来て足を止めた。公園前には道路が挟んである。
注「ブランコでも押してやろうか」
立った状態のまま視線だけ太郎に向けぼそりと言ってみた。途端、太郎は嬉しそうに「いいの!?」とパッと笑顔になった。その笑顔は普通に可愛い。素っ気ない態度でいた事に罪悪感を与える。
注「じゃ行くか」
太「まって!」
目の前の公園を横切る道路を渡ろうと足を踏み出した瞬間、太郎は俺の手を掴む。
太「道路渡るときはね、お手手つなぐんだよ!」
得意になって言った。教室で人間の教師が言っている様な事を覚えたつもりで。「はいはい」とだけ応え小さい手をキュッと握る。ほんのり暖かい。都市伝説の癖に。
太郎は握っていない左手を上げ行儀良く道路を渡る。深夜4時を越えているのだから車なんて、音すら聞こえないのに。
道路を渡り終えても尚、ブランコの所まで手を握ったまま誘導する。ブランコに座りやっと解放された手を今度は背中を押す為に差し出す。
ただ前後に揺れるだけの遊具を子供は喜んで楽しんでいる。真人間の頃の、少年だった俺から見ても、きっと理解出来なかったと思う。
否。遊びたい欲求をひたすら抑えていただけだったから、もしかしたら羨ましかったかも知れない。
太「注射お兄ちゃーん、ちょっと早いよぅ」
太郎の声にはっと我に返る。慌ててブランコの揺れを止める。
注「悪い、ちょっと考え事してた。」
太「へー?」
注「大人は考える事が多いのさ」
太「注射お兄ちゃんも大変だねぇ」
太郎の口から出る“お兄ちゃん”。年上には基本的に“お兄ちゃん”“お姉ちゃん”を付け呼んでいるから今まで特に気にした事がなかったが、改めて意識して聞くと 何だか耳がこそばゆい。
瞬間、自分の兄を思い出した。
当時は家族だと『お兄ちゃん』と呼び兄の後ろを着いて行っていたが、嫌悪され拒絶されていた事を自覚すると自宅でも距離を置いた関係になっていた。俺を監禁し 都市伝説に至らしめた、嫌いで嫌いで大嫌いな兄貴を。
兄と言う存在を何より憎んでいた俺が、純粋な子供に“お兄ちゃん”と呼ばれている。初めてのことで、どう接して良いか分からない。素っ気なくしてても甘えて着いてきて、笑顔を見せる。そんな俺が、薄汚い大人になった俺が、恐怖の都市伝説になった俺が。小さい子供に慕われるなんて、恥ずかしいけど⋯案外悪くなかった。
太「また考え事ー?」
注「あ⋯、ああ、悪い悪い。もうすぐ夜も明けるし、そろそろ帰るか。」
太「えー。そうだね~。帰ろっかぁ。」
少しつまらなそうに口を尖らせながらも素直に立ち上がる。コロコロ変わる表情に、兄を思い出して嫌な気持ちになっていた事を薄れさせる。そんな感情になっていた事も馬鹿馬鹿しくなってきた。
「帰るか!」と最後は自然と自分から手を握っていた。嬉しそうに笑うその顔に俺も釣られて笑ってしまう。子供の凄いところだ。
道路を渡りきってもその手は握りあったまま。ひんやりしている空気の中、手の中は暖かい。心地良かった。
小学校へ辿り着いた時、聞き覚えのある声が前方から響いた。
さとるくん「あっれー! 注射男さんに太郎くん!」
怪人アンサー「こんな所で何をしているんだ?」
注「何だよテメーらこそどこ行ってたんだよ。」
さ「またアンサーさんがテケテケさんへのプレゼントで悩んでたからお手伝いしてたんす。太郎くん、遊んで貰ってたの?」
太「うん!注射お兄ちゃんやさしかったよ!」
怪「よかったな。」
いつものメンバーが揃ってまたいつもの賑やかさが戻ってきた。横に並び、やっといつもの光景になった。このいつもの、って感じは嫌いじゃない。
さ「注射男さん、“お兄ちゃん”出来て良かったっすね♪」
注「何言ってんだ。」
さ「弟ってもんは1度くらいはお兄ちゃんに憧れるものですからね!」
注「知るか悟んな。」
太「じゃーみんなでお手手つないで帰ろー!」
怪「私も繋ぐのか⋯?」
最後は何故か仲良く手繋ぎで小学校へ戻り、女達に冷ややかな目で見られる羽目になった。でも楽しそうな太郎に免じて許してやろう。絶対言うつもりはないが、こいつらと出会ってやっと俺は人間っぽくなれたのだから。
⋯まあ、たまには遊んでやるのも良いかも知れない。
END