過去編



とにかくあの時の僕は“生きる事”が下手くそだった。生まれ持ってしまった“能力”を理解して、もっとちゃんと上手に“生きる事”が出来たなら⋯きっと幸せになれていたのに。



物心がついた頃から、この後何が起こるか分かってしまう事が多かった。分かると言うより“悟る”と言う方が近いだろうが、子供の頃はそれが当たり前だった。
だから 何をしたら大人が怒るか、何をしたら大人は喜ぶのか、悟った通りに行動していた。
それを「手が掛からない良い子」と両親が大人達と話しているのもよく聞こえていた。褒められるのは悪くなかった。


小学校に入学してからもそれは変わらない。絶対にふざけて触ってはいけないものが有る、授業以外でとび箱に乗っては駄目、同級生達がやってはいけない事をやって注意されている中 僕は何一つ注意される事はなかった。

成績は悪くない方だったと思うけど、好きじゃなかったのは国語だった。テストの問題で『この時作者は何を思っていたのか』と言う出題には納得出来なかったのを覚えている。文章を読んでいて、どういう心情だったのか悟っていたから 悟った通りの回答をしたら答えは△が付けられていた。それでもその頃は自分の“悟る”能力の自覚がなかったから 満点を逃して納得がいかないままで終わった。


当時固定した友達は居なかったけれど、休み時間にクラスメイトから遊びに誘われる事はあったので 孤立してはいなかった。でも、思えば僕の“悟る”能力はただ生き易くする為の素敵な能力ではないと知らしめられた。

かごめかごめで後ろに誰がいるのかも、神経衰弱で何処に何があるのかも、ドッヂボールで誰が何処に投げるのかも。なんとなく悟っていたから思っていた通りに勝ち続けていた。
そして最後になるといつも みんなが「つまらない」気持ちでいることも 嫌でも分かってしまう。
そしていつしか誰も、遊びに誘わなくなった。

更なる異変は小学校4年生のある日の昼休みに起こった。


『たなか先生、2組のやまざき先生が好きなの?』

「え、急にどうしたのかな?さとる君⋯」

『だってそう思ってるから⋯。でも先生、けっこんしてるんでしょ?なんで? 』

「ええー!?そうなのー!?」
「たなか先生ってやまざき先生が好きなんだってー!」
「2組に聞きにいこうぜー!」


要は既婚者である担任教師が隣のクラスの担任教師と不倫しているという事だったのだが、当時の僕は無知であり好奇心から悟った事をそのまま口にしてしまった。
僕の一言でクラス中が騒ぎ出し、その隣のクラスに走って行こうとする児童も居た。


「静かにしなさい!!!!二度とこんな話しないで!!!! 」


若くて美人で穏やかな人柄と人気のある担任教師の、同級生の誰しもが聞いた事のない怒号が教室に響き渡る。その気迫に押されて泣き出す児童も出始め、思いのほか大騒ぎとなってしまった。

事の発端として僕が職員室に呼び出されたが、その日はただ僕がふざけて先生を怒らせたという事になり 形だけの謝罪をしただけで終わった。担任教師にとっては都合の良い話ではないので 僕の両親に連絡が行く事は無かったのだが、その現場に居合わせていた児童が黙ってはいなかった。

案の定その出来事をクラス外の児童やその両親に話してしまい 子から親へ、親から親へと噂はあっという間に広まってしまい、担任教師とその不倫相手である隣の担任教師が退職へ追いやられるのにそう時間はかからなかった。


担任教師を最後に見た瞬間、「余計な事を言ったあの糞ガキのせいだ」と言いたそうな心の奥底から憎む感情を悟った時、初めて自分の“悟る”能力が災いに発展してしまったと自覚した。そして同時に“悟って”も絶対に言ってはいけない事があるのだと言う事にもやっと気が付いたのだ。


そしてこれから起きる自分自身の不幸は“悟る”事が出来ないと知ってしまった。



「さとるくんがあんな事言ったから、 たなか先生とやまざき先生は学校から居なくなったんだよ」
「なんで誰も知らない事を知ってたんだろ?」
「そう言えば昔から何か当てるゲームとか強かったよね」
「給食のジャンケンもいつも勝ってるもんね」
「心が読めるんだよ、きっと」
「こわーい」
「気持ち悪ーい」


噂をする対象が居なくなったら今度は僕の噂が広まる様になってしまった。そしたら、前に起こった出来事を付け足し付け足し、噂は更に大きくなってしまった。それから僕は孤立した。

高学年になると自身の“悟る”能力を自覚し あまり目立たず、でも人の役に立つ人間にたりたくて 保健委員になったりもしたけれど、不気味がられるのは変わらずだった。
他の教師も例外ではなく、「教師2人を退職に追いやった児童」としてまるで腫れ物を触れる様な扱いだった。



そして中学に上がった頃には孤独にも完全に慣れ、1人でも楽しめる事と言えば、漫画を読んだりアニメを視聴する事だけだった。 成績は悪くなかったので小遣いも充実しており、両親は共働き。放課後、 休日の時間はアニメ視聴に、小遣いもグッズ購入に費やす毎日だった。それをオタクだと別の意味でより孤立へと導いていたのは言うまでもない。


それから更に自分自身に不幸が訪れたのは中学2年生になった頃だった。

やたらと出張と外泊が多いと思っていた母親の感情が見知らぬ男で溢れて居ることを悟った。小学4年生のあの日を思い出す、罪悪感すら快感であるかのような、あの忌々しい感情だ。
間違いない、僕の母親は不倫している。


だが父親に伝えようか迷った。父親が母親への愛情と信頼している気持ちが強い事を知っている。会社で大きなプロジェクトを任されていて、大きな責任と信頼を抱えて居ることも悟っている。

僕自身のトラウマにもなっている今までの経験上からこれ以上のトラブルを避け 言わない事を決めた。これ以上父親に負担を掛けたくない。
然し母親である前に女であろうとした母親に完全に嫌気がさしていた。


「今日も残業で少し遅くなるからね、お夕飯大丈夫?」

『冷凍のやつ有るから大丈夫。』

「そう。休みだからってテレビばかり見てないで、ちゃんと宿題やっておくのよ。」

『はぁーい。』


残業、なんて言いながら今夜も不倫相手と会うつもりなのを悟っていた。こうして朝食を食べ僕と話していながらも、その視線は携帯電話の画面に向けられている。不倫相手と今夜の予定の確認をするメールでもしているのだろう。不倫相手は出会い系サイトで出会った事もとっくに悟っている。

父親が休日出勤なのをいい事にずっと携帯電話から手を離さない。
自分も一応思春期で親の過干渉がうざったい年頃なのだろうけど、ここまでコミュニケーションが無いのも異常だろう。父親の居る前では何事も無いかの様に振舞って。それが心底腹立たしくて仕方がなかった。


そんな僕のささやかな反抗として、父親が不在の時に限り 公衆電話から母親の携帯電話への無言電話を何度もしていた。
母親の不倫をする為のツールと化している携帯電話と言うもの自体にも嫌悪感があって 意地でも携帯電話を持とうとしなかった。

いいタイミングを見計らって発信するので、いい所で邪魔をされて不機嫌そうになる母親の声が電話口から聴こえると、胸の奥の霧がスっと晴れて行く様な感覚でスッキリした。



そんな事を繰り返した数ヶ月後のある日、父親が僕の貯金を勝手に下ろしていたのを見付けた。問い詰めるが誤魔化された。「必ず返す」、それだけ言って。その使い道は探偵を雇い母親の浮気調査をする為のものだと悟った。



(高校進学の為の貯金だったのにな・・・。別に探偵なんて使わなくても僕はとっくに悟ってたのに。 )


そもそもなんで自分の貯金を使わないのか?なんだ、自分の貯金が惜しいのか。悪いことばかり悟ってしまう事に慣れていた僕は そんな父親の感情にすら無関心になってしまっていた。



しばらく経った深夜、眠っていた際にある事を悟り飛び起きた。小さい頃に何度か悟った事のある、1番悪い事。


それは人の“死”だ。


急いでリビングへ入るとそこには首を吊っている父親の姿があった。食卓のテーブル一面には探偵からの調査結果と不倫現場を押さえた写真が広げられていた。実際に悟った通りの、チャラチャラとした男と化粧と派手な服で若作りをした出で立ちの仲睦まじく腕を組み歩いている母親の姿。挙げ句の果てには路上で堂々と口付けをしている写真もあった。吐き気がする。

そして1枚の殴り書きされたメモがあった。メモには 「後は頼む」とそれだけ書いてあった。



『借りた物も返さないで 感情的に勢いで死ぬなんて・・・狡いよ・・・母さんを僕に押し付けて・・・。』



溢れた涙が視界をぼやかす。ぶら下がる父親に縋りついてみても、死した人間からはもう何も悟れなかった。

こんな時に母親は何をしている?
意識を集中すると、不倫相手の自宅居る事が悟れた。父親がこんな事になっている時に、まだ不倫相手とヨロシクやっているのか。父親が母親を愛し信頼していた気持ちを踏みにじってまで、自分の欲望を優先させたのか。

嫌悪感が憎しみに変わった瞬間だった。
何枚もの十円玉とある物を握り締め自宅を飛び出し、近所の公衆電話へ向かった。電話をする先は勿論、母親の携帯電話だ。



『僕⋯今 家の近所の公衆電話にいるよ。』


「⋯は?」



ガチャリと切り、母親の現在位置の近くにある公衆電話を次々回り電話を掛け続けた。今までやっていた嫌がらせの無言電話とは違う、徐々に近付いていく自分の位置を知らせる電話を繰り返した。


『今、スーパーマーケットの近くにいるよ。』

『今、コンビニの近くにいるよ。』

『今、パチンコ屋の近くにいるよ。』

『今、○○マンションの⋯』


「いい加減にやめなさい!!!近くにいるの!!? 知ってるの!!?」


繰り返して行くうちに母親は遂に声を張り上げ怒号を上げた。僕が近付いて居ることに気付かれている。
母親が怒りの感情の中に恐怖心を抱いている事を悟り、ゾクゾクと奥底から高揚する感覚が芽生えてきた。

次で最後の公衆電話だ。こんな事を何度もやっていると、まるでゲシュタルト崩壊して行く様に、だんだん自分が何をやっているのか、自分が何なのか 感情がごちゃ混ぜになって分からなくなっていく感覚がした。




『今、母さん達の後ろにいるよ』




恐怖に駆られ勢いよく振り返る母親と不倫相手。その背後には誰もいない。母親は電話口で怒鳴り散らした。



「本当にいい加減にしなさい!!!今までの悪戯電話もあんたの仕業なんでしょ!!私の邪魔ばっかりして、昔はあんなに従順な子だったのに⋯、もう許さないわよ!!!!」



『・・・許されない事をしてるのは お前らの方だよ』





最後の一言を残し、持って来た金属バットで2人の頭部を叩き付けた。何度も何度も、悲鳴を上げる暇も与えない様に。自分自身が真っ赤に染まっても尚、何度でも。何も考えられない位に。

自分がどうやって部屋まで入ったのか、何故気付かれずに背後に立てたのかさえ、今となっては何も思い出せない。
もしかすると、この頃の僕は もう人間では無くなっていたのかも知れない。






あれからマンションで凄惨な殺人事件が起きたと大騒ぎになっていたそうだ。事件の被害者の夫は自殺ということで夫が犯人なのか?と思われたらしいが死亡時刻が合わない上に、その一人息子は行方不明で目撃情報もなく犯人と確定も出来ず 終いには未決事件という事になったらしい。
もう関係の無い話だ。

なんでこんな“悟る”能力を持って生まれちゃったんだろう。分からないけれど、少なくとも僕が不幸な子供であった事は確かだ。

小さいうちからもっと能力を理解して、たまには嘘をついたり、悪戯したり、サボってみたり、一般的な普通の子供みたいに可愛げのある子供としてもっと上手に生きる事が出来たら⋯
僕がもう少し手が掛かる子供だったら、母さんも他の男に関心を持つ事もなかったかも知れないのに。
もし母さんが間違いを犯してしまっても、父さんに正直に相談出来る勇気と信頼があったら⋯そしたらきっと多少は幸せだったのかも知れないのに。


挙げてみたらキリが無い、こんなものは所詮ただの“たられば”だ。

僕はもう“アチラ”へは戻れない。





⋯ああ、いつかこんな能力なんて無い、普通の人間に生まれ変わる事が出来たなら その時は⋯神経衰弱もかごめかごめも、子供らしい遊びを楽しめるのかな。








「手順なんだっけ?」
「えーと、公衆電話で、自分の携帯に電話する!」
「“さとるくんさとるくんおいでください”って唱えるってのもあるよね」
「さとるくんが段々と近付いて行くんだってさ〜」
「最後に後ろまで来たら絶対に振り向かないで 質問すればいいんだってー!」
「本当に電話来るかなぁ?」
「怖いけど楽しみ〜」









⋯⋯⋯君が知りたいこと 電話で呼んでくれたら答えに行ってあげるから




だから教えて 僕が生まれてきた意味って⋯⋯何?










【さとるくん】







END
4/4ページ
スキ