小噺
さとるくん『僕さとるくん。今、悪夢電車の中にいるよ。』
照明がチカチカと不規則な点滅をさせる薄暗い電車の中。車掌服を身に纏った男は携帯電話を耳に当てながらクスクスと笑みを浮かべていた。「本当に怪異相手でもしっかり位置を知らせる電話を寄越すのだな」、と。
時刻は日が照っている筈の午後。しかし電車の外は青紫がかった不気味な空模様。あの世ともこの世とも言えない、正に悪夢の様な空間だ。
その悪夢の様な世界と不気味な電車を支配しているのは、都市伝説『猿夢』。普段は人々が眠りに落ちる夜にしか活動しない彼は、普段の昼の間は適当に時間を潰して過ごしているのだが⋯。その日ばかりはどう気が向いたのか、自身と同じ都市伝説である『さとるくん』を呼び出して遊んでいたのだ。
次々と掛かって来ては近付いている、現在位置を知らせる電話。それだけでも彼にとっては十分な暇つぶしであった。電車の中に到着したと言うことは、次の電話で最後であろう。最後の電話の瞬間を携帯電話を見つめて待っていた。その時、ついに最後の着信が鳴った。
猿夢「はぁい。」
さ『僕さとるくん。今、君の後ろにいるよ。』
猿「はぁい、ようこそようこそ⋯ふふっ、」
1コール目で直ぐに通話ボタンを押した。面白さで笑いが込み上げてくる。思わず携帯電話から顔を逸らして堪えきれていない笑いが口から漏れ出す。
さ「⋯⋯で、質問はないんすか?」
身を震わせ笑う猿夢の背後から、電話越しではない生身の声が降ってきた。「これはこれは、どうもこんにちはぁ。」と、にやけながら挨拶し振り向く。学生服の少年は苦笑いをしながらそこに立っていた。とりあえず挨拶を返し続ける。
さ「質問はすぐしないし、振り向いちゃうし⋯ルール破りまくりじゃないっすか。」
猿「おやまぁ、質問に答えるなんて⋯怪人アンサーみたいな怪異なんですねぇ。それに、振り向いてはいけないなんて⋯初耳です。」
ヘラヘラ笑う猿夢にさとるくんの苦笑いが更に引き攣る。そして猿夢の両腕を掴み、スーッと深く息を吸った。
さ「いやいやいや!!!!?? じゃ何で呼び出したんすか!!? 僕ここまで来るの大変だったんすよ!!!? 夢っすよ!!!!?? 寝るしか行く方法ないんすからね!!!!?? と言うか質問に答える怪異なんすから待ってる間に質問を考えたり徐々に近付いて来る恐怖に怯えるのがこの怪異の醍醐味なんすよ!!!!!!?? いや猿夢さんが怯えて待つなんて事そもそも有り得ないっすけどね!!!!!!?? てかルールも知らずに呼び出すとか、たとえ穏やかで優しい僕でもちょっっっとイラッッッとしましたよ!!!!!!???」
ノンブレスで怒号を上げるさとるくん。どんな怒りの言葉でも猿夢の耳には人の口から発せられる単なる音に過ぎない。一通り怒鳴り散らし終わったさとるくんがゼイゼイと肩を上下させ、時に噎せながら呼吸する姿に再び笑いが込み上げたが、ぷッ、と一吹きに抑えておく。
猿「無理に大声出すから⋯」
さ「猿夢さんのせいっすよね⋯エフッ⋯」
猿「まぁまぁ、折角来て下さったんですし。お茶でも如何ですか? ちょうどおやつの3時ですよ。」
くるりと踵を返して先頭車両に向かう猿夢。「紅茶とケーキがありますよ」と嫌味ったらしいニヤニヤとした笑みから、ふやりと優しげな笑みに姿を変えた。そんな猿夢の姿にさとるくんは その本心は本当に単なる暇つぶし⋯誰かと遊びたかったという子供の様なものであると悟った。これ以上文句を言うのは野暮だろうと案内する猿夢の後を追った。
さ「⋯本当はすぐに質問しなかったり振り向いたりしたら、何処かへ連れ去られるとか殺されるとか⋯そういう設定なんすけど、コレで無しにするっすね。」
出された紅茶は中学生ほどの年齢でも美味しく飲めるミルクティー、ケーキは苺のショートケーキと本当に子供へ向けた様なラインナップ。まるで初めから持て成すつもりで用意していたかの様だった。
猿「ココが既に異世界みたいなものですからねぇ。それに貴方に負けるつもり無いですし。」
さ「言ってくれるっすね〜。まぁ怪異同士で殺り合う意味なんてないすっけども。」
猿「それもそうですねぇ〜。」
さ「て言うか猿夢さんもガラケーなんすね。アンサーさんと同じの。」
猿「すまほ?はややこしくってよく分かりませんから〜。」
さ「まぁ〜それは大いに分かるっす。」
他愛のない会話をしながら、結局そのまま2人でお茶をして悪夢から目覚める為の駅まで送って貰って解散となった。
さとるくんが目が覚めた後から知ったのだが、他の怪異は猿夢からの“招待”がなければ悪夢電車の悪夢は見られないらしい。友人の怪人アンサーは猿夢からしょっちゅう欲しくもないその“招待”を受けては、悪夢電車の夢の中で持て成されている。その彼が言うのだから間違いはない。
最初から悪夢電車に招待した上で電話で呼び出しをした。全ては猿夢の思い通り。つい感情的になってしまったが、さとるくんは自分個人を招待してくれた事が素直に嬉しいと思った。
そして猿夢自身も、次は何か質問を用意しておかなくては、と笑を浮かべながらティーセットを片付けていたのであった。
END