第2部



ある日の昼休み。花子さんは3番目のトイレの個室で暇を持て余していた。時折綺麗に清掃されたタイル壁の溝を指でなぞり、早く仲間達が集まる時間の夜にならないかと思っていた。

するとトイレに児童達がキャッキャと笑いながら向かって来る声が聞こえた。普段は花子さんが出ると噂の女子トイレを恐れ、下級生が訪れる事はそうそう無い。然し高学年程にもなるとやはり怖い物見たさで肝試しをする児童も少なくない。


花子さん「はぁ〜あ。またか。」


花子さんは溜め息を吐いた。確かに暇であったが、こう言う好奇心で自分を呼び出そうとする児童を嫌っているので落胆した。「遊びましょ」と呼んでおいて、いざ個室から出てみると悲鳴を上げて逃げていく。それが嫌で仕方がないのだ。

然し自分は噂が無くなれば消えてしまう存在。どうせなら噂だけされてこうして無意味に呼び出して欲しくないと彼女は思っていた。


花「まぁせめて3、4回に1回は出てやってもいいけど⋯。」


花子さんは個室のドアによじ登り どんな児童がやって来たのが観察する事にした。便座に上がってジャンプしたので、勢い良くドアを蹴ってぶつかった音がトイレ内に響く。


「うわっ!ちょ、マジ?」

「ガチでこれ居るんじゃない!?」

「やだ〜アハハ。 」


児童達は4人居た。その歳には早そうな派手なアクセサリーを身につけ、服装も肩が露出されたデザインで花子さんにとっては奇抜であった。校則違反であろうスマートフォンを今から撮影すると言わんばかりに掲げていた。

誰もいない筈の個室から音が鳴っただけで児童達は騒ぎ出す。花子さんは騒ぎつつも楽しそうな児童の姿を見て眉間の間に皺を寄せた。妙に肝が据わってるつもりのいかにも現代っ子らしいその振る舞いが気に入らなかった。


花「ふんっ。本当にこういうギャルみたいな子供ってきらい!出てあげないんだからっ。べーっだ。」


自分が児童達に見えない事をいい事に舌を出し唾を飛ばす。ドアを掴む腕もそろそろ疲れて来たので降りようとした時。
4人組の1人を個室の前に突き飛ばした。


「ほらほらぁ。早くやりなよ。」

「トイレの花子が撮れたらバズり間違いなしだよ〜。有名になれるかもよ?」

「そんな⋯、やだよ⋯。」

「いいからやれよ。何なら裸で校舎一周の方にする?」


その光景はどう見てもいじめそのものだった。派手な児童達の中に1人だけ身なりも態度も大人しい雰囲気の女の子が居た。一目で分かる。あの子は派手な子達3人にいじめられている。


花「あ〜。やなもん見た⋯。」


初めて見るその光景に花子さんもドン引きだ。囲まれて逃げ場をなくしたいじめられっ子は震える手で個室のドアをノックした。そして「⋯花子さん、遊びましょ」と消え入る様な声で呼び出しの呪文を唱えた。


「あははは!マジでやったよ!」

「呪われるんじゃねー?」

「ほら〜トイレの花子と遊んで来なよ!」


大声で嘲笑ういじめっ子達に今にも泣きそうないじめられっ子。
それを他所にいじめっ子達は個室のドアを上け無理矢理押し込む。椅子に水を入れたバケツや重りになる物を乗せたり配置して固定し、閉じ込めた。


花「こいつらマジか⋯。てかあたしも普通に出られないじゃん⋯。」


ドアを開けられる前に便座に着地した花子さん。いじめられっ子は自分が見えない人間だと安堵しつつも様子を伺う。

泣きながら開けるよう懇願するいじめられっ子にいじめっ子達は変わらず笑い続ける。そして昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
いじめっ子達は「授業始まるからじゃあね〜」「忘れてなきゃ出してあげる〜」とニヤニヤしたまま颯爽と帰って行こうとした。

何かを決意した花子さんは再び便座から勢い良く飛び上がり、ドアを乗り越え個室から出た。
彼女を憐れだと思った事もそうだが、いじめに自分の怪談を利用された事にも無性に腹が立った。


サッといじめっ子の1人のポケットからはみ出ていたスマホをこっそり抜き取る。そしてドアの前のバリケードを取り除き、もうドアが開くことを示す様にゆっくり開けた。

いじめられっ子は怯えながらも辺りをキョロキョロと見回し、トイレから立ち去って行った。


花「ふん。見てなさいよ。」



そして放課後。紛失したスマホを探し再度噂の女子トイレに入ったいじめっ子達。いつの間にか脱出していたいじめられっ子にも驚いたが、彼女らにとってはそれよりも肝心なのは全ての必要な情報が詰め込まれたスマホの方だった。

当初は楽しみながらいじめに利用したとは言え、昼間と違って薄暗くなったトイレに怯えている。現に昼休みに不可解な物音も聞いてしまったのだ。

そこへ⋯


『⋯い⋯⋯っれ⋯だ⋯』


「な、なんか聞こえない⋯?」

「ちょっと!やめてよ⋯!」



『⋯い⋯めっ⋯こ⋯だ⋯れ⋯⋯だ?』


「やだやだ、マジやばいってこれ⋯!」


『⋯⋯いじめっ子はだ〜れだ⋯?』


花子さんは不気味に言葉を発する。初めは微かに聞き取れる程の小さな声で、徐々に言葉の間隔を短くしながら声量を上げ繰り返した。
どこからともなく響き渡る声にいじめっ子達は身を寄せ合い震え上がる。花子さんは更に続けた。


『⋯あたしをダシにしようなんていい度胸じゃない⋯⋯

⋯地獄の果てまで追い掛けて、“遊んで” あげようか⋯?』


「いやぁあああ!!!!」
「きゃああああ!!!!」
「誰かぁあああ!!!!」


恐怖に耐え切れなくなったいじめっ子達は悲鳴を上げ、探しに行ったスマホにも目もくれず一目散にトイレから飛び出して行った。


花「ばーか。ざまぁみなさい!!」


久しぶりに本気を出して驚かす事が出来た花子さんは満足そうに笑みを浮かべた。その日はずっと上機嫌で お化け達の集いにも楽しく参加した。



数日後。あれからいじめっ子がやって来る事も、他の児童が肝試しにやって来る事もなくなった。花子さんは再び壁のタイルを数えながら暇を持て余していると、久しぶりに誰かが入って来る気配がした。
またドアによじ登り覗き込むと、自分の居る3番目のトイレの前に立つ人物⋯

あの時のいじめられっ子だ。


花(前より明るい顔してる⋯。もういじめられなくなったのね。)


あの時はずっと俯いて泣いている姿しか見られなかったいじめられっ子が穏やかな表情をしている事に花子さんはホッと胸を撫で下ろす。
然し何故怖がっていたトイレに1人で赴いたのか花子さんが不思議に思っていると、いじめられっ子は小さく口を開いた。


「⋯いるか分かんないけど⋯聞いて、花子さん。この間ここでいじめたあの3人ね、あの日の放課後に学校前で大型トラックに撥ねられたんだって。

勢いよく道路に飛び出してきたみたいで⋯、みんな大怪我。歩けなくなった子も居るらしくて⋯。凄いニュースになってたよ。

花子さんがやってくれたの⋯?」


彼女の言葉に花子さんはそんな訳あるか、と言いたくなったが、ただ黙って耳を傾ける。


「あいつらね、私の他にも嫌がってる子に無理やり何かさせて動画撮ろうとしてて嫌われてたし⋯。ああなって当然だよ。それに花子さんの話をしたらクラスのみんな凄いって言ってたよ。花子さんの呪いだーって。私にもやっと友達が出来たの。


あいつらなんてあのまま死んじゃえばいいのよ。⋯だからお願いね、花子さん。」



最後の一言を言い終え、満足気に女子トイレを後にするいじめられっ子に呆れた様に溜め息を吐く花子さん。あんなに弱々しい姿をしていた彼女が 出来事一つであんなに悪魔の様な笑みを浮かべるとは思わなかった。



花「⋯⋯助けたつもりでいたのがバカみたいじゃない。ほんっとに。」






その日の深夜。集まったお化け達がスマホでネットニュースを見ていた。


テケテケ「また小学生の女の子が交通事故だってー⋯」

ヒキ子さん「⋯⋯最近多いですね⋯。」

口裂け女「“スマホ見ながら運転”、“巻き込まれた児童は意識不明の重体”⋯。ここと同じ学校の児童なのね。花子は知っていて?」

花「さぁ〜あ。知らないわよそんなの。」


この間とはえらく違い不機嫌そうな花子さんにテケテケ達はあまり深入りしないでおこうとネットニュースの画面に目を移す。そんなお化け達を遠目に花子さんがボソリと呟く。



花「⋯勝手に信じて勝手に死んで⋯。ほんと人間ってバカみたい。」




END
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