第2部



7月、梅雨も終え本格的な夏が始まった。某小学校の生徒達は迫り来る夏休みに心踊らせていた。然し、今年の生徒達はそれ以外にもある事にも夢中になっているのだった。




テケテケ「わんちゃん?」

花子さん「うん。この学校に住み着いちゃったみたいなのよ。」

ヒキ子さん「⋯柴犬の⋯オスの様ですね⋯。」

「ワンッ!」



そう。この某小学校に子犬が迷い込んでしまったのだ。現在生徒達はその子犬の世話に夢中になっている。



花「毎日6年生が交代でエサやる事にしたんですって。下級生も可愛がってやってるわ。」

テ「人懐っこいわんちゃんだね~!可愛い♪」

花「トイレでもワンコの話で持ちきりよ。ダンボールで家作るとかなんとか⋯。」

ヒ「⋯首輪が付いているという事は⋯迷い犬なんでしょうか⋯。」


子犬を抱き上げると赤い首輪が目に止まった。しかし名前も飼い主の住所も書かれていない為、どこから迷い込んだのか分からない。


花「近所のケーサツにも言ったみたいだけど⋯くわしい事はまだ分からないって。」

テ「そうなんだぁ⋯。ね、口裂けさんはどう思う?」


口裂け女「!!!」


何一つ言葉を発していないが、実は冒頭からお化け達と共に校庭に居た口裂け女。何事にも率先して発言、行動する口裂け女なのだが、本日は子犬と戯れる輪から少し離れた場所で様子を伺っているだけだった。


花「アンタも触ったらー?ワンコなんて滅多に触らないんでしょ?」

口「え、遠慮するわ。そんな小汚い犬⋯。」

テ「生徒達が綺麗にしてくれたみたいだよー?ホラ、ふっかふか!」

口「別に結構よ。貴女達で可愛がってればいいじゃない。」


花子さんとテケテケで子犬を勧めるが一向に近寄る気配の無い口裂け女。そんな様子に花子さんはニンマリと口角を上げた。




花「口裂け女、アンタもしかして⋯犬苦手なんでしょ?」


口「!!!!」



その一言に校庭が一気に凍り付いた。数多くの説が語られる都市伝説の女王とも言える口裂け女。実は「弱点は犬」と言う説も挙げられているのだ。


花「へー⋯。へーへーへー、そうだったのね~?ふっふーん?」

テ「花子ちゃん⋯」

口「なっ、別に苦手とかじゃあないのよ!?キャンキャン吠えて煩いと言うか、獣臭くて嫌だと言うか⋯犬より猫派と言うか!」


ヒ「⋯⋯口裂けさん⋯後ろ⋯」


「ワンッ!」

口「ひゃあん!?」



慌てて弁解する口裂け女に近寄った一つ吠えた子犬に悲鳴を上げる。今まで聞いた事のない間の抜けた彼女の声に本当に犬が苦手である事を肯定させてしまった。


花「あー⋯なんかゴメン。それは聞かなかった事にするわ。」

テ「そうだよ、誰にでも苦手なものってあるよね!」

ヒ「⋯お気になさらず⋯。」


口「そうやって同情しないで頂戴よぉ!」

「ワンッ!」

口「なッ!? こっちに寄越さないで!」

花「アンタと遊びたいってよー。」


珍しく顔を赤く染め取り乱す口裂け女だが、当の子犬は彼女の後ろを着いていく。リードで繋がれ行動範囲は限られているので、リードが届かない距離以上に離れようとするが、ふざけた花子さんは子犬と一緒に追いかける。


テ「でも何か懐いてるみたいだねぇ。」

花「変わった子ねー。」



口裂け女の意外な一面を発見した所でその日は解散となったのだが、校庭に一匹の子犬が迷い込んだ事により某小学校はまた一つ賑やかになった。





太郎くん「ワンちゃん可愛い~」

怪人アンサー「成程⋯、それで私の能力が必要だと呼んだのか。」

テ「そうなの。やっぱり元のお家に帰してあげたいし⋯。」

花「アンタこういう時じゃなきゃ役に立てないでしょ。」



翌日。お約束の男子メンバーにも子犬をお披露目し、怪人アンサーの“質問されたらその答えがすぐに解る”能力で子犬の飼い主を探す事になった。皆、人懐っこい可愛らしい子犬に癒されていた。



注射男「ん。病気は持ってないみてぇだな。」

さとるくん「注射男さん、獣医の資格も持ってたんすねー。」

注「暇な時教科書読んだ。」

花「持ってないんかい。」

注「うわっ、乗っかって来んなよ、待てって!はははっ!」

テ「注射男さん犬飼ってたんですか?」

注「いや逆。むしろ触った事ねーからさぁ。けっこう好きだぜ小動物。」

さ「つくづくイケメンの無駄遣いっすねー。」

太「ぼくも抱っこしたーい!」



子犬を囲みワイワイと楽しそうに談笑するお化け達の後ろでポツンと残る口裂け女。そんな彼女を気遣う様に隣に並ぶヒキ子さん。


口「貴女も行ってくればどう?ヒキ子。」

ヒ「⋯十分に戯れて来ましたから⋯。」

口「気遣いはお止しなさい、疲れるだけよ。」

ヒ「⋯⋯そう、ですか⋯。」

口「そうよ。お行き。」

ヒ「⋯⋯⋯私も⋯どちらかと言えば、猫派です。」


口「あら。」



この日も口裂け女は黙って遠くから子犬と戯れるお化け達を眺めているだけだった。

そして怪人アンサーの能力で子犬を飼っている自宅が判明し、家の住所のメモを職員室へ残しておいた。翌日は学校中大騒ぎとなるだろう。

だが、事態は思わぬ展開へ発展した。





花「まっさか、旅行に行ってたなんてね。」

テ「明日のお昼には帰るみたいだけど⋯。」



なんと子犬の飼い主は旅行へ行っていたのだ。もともと隣町で飼われていた子犬らしく、隣人に預けていたのは良いが、脱走癖のある子犬で、某小学校のある地域まで逃げて来たようだ。その預かり先の隣人は無事に保護しているのであれば明日まで預かっていて欲しいとの事だ。



花「なんでも、若い新婚夫婦のハネムーンらしいのよ。」

ヒ「⋯⋯預かっている隣人の方も無責任ですね⋯。」


テ「そのワンちゃんはどこに行ったんだろ?」

ヒ「⋯口裂けさんの後を追って行きましたよ⋯。」

テ「え!?リード繋いでるよね!?」

ヒ「⋯1階以外の全ての扉は閉めてきました。」

花「後で大捜索始まるかと思ったじゃない。」




口「着いて来ないで頂戴。」

「ワンッ」

口「ワンじゃないわよ、煩いわね。」

「ワンッワンッ!」

口「全く…、犬を見てるとあの注射野郎を思い出すわ。」


ところ変わって某小学校1階。案の定着いて行く子犬を拒み続ける口裂け女。拒まれても尚追い続ける子犬を自身のストーカーである注射男に重ねてしまい、思わず溜め息を吐いた。


口「⋯ま、注射野郎と比べれば躾られてる方だと思うけれど⋯、⋯ん?」



その時、口裂け女は子犬のある変化に気が付いた。元気よく自分を追いかけていた子犬が突然うずくまり苦しそうに唸り始めたのだ。


口「な、何よ⋯、大変じゃないの⋯!」


子犬は更に嘔吐、これはただ事ではないと察した口裂け女は子犬を抱え走り出した。




口「貴女達!!」


テ「口裂けさん?」

口「注射野郎は何処!?」

花「は?てかワンコ⋯、」

口「大変なのよ!注射野郎は何処と聞いているの!」

ヒ「⋯二階へ上がって行きました⋯。」

口「ありがとう!」



何があっても全く近付く事のなかった子犬を抱きかかえ切羽詰まった様に走る口裂け女。お化け達は目を見合わせ慌てて後を追った。



口「注射野郎!」


注「口裂けさん!まさか口裂けさんからお声を掛けてくれるなんて、」

口「犬の様子がおかしいのよ!イキナリ吐き出して⋯今すぐ診なさい!」

注「え?」


ぐったりした子犬を抱いて息を切らす口裂け女の姿に男子メンバーも目を丸くした。然し小さな子犬には一刻を争う事態、急いで子犬の診察を始めた。



テ「一体何がどうなったの…?」

怪「⋯どうやら、生徒の1人が給食で残した玉ねぎを与えた様だな。」

花「え?」

注「ネギ類は犬猫にとっちゃ毒だ。何も知らねぇガキが何でも食うと思ったんだろ。」

太「そんなぁ⋯ワンちゃん大丈夫なの⋯?」

注「まぁ、幸い悪いモンは全部吐き出したみたいだし。後は安静にしてりゃ大丈夫⋯⋯口裂けさん⋯?」


診察を終え、子犬の無事に安堵するお化け達。当の子犬を連れて来た口裂け女にその場の全員が目を向ける。 すると、



口「良かった⋯。」



口裂け女は今まで見た事のない優しい笑みを浮かべた。その瞳にはうっすらと涙も滲ませている。そんな彼女の表情に驚き目を逸らせずにいたお化け達に気付き我に返った。


口「なっ、何よ!見ないで頂戴!大丈夫ならもう良いんでしょう!? 帰るわ!」



恥ずかしさに顔を真っ赤にして怒り出し校舎を後にした口裂け女。その様子にお化け達は安心と共に小さく笑った。



後日。迷子の子犬は無事飼い主の元へ帰る事が出来た。某小学校はポツンと寂しさを残し、待ち望む夏休みへの日常へ戻った。預かり先の隣人も深く謝罪をし、飼い主も責任を持って子犬を大事にする事を誓ったそうで、脱走する事は減ったそうだ。

更に、誰が子犬の飼い主を見付けたのかと言う謎が残り、生徒にも教員にも心当たりがなく誰の仕業だと暫く騒がれていた。


まさか人々を恐怖に陥れた都市伝説達だとは知らずに⋯。






END
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