第2部
じめじめとした空気に厚い雲に覆われた街。季節は梅雨、傘が必要となる6月だ。しかし気分も落とすこの時期に雨の降りしきるこの空の下で傘もささずに出歩く人影が雨に紛れていた。
テケテケ「梅雨だねぇ⋯」
花子さん「梅雨よねー」
口裂け女「梅雨、ねぇ。」
深夜2時。外はバケツをひっくり返したような土砂降り。某小学校に集まったお化け達もまた梅雨のじめついた空気と共に溜め息を吐いた。
花「蒸し暑いったらありゃしないわ。トイレなんてまっぴらよ。」
テ「そうだねぇ⋯トイレにずっといるのも辛そうだよね。」
口「化粧の乗りも悪くなるわ。」
花「どうりで小ジワが目立つと思っ」
口「何ですって?」
花「べっつにー」
他愛ない会話をしながら梅雨について語るお化け達はまだ来ないある人物を待っていた。
テ「ヒキ子ちゃん⋯来ないねぇ。」
口「そうねぇ。こんな土砂降りなら仕方なくてよ。」
花「毎度の事ながら、心配になっちゃうわ。」
ヒキ子さんは時折集合に遅れる事があるのだ。そんな時は大体差し入れを所持して来たり行き倒れの怪異を連れて来たりする。思考が読めないマイペースな彼女だがなかなか来ないとなるとやはり心配になってしまう。
花「今度こそ何かあったりして⋯」
テ「私達が来る前はこんなに降ってなかったもんね⋯。もしかして⋯」
口「およしなさい、そう言ってると何も起きないわよ。今に来るわ。」
ヒキ子さん「⋯⋯こんばんは⋯」
「「うわァあ!!?」」
口「ほらご覧なさい。」
突然のヒキ子さんの登場に驚き飛び上がる花子さんとテケテケ。ずぶ濡れになってやって来たヒキ子さんを迎える。
花「雨すごいから心配してたのよ~!?」
ヒ「⋯⋯すみません⋯」
口「もう、だから余計な心配は⋯」
テ「待って、ヒキ子ちゃん⋯顔真っ赤だよ⋯?」
雨の日の都市伝説であるヒキ子さんに傘は不必要。傘をささずに獲物を求めて通学路をさ迷っている。なので普段から雨の日は毎回全身を濡らしてやって来るのだが⋯
口「確かに赤いわ⋯さとるの奴と何かあった顔でもないわね。」
花「何言ってんのよ!」
ヒ「そんな⋯大したことでは⋯」
花「でもアンタもしかして、」
ヒ「⋯大丈夫です⋯。何もありませんから⋯」
テ「待ってヒキ子ちゃ、」
────ドサッ
テ「ヒキ子ちゃん!?」
ヒキ子さんはその場で倒れてしまった。慌てて駆け寄ると息は荒く乱れ、ぐったりと普段全く見せない弱々しい姿。紛れもなく熱がある状態だ。
テ「やっぱり⋯、ヒキ子ちゃん熱あるよ!?」
花「ひどい熱⋯」
口「とにかく保健室に運びましょう」
口裂け女がヒキ子さんを抱き抱え保健室へ向かう。濡れた服を脱がし、身体を綺麗に拭き、備え付けのベッドに寝かせた。お化け達はヒキ子さんの看病を始める。
花「あたし水くんで来るわ!」
テ「服も乾かさないと⋯」
ヒ「⋯いえ⋯、大丈夫⋯です⋯」
口「何言っているのよ、そんなにフラフラで。」
ヒ「⋯本当に、大丈夫ですから⋯」
自分の為に働く姿に罪悪感を抱き、無理に起き上がろうとするヒキ子さん。そんな中、突如保健室のドアがガラリと開かれた。
?「嘘。」
花「え?」
テ「さとるくん!」
現れたのはさとるくん。普段ならば男子メンバーと共に行動するのだが、1人で保健室へ踏み込んだ。
花「何しに来たのよ!」
さ「倒れた時から見てたんだよ!ヒキ子ちゃん、全然大丈夫じゃないじゃん!」
テ「だから今看病して⋯」
さ「ヒキ子ちゃんさ、皆に心配かけさせたくないんでしょ?大丈夫だなんて嘘。」
ヒ「⋯で、出て行ってくださ⋯、」
さ「悟ってるもん。本当は大丈夫じゃない、ツライって。」
静かにヒキ子さんの横になっていたベッドに歩み寄る。そんな姿にヒキ子さんは近付く程表情を硬く歪ませる。
ヒ「⋯⋯ッ!」
さ「やっと君の心が悟れた。嘘吐くなんて一番人間らしい感情を、僕が悟れない筈ない。」
さとるくんの人間の思考を“悟る”能力はヒキ子さんには効かなかった。感情そのものの人間らしさが欠けていたからだ。然し、今こうしてたった1つの思いを彼が悟れたと言うならば、
さ「僕は安心したよ。君が少し人間らしくなって。」
ヒ「⋯⋯な⋯にを⋯、」
花「ナニ言ってんのよさっきから!」
口「花子、テケテケ。2人で話させてやりましょ」
テ「え?でも⋯」
口「良いの。ヒキ子も私達が心配し過ぎていると⋯治るものも治れなくてよ。」
さとるくんの発言に何かを察した口裂け女は2人を促しにそっと保健室を後にした。ヒキ子さんは安堵の溜め息を吐いた。
ヒ「⋯⋯あなたも早く出て行って下さい…」
さ「いや。大人しく寝るまで出て行かない。」
ヒ「⋯朝までにはちゃんと帰りますので…」
さ「雨具もないのに? それとも無理矢理寝かせてあげる?」
ヒ「⋯⋯⋯。」
熱の帯びた身体とは対照的にさとるくんの黒い笑みに鳥肌が浮かび大人しく再び布団の中に潜り込んだ。満足げに見下ろす彼の顔がヒキ子さんの目に無駄に良く映る。
ヒ「⋯⋯ありがとう、ございます」
さ「え?」
そして目を逸らしながら彼女の口から紡がれた言葉は意外にも感謝の言葉だった。
実は今夜も行くか行かないか迷っていた。連絡手段もない状態でどう不調を伝えるかも熱のある頭ではどうにも思考が回らなかった。
ただ一目会えたら、と土砂降りの中某小学校へ赴いたのはいいものの、 いざ着いてみると脳裏に過ぎるのは心配するお化け達の顔。風邪を移してしまうのではないかという不安。案の定心配して自分の為に動いてくれる彼女達に激しく罪悪感を抱いたのだ。
ヒ「⋯⋯テケテケさん達からは⋯初めて会った時から良くして貰っていたので…こ⋯れ以上の迷惑を掛けたくなかったんです⋯。」
さ「だからほっといて欲しかったんだね。ヒキ子ちゃんらしいや。まー、誰一人迷惑だなんて思ってなかったけど。今までもこれからも、君に頼られる事を望んでいるよ。」
ヒ「⋯⋯良かった⋯。」
ヒキ子さんは初めてさとるくんの“悟る”能力に感謝した。怖くて聞き出せない感情を彼は黙ってても悟ってしまう。そんな事は恥ずかしくてとても言えたものではない。そっと布団で顔を覆い表情から悟られないようするしか出来なかった。
さ「さーてと。テケテケさん達以上に僕に居られちゃ困るだろうから、僕も失礼しちゃおうかな。お薬は飲んだ?」
ヒ「⋯頂いて飲んだので⋯。早くそうして下さい⋯。」
さ「あらそう。じゃあ最後に⋯。」
ヒ「⋯⋯⋯!」
ベッドの脇に長く居座るのは悪いと立ち上がったさとるくんは無防備に晒された熱い額にそっと口付けを落とした。照れくささを隠す様に「じゃあね」と残し保健室の扉をぴしゃりと閉めた。
1人残されたヒキ子さんは⋯⋯
ヒ「⋯⋯熱を上げてどうするんですか⋯」
布団の中で額を抑えボソリと呟いた。
一方、保健室を後にしたお化け達はと言うと。
花「ヒキ子大丈夫かしらねー。」
テ「うん⋯。でも意外。案外意地っ張りなんだね、ヒキ子ちゃん。」
口「本当、大丈夫かしら。濡れた服乾かす為に脱がせたから、今あの子下着だけよ。襲われないかしら。」
「「え!?」」
口「でもまぁ⋯さとると激しい運動して汗かけば熱も下がるかも知れないわね。ほほほ。」
テ「く、口裂けさん!!?」
花「ん?どういうこと?」
後日、ヒキ子さんの熱は無事下がり完全に復活する訳だが、別の熱が彼女の中にいつまでも留まる事となった。当の熱を植え付けた本人はその熱を移された様に風邪を引いてしまい暫く寝込むというお約束の結末となるのであった。
END