第2部



只今の時刻は早朝。現実世界では人々が目覚め活動を始める頃合い。つまりは都市伝説達が眠りにつく時間帯である。然しながら、同じく活動時刻を終えた猿夢の悪夢電車の中では一人の客が足を踏み入れていた。



隙間女「ふへへー、可愛いねー。」


猿夢「⋯⋯⋯。」



隙間女。花子さんらと交流のある怪異という事で気まぐれで彼女を悪夢電車に招待した。然し隙間女は怯える様子を見せず、襲いかかろうとした猿夢のしもべとなる小人をまるでマスコットの様に「可愛い」とたいそう気に入ってしまった。
それ以来彼女は度々この悪夢電車に訪れては猿夢のしもべと戯れていた。猿夢は紅茶を淹れながら溜め息を漏らす。



猿「⋯お菓子は、苺タルトとブルーベリータルトがございますけど」

隙「いちごたると!」

猿「⋯はいはい。」


初めはいつもの様に挽き肉にでもしようとした。然ししもべを「可愛い可愛い」と謳い笑みを浮かべ愛おしそうに慈しむ姿に力が抜けてしまった。皮肉な事に、しもべも可愛がってくれる隙間女に懐いてしまった始末。更に気まぐれで菓子と紅茶を出したらそれも気に入ってしまい、また遊びに行きたいと始まった。



猿(場合によっては彼女の恋人を⋯)


良からぬ企みに舌なめずりしながら紅茶と苺タルトを皿に移し隙間女の居る車両へ向かう。ひょいと覗けば、楽しそうに笑う隙間女の姿。


猿「どうぞ。」

隙「わぁ、ありがとー。」


紅茶と苺タルトの皿を隙間女に渡すと、満面の笑み。だがその笑みは自分に対してではなく、対象はこのタルトだ。美味しそうに食べ始める。


隙「おいしーい!」


幸せそうに頬を緩ませる表情に僅かながらも鼓動が高まる。仕方なく隣に座り、彼女の表情を間近で伺う。少しずつ減って行くタルトと共にその口元には苺ソースが付着していた。拭ってやろうと手を伸ばしたのだが、


隙「わぁ、しもべちゃん。」


肩に乗っていたしもべが衣服で隠れ滅多に出さない口でそのソースを舐め取ってしまった。



隙「舐められちゃった。ありがとねー。」

猿「⋯⋯⋯⋯。」



大して悔しいなんて思っていないのに、モヤモヤと黒い何かが心の底に沈んでいく。何よりも大切で愛しいしもべに嫉妬するなんて、何てことだと猿夢は頭を抱えた。



隙「わわっ、もうペロペロしなくていいよぉ。⋯あれ?どうしたの猿夢さん。お腹痛いの?」

猿「頭抱えているのに腹はないでしょう。⋯全く。」

隙「ほえ?」

猿「ふう⋯。貴女、何を思って此処へ来ているんですか?」



食べ終わった皿を寄せ、隙間女に問い詰める。隙間女はきょとんと猿夢を見上げながら首を傾げる。



猿「彼等に逢う為だけに、此処へ来てるんですか?」


窓の外は不気味に薄暗く、然し電車内には苺の香りが漂う異様な空間。いつになく真剣な表情で問う猿夢に隙間女は反射的に目を背ける。




隙「猿夢さん、顔、こわいよ⋯」

猿「答えれば開放しますよ」


ぐっと手首を掴み、脅す様に強く握り締める。漸く見せた怯える姿にゾクリと背筋が震える。



隙「もちろん⋯、猿夢さんにも 会いたいよ⋯!」


怯えながら答えたその直後、安堵なのか一気に力が抜けてしまった。彼女にはしもべ達と出している菓子にしか関心が無いのかと思っていた。



隙「いきなり怖い顔するからぁ⋯、やだよもー。」

猿「これはこれは、すみませんねぇ。菓子に釣られる低脳なお馬鹿なのかと思いましたから。」

隙「ほえ⋯!ひどいよー!」



頬を膨らませポコポコと弱いパンチを喰らわせる隙間女に思わず笑みが溢れた。猿夢も何処か、彼女に情を抱いてしまっていたのだ。然し本人はそんな感情など一切知る由も無い。そして帰る時刻となった。



隙「じゃあね、しもべちゃん~」

猿「全く、貴女の恋人は本当にそれでいいのやら。」

隙「心配ないよ!だってわたし、しゃどー大好きだもん!」



車道男大好き宣言にまたズキリと心を痛ませながら「そうですか」とだけ返し、隙間女はニコニコしながら手を振り帰って行った。




猿「⋯ふう。」


甘い苺の香りが残る車両でまた溜め息をついた。普段は血生臭い空間が、隙間女一人居るだけで甘く香る。


猿「お前達、本当に彼女が好きなんですか?」


ぴょんぴょん跳ねるしもべ達に再び溜め息をつく。




猿「何でしょうね。可笑しくなったんでしょうか、私も。」



隙間女に対する感情。その正体をまだ自覚していない猿夢は引っ掛かりを感じながらも後片付けを始める。苺の甘い香りの中で「次は何を用意してやろうか」と考え小さく笑みを浮かべるのであった。
悪夢電車の夢は猿夢の“招待”がなければ見られない。それは本当にただの「気まぐれ」なのだろうか。



END
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