第2部



ある昼下がり。都市伝説としてのアイデンティティから大分かけ離れた服装の車道男は一人スマホを弄っていた。画面の時計は午後2時前を差している。足元はいつものスケート靴やローラースケートではない普通のスニーカーだ。これが失ったアイデンティティの根源である。

初雪もまだのこの季節。道路が凍結しアイスバーン状態と化した冬にしか活動しない都市伝説・車道男にとって待ち遠しくて仕方無い季節なのだ。しかし今回ばかりは訳が違う様子だ。



車道男「よっし、2時になった。ハニーを探さないと。」



今日は車道男の愛しのハニー、隙間女とのデートの日だ。今回はデートの始まりを意味する“待ち合わせ”を体験させてあげようと待ち合わせ場所と時間を指定し待つ事にしていた。

待ち合わせ場所はお化け達が集まる某小学校のすぐ近くにある駅前。車道男は待ち合わせ時間2時より30分も早く駅前付近で待っていたのだが、なかなか現れない隙間女を探す事にした。これも予測済みらしく半ばかくれんぼのつもりで鼻歌混じりに探す。


車「ハニーみーつけた!」

隙間女「わぁ、見つかっちゃった。」



駅前の横の自動販売機の間より隙間女はいとも簡単に発見された。ひょっこり出て来た隙間女に車道男はニコニコと小さな手を取る。


車「待った?」

隙「うーん、わかんない。」

車「どれくらい前から居たの?」

隙「お昼から!」

車「めちゃくちゃ待ってたじゃん!」


綺麗に磨かれた自動販売機の隙間を後にし手を繋ぎながら歩き始める。他愛もない会話からデートは開始された。





隙「ねーねー、どこ行くの?」

車「そこは俺に任せろ!ハニーをエスコートするのが彼氏の勤めだからね♪」

隙「じゃあ、えすこーとされるー。」


手を繋ぎながら人通りの少ない駅前から一転、少し栄えた街へ出た。すれ違う人々は都市伝説であるお化け二人を何事も無く通り過ぎる。我々が気付かないだけであって、この瞬間に都市伝説と接触をしているかも知れない。二人はごく普通に街中に溶け込んでいった。


車「てかさ、前々から気になってたけどハニーは靴履かないの?」

隙「ほえ?」

車「くーつ。裸足だと危ないよ?怪我でもしたらバイ菌入っちゃう。」

隙「んー、考えたことなかった。」

車「よしっ。まず靴屋いこ!」



二人は靴屋へ向かった。店員も二人が都市伝説である事など知る由もなく笑顔で迎え入れる。


車「さ、ハニー。好きなの選んで?」


足を踏み入れた事のない場所に隙間女は知らない世界に入った様に目を輝かせる。キラキラした新品の靴が珍しくて仕方が無いようだ。


隙「ふわぁ~、きれい!」

車「ハニー靴屋行った事ないの?」

隙「うん。街にいったこともないよ。」



ずっと気に入った民家の家具の隙間や押入れに潜んでいた隙間女は街にすら出た事がなかった。詰まる所、彼女は世間知らずである。常人ならば「面倒臭い」と思うであろう世間知らずの街デビュー、車道男はにんまりと笑みを浮かべた。


車「こらこら、隙間に入ろうとしないの。」

隙「だってきらきらしてるの慣れないんだもーん。」

車「ホラ、これなんてどう?ハニー。」

隙「ほえ?」



慣れない店の中隙間に入ろうとする隙間女に車道男は一足の靴を差し出した。小さいリボンをあしらった白いパンプスだ。


車「ハニーっぽいよ、白くて純粋な感じがして。」

隙「じゅんすい?」

車「うん。汚れてなくて綺麗な所。似合うと思うよ。」

隙「⋯!」


隙間女は顔を赤くしながらパアッと笑顔になった。


隙「これほしい!」

車「決まり!じゃあコレ履いて行こっか。」


慣れた手付きで会計を済ませ、靴屋を出た。近くのベンチに座らせ、何処からとも無く出したウエットシートで隙間女の足を綺麗に拭いた。そして真新しい白いパンプスをシンデレラのガラスの靴の様に履かせた。初めて肌に感じた靴を履く感覚に隙間女は擽ったい感情だ。


隙「わぁあ、くつ初めて。」

車「良く似合ってるよ。」

隙「ありがとう、しゃどー!」

車「どう致しまして♪」



そして再び手を繋ぎデートを再開した。喫茶店、ゲームセンター、服屋、車道男の案内した初めて行く知らない場所に足を踏み入れる度、隙間女は目を輝かせて喜んだ。二人に流れる幸せな時間はあっという間に過ぎて行く。もう日が暮れ少しずつ寒くなって来た5時。




隙「いたっ、」

車「どうしたのハニー!?」

隙「ん、足ちょっと痛くて⋯。」

車「靴擦れ!?大変!」



今まで履いた事の無かった靴をずっと履いて街中を歩き続けた所為で隙間女の踵は靴擦れで皮が剥け血が滲んでしまっていた。車道男は慌てて隙間女を抱きかかえ側の公園に向かった。ベンチに座らせすぐに手当てを始めた。


車「気付かなくてごめん。」

隙「んーん、大丈夫。」

車「もうちょっとゆっくり歩いてあげれば良かったんだよ。ごめんねハニー。」

隙「しゃどー⋯。」


絆創膏をポケットから出し丁寧に貼る車道男を隙間女は申し訳なさそうに見つめる。繊細なガラスを触れる様に優しく大きな掌で包み込む温かさにじわりと涙が伝い頬を濡らした。


車「ハニー!?痛かった!?」

隙「ううん、違うの⋯、痛くないよ⋯。」

車「大丈夫!?」

隙「うん⋯。」


両手で顔を押さえ泣き出す隙間女に車道男は隣に座り肩を抱く。


隙「こんなに優しくされたの⋯、初めてなの⋯。今まで色んなお家の隙間に入って、色んな男の人好きになってきたけど、誰もわたしを見つけてくれなかった⋯。」

車「え?」

隙「しゃどーは、いつもわたしを見つけてくれる。可愛いっていつも言ってくれる 。優しくて、すごく嬉しいの⋯。しゃどーが一番好きなの。」

車「⋯⋯ハニー⋯。君は俺とどっか似てるね。」

隙「ほえ?」

車「俺も色んな女の子好きになって来たよ。長くは続かなかったしそこまで未練あった訳じゃないけどね。でも、君を見付けてから君が一番だよ。君が一番可愛くて君が一番好き。 」

隙「ほわわ…」



車道男は正面から隙間女を抱き締める。隙間女も背中に手を回す。



車「ハニーを見付けて良かった。」

隙「見つけてくれてありがとう。」



互いを確かめる様に体温を感じながら抱き締め合い、接吻を交わした。暫くしてから手を繋ぎながら帰路についたのだった。






────後日、某小学校。



花子さん「可愛いわね、その靴。」

テケテケ「車道くんからのプレゼントかな?」

隙「うんっ。お気に入りなんだぁ。毎日磨いて綺麗にしてるよ。」

口裂け女「貴女に良く似合っているわ。」

隙「ありがとー。しゃどーもそう言ってくれたよ。」

ヒキ子さん「⋯隙間ちゃん⋯、お幸せに⋯。」

隙「うんっ!」





隙間女の足元を汚れなく輝かせる白い靴。彼女の一生の思い出と宝物になったのであった。



END
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