第2部



9月、十五夜。中秋の名月とも言われるその月はいつも以上に輝きを増していた。ススキが踊り、虫が歌う河原の土手では十五夜を楽しむ二つの影が映えた。



トンカラトン「月見の団子ってのはいいモンだなぁ。」

カシマさん「⋯知りませんわ。」



トンカラトンとカシマさん。自転車を停め、月見団子を食べながら中秋の名月を眺めていた。彼らの現在居る土手は、旅を続けている途中お化け達の集う某小学校に寄る際の行き帰りによく休憩するスポットだ。


ト「シケた事言ってんじゃねぇぞ、レイコ。最高の穴場で旨い団子食っていい月を見てんだ。もっと楽しもうぜ。」

カ「そう言ってここで花火も見せられましたわ。」

ト「ははっ、あの時も楽しかったなぁ。」


全く噛み合わない会話をしながらもう一口団子を口に運ぶトンカラトン。自分の分の堺にカシマさんにも与える。以前同じ場所で花火大会を見た時も、 つっけんどんな態度を取りながらもカシマさんは大人しく与えられた物を貰い花火を見ていた。

嫌々言いながらも自分に合わせてくれる、そこがまた彼女に惚れた所なのだ。


ト「ふーぅ、食った食った。月を見ながらの団子は格別だな。」

カ「食べてすぐ寝るなんて、行儀が悪いですわ。」

ト「お前さんも寝てみな、月が良く見えるぞ。」



ニコリと笑みながら月を指差した。屈託の無いその笑みに敵わず黙って地面に背を預けた。身体を起こして見るよりも寝転がって見上げる方が月と星がよく見えた。


ト「な?」

カ「悪くはないですわ。」


トンカラトンの笑顔にカシマさんは思わず目を逸らした。自分に対して優しく接するトンカラトンに、段々と特別な感情として支配されていった。男性は無論苦手だ。なのに彼だけは平気に会話が出来る様になってしまっていた。身体に触れる事を許してしまっていた。




カ(⋯⋯⋯この人、だけは⋯)



ト「どうしたんだい?」


カ「⋯貴方は、わたくしを⋯好きなんですの?」



カシマさんは身体をゆっくり起こしトンカラトンをじっと見つめ、一つの質問を述べる。トンカラトンは即答した。



ト「ああ。好きだぞ。」


カ「何故ですの?わたくしは男性が苦手で!貴方にも勿論冷たくて!何を言われても面白みのない回答で返して!少し触れられただけで嫌な顔をして!事あるごとに大嫌いと言って!どれをとっても嫌われる理由しかありませんのに⋯!」

ト「いきなりどうしたんだいレイコ、」



即答したトンカラトンに思わずカッと感情が昂り強い言葉をぶつけてしまう。何故自分が好きなのか。トンカラトンに対しての疑惑が膨らみ、カシマさんは止まらなくなった。



カ「そもそも貴方は口裂けさんがお好きだったんでしょう!? わたくしよりずっと綺麗で手足もあって、ずっと可愛げが有りますわ!」

ト「落ち着け。だったらあのまま口裂けさんを好きだったままの方がお前さんにとって良かったのかい?」



カ「⋯⋯!!」



突然の質問にそのまま俯いて何も言わなくなった。そして黙って首を横に振った。何時しかカシマさんも、トンカラトンに対する感情が好意になってしまっていたのだった。



カ「⋯わたくし、昔は愛される事が当たり前だったんですの。」

ト「どういう事だい?」


カ「生きていた頃は…名家に生まれ、英才教育も受け、大事に大事に育てられましたわ。成長する事に『美しい』と称えられ、家族に、親戚に、地元民に、愛されていたのです。」


突然カシマさんは都市伝説となる前の、生前の話を話し出した。自分の話をしない彼女が誰かに語るのは初めての事なので、トンカラトンは驚きながらも聞く。




カ「大事にされる度、花を生け、茶を点てて、踊りを踊り、愛されたお返しをして来た。戦争が始まり空襲を受けても、愛される為の努力は惜しまなかった。愛されたかった訳ではないのに、どこかでたった一人の特別な誰かの為に愛されたかったのかも知れませんわ。」

ト「⋯⋯⋯⋯」


カ「戦争が終わり、日本は負けたけれど…生きていた事に感謝して、誰かといつか結ばれる事を夢見ていましたの。けれど、わたくしは敗戦の直後に死んだのです。」

ト「⋯⋯!」

カ「何人もの敵兵にわたくしは汚され、そして銃でこの両手足を撃たれ失いましたの。男なんてきっとそう、欲望の塊で触れる女性全てを汚すのだと思っていましたわ。」


カシマさんの死因を、奪われた両手足の理由を知ってしまったトンカラトンは目の色を変える。



カ「⋯そう思ってた、筈でしたのに⋯貴方に拾われてから、それは捻じ曲げられましたわ。こんなに酷い態度を取って⋯、もう花も生けられない、お茶も点てられない、踊りも踊れない、何も出来ないこんなわたくしをここで、貴方は『好き』だと言ってくれたのです⋯!あの時の接吻も、嫌ではなかった⋯!」


ポロポロと涙が溢れてきた。突然のカシマさんの涙に驚く。慌ててその涙を拭おうとあわふためくトンカラトンが手を伸ばした直後、カシマさんの一言に手がピタリと止まった。




カ「嬉しかった、のです⋯」



ト「レイコ⋯」



赤く顔を染め、静かに涙を流す。震えているその身体をトンカラトンは優しくゆっくりと自分に引き寄せた。そして小さく口を開いた。








ト「刀侍郎。」




カ「…え?」

ト「俺の忘れかけていた本名さ。レイコは秘密を話してくれただろ?俺には生前の記憶がねェからこれで勘弁して欲しいが、返しだ。」

カ「本、名⋯?」



トンカラトンの口にした言葉。それはトンカラトン自身の本名であった。都市伝説となってしまった彼らにとって本当の名前はいずれは失ってしまうものだ。覚えている者の方が少ないのである。そしてその名を誰かに伝える事も。




カ「とう、じ ろう⋯さん⋯。」


ト「⋯! ははっ、やっと呼んでくれた。しかも本名だ。耳が擽ってぇ。」

カ「刀侍郎さん⋯。」



俯いていた顔を上げ、トンカラトンの視線に目を合わせた。まともに視線を合わせるのはこれが初めてかも知れない。互いにそう思っていた。



カ「わたくしは、貴方の想いに⋯応えたいですわ。男の人は勿論怖いですけれど、貴方なら⋯、刀侍郎さんは⋯⋯!」




カシマさんの言葉を遮る様に、今度は強く抱き締めた。



ト「これ以上は⋯、言わなくていい。」

カ「⋯⋯、泣いてますの⋯?」

ト「いッ、言うな!嬉しくて、心臓が張り裂けちまいそうなんだ!」

カ「⋯ふふっ。変ですわ。」

ト「分かってらい!」



月明かりの下で、互いに顔を向かい合わせ、笑い合った。初めて二人の想いが一つになった。



ト「左腕を出しなさい、レイコ。」



泣く程に歓喜するトンカラトンの胸に顔を埋めて笑うカシマさんに1つ要求を提示した。言われた通り、僅かに長さを残した短い左腕を出す。するとトンカラトンの身体に巻いている包帯を一本外し、それをカシマさんの左腕に巻き結んだ。



カ「これは⋯?」

ト「俺達トンカラトンの包帯を巻いている奴はな、斬られねぇって決まりがあるんだ。仲間の印みてェなモンさ。他のトンカラトンに逢った事もなければ、コレはまた訳が違うけどな。」



包帯の巻かれたカシマさんの左腕を手に取りじっと見つめる。





ト「これは“誓い”だ。一生を掛けて、レイコを愛する誓い。俺が絶対にお前さんを大事にする。幸せにする。」


カ「⋯!!」


ト「だから、俺から離れないでくれ。」


カ「⋯離れて行ける手足なんて、ありませんわ。⋯刀侍郎さん。」




名月の下で、互いの距離は縮まる。優しい愛情を受け入れる様にカシマさんはそのまま瞼を閉じた。これが通じ合った二人の初めての接吻だった。

トンカラトンは彼女の過去の闇を受け入れ、カシマさんは彼の隠された本名を受け取り、誓いの包帯は二人の想いを包み込んだのであった。





今後の二人の旅路に幸あれ。





END
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