第2部



夏本番、8月───、ジリジリと照り付ける太陽、響き渡る蝉の鳴き声、道路に揺らめく陽炎。人間ですら参ってしまうこの真昼に行動を起こすお化けなんて誰一人も居ない。

⋯筈なのだが。



?「⋯暑い⋯。」



ふらふらと誰も居ない通学路を歩く人影。汗を拭い重い足を鉄板の様に熱された地面に踏み締めていた。そしてその人影はそのまま重力に身を任せ倒れ込んだのだった。





それはさて置き、時は進み深夜2時。


花子さん「今年も来たわね。」

テケテケ「手がもう辛いです。」

口裂け女「コート脱ぎたいわ。」



静けさを極める、夏休みとなった某小学校にて、この異常気象とも言える暑さにお化け達は集まり愚痴を零し合っていた。

湿気の篭るトイレに居る事を余儀なくされる花子さん。日光に熱せられたアスファルトの上を手で歩行しなければならないテケテケ。そしてロングコートと言うアイデンティティに囚われる口裂け女。 全く都市伝説である事が嫌になってしまう。



テ「毎年の事だけど、この暑さには敵わないなぁー。」

口「軽く火傷をしているんじゃなくて?可哀想に⋯。」

花「アンタはコート脱いでいいわけ?それ脱ぐとただの痴女みたいだわ。」

口「失礼ね。コート着て炎天下に晒されるなんて貴女に出来て?」

テ「熱中症になっちゃうよ。」

花「まぁそうだけどさ。アンタの中に着てるワンピースが短すぎんのよ。」

口「何を着ていようが私の勝手よ。それよりもヒキ子はどうしたの?まだ来ないようだけど⋯。」

テ「だよね、2時過ぎても来ないなんて、どうしたんだろ⋯。」

花「それこそ熱中症で倒れてたりして。」


「「「⋯⋯⋯。」」」



ヒキ子さんがまだ集合していない事に気付いたお化け達。集まる事が当たり前となった今では一人欠けているだけで心配してしまう。
只、それぞれ事情はあるだろうから遅れてしまうことも時にはある。然しこの異常気象の元、もしかしてがあるかも知れないと不安で堪らない様だ。



テ「探しに行こう。」

花「体弱そうだし。」

口「守ってあげましょ。」



ヒキ子さん「⋯誰を探しに行くんですか⋯?」



花「うおッ!?」

テ「ヒキ子ちゃん!」

口「貴女無事なの?」



そこへ何事も無い様にヒキ子さんがユラリとやって来た。探しに行こうと立ち上がった瞬間の出来事だった為驚いて飛び退く。



ヒ「⋯まあ一応⋯。何のことですか⋯?」

テ「なかなか来ないから心配してたよー。あ、今日は珍しく引き摺った人も連れて来たの?」

口「学校に連れて来るなんて滅多にないものね。」

花「また派手なカッコしたヤツ引き摺ってきたわねー。どんな間抜け面でギセイになったか見てやるわ。」



顔を見てやろうとヒキ子さんの引き摺り連れて来た人物を覗き込む。背中から繋がる真っ赤で派手な布。それに彼女達は見覚えがあった。





テ「この人⋯、もしかして赤マントくん!?」

ヒ「⋯夕方頃、道端に倒れていたので、連れて来ました⋯。こんな形で人間達の騒ぎになられても困るので⋯。」



なんと、本日のヒキ子さんの犠牲者は怪人赤マントであった。と言うよりは行き倒れていた所を連れて来られたのだから“犠牲者”とは言えない、寧ろ救済の筈だが。



花「なッ、なんで連れて来たのよこんなヤツ⋯!」

口「ほっとけなかったんでしょう。優しい子ね。」



花子さんは以前怪人赤マントに誘拐されかけた事から彼が苦手なのだ。慌てて口裂け女の後ろに隠れる。



テ「取り敢えず介抱しようか⋯?一体どうしたんだろう⋯。」

ヒ「⋯⋯熱中症の様です。」


口「こんな暑い日に長袖着てマントを羽織っていたら当然でしょう。」

花「ま、間抜けなんだから!」


ヒ「⋯こんなのにテケテケさん達の手を煩わせる必要なんてないですよ⋯。
⋯対応は私がするので、アイスでも食べていて下さい。」



ヒキ子さんはサッとどこからともなくコンビニの袋を差し出した。中のアイスを受け取った彼女達は心配そうに怪人赤マントを介抱するヒキ子さんを見つめる。

熱中症の原因であろう赤いマントを外し、濡らして絞ったタオルや保冷剤を首など動脈のある箇所に当て、テキパキと手際良く介抱を進める。



口「何かと持ち合わせているわよね、あの子。」

テ「流石ヒキ子ちゃん、しっかりしてるなぁ~。」

花「あ、このアイス前に花子が好きって言ったやつだ。」



更にもう一つの濡れタオルを額に乗せようとタオルを絞っていると、ヒキ子さんはある事に気が付いた。



ヒ「⋯この人の前髪が邪魔ですね⋯。」

テ「そう言えば赤マントくんの目見た事なかったね。」

口「捲ってやりましょ。」


初めて会った日から怪人赤マントは前髪で目元を隠していた。天然パーマであろう曲がりくねったその前髪をそっと捲り上げる。初めて見る怪人赤マントの素顔に全員顔を食い入る様に覗き込んだ。




口「あら、結構可愛い顔してるじゃない。」

花「ふん、いかにもロリコンですって感じだわ。」

テ「こうして見ると優しそうだねぇ。マントがないと普通の高校生みたいだし⋯。」



怪人赤マント「⋯⋯んむ⋯?」



そこで怪人赤マントがパチリと目を覚ました。



ヒ「⋯目が覚めた様ですね⋯。お加減は如何ですか⋯?」


赤「なっ⋯!? 何!? 何なの!?」

テ「え?」

赤「ここどこ!?僕をどうするつもり!?怖いよぉ⋯!」


目を覚まして早々、怪人赤マントは勢い良く起き上がりビクビクと震え始めた。その様子からは普段の中二病の姿とは真逆で、まるで拾われたばかりの怯える仔犬の様だ。
未だ晒されている片目からはうっすら涙が滲んでいる。おまけに一人称も“僕”で態度も口調も何もかも全く変わっている。


ヒ「⋯⋯⋯⋯。」

口「これはまた面倒事の予感ね。」



赤「マント⋯!僕のマントどこ⋯!?」


ヒ「⋯それなら脱がせましたよ⋯暑そうだったので⋯、」

赤「ふぇっ、返してよぉ!」



半ば無理矢理ヒキ子さんからマントを奪い返すと蒸し暑い中それを羽織り、目を隠す様に前髪を直した。



赤「ふう⋯、貴様ら、寝込みを襲撃しようなど不届き者め⋯、さては我を狙う裏組織の手下か?奴らならやりかねないその姑息なやり方⋯。赤きマントを着せねば⋯、」


テ「あっ、最初の赤マントくんに戻った。」

花「なんなのよコイツ。」

口「全く、面倒臭い男ね。」

ヒ「⋯どちらかというと今までのが素だったんでしょうか⋯⋯。」



どうやら前髪が彼の弱点な様だ。どういう訳か、前髪を上げ目を晒している時のみ臆病な“素”の状態に戻ってしまうらしい。



ヒ「⋯熱中症で倒れていたんですよ⋯?」

赤「⋯! そうか、能力を蓄える為の幼女の生き血が足りず⋯我は意識を失って、」

ヒ「ねっ、ちゅ、う、しょ、う⋯です。いきなり設定を付け加えないで下さい⋯。」



花「熱中症ってゆっくり言うとアレよね。よくあるひっかけ?ドッキリ?みたいな?」

口「珍しくキレちゃって、ヒキ子ったら。」



ヒ「⋯まだ本調子ではないでしょう⋯、スポーツドリンクを飲んで大人しく寝て下さい。」

赤「我にその様な飲料など不要だ。新鮮な幼女の生き血を捧げよ。」

ヒ「⋯前髪捲られたいですか?」

赤「それはヤメテ。」

ヒ「ではお休みなさい。」



仕返しが如く無理矢理スポーツドリンクを飲ませ、無理矢理怪人赤マントを寝かし付けた。



赤「むう⋯、すまないな。」

ヒ「⋯⋯いくら都市伝説と言えど炎天下の中そんな格好をしてるからですよ。」

赤「これが⋯、マントが無ければ、我は我でいられないのだ⋯。」

ヒ「⋯⋯御託は良いですから⋯。それで熱中症になっては元も子もないでしょう。」




大人しく怪人赤マントを介抱するヒキ子さんを見ているしか出来ないお化け達。彼女達は薄々とある事を同時に考えていた。



(((⋯カップルみたい)))






ヒキ子さんをまるで熱を出した恋人の看病する彼女の様に見えていた。さとるくんがこの光景を見たらどう思ってしまうのだろうか。そうツッコミしたい気を抑えながら看病は進み、時も進み。外は薄らと明るくなり夜明けが近付いて来た。
いつの間にか校内はひやりと涼しい空気になっていた。
怪人赤マントも回復し、小学校から出る事になった。




赤「世話になったな、女。」

ヒ「⋯別に⋯無視する理由が無かったので。」


口「本当、ヒキ子には感謝するのよ。」

テ「今度は元気な時に遊びに来てね!」

花「に、二度と来んなし!」


ヒ「⋯何度も言いますが、小まめに水分補給と塩分補給を⋯、」

赤「あー、鬱陶しい。分かっている。」

ヒ「⋯後は昼間は無理にマントの着用は控えて⋯、」



別れの直前まで怪人赤マントの身を気遣う発言を止めないお節介とも言えるヒキ子さんに、半ば聞き耳を立てず苛立ちを覚えたのかグイッと勢い良く腕を引き耳元でボソリと一言囁いた。




赤「感謝はするが、執拗い様だと今度は貴様の生き血を啜るぞ?ヒキ子。」


ヒ「⋯!」



その一言にヒキ子さんは一瞬目を見開き、そのまま怪人赤マントの嫌がる前髪を上げる。




ヒ「⋯その前に引き殺してやります。」

赤「ひあっ、前髪はヤメテよぉ!」





何だかんだひと悶着ありながら、朝日と共に去った怪人赤マントを見送りながら、今日も暑くなりそうだとお化け達は思っていたのであった。

怪談の季節とも言える夏場に都市伝説のお化けがなかなか現れないのは、もしかしたらこの暑さに注意しているからかも知れない。





花「ねーヒキ子、さっきアイツに何言われたの?」

ヒ「⋯⋯ノーコメントです⋯。」




帰路に着く怪人赤マントはどこか嬉しそうに自身の前髪を撫でていた。
その表情はまるで、初めて恋をした男子高生の様で その足取りは軽やかであった。



END
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