第2部



今日も今日とて変わらない日常。しかし、そんな日常は突如天地をひっくり返すが如く変貌するのである。そしてこの深夜の某小学校にも日常を覆す何かが起きた。


花子さん「きゃあぁぁあ!!!」


静けさが募る校舎の静寂を一人の少女の悲鳴により掻き消された。校舎に集まったお化け達は花子さんの普段住み着いている女子トイレに急いだ。


テケテケ「花子ちゃん!?どうしたの!?」

口裂け女「虫でも居たの!?」

ヒキ子さん「⋯大丈夫ですか⋯?」

花「⋯うわぁあん!!」


トイレにぞろぞろとやって来た仲間に花子さんは半泣きで思いきりテケテケに抱き付いた。落ち着かせる様に髪を撫でながら優しく一体何があったのか問う。


テ「よしよし、何があったの?」

花「何かが!!“いた”の!!」

口「どこに?」

花「掃除用具のロッカー!!」



皆一斉にトイレの奥にある掃除用具入れに視線を向けた。あの中に何かが潜んでいる。普段は人々を恐怖に駆り立てる彼女達ではあるが、得体の知れないものの存在に恐怖感を覚えた。


口「一体何があったのよ⋯?」

花「い、いつも通り掃除しようとしただけなのよ!拭き残しがあったからモップ取ろうとロッカー開けたら⋯何か目みたいのがギョロッてこっち見たの!!」

テ「何かの見間違いだったかも知れないよ⋯?」

ヒ「⋯でも人の気配はしますよ。」

「「ヒィ!?」」

口「ちょっと⋯、誰か見て来なさいよ⋯。」

花「やだ!怖いもん!」

テ「⋯う、じゃ、私が⋯」


ガチャ


「「キャー!!?」」


誰がロッカーを開けるのか話し合っている間に何事にも物怖じしない度胸のある勇者、ヒキ子さんが無表情を極めたままロッカーの扉を開けた。



?「ほえ⋯⋯⋯?」



「「「え?」」」



呆気に取られた間抜けな声が揃った。ロッカーから顔を出したのは、ボサボサに乱れた長い髪に、冷えた深夜には不似合いなくすんだ色の薄手のワンピースに身を包んだ少女であった。

しかし、お化け達は思った。彼女もまた自分達と同じ存在だと。


ヒ「⋯貴女、何者ですか⋯?」

?「え?んー、なんか隙間女ってなってる。」


隙間女──────彼女もまた都市伝説のお化けである。主に一人暮らしの男性の元に現れるとされていて、部屋の家具と壁の間にあるほんの数ミリの隙間に入る事が出来るらしく、じっと部屋の主を見つめ続けると言う。


テ「す、隙間女⋯?」

花「何でロッカーに入ってたのよ!ビックリしたじゃない!」

隙間女「そうなの?おどろかしてごめんね。」


散々怖がらせたにも関わらず、ほんわかとした雰囲気を醸し出す隙間女。その雰囲気に皆の方の力がスッと抜けてしまった。


隙「んーと、何となーく学校入ったのは覚えてるんだけど⋯どっか隙間に入るにはホコリとか汚すぎるからお掃除しようとしてー⋯、あ、ホウキ取りに行ったらロッカーのなか居心地良くて居座ちゃったんだ。うん。おわり。」


花「何だそりゃ。」

口「掴めない子ねぇ。」

テ「隙間女さんはいくつなの?私と同じくらいかな?」


隙「19歳だよ。」

テ「あ、一個年下かぁ。じゃあ隙間ちゃんだね!」

隙「いいよー。」


隙間女は人見知りする事なく、彼女達の中に自然に溶け込んだ。純真無垢な様子の隙間女に皆 不思議と癒された。



注射男「おー?なんか騒がしいじゃねーか。」

さとるくん「今日はトイレ付近で会議かな?」

太郎くん「まぜてまぜて~」

怪人アンサー「む?誰だそいつは。」


隙「ほえ?」


そこへお約束の男子メンバーが乱入した。もうこれ以上の表現の言葉が見付からない為、毎回同じ文である事を許して貰いたい。


テ「紹介するね!隙間女ちゃんです!」

隙「隙間ちゃんって呼び方気に入ったから隙間ちゃんって呼んでね。」

さ「隙間ちゃん?」

太「隙間お姉ちゃん!」

注「へーぇ、隙間女って言うくらいなら、もっと薄っぺらい気持っち悪い奴とか想像してたげど、案外可愛いじゃねぇか。ははっ。」

怪「珍しいな、貴様が他の女を評価するとは。」

注「まあ、思ってたイメージよりは可愛かったって話。俺の本命はとっくに決まって⋯。」


チラリと隙間女を横目にする注射男。


隙「⋯⋯⋯⋯」

花「可愛いってさ、良かったわね隙間ちゃん。」

隙「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

テ「隙間ちゃん?」

隙「⋯⋯⋯⋯⋯きゅん。」


注射男を見つめながらおかしな効果音を口に出したと思いきや、スススッと注射男に接近する。


注「ん?なんだ懐いちまったか?」

隙「⋯⋯⋯⋯⋯好き。」


口「え、」

注「へ?」


「「「「ええぇえええ!!?」」」」



突然の隙間女の告白。相手がまさかの注射男で、お化け達も本人も驚きのあまりその場でシャウト。それに構わず隙間女は注射男に抱き着く。


隙「好き。」

注「ちょ、は!?」

隙「好きぃ⋯。」

注「う⋯、胸板に柔らかな感触がぁ⋯!」

隙「わたしの事、いや?」

注「⋯⋯え?」



長い髪に隠れたその表情はほんのりと赤く色付き、潤んだ瞳で注射男を見上げるその姿は、誰が見ても可愛い上目遣いだった。
口裂け女一筋の注射男ではあるが、心を捕まれかけてしまうほど魅力的だ。


注(ちょっと可愛いとか思っちまった⋯!どうしよう、俺には口裂けさんが⋯!このままじゃ⋯!)



口「⋯フン。何よ、年下の女の子にデレデレしちゃって。」



注(⋯ヤキモチ妬いちゃう?)



そこで注射男の心にある煩悩と言う名の蝋燭にボッと火が着いた。



注「別に嫌じゃねぇぜ?」



そう格好つけて言いながら隙間女の肩に手を回した。隙間女は途端にパァっと明るい笑顔になる。その対応に口裂け女はむすっと眉間に皺を寄せた。


口「フン。」


注(やっべぇ!口裂けさんヤキモチ!?ヤキモチだよな!?かっわええぇえ!!)


隙「注射男さぁん。」

注「んー、なんだ?」

隙「えへへ。嬉しいなぁ。」

注「そうかそうか。で?俺に何して欲しいんだよ?」


自分にヤキモチを妬いてくれていると思った注射男は更に調子に乗る。隙間女の耳元で甘く囁く注射男の姿に皆の感情はただ一つ。ドン引きだ。口裂け女に至っては苛立ちを渦の様にして醸し出す。



花「⋯あいつキモイ⋯」

怪「うむ。実に不快だ。」

さ「完全に調子乗ってますねー。」

ヒ「⋯⋯引きます⋯。」



隙「いいのー?」

注「いいぜぇ?恥ずかしがらずに言ってみな?」

隙「⋯⋯じゃあ、」



『何をして欲しい』、その言葉に隙間女は注射男の腕をそっと掴んだ。いよいよ口裂け女はその光景に耐え切れずその場から立ち去ろうとした。

その時。



────グイッ


注「え、」


隙「一緒に、いこう?」



注「いでででで!!?」




隙間女は突如注射男を校舎の狭い隙間に引き込み始めた。



テ「ええっ!?」

花「え、なに!?」


口「!!?」



隙「わたしの事、好きになってくれるなら⋯ 一緒に隙間に入ってくれるよね⋯⋯?」

注「え、ちょ⋯!」



さ「まさかのヤンデレ発動!?」

ヒ「⋯⋯仲間⋯!」



隙「⋯ね?ずっと一緒にいてくれるよね⋯?」


注「⋯ッ!」



おぞましい発言をするも、その悪意一つない純真無垢な瞳に注射男はゾクリと背筋を震わせた。その感情は“好意”のみ、自身の行動を悪い事とも恐ろしい事とも思っていないのだ。

5センチ程の隙間。隙間女である彼女が入り込むには容易い事だが、生身の体には到底不可能。冗談抜きで注射男の脳裏には“死”の一文字が過ぎった。


注「待て、落ち着けって!俺潰されて死ぬから!」

隙「でも⋯これがわたしの愛のカタチだよ?受け止めてくれるよね?」

注「死ぬから!口裂けさんヘルプミー!!」



口「⋯⋯!」

テ「そうだよ口裂けさん!注射男さん死んじゃう!」

花「そーよ!取られてもいいの!?」

口「⋯ 別に死んでも良くてよあんな奴!!」


注「ええぇえ!!?」



ミシリと肩が軋る。ああ、こんな事なら調子に乗って格好つけなければ良かった。愛しの口裂け女に見捨てられたのなら仕方無い。そう思いながら自らの死を覚悟し目を閉じた。

すると、




シャ──────



廊下で何かが滑る様な音が響いた。ここにいる誰しもが聞き覚えのある音だ。




シャ──────




怪「⋯む?」

太「なんの音ー?」

花「感じた事あるわこのデジャヴ⋯」



シャ────────



車道男「やっほー♪ 何騒いでんのー?」


テ「車道くん!」

車「やぁ皆!おひさ♪」



やって来たのは車道男だ。非常事態な事を知らずに、呑気に土産だと仙台の萩の月を差し出す。



テ「車道く~ん!今それどころじゃないんだよぅ!」

車「えー?あ、注射男君おひさー。そんなトコで何してんの?」

注「何してんのじゃねぇ!!助けろ!引っ張ってくれ!」

車「え?大きなカブ? 君カブ役?」

注「違う!まず助けろ!」

車「しょうがないなー。うんとこしょー。」

注「だからカブじゃ、いでででで!!もっと優しく引っ張れ馬鹿!!」

車「どっこいしょーっとぉお!?何か出て来た!」

隙「わぁ、引っ張り出されちゃった。」

車「わお!女の子じゃん♪」


ひと悶着ありながらも何とか注射男の救助をし、そこで隙間女と車道男がまさかの初邂逅。車道男はいつもの軽い調子で隙間女に話しかける。


隙「だぁれ?」

車「車道男だよ~♪この後ヒマ?君ちょー可愛いね!」

隙「⋯⋯⋯」

車「ん?」


花「ねぇ⋯、この展開もしかして⋯」

テ「うん⋯」


隙「⋯⋯⋯⋯きゅん。」


「「「「あっ。」」」」


隙「⋯⋯好きっ。」

車「おお♪大胆♪」



なんと隙間女は次なるターゲットを見付けてしまった。しかも相手は車道男だ。



車「お誘いOKって事でいいのかな?嬉し~♪ナンパ成功すんの超久々♪」

隙「好きー。」

車「じゃこれからどっか店行こっか!美味しいトコ知ってんだよー♪」

隙「うん。」

車「あ、て事で俺らもう行くねー。バイビー♪」

隙「ばいびー。」



通り雨が如く、あっさりと帰って行った車道男と付いて行った隙間女。残されたお化け達はただ呆然と見送るしかなかった。



テ「車道くん⋯。」

花「なんだったのかしらねホント⋯」

ヒ「⋯⋯隙間ちゃん⋯仲間⋯。」



注「口裂けさ~ん!やっぱ俺には口裂けさんだけです!」

口「おだまり!貴方なんてぶっ潰されれば良かったのよ!フン!」

さ「⋯でも口裂けさん、少なくともヤキモチ妬いてたっすよね?」

口「な⋯っ!勝手に思考を悟らないで頂戴!」


太「また隙間お姉ちゃんと遊びたいなー。」

怪「そのうちまた会う事になる。大丈夫だ。」



嵐が過ぎ去った様な女子トイレ付近で、本日の語らいは終了となった。そして怪人アンサーの言った通り、お化け達はまた隙間女と再開を果たすのであった。




翌晩。


花「きゃああああ!!!」


口「どうしたの花子!?」

テ「大丈夫ー!?」


花「なっ、なんで⋯、なんでまたロッカーにいるのぉ!!」


隙「ほえ?」



隙間女は再び女子トイレの掃除用具ロッカーに居座っていた。



ヒ「⋯隙間ちゃん⋯。」

花「もー!ビックリしたじゃん!」

隙「ごめんね。気に入っちゃったからさ。」

口「ロッカーが?」

隙「ううん。みんなの事。」


((((⋯⋯キュンッ))))


テ「なんかもう嬉しいなぁー♪」

花「かわいいから許す。」

口「本当、癒されるわぁ。」

ヒ「⋯⋯隙間ちゃん⋯仲間⋯」



大変な目に遭いはしたが、彼女の本心は純真そのもの。曇りのない瞳で見つめられると途端に心が癒されてしまう。隙間女を愛でていると、どこからとも無く車道男が現れた。



車「あっ、ハニー♪」


テ「え?」

花「車道男じゃん。何よ“ハニー”って、」


隙「しゃどー!」


口「えっ?」


車「ハニー♪待ってた?」

隙「うんっ。会いたかったよしゃどー。」


テ「えっ、ど、どういうこと!?」

車「この度この車道男!隙間女ちゃんが彼女になりました♪」


「「「「ええぇえええ!!?」」」」


車「いやーもう、ホントこの子可愛くってさー。超気に入ったの♪」

隙「うん。わたしもしゃどーの事気に入っちゃったの。」

車「つー訳で、俺ら共々宜しくって事で!」


((((⋯何も言えねぇ⋯。))))




新たに仲間入りした隙間女。最初から最後までお化け達を驚かす事になってしまったが、その不思議な癒し系がまた彼女達を楽しませるのであった。



END
7/19ページ
スキ