第2部



口裂け女「可笑しいと思うのよ、貴方。」

トンカラトン「何がだい?」


ある日の事。某小学校多目的教室にて。先日自転車を無くし暴走してしまうという騒動を起こしてしまった詫びとして、大量の土産を広げ宴会を開催した。
2回も告白をした相手は静かにクスリと笑った。口元に指を当てて微笑むその仕草に妖艶さを漂わせる。

他の奴らはテケテケが即席で作った菓子を食べながらいつも通り楽しく騒いでいる。ちょいと喧しいが、それも悪くない。


口「貴方、自分に嘘は吐ける?」

ト「嘘⋯?自分にも他人にも一切吐かねェさ。」

口「あら、そう?そうかしらねぇ⋯?」


クスクスと笑みを絶やさない口裂けさんに、俺は腕を組み首を傾げる。ここまで自分に笑みを向けられる事なんて無いのだから嬉しいのだが⋯。


口「嘘、吐いていてよ。」

ト「⋯?」

口「自分に嘘を吐かないと言う事が嘘なのよ。貴方は自分の気持ちに嘘を吐いている。」

ト「嘘を吐かねぇって事が嘘?自分の気持ち?何が何だかサッパリだ。」

口「あら、大きい図体の割には鈍感ね。」

ト「何だい何だい、勿体振らずに教えてくれ。」



頓智の如く口裂けさんは言葉を並べる。何かを知っている様子だが、俺にはなんの事だかサッパリで首を傾げるばかり。
口裂けさんは細く白い指を俺の左胸に当てた。


口「貴方、本当に好きなのは私じゃなくてよ。」


沈黙。赤い目を細め俺を見据える。その目は俺の知らない心の深い深い奥まで見透している様な気がした。しかし俺は口裂けさんが好きだ。その気持ちに嘘なんて、


口「貴方、初めて会った日の事を覚えていて?」

ト「え?ああ⋯。」

口「あの日、貴方は私を好きだと言った。けれど貴方の言動は今まで私と会った事のない口振りだった。私もあの日まで貴方の事なんて知らなかったもの。」

ト「⋯⋯⋯⋯。」


確かに俺は、今まで対面した事の無い彼女に好意を寄せていた。都市伝説の中でも有名を通り越して存在そのものが伝説。その噂に惹かれ、いつか出逢う事が出来たらと追い求めていた。

それが何故それが本当に好きではないと────


口「まだ気付かなくて?ハッキリ言わないと分からない様だからこの際言うわ。貴方が好きなのはレイコよ。」

ト「!!」


出かかった言葉が喉の奥で消えた。何故今レイコの名が?確かに俺はあの日行き倒れていたレイコを拾った。そして自分から共に旅をしないか誘った。
今日も自転車のカゴに乗せてここまで来たが⋯。


口「いい加減気付きなさい。私とレイコ、対応が全く違うのよ。レイコと居る方が表情も自然で、そっちの方が楽しそう。」

ト「⋯ッ、」

口「それにレイコと一緒にいる貴方の方が好きよ。笑顔が自然で素敵だもの。」


何たる皮肉。今まで口裂けさんの気を引こうとして来た自分は何だったのか。自分がどんな表情をしているかなんて自分には見えないが、俺はそんな表情をしていたのか?


ト「分からねェな⋯、俺には⋯。」

口「それが恋愛の楽しい所よ。ふふ、見ている私が一番楽しくてよ。」

ト「⋯やっぱり分からねェ⋯。」



分からない。俺には何一つ分からないが、



ト「⋯⋯口裂けさんは、自分の気持ちには正直になったのかい?」

口「⋯⋯、⋯ええ。」


ふっ、と柔らかい笑みで遠くを見つめた。その視線の先の、そいつを見た彼女の表情は見た事の無いくらい、とても綺麗だった。


口「どんなに嘘を吐いて取り繕おうとしても心は正直よ。本当の気持ちに向き合えたら教えて頂戴ね?応援してあげるわ。」


トンと胸板を叩き皆の元へ戻って行った。目に入ったのは、口裂けさんに真っ先に飛び込む注射男に鎌を構えながらも少し楽しそうな彼女の表情。
俺も自分の気持ちに向き合わねば。足早に皆の所へ歩みを進めた。




暫くして、宴が終わりその日は解散となった。俺の曖昧なままの心境を無視し、口裂けさんは「ちゃんとレイコを連れて行っあげてね?」とにこやかに伝えてニコニコと笑みを絶やす事なく見送った。



ト「じゃ、ちょいと失礼。」

カシマさん「⋯⋯ッ、」


レイコの両腋に手を入れ抱き上げ自転車の籠に乗せた。一言断りを入れてはいるが相変わらず男に触れられる事に抵抗を感じて身を強ばらせる。

俺は少しだけ心の奥底がチクリと傷んだ。
最初の頃は自転車の籠に乗せようとする際は常に暴れられたって言うのに。俺も、無駄に意識しちまっている。


無言のままペダルを漕ぎ進める。沈黙が気まずい。普段ならばいつもの歌を口ずさみ、「煩いですわ」なんて怒られながらも続け、結局は黙って聴いてくれたと言うのに。
暫く暗い道を進み、よく通る土手に自転車を停めた。


ト「ちょっと休憩でもしようぜ。大分遠くまで来たなー。」


漸く口を開けた。籠から降ろそうと再び腋に手を回す。レイコはビクリと肩を震わせた。


ト「何か飲みたいモンでもあるかい?」

カ「結構ですわ。」

ト「⋯、レイ⋯、」


気遣いのつもりで声を掛けるも思い切りそっぽ向かれた。何故こんなに嫌われているのか。共に旅を初めてから日は浅いが、少しは慣れてくれても良いのだが⋯、流石の俺も傷付く。男が怖く苦手とは知っているが。

小さく溜め息を吐く。ここは一つ、作戦1。しつこく名前を呼ぼう。


ト「レーイコッ。」

カ「⋯⋯!」

ト「レイコー、おーい、レーイーコー。レーイ⋯」

カ「煩いですわ!!」


やっとこちらを向いた。作戦は成功だ。


ト「そう怒るな。」


俺は知りたいんだ。俺の本当の気持ちを。お前の心情を。その小さな身体に秘められた、その心に渦巻く闇を。


ト「何故、そんなに嫌うのかい?」



その瞬間、レイコは眉間に皺を寄せた。やはり男関連に嫌な思い出があったのか。俯いた顔の下にうっすら涙を浮かべている姿が想像出来た。


カ「貴方に話す事なんて、ありませんわ。」

ト「⋯そうかい。」


そう言いながらも、いつか知る機会があったら、と思っていた。



カ「ただ言える事は、男なんて汚い欲望の塊⋯。怖くて怖くて仕方がないのです。」

ト「⋯⋯⋯⋯。」



何となく察した。レイコの四肢を奪ったのは、どこかの身勝手な男だ。その身体に、その心に。深く消えない傷を負わせたんだ。そして俺が、ソイツを斬り刻んでレイコの恨みを晴らしてやりたかった。


ト「他の奴等はそうかも知れねェな。」


確かに男には煩悩ってモンがある。抑えられねェ欲だってある。俺も男だから、無いとは自信満々に言えねェが⋯。
だが、これだけは知って貰いたい。



ト「でもな、俺は違う。」

カ「ど、どうしてそう言い切れるんですの⋯!?」


本当だ。何故そう言い切れるんだろうな。俺も自分が可笑しいさ。だが。レイコにとって俺が他の男とは違う存在であって欲しくて、レイコの中で俺だけは特別な男であって欲しくて。

なんて思っている俺が、まるで本当にレイコに恋をしちまっている様で─────

────恋?




ト「さァな。俺の心が『お前を好きだ』と言っているだけさ。」

カ「────!」




俺は⋯、本当に俺が好きなのは。




ト「⋯⋯レイコ、」




紛れもなく、この女だ。





ト「どうやら俺は、惚れちまったらしい。」


────ドクン



気付いてしまった気持ちに、思わず本人に口走ってしまった。心臓が1拍子速く鳴る。


────ドクン、ドクン、ドクン⋯


男が怖いと言っている彼女に、何が『惚れちまった』だ。拒絶されて終わりだろうに。
耳元で囁いたその告白を、レイコはどう受け入れようと⋯


────ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン⋯







────ゴッ




ト「いっ、てェ~!?」


突如、額に鋭い痛みが走った。どうやらレイコが頭突きしたらしい。レイコの額も赤くなっている。


ト「頭突きなんて酷ェじゃ⋯」

カ「⋯⋯嫌い、」



しかし、その頭突きした額以上に顔を真っ赤にさせたレイコが目の前に居て。




カ「貴方なんて、大嫌いですわ。」




そんなレイコが、堪らなく愛おしくて。




ト「そうかい。」

カ「!」



『大嫌い』と紡いだその唇に口付けを落とした。



カ「~~~ッ!!!」


────ゴッ!!!


ト「~~!!? いってぇえええ!!!」







拝啓、口裂けさん。どうやら俺はとんでもない奴に惚れちまったようだ。




END


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