第2部



某月某日。今宵もお化け達は某小学校に集まって⋯いなかった。全員仲良く並んで見知らぬ長い椅子に座っていた。



花子さん「何で花子たちはここにいるのよ⋯?」

口裂け女「こっちが聞きたくてよ。」

テケテケ「さっきまで、いつも通り⋯皆で学校に集まってたのに⋯。」

ヒキ子さん「⋯電車の様ですね、ここ⋯。」


その椅子は椅子でも、電車の座席で、現に今居る場所は何故か電車の車内である。
車窓の外は真っ暗の深い闇で覆われどこの電車でどこの駅に居るかも分からない。まだ発車はしておらず電車は停止している。


注射男「よう。」

ヒ「!!」

さとるくん「やっと気付いてくれた~。気が付いたら僕らもここ居てさ。」


そしてお決まりの男子メンバー4人も向かいの座席に座っていた。太朗くんに至っては珍しい電車にウキウキしている。


怪人アンサー「別空間だな。現実世界とは程遠い次元。」

「「「「ええっ!?」」」」


腕を組み現状を冷静に把握した怪人アンサーに皆は彼の言葉に耳を傾ける。



怪「これは、夢だ。」



花「ハァ!?」

口「馬鹿じゃなくて?」

注「どう見ても分かるだろーが!」

怪「⋯明晰夢に近いものだろう。」

花「メーセキ⋯何?何それ?ワンモアプリーズ!」

怪「意識がハッキリしていて夢だと自覚出来ている夢の事だ。今、正に我々の状況に値していて⋯」


その時。


「キャアアァア!!」
「たすけてぇええ!!」
「イヤァアアアァア!!」
「いたいぃいい!!!」
「あ゛あああ゛ああ!!!」


断末魔の如く人間達のけたたましい悲鳴が車内を埋め尽くした。


花「な、何よ!?悲鳴!?」


お化け達が驚愕する中 悲鳴はピタリと止み、無音の空間へまた引き戻された。突然の事態に彼女達も驚きを隠せない。
するとアナウンスを知らせる音が静寂を破った。


『えー お客様方、突然の“物音”大変失礼致しました。まもなく発車致します。』


何者かのアナウンスと足音をコツコツと響かせながら近付く気配。お化け達は音のする方向へ目を向けると─────



「邪魔者は全て排除して参りました。本日はあなた方の、貸し切りです。」


現れた人物。それはピシッとスーツを着て、まるで車掌の様な風貌の男。ニヤリと笑む口元には赤い斑点が浮かぶ。


花「ちょ⋯!返り血!」

注「怖ッ!」

さ「返り血こわ!!」


男は口元の返り血を舐めニヤリと口角を上げる。


「あなた方に興味を持ちまして。あなた方、まともな“人”ではないでしょう?」

口「⋯あら、まともじゃないのは貴方も同じでしょう?それに、名を名乗るのも礼儀よ?」


名を名乗る事もなく坦々と喋る男に嫌悪感を表す様に睨み付ける口裂け女に男は何事もない様子でぱっと明るく笑う。


「これは大変失礼しました!名乗る名などございませんが⋯、人はこの夢を“猿夢”と言う様なので、

“猿夢”とお呼び下さい。」



​───猿夢。それは乗り込んだ電車で起きる夢の都市伝説である。次々と乗客がアナウンスの告げた惨殺をされ、現実でも死を遂げるとされている。



太朗くん「お⋯、おさるさん⋯?」

先程の悲鳴に未だ怯える太朗くんの台詞にピシリと一瞬苛立ちを覚える男、改め猿夢。咳払いをし発車時刻となった事を告げる。最後に不気味な笑みを浮かべた。


猿「良い悪夢を、お楽しみ下さい。」


​───ガタンッ!

テ「わッ!」


ガタン、ガタン、ガタン⋯


ヒ「⋯⋯トンネル⋯?」


ゆっくり動き出し、規則的な音を立て走行する電車は更に暗いトンネルに入った。トンネル内を走る音が響き、皆はこれから何が起きてしまうのかと不安を募らせる。
見えない様猿夢は不気味に舌を出し笑む。そして肩に下げる鞄に手を伸ばした。


猿「お前達、出番です。」


中からは手のひらに乗る位の小さな小人が数人飛び出した。ガチャンと拡声器なる機械を取りだしアナウンスをした。



猿『次は活けづくり~、活けづくりです。』

テ「活けづくり⋯?」


次の駅の名を言うのではなく、告げられた見知らぬ言葉。その言葉の意味を考える間もなく小人達が刃物を携え走り出す。
小人達が向かった先は​─────


口「注射野⋯!」


注射男だった。


注「⋯ッ!!」



​───ザッ!!



反射的に刃を交わし、白衣の裏に隠していたメスを投げ付け小人達を貫いた。


注「何なんだよ、こいつら⋯」

猿「活けづくりですよ~?」

注「ああ゛!?毒薬注射(さ)されてーのか!?」


へらっと笑う猿夢に注射器を構える注射男。動かなくなった小人達など気にも留めず、再び不気味な笑みを浮かべる。


猿「この電車は、そういう所ですから。」


猿夢の言葉にその場の全員がゾクリと背筋が凍った。再び猿夢はアナウンスをする。



猿『次は~、抉り出し~。抉り出しです。』


直後、注射男のメスで刺され床に伏していた小人達がむくりと起き、今度はギザギザしたスプーンの様な物を持ち飛び掛かった。


花「あいつら復活した⋯!?」

テ「⋯ッ! 口裂けさん!!」


次のターゲットは口裂け女だった。しかしその瞬間。


​────ザシュッ


どこからともなく出した鎌を一振り。乾いた音の後斬られた小人達は再び床にボトボトと倒れた。無駄な動きひとつ無い口裂け女の突然の攻防に皆は唖然とする。


口「“貴方”に殺せる訳なくてよ、私達を。」




猿夢は眉間に皺を寄せた。車内が望んだ赤色に染まらない事に。普通の人間ならば、運悪く夢に招待された人間ならば。悲鳴を上げいとも簡単に死に追いやっていた筈のに。


口「貴方は無事なの?注射野郎。」

注「は、はいっ。惚れました!」

口「⋯⋯⋯。」


調子の良い注射男に口裂け女は鎌を一突き。おふざけは良しとして、殺されかけた事やこの現状に、猿夢の目的が全く見えない。


さ「ど、どういうつもりなんですか!さっきから⋯!」


誰しも感じた疑問を、怯えている太朗くんを宥めながらさとるくんが問う。猿夢はニヤリと舌を出した。



猿「どういうつもりも何も、あなた方と何一つ変わりありませんよ?

口を裂こうが、追いかけようが、毒を注射しようが、引き摺り回そうが、何か違います?」


皆の表情がピタリと固まった。彼女達は都市伝説のお化け達。流れ出た噂で人を恐怖に陥れる存在。そんな彼女達が、同じ存在である猿夢の所為に口出し出来る権利があるのか。



ヒ「​───同じです。」


黙って静かに猿夢を睨み付けていたヒキ子さんが漸く口を開いた。


ヒ「⋯人に恐れられる事が私達お化けの存在価値です。誰にも正す事も否定する事も出来ない存在価値。」

テ「ヒキ子ちゃん⋯」


ヒ「ただ、一つ。今言いたい事は⋯」



己の意思や意見を滅多に口にしない彼女の言い分を皆は驚きながら聞く。



ヒ「帰りたいです。」



その言葉は余りにも単純な要求であった。笑みを絶やす事の無かった猿夢すら一瞬のみ口角が床と平行となった。しかしその要求を却下する様に再びクスリと笑む。


猿「帰す訳ないでしょう?あなた方全員、“ここ”の糧となるのですから。

搾り取って貰いますよ?血も眼球も、内臓も、脳も、全て。」


勝ち誇った様に笑みを止めない猿夢。しかし彼の都市伝説としての“存在価値”に否定する事が出来ない事が彼女達にとって一番悔しい事だ。



猿「⋯さて、最後はお楽しみ、“挽き肉”です。」


最後に最高の笑みで告げられたその言葉の直後、



テ「きゃあッ!?」


車内に響いたテケテケの悲鳴が更に現状を悪化させる事になる。


花「テケテケ!?」


皆の目に飛び込んだものは、口裂け女の攻防により倒れていた筈の小人達が再び復活し、床に叩き付けられ押さえ付けてられているテケテケだった。


テ「この子達⋯、力強い⋯ッ!」


苦しそうに伏せられているテケテケに小人達は不気味な機械を運んで眼前に置く。ミキサーの様な、まるで肉をミンチにする様な機械。この場で彼女を正に“挽き肉”にするつもりだと告げるように起動する。


テ「まさか⋯!」


これから自分の身に起きてしまう事を把握したテケテケはゾクリと冷や汗が頬を伝った。


口「⋯!」

ヒ「⋯ッ」

花「!!」


仲間に迫った危機に皆席を立つ。しかし、誰よりも早くテケテケに手を伸ばしたのは​─────




怪「佐知子!!!」




怪人アンサーだ。
しかし猿夢がガシリと腕を捕み行く手を阻む。


猿「駄目ですよ~、これからが楽しいんですから。」

耳元で嫌味に囁く。怪人アンサーはここ一番の睨みを利かせ腕を振り払う。
そうしている間に機械は起動し嫌な音を立てテケテケに襲い掛かる​──────



テ「⋯⋯!!!」



間一髪の所で怪人アンサーに抱き抱えられた。2度目とも言える抱擁で羞恥心と驚きと、安堵と、様々な感情が渦を巻き、思わず涙が溢れた。


テ「アンサーさん⋯!アンサーさん⋯ッ!」


抱き返す様に背に手を回す。そんな中、挽き肉にする対象を失った筈の機械が不快な音を立て⋯


テ「アンサーさん⋯マントが⋯!」

怪「!!!」


怪人アンサーの大事なマントが見事にミンチにされ、それに気を取られている最中テケテケは改めて怪人アンサーに抱かれている事に赤面する。その様子をただ無表情で猿夢は見つめる。



怪「おい貴様。」

猿「⋯?」

怪「確かに貴様と私達は同じだ。幾度ない犠牲が私達の糧となる。だから貴様の行いは否定出来ん。だがな、

こいつ等には手を出させん。」


それは最年長である彼だからこそ言えた言葉。仲間を背に、守る意思を提示する様に。


猿「​ははは⋯!何を言い出すのかと思いきや⋯!もういいです、負けました、私の負けです。

解放しましょう、この夢から。」



全てを終わらす様に、終着駅に向かいガタンガタンと音を立て車体は揺れた。





花「ん~つかれた~。」

注「全くだぜ。」

テ「アンサーさん⋯!助けてくれてありがとう。」

怪「​⋯ああ。」

ヒ「⋯⋯チッ」

さ「⋯舌打ち⋯」

口「ヒキ子が助けたかったみたいね。」


猿「このホームを抜ければ現実世界へ帰れます。それと⋯、」

怪「ん?」

猿「あなたは特に気に入りました。」

怪「はあ!?」

猿「いつか泣かせたい。」

怪「!!?」

「「「「!!?」」」」

猿「冗談ですよ~♪」

怪「冗談に聞こえん⋯。」



お化け達を見送る様に風が吹く。帰る前にもう一度振り向いたお化け達に、猿夢は今までの残虐な笑みとは打って変わって無邪気な笑みを見せ手を振っていた。





花「⋯へくしっ!」

口「ようやくお目覚め?」

花「ん~?さむ⋯」

テ「もう夜明けだよー。」

花「本当だぁ。」

口「ほらヒキ子も起きなさい。」

ヒ「⋯ん⋯?」


目が覚めた時には、もういつも通り集まっていた某小学校の教室に戻っていた。時計の針は朝の5時を指している。


注「へっきし!あーチクショー寒みー!!」

怪「貴様、いつまで人に乗っている。起きろ。」

注「あ゛!?」

さ「あ、おはよー。」

太「んにゃー?」


起きて早々ギャーギャーと騒ぎ出す男子メンバーに、彼女達はクスクスと笑みを浮かべる。



「帰ろっか。」



この一夜の出来事は、ほんの夢に過ぎない。しかし彼女達にとっては一生忘れる事のない夢となるだろう。
一言で言い表すならそれは悪夢で、恐ろしい体験をしたにも関わらず、彼女達の目覚めはとても穏やかであった。


またどこかで、この夢を見る事を楽しみにしている様に。



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