第2部
花子さん「苦⋯ッ」
まだ誰も集まっていなかった某小学校の教室。微かに上げた花子さんの声に、ついさっき来たばかりの口裂け女は後ろから驚かす様に覗き込んだ。
口裂け女「何をコソコソ飲んでいて?あら。」
ブラックコーヒー。幼い少女には不似合いな黒い缶のラベルが小さな手から見え隠れしていた。
口「お子様がそんなブラックコーヒーなんて。無理しちゃって。」
花「なっ、何よ!ムリしてないし!それにお子様でもないわ!」
口「あら、そう。」
ぐいっと一気にコーヒーを無理矢理喉に流し込む。舌に合わないブラックの苦さに思わずむせる花子さんに口裂け女はクスクスとからかう。始めこそは滑稽に写っていたが、小さくため息を吐き、その場から立ち去る。
花「⋯⋯なによコレ。」
5分もしない内に戻って来た口裂け女は急いで戻った事を悟られないように、先程の様に後ろから缶を花子さんの頭に置いた。
口「貴女にブラックはまだ早くてよ。ホラお飲み。」
花「⋯!」
渡された缶にはカフェオレと記されていた。ブラックコーヒーとは逆の、子供に合う甘いものだ。
いつの間に買って来たのか、と不思議に見上げる。口裂け女は交換する形で花子さんが飲んでいたコーヒーをごく普通に味わっていた。
口「大人になっていくのに苦味は必要よ。でも、今の貴女にはまだ要らないわ。」
マスクを直しながら淡々と語る口裂け女に、幼い少女にとってその言葉に何の意味が含まれているのか一切分からない。
花「⋯どーいう意味よ?ソレ。」
口「さぁね?お子様は黙って甘い物だけ食していれば良くってよ。」
花「んな⋯っ!何ですって!バカにするんじゃないわよ!オモテ出なさい!」
口「ほほほ。」
大人になっていく内に味わう苦味は挫折や苦悩に値する。まだまだ小さい彼女にはまだ甘味を与えていくだけで構わない。
花子さんの攻撃を軽々と交わしながら口裂け女は笑む。しかしその裏で、花子さんの中では、
花(子供のままって、苦いなぁ⋯)
まだ何も知らないもどかしさに苦味を感じていた。
END