3章『やらない善意よりやる偽善。』

だるい、めんどい、かったるい。
この言葉に限る。
何故こんな残暑の厳しい中で僕は人と密着して走っているのだろうか、しかも僕の右足は隣の人間の左足と紐で結ばれているため走りにくいは元々体力がないのに相まって夏休み期間中深夜にゲームして昼に起きての繰り返し行っていた出不精のおかげで少し走っただけで息切れを起こす始末。
自業自得であることを棚上げして舌打ちしそうになる、だがそれは内心だけに留めた。

「大丈夫か?細山。」

僕と密着して紐で拘束されている左足の持ち主は、そう気遣うように声をかけた。
隣の人物は汗ひとつかいておらず、色白で至近距離でその顔を見ているというのにニキビなどの肌荒れなどないどころか毛穴すら見えず、枝毛もなく艷やかな真っ黒な髪に外人のような薄い灰色の瞳の持ち主はどこまでも完璧で不気味なほどに整った顔立ちをしていて、それを見ただけでさらに内側の醜い炎がさらに燃えたような気がした。だが、ここで僕が舌打ちしたり苛立ちを心のままにぶつけることは出来ない。
理由は単純、何故なら僕はスクールカースト最下位、彼は上位。
ここで俺が理不尽にキレまくれば明日からはいじめが始まるのだろうと想像に容易い。

「い、や、大丈夫だよ、一ノ瀬、くん。」

心のなかでは名字呼び捨てだが、それを実際の口で言ってしまえば最後である。
そんなことをすればいつも隣で番犬のごとくその鋭い目つきで一ノ瀬に話しかけている人間を見定めているのを教室の端から良く見ていた。実際話したことのは今日が初めてだが。
GWの連休から開けてあの神丘学園から転校してきたという一ノ瀬透の容姿は誰がどう見ても端正なものだったが、最初に注目されたのはその麗しさからではなくこの水咲高校の問題児の一人、伊藤鈴芽がまるで普通の男子高校生の如く談笑しながらともに登校してきたのだ。
入学して2週間経ったあたりに伊藤が先輩たちを殴る蹴るなどをした暴行事件が起きたとき、彼が加害者かと思ったら実は被害者側だったと真犯人梶井自らが校内放送を自白というよりも他人の暴露話をしているかのように楽しそうに己のしたことを話したのだ。
ここで梶井こそがヤバいやつで伊藤はその被害者、ということは全員知っていたものの、伊藤自身入学当初からかなりの無愛想かつ無口でその目つきの悪さも加わって叶野と湖越以外のクラスメイトから疎遠されていて、しかもあの事件も先輩数人に喧嘩を売られていたにも関わらず大した怪我もしていなかったことから喧嘩慣れしているのだと分かった。
伊藤は全面的に被害者ということで加害者と思われていた数日の停学だけの処分だけで終わったのだが、そもそも高校生活に興味がなかったようで学校に来ること自体が少なくなって行った。
だから、GW明けて皆目を剥いたのも無理はないはなしで。
独りで無愛想でつまらなさそうでどこまでも冷めた目をしていたのが、嘘のように嬉しそうに目を細めて心底愛おしそうな見ていて恥ずかしくなるほどに優しくしているのを見たときは天変地異でも起こるのではないかと疑ったほどだった。
そのぐらい驚いたのだ、多少の交流があった叶野や湖越すらも目を見開いていたのだから。
愛想のある伊藤の印象が強過ぎて、その隣にいた見慣れない……たぶん転校生であろう一ノ瀬のことを見ていた人は少なく、黒板前に立ったその端正な顔立ちを見た瞬間、皆何も言えなくなってしまった。
それほどに完璧な顔をした一ノ瀬は学力運動とともに申し分なかった、性格もあの小室が叶野を詰ってきたとき庇うぐらいだし、きっと優しいのだろう。
彼女はいたことはないとは言っていたが、ただ作らないだけだろう。
現に始業式の日ラブレターたるものを貰ったと言っていたのだし、いつでも出来るんだろう。
彼女がいたことないと彼女が出来ないのとは意味は全く違う。……話が脱線した。

とにかく僕と一ノ瀬は生きる世界が違うのだ。
一ノ瀬が月だとすると僕はミジンコ以下である。
僕からすると一ノ瀬は届くはずもない存在で、一ノ瀬からすると僕のことなんて認識すらしていなかったのかもしれない。

そんな月とミジンコが、二人三脚をすることになるなんて誰が想像しただろうか。

一ノ瀬と僕に決まった瞬間の空気感よ……、伊藤はきっと凄い顔をしているだろう、と小心者の僕はその顔を見ることは出来なかった。
一ノ瀬がつるんでいるのはスクールカースト上位な連中ばかりで、次の日からの体育祭の練習が憂鬱で仕方がなかった。話したこともなく、あちらからしたら僕なんて触れたくもないだろうと思っていた。
たが、二人三脚の練習を開始して2日経ったが、一ノ瀬自身は温厚と言っても良いのかもしれない、と認識を改めようとしていた。
確かに以前の伊藤よりも無表情で無口で何を考えているか分からない、一種の厨二病なのか狙ってやっているかのようなミステリアスな雰囲気で、だがそれが許される美貌を持つ一ノ瀬にとって下々のことなんて……ミジンコ当然である僕なんて、見えてなんかない、無関心、良くて嫌悪感を抱かれているのではないかと思っていた、思ってきたのだが……。

「……細山、やっぱり休憩しよう、顔色が悪い。
俺も喉乾いたし、そうしよう。」

グレーの瞳は僕を真っ直ぐに映してそう言うものだから頷くしかなくなった、先程大丈夫と言ってしまった手前一ノ瀬からのこの提案は正直とても有り難かった。
僕らの繋ぐ紐を一ノ瀬が外してくれて、影になっているところまで一緒に来てくれた。
炎天下よりも少しだけ涼しい影にこの体が入ったと同時にドシャっと崩れ落ちた。

「細山の分の飲み物も取ってくる、名前とか書いてあるか?」
「はぁー、はぁ、う、ん、ひゅ……青い色の、カバーが、ハァ、ついてる、」
「分かった。すぐ持ってくるから待っててくれ。」

一ノ瀬はそう言うと自分も暑いだろうに、無様な僕を見越してここから少し離れた飲み物置き場へと小走りで向かっていったようで、砂利の音が遠ざかっているのが聞こえた。
中学の時から使用している、名前が大きく書かれた青色のカバーには自分の名前が大きく書かれているのでまず間違えることはないだろう、とにかく自分は呼吸を整えることに集中した。

「あっれ?太山サボりかよ、良いご身分だな?」

少し落ち着いてこのまま地面に寝転がっているのもなんだし、と体育座りに移行したときだった。
声をかけられ顔を上げればニタニタと厭な笑みで僕を見下ろしている、中途半端に不良ぶっている奴ら……前までは小室の取り巻きだった戸辺と村田がいた。
ちなみに僕は太山という名前ではない。その緩そうなおつむの通り人の名前すら覚えられないのか、と表には出さず心のなかで悪態をついた。
そんなことを思っているとはおくびにも出さないけれど。
言い返せず困ったように笑顔を作るしか出来ない自分に嫌悪する。

「一ノ瀬も災難だよなあ、太山みたいなのと一緒とかよ?」

僕こと細山 輝(ほそやま てる)の、体型はお世辞にも細身とは言えまい。
これでも小学生のときは普通体型だった、だが中学に入って成長期というのもあって食べるようになり、元々そこまで体を動かすのが好きではなく文化部だったのに加えて勉強の難しさにストレスからさらに食べるようになってカロリー消費が追いつかず一気に太って、それ故にいじられるようになって、またストレスで食べる、の悪循環を繰り返した結果の体型である。
『細山』という名字である自分だが、そんな自分の体型は『太い』以外何者でもなく、誰が呼び出したのかもう忘れてしまったが自分の体型にちなんで『太山』なんて呼ばれるようになったのは中学のときから継続されている、ちなみに村田は僕と同じ中学校でこいつのせいでその不名誉なあだ名は今も呼ばれている。
ただ、この高校は偏差値がそこまで高いわけじゃないのに、不良と呼ばれる奴らとか性格が陰惨としているやつもまあいるけれど、中学ほど多くはなく入学して自己紹介した際、村田に『あいつって細山って名字似合わねえよなぁ、だから太山って呼んでやってやれよ』と野次を飛ばしてきたのだが、それを担任となった岬先生からは『村田くん、細山くんには細山輝という素晴らしい名前があるんだ、だからそんなふうに呼ぶのは駄目だよ』と柔らかくも有無を言わせない雰囲気で咎められて自己紹介終わった後には『細山くんばいばーい!』『またな細山』と村田に言われたことなど聞いていないと意思表明をするかの如く叶野と湖越にわざわざ名前呼びでそう言われたおかげか、僕のことを太山などという呼び方をする人間は限られた数になった。
どうせみんなから良く見られたくてああいうやって大きな声で僕の名前を呼んだに過ぎないだろうが……自分の名前じゃないのに承諾もしていない名前で呼ばれることが中学の時よりもグッと減ったので感謝していた。期末テスト前の事件のおかげで叶野に対して親近感も覚えたのは記憶に新しい……て、話がまたずれた。

岬先生や叶野たちのおかげで確かに太山と呼ばれることは減った、だがゼロではない。
時折こうして岬先生や誰の目も無さそうなところで……以前までは小室を含んだ3人に僕のほうにやってきてはこうしてストレス発散と言わんばかりに僕を貶してくる。

「デブでこんなに汗垂らしまくって一ノ瀬も不愉快だったんじゃねえの?俺だったら嫌だぜぇこんなのと密着して走らなきゃいけないとか何の拷問?って感じだよなぁー」
「ほんとほんと、見るからにくさそうだよな!距離置いてる今でも臭ってきそう」
「……」

そんなこと分かっている、見た目が不衛生と言いたいのだろう?ただでさえデブで見苦しいのに汗をびっしょりと体操着が濡れるほどにかいてハァハァ息を荒くしている人間なんて見ていて不愉快でしか無い。
自分だって嫌だ、脂肪に塗れたこの身体も細い目も運動音痴も、今日こそはダイエットしようと思う意志と反して高カロリーのポテチなどのものばかり間食してしまう自分も、明日こそ走ろうを延々と繰り返している自分も。
自分の体型のとなりで細身の一ノ瀬と走って彼との差が浮き彫りになることが、どれほど屈辱的か。それを反論をすることも出来ない自分が、大嫌いだ。

「で?太山いつまでここにいるんだよ?おれら休憩してーんだけど?」

黙り込んでしまった僕に、つまらなくなったのか飽きたのか遠回しにこの場所を譲れと言ってくる戸辺。ここで抗うことは得策ではないし、いつまでも居座っているつもりもない。
(……こいつらの休憩っていつになったら終わるのだろうか)
一ノ瀬と練習している間も隅で話し込んでいたのが視界の端に映ったのを思い出して内心そう思いながら重たい身体を持ち上げようと手をついた。が、僕の肩をそっと掴んで真上から軽く圧をかけてくる感覚が伝わってきた、まるでこのまま座っていろと言われているようだった。

「……細山、熱中症寸前だろうから、もう少し休んでくれ。」
「、一ノ瀬」
「遅れてごめん、探しものをするのって上手くないんだ、はい。」

さっきまで『くん』付けだったのに、驚いてつい心のなかで呼んでいたのと同じ様になってしまったのを一ノ瀬は何も気にすることもなく、青いものを手渡す、それは僕の名前が書いてある水筒青いカバーのものだった。

「い、や。ありがと……」
「うん、ゆっくり休んでくれ。」

一ノ瀬はまるで村田たちがいないかのように振る舞い、ただ僕を気遣ってくれる。そして何の遠慮も無く僕の隣に座ってペットボトルに口をつけて水分補給をした。

「っおい!」
「ん?」

いないものとして扱われたことに呆然としていた二人だったが、声を荒げたことで漸く一ノ瀬は二人をその瞳に映した。
首を傾げ、目の前の二人は立っているため上目遣いとなったせいかなんだか照れたように暑さ以外の理由で頬を染めたように見えた(ここはどっかのBLの世界か?というツッコミを思わずいれてしまった)。
何も言い返すことも出来ない小心者の僕は無駄に大きなこの身体を縮こまらせるしか出来ない。
その目の惹く丹精な顔立ちと灰色の瞳が自分たちに向いたおかげか、さっきまで声を荒げていたのに急に大人しくなって媚びるような愛想笑いへと変貌する、なんだこれ。

「いや、ほら……一ノ瀬も嫌だったろ?」
「?なにが?」
「こいつみてえなデブが隣でよぉ、一ノ瀬も大変だったろ?あれだったらこのデブと俺が代わってやろうかなーて……。」
「いや、大丈夫。」

僕の体型をだしにして何と僕と交換しようとしている二人。
今は無き小室は叶野に対して何故か執着していたようだったが、その取り巻きはなんだかんだで一ノ瀬にお近付きになりたかったようだ、なるほど、だから始業式の次の日から僕に絡む頻度が上がったのか……どこか冷静に分析していた。確かに超がつくほどの美形だ。
普段伊藤という番犬がいて全然近づける隙がなかったが、今伊藤は別の競技の練習中なのでこの場にいない、今がチャンス、て感じか。
……伊藤の逆鱗に触れたその後どうなるのかまでは想像しないんだな……。
僕の名前さえただしく呼べないこのど低脳なこの二人が今初めて羨ましいと思った、真似はしないが。

「でも」「いらない」「交換、」「しない」、だが一ノ瀬はいつまで経ってもいくら問答を繰り返しても僕とこの二人のどちらかが交換することを良しとしなかった。
もう決まったことだから、の一点張り。
僕としてはあまり彼らに絡まれたくない、僕との交換なんてしたほうがいいだろうに一ノ瀬は拒絶してくれるが、チラチラと僕を見てくるこいつらには逆らうわけにはいかない。だから嬉しく思いながらも交換しようと提案しようとした。

「一ノ瀬は本当は嫌だろ!?こんな汗かきデブ!本当は無理してんだろ!?いいって!そんな無理しなくてさ!!」

焦れた村田がそう叫びながら一ノ瀬のその細い肩を掴んで揺さぶった。
突然叫ばれたせいか揺さぶられたせいか、今まで表情を動かさなかった一ノ瀬がピクッと眉を動かし、

「いや、細山は真剣にやってくれるから有り難い。
今回は運が良かった、俺は真面目にやりたいから、真面目に取り込まない人間よりも断然良い。」

人の目をしかと見てそう躊躇いもなく静かで真っ直ぐな綺麗な声が、中途半端な彼らを射抜きながら言い切った。
運動なんて苦手だし、出来る奴とかやりたい奴だけやればいい、僕は常々そう思っている。今年は梶井のことがあったから無いと思われていたのにまさか時期をずらしてやることになった体育祭に絶望したし無謀にも台風来いとか学校壊れろなど眠る前にそう念じているぐらいには大嫌いだ。
それでも練習をサボらないのはただ単に僕は、サボる気概がないだけの臆病者なだけだ。

だけど、そんな僕のほうが良いと言ってくれる。
一ノ瀬にとって僕と二人三脚を行って何の得にもならないにも関わらず、だ。かと言って同情しているようには見えないので、きっと本当に思っていることなのだとそう信じれた。

「なっ、てめ!」

普段見下している僕なんかのほうが良い、なんてそう言われると思っても見なかった二人は目を剥いて肩を掴んだ手を胸ぐらへと移動しようとした。
「ぁ、」
僕から見て先程から視界に入っていた根本が焦げ茶色のそれ以外金髪のすっかり一ノ瀬の隣に馴染んだそいつが、走ってきたことで今後の展開が読めて思わず小さく声を上げたが誰の耳にも届かず、

「香水の匂いと汗臭さが混じってとんでもなく臭くて不衛生なてめえらが透になに近づいてんだ?あ”あ”?」
「ヒィっ!」

村田の手首をがっしり掴んで唸るような低い声を発したのは伊藤、ギラリ、とその鋭い目は修羅の如く、中途半端な奴らを文字通り射抜く。至近距離で睨まれたそいつらは引き攣った声を上げて脱兎の如く駆け出していった。
伊藤はそれを冷めた目で、一ノ瀬は特に何も感じていないようにぼんやりとした目で二人を見送った。

「ハッ……腑抜けどもが。大丈夫か?透に細山。」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」
「、ごめん、僕のせいで……」

普段のこの伊藤と一ノ瀬の距離感からして普通の友人ではないもっと特別な関係と予想できるし、友人である叶野たちでも比較的話す沢木たちでもなく、僕は今の今まで一切関わり合いのないただのクラスメイトで、そんな僕のせいで一ノ瀬があいつらに絡まれてしまった。
同い年なのに高圧的なのはその程よく筋肉のついていてかつそれなりの身長があって三白眼のせいだろうか、何の関わりのない僕のせいで時間を取らせてしまったことに、しかも一ノ瀬を巻き込んでしまったことにさぞ苛立っているのだろうと予想する。
蛇に睨まれた蛙のように体が震えてしまう、それでも何とか謝罪を言葉を出すことに成功する。
謝る僕に伊藤はパッチリと開いた三白眼を細めて怪訝そうに見つめる。

「あ”?別に細山が悪いところねえだろうよ。それよかほらよ。」
「、これは……。」
「保冷剤。熱中症間近なんだろ?これやるから首冷やしとけ。」
「う、ん。」

何故伊藤が?と内心首を傾げながら差し出された保冷剤を受け取って、言われたとおり首に押し当てるとひんやりとした感触が伝わってきて心地よくて、ほう、と息を吐いた。
「体調とか戻らないなら迷わずに岬先生に言えよ?時間がないって言っても一応まだ時間はあるんだし、ここで無理しても仕方ねえからな。」

伊藤は当然のように一ノ瀬の隣りに座って僕に対してそう言いながら水筒に口をつける。

「……熱中症危ないからな、俺もなったことあるし。」
「そうそう。本当は脚の付け根とか脇の下も冷やしてえところだけど、溶けるとビチャビチャになるし、まあ今は細山も普通に喋れてるし大丈夫だろ。あ、細山は後で岬先生に礼言っといてくれな。その保冷剤岬先生が持ってきたやつだから。」
「岬先生が……、」
「細山が熱中症になったぽいって言ったら慌ててどっか行ったかと思えばすぐ戻ってきてそれ渡されたんだわ。あ、もっと欲しかったら言ってほしいって言ってたけど、もう二個ぐらい持ってくるか?」
「あ、いや……大丈夫。」
「そうか。とりあえず休んどけ。」

そこまで言って伊藤は雲ひとつなく直接日光が照りつけている校庭の地面を睨みながら
「にしてもあちいなぁ」「そうだな」とのんびりと一ノ瀬と会話とも言えない会話をして無言になった。
ここに僕がいるせいで話せない、というわけでもなく本当にただぼーっとしているようで、きっと僕が何か発言してもきっと何も気にせずに普通に当然のように話を聞いてくれるのだろう、疑うこともなくすんなりとそう思った。
日陰とは言え男三人では暑苦しいはずなのに、この場で流れる空気は穏やかで……なんだか泣きたくなった。隣ふたりに気付かれないようじわりと溢れる涙を拭った。

隣にいる一ノ瀬や伊藤は二人きりの世界を作っていて、誰かを寄せ付けようとしていないように話したことのない僕は勝手に思っていた、けれどその割にはいろんな人間が一ノ瀬たちの周りにいて、楽しそうにしていた。
僕よりも後にこのクラスに来たのに僕よりも先にクラスの居場所を確立している。
伊藤だって入学当初から浮きまくっていて、鷲尾も仲良くする気はないと堂々と公言していたから寄り付かなかったのに、叶野と湖越が上手く立ち回ったおかげか今では1年B組の一員として馴染んで普通に高校生活をしていて、楽しそうで。
それらを見ていた僕はずっと内側で燻っている感覚に襲われていた。
なんで、叶野はいじめられていたのにあれだけ明るくて、いじめられたことを周りは知っていてもそれでも普通に接されていて。

ーーー羨ましい、妬ましい。
僕もそこにいれてほしい、もっと僕に話しかけろよ、僕のこと知ってくれよ、そうすれば僕だって、僕だってーーー

そこでハッと気付いた。
僕は誰かに手を差し出されても馴染もうとしていなかった、誰かと分かち合うのはバカらしくて、どうせ自分のことなんて興味ないんだって心のなかに引きこもって、あいつはこういう人間だってそう決めつけては内心悪態を吐いて……ああ、本当の嫌な奴は他人の良いところを探そうとせず悪いところを探し出してそれを誰にも言わずに責め立ているくせして、表では言いたいことも言わず腰を低くして誰からも嫌われないようにしていた僕じゃないか。
……自分自身のコンプレックスから、何の悩みが無さそうな人を見ては心のなかで悪いところを探し出して、それを突っ込んで見下していた自分は、きっと……僕のことを『太山』などというあいつらとそう代わりは無かった、のだろう。
いつだって僕は誰かを見上げて、粗探しして、勝手に見下してきた。見下して、いた。
(、もう、辞めよう。醜い身体をしておいて性根が腐っている、なんて、救えないだろう。)

「一ノ瀬」
「ん?」
「……二人三脚、頑張ろう。」

運動は苦手だ、可能であれば冷房の効いた部屋で怠惰を謳歌したい。その気持ちは全く変わらない。
けれど、完璧に真面目ではなくとも少なくとも僕なんかより運動神経が良く体格もそこまで変わらない村田たちと一緒にやったほうが絶対良いはずなのに、それでも真剣に取り組んでいる僕のほうが良い、そう言い切ってくれた一ノ瀬のために、この二人三脚は頑張ってもいい。
否頑張りたい、と心から思った。
これは僕の決意表明。
チラチラと一ノ瀬の顔色を伺っていた先程とは違ってちゃんと怯えずに一ノ瀬の顔を見て、そう言った。

「ああ、いっしょに頑張ろう。」
「頑張るのは良いけど、2人ともちゃんと水分補給はしてくれよ。」


力強く頷いてくれた一ノ瀬と飛ばさないようにと注意する伊藤を見て、僕は数年ぶりに何の邪心もなく悪意もなく、柔らかく穏やかな気持ちになって、そう言う二人に自然な笑顔でコクリと頷いた。

(……うちの糞兄貴と似た匂いがした気がしていたんだが……俺がその体型に嫌悪を持っていたせいか、あー態度には出てねえとは思うが、勝手に自分の中の像を細山に被せて差別しちまった……みっともねえなぁ、ごめんな、細山。俺もちゃんと人の中身見るよ。)
体型故に伊藤家長男を彷彿させ、被せて見てしまったことを内心伊藤が謝っていたなんてことには僕も一ノ瀬も一生知らないまま、会話していた。
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