3章『やらない善意よりやる偽善。』

イッチにお願いしてすずたんを呼び出してもらった。
おれとしてはダメ元のつもりだったんだけど、ちょうどおひるいっしょに食べようって約束してたんだって!やっぱりなかよしだよねぇ。
「あとなんだろうね〜。」
「ここは、あーさっき見つけたところだわ。」
「……うーん?」
「お待たせしました、こちらドリアと明太ドリアとナポリタン、マルゲリータピザでございます。」
料理が運ばれる待ち時間の間、席においてあった間違い探しの存在に気づいて暇つぶしにやっていたらあっという間に料理が来た、うーん!後一個だったんだけどなぁ!5つのうち4つは見つけられたのに、あとはどこをどう見ても間違っているところが無くてみんなで首をかしげたところ。少し悔しいけれど、食欲をそそる匂いにはたえられないよね!ただでさえおなかペコペコだったんだもん!
「はーい!」
さっと間違い探しをどけて場所を開けた。
お姉さんはベテランさんのようでテキパキと手際よく置いて「ごゆっくりどうぞ」と軽く頭を下げてテーブルから去っていく、それを見送りつつ運ばれてきた料理に目を向け
「いただきます!」
「いただきます。」
「……いただきます。」
みんなで手を合わせて食べ始める。
「あっピザ切っちゃうね〜大きさ違っても文句はなしよ!」
食べざかりの男子高校生ですから一品じゃ足らないべ、とすずたんのお言葉により3人でピザを分けようと決めた。おれピザ切るこののこぎりっぽいやつ何か好き!いつもおれが率先して切りに行くんだけど、ちゃんと測っているわけでもないのでまあ小さいやつと大きいやつやらでバラバラの大きさになっちゃってる。ここで普段いっしょにいく奴らだと止められるか大きさバラバラなのをめちゃくちゃにいじられるかのどちらかなんだけども(別に嫌なわけじゃないけどね、なんて言われようとピザを切る役は譲らないけどね!)
「もう切ってんじゃねえか、まあいいけどよ。」
「切ってくれてありがとう。」
2人は大きさバラバラのピザを手にとって普通に食べ始めてしまった。
……何も言われないのも悲しいので、自分でつっこんでみよう!
「大きさバラバラなのはノータッチなのん?」
「俺よりは全然上手だと思う。」
「あー……まあ、うん。」
イッチから素早くかつ落ち込んだように反応がかえってきた!しかもすずたんが曖昧にしながらもうなずいてはる!
「えっすずたんが否定しないレベルって何なのよー!」
「お前俺のことなんだと思ってんだ……?」
「イッチ大好き人間だね!」
「ぶっ!てめっ」
「ぼうりょくはんたーい!さあ食べましょう!!」
掴みかかってきそうな雰囲気を察してもぐもぐタイムへ持ち込む。
イッチはすでに明太ドリアに夢中になっていてもぐもぐしている、さっきの聞いてなかったっぽい?隣にイッチがいるからか舌打ちしながらも、ナポリタンをフォークに巻きつけ始めるすずたん。
おれも食べよっと!
ご飯食べたら話さないといけないこといっぱいだからね!!

「よっし!食べ終えてお皿もお片付けもしてもらって、飲み物も新しくいれなおしたばっかり!長話の準備は整いましたー!!」
「元気だな……。」
「元気なのがおれの取り柄ですしおすし。さてさてどこからはなそっかな〜。」
あ、そういえばおれがのぶちゃんと仲良くなりたいな〜ていう話イッチにはしたけれど、他のみんなには話してなかったね!そこからお話してまいりましょう!
「おれね、のぶちゃんと仲良くなりたいのよ〜。」
「梶井と?」
「うむ!」
「なんでそんなふんぞり返って偉そうにしてんだよ。」
すずたんがおれに呆れたように突っ込んでくるけれど、まあスルーしまっす!!
言葉にするよりもこれ見てもらったほうがはやいからね!そう思いながらかばんのなかを気持ちひっくり返そうとする気持ちでガサガサと携帯電話を取り出す。そして操作してすずたんの目に突っ込む勢いで画面を突き出す。

「ほらほら!これ見てみ!」
「ちょ、ちけえ、近すぎ、逆に見えねえって、」

すずたんは突然出された画面とその距離に驚きながらおれの手首を掴んで少し遠ざけて、画面全体をじっと見て、それを確認出来たと同時に目を見開く。

「これ、梶井か?」

前にイッチにも見せた、入学してすぐ一緒にのぶちゃんと撮った写メ。
この画面にいるのぶちゃんは、綺麗な作り笑顔でも泣きそうなのに強がって笑っているわけでも最近の沈んだ顔とも違う、おれとの距離感を計りかねているみたいでカメラに向けるその目は頼りなくて、困っているように眉を下げていていつもののぶちゃんがどこへやら、この写真ののぶちゃんはどこか気弱なイメージが出来上がる。
ふふん!すずたんはこの守ってあげたくなるのぶちゃんを見たことないでしょ!おれも最近全然見れていないけれど!そもそも避けられているけれども!おれはめげませんがねっ!!

「うん!おれねぇ、のぶちゃんにもう一度会いたいのよ。」

おれへどう対応するか困っているけれど、どこか嬉しそうに頬がかすかに赤くなっている、そんな少し不器用そうな……ほんとうののぶちゃんに、おれはまた会いたい。
今ののぶちゃんのことをおれは嫌いじゃないけれど見ていてとてもいたいたしいの。
いつかどこかおれの手が届かないはるか遠くへと、おれのことを見ないでいってしまいそうな気がして。

「でもどうすれば会えるか正直わかんない、ならばのぶちゃんと絶対に仲良くなれるであろうイッチが今回の夏祭りで仲良しになれればあののぶちゃんを見れるかも!と思い至りあの計画に至りました。」
「急にかしこまるな。そしてどこに透と梶井が仲良くなる可能性を見出したんだよ、」
「勘!!」
「だからなんで偉そうなんだよ。」
「……夏祭りで合流しようと言ったのは俺なんだ。」
「……まあ、透も計画には合意だったからこれ以上は聞かねえよ。」

すずたんが寛容で助かるね!あっきっとイッチ限定だけどね!
やっぱりイッチが来る前よりも雰囲気が柔らかくなったなぁ、触れるものみな傷つける的な空気を出していたあのときが少し懐かしい、でも今のほうがいいね!すずたん的にもイッチ的にも。
「……で?」
「うん?」
ストローを加えたまますずたんに首を傾げる。あれ?話まだなんかあったけ?
きっとさぞおれは間抜けな顔をしていたのでしょう、すずたんはおれの顔を見てながーいため息を吐く。きっとイッチが俺と同じような表情してたら甘い顔するんでしょうね!うふふ!
「なんで肝試しのとき、なんで湖越と言い争っていたのかが一番聞きてえところなんだが。」
「あっそうだったね!ごめーん!」
普通に忘れてた!のぶちゃんの写真見せて何か満足しちゃってた!ごまかそうとかそういうのではなく、本当に!純粋に!!忘れてましたぁ!!!おれからちゃんと説明したいとそう言い出したのにこの体たらく、申し訳ない!!
素直に謝って手を合わせるとまたため息、今日めっちゃ息吐かれちゃってる〜……ごめんね〜……。

「あー、まあいい。教えてくれよ、透にもまだ説明してねえんだろ?」
「うん。そうね、どう話すべき、かな〜……。」

話したいと言い出したのは自分ではあるけれど、具体的にどう話すまでは考えてなかったことに今気付く。どうしようかなぁ〜……。
うーん、と悩んでいるとイッチが小さく手を挙げて「1つ聞きたいのだけれど」とポツリ。
どうしたんだろ?と首を傾げて続きを促す。

「……吉田は。」
「なぁにイッチ?」
「なんで、湖越のことだけはそういうニックネームで呼ばないんだ?」

そう問うイッチは無表情だ。
それは今に限った話ではなくて図書室で初めて会ったときから今に至るまで基本的に無表情で口数も少ない系男子だ、まあ主にすずたん関連のこととなると少し緩くなるけどね!怒っているときも嬉しいときもイッチは雰囲気こそ変われど無表情、そして今もイッチは無表情。気になっていることをただ聞いたって感じだった。いつも通りのイッチ。
そんなイッチに何故か安心してしまった。
(……あ、おれ自身が罪悪感があったのね。)
湖越に対して。ひとりにだけ態度を変えているおれ自身が知らず知らずにダメージがあったみたいだ。
驚きながらも納得する。
だって、おれ初めてしたもん。
人によって態度を変える、てことをしたのを。
おれのことをほんとうにばかだなぁて呆れた目をされても大丈夫、おれをそのばかっぽいのは演技なんじゃないかって言われても大丈夫、将来役者になりたいなんてばかみたいな夢おいかけていないで現実みろと言われても大丈夫、おれのことをばかにする声はいつものことで、それは本当のことだってわかってたから。友だちやりなちゃんをバカにされたら怒るけれどちゃんとおれなりの理由のあってのことでおれなりに納得のいく理由で怒ってる、りなちゃんたちにはもっと自分を大事にしてって怒られちゃうこともあるけれど、りなちゃんたちをさげすむ声のほうがおれはいや。それにおれ自身ばかにする声はほんとうに強がりさんじゃなくて、ほんとうにきにしていないから大丈夫。
……今回、湖越に冷たくしていたのはおれ自身の意志でやったことなのに、自分自身は納得してなかったんだ。
湖越の何の話を聞かずにそう冷たくしていることに。
後悔はしていないし間違ったことはしていない、自分の心のままに行動している、だけどもやもやしてた。

だから、イッチが湖越に対してだけ呼び名を変えないのかといつも通りの無表情で聞かれたとき、その瞳に軽蔑や怒りや失望の色が無くて、どこまでも『普段通り』のイッチが『純粋』に聞いている、そのことにおれは勝手にひどく安心する。

やっぱりね、イッチは不思議なひとだね。
冷たいように見えるどこまでも澄んだ無表情は、穏やかに受け入れる美しく澄んだ優しいものに見えるんだ。

そんなイッチだから……きっとのぶちゃんと仲良くなれる。
そう思ってる。
少しだけのぶちゃんと距離が縮まらないことにあせっていて、それで計画はかなりの急ピッチで粗ばかりで、みんなにめいわくかけて……てしちゃったんだけれど。
けれどイッチはおれのしたことを理由を聞かず責め立てたりしない、荒ぶる感情を抑えているとかではなくただ心配している、そんな無表情で優しいイッチ。
ああ、そっか。

(おれはイッチのこと信頼してたんだね。)

なんだか妙に腑に落ちた気持ち。
なんでこう思ったのかわからないけれど、優しくて穏やかででも間違ったことは嫌いで気になったことがあればそっと伺うように聞いてくれる、おれにとってイッチは『先生』のような感じだったんだ、先生よりももっと近い同級生だけど頼りたくなる優しいひと。
うん、なにもこわくないね。
無意識に自分でも納得できていないことを話すことに怯えていたおれは、じっとおれのようすを伺ってくる優しいふたりの目をまっすぐ見つめて理由をようやく話すことが出来た。

おれが湖越だけをニックネームで呼ばないのは、すべては『入学当初』に出会ったのぶちゃんから『今の』のぶちゃんへ豹変したことからつながっていることから始まっていた。

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