3章『やらない善意よりやる偽善。』


「……ねっむ……。」

先程から生あくびが止まらない。本を片手で支えながらもう一方の手で目尻に生理的に出た涙を拭う。
目に隈の出来た状態で顔を洗おうと1階に降りるとゴンさんに驚いた顔をされてしまった。
どうしたのん?と心配そうに問うゴンさんに『伊藤の布団使うと眠れなくて』と素直に言えなくて無難に
「昨日買った本を読んでいたらなかなか眠れなくて」と返した。
「そういえば『君に伝えたい』の文庫本買ったのよねぇ、読み終えたら今度貸してちょうだいねぇ」と言ってくれたので本当の理由がバレなくてホッとする。
「すずめちゃんに会えなくて眠れなかったのかと思ったわん!」
「……、」
「あら?」
伊藤の名前が出るだけでつい固まってしまう。いや、決して伊藤に会えなくて眠れなかったわけじゃない、確かに寂しいと思ってるし声を聞きたいとも思っているけれど、それが理由で睡眠の妨げになっているわけでは決してないのだ。
だが、一瞬間があったせいでそのあといくらそれに否定しても
「ええ、ええ、わかってるわん!」
と言いながらも居心地が悪くなるような視線を向けられて途方にくれた。

朝ご飯(フレンチトーストだった、伊藤に出すと朝からこれかよって言われてしまうらしい)を頂いて、その後店を開店し、バイト時間になった。
寝不足の頭でも何とか出来てはいたが、あくびが止まらずあまりに酷い顔をしていたせいかゴンさんが気を使ってか少し早めに切り上げさせてくれた。15時ぐらいに上がらせてくれて、少しそこらへんを気晴らしにと歩いて伊藤の部屋へと上がる。少し眠ろうか、とも考えたが変な時間に眠ってしまうと夜眠れなくなりそうだったし、あくびは止まらないが妙に目が覚めてしまって眠れそうになかったので、昨日読みかけた本を手に取る。
手に取り、昨日読んだところを探り見つけ続きに目を通し頁を捲り始めたのだが……、読み始めて5分もしないうちに再び眠気が襲ってくる。あくびのしすぎてその都度涙を拭うが、総合的に多分頬を伝えるほど涙が出ていると思う。時計を見るとまだ17時になったばかりで溜息をつく。
時間の流れがとにかく遅い、退屈で仕方がない。
『君に伝えたい』を読もうとするけれど理解が出来なくて首をかしげてばかりで一向に進まない、どうしてこういう行動を取るのか何故そんな自分の思っている感情と間逆なことばかり言うのか理解も共感も出来ず夢中になれない。
栞も買っておらず、本に備え付けられている紐も無いためカバーの端を読んだ頁に持ってきて挟んでそのまま閉じる。
布団はまだ押し入れから出していないのでそのまま畳にごろりと寝転ぶ。
本を読んでいたら眠くなってしまった。……変な時間に眠れば夜眠れなくなると思って我慢していたけれど、今日も夜は上手く眠れるのか分からないし、いっそ昼寝でもしてしまおうか。多分ゴンさんも俺に昼寝するように早めに上がらせてくれたのだし……もういいかな。
眠すぎてだんだんと思考能力が低下しているせいか変な意地は辞めてこの睡魔に身を任せてしまおうという誘惑が勝っていく。
さっきから意識が遠のいてはハッとなるを繰り返しているし……良いよな。
そう自分に許しを得てゆっくり目を閉じる。
少しだけ、30分ぐらい。17時半過ぎぐらいになったら起きる気持ちで目を閉じ、心地よい睡魔に身を任せてこのまま意識が落ちていき……

ピリリリリリ……
ピリリリリリ……

「!?…………。」

そうになった、そんなところでさっきまで無機質らしく静かだった携帯電話がけたたましく鳴り響く。
ほとんど眠れずやっと眠れそうになって意識を飛ばそうとしたたった今、突然の大きな音に驚き体が自分の意志と反してビク、と跳ねぼんやりとしていた意識が覚醒状態になってしまう。端的に言うと目が覚めてしまった。

「……。」

未だ鳴り響く電子音を恨みがましく見つめる。
物に当たってもどうしようもないことはわかっているが、睨みざる得ない。
意識は覚醒していても、瞼はやっぱり重たいし何故か変に腹痛も起こっている。寝不足なのはやっぱり変わらないのだ、気分は最悪である。
いくら内心愚痴愚痴言っていても本を閉じて寝転んだときに携帯電話をサイレントモードにせず電源を落とさず、マナーモードにすらせず音を出している状態にしたままだった自分が悪いのだ、電話を発信した相手は何一つ否はない。
……それにしても、一体誰からだろうか?
突然電話をかけてくるような相手が思いつかず、上手く働かない頭で携帯電話を開く。

「……っあ、」

そこに表示されている名前を見て、変な声を上げてしまう、動いていない頭のなかでの急なことに驚き内心酷くテンパっているのにそれに反して指は勝手に動き、ボタンを押して携帯電話を耳元に添えて
「もしもし」
と、荒れている心なのにいつも通りの声でいつの間にかそう言っていた。
自分が考えるよりも何よりも既に行動に移していた自分に驚きつつも同時に納得もする。
だって表示されていた名前が、俺に電話をかけてきた相手が、

『よ。突然で悪いな、忙しかったか?』

この部屋の主でありながらずっと会えなかった親友の、伊藤だったのだから。
会えなくなって声も聞かなくなってまだ2日しかたっていないのに妙に懐かしくも電話越しのせいで少し違和感を覚える声が鼓膜を伝わってくる。

「……眠りそうになった、ところ。」
『あ、起こしちまったか?悪い。』

淀みない行動とは裏腹に頭はいつもよりも機能していないのでつい気の利いたことを言えず素直に今しようとしたを言ってしまった。それに申し訳無そうに謝る伊藤につい首を振るけれど伊藤はこの場にいないので声に出さない否定の意思表示は意味のないことだと気付いて、慌てて考えて声を出した。

「伊藤の電話のほうが、大事だから。」

……もちろん、伊藤以外鷲尾や叶野たちからの電話だったとしてもそれに出ていたけれど。みんな突然電話してくるようなタイプではないから何かあったのか心配するだろう。でも働いてない頭ではもっと行動するのは遅かったと思う、それなのに画面に伊藤の名前があるだけで俺の体は直様動いて言葉まで発しているのだから……やっぱり親友は特別、なんだな。
それがたとえ今日2時間も眠れたか定かではない状態でやっと吹っ切れて少し眠ってしまおうと思っていたところだとしても関係無い、伊藤にそれを伝えれば心配されてしまうだろうからそこらへんは何も言うまい。自分がそれなりに恥ずかしいことを言っていたということに気付くのは後のことで今は全く気づけなかった。

『そ、うか。ならいい。』
「何かあったのか?」

突然電話してくるなんて珍しい。
伊藤からの電話で2日ぶりの会話が嬉しくて口元がにやけそうなのに、平静を装ってそう聞く俺。何か問題とかあったのだろうか、という心配もあった。
問われた伊藤は少し無言になって
『……透と話したかったから。』
「っそうか……。」
そんなことを言われたものだから声が上擦りそうになった。
冷房の効きが悪いのか一気に室温が増して頬が熱くなっていく。エアコンのリモコンを手にとって26℃に設定されていた冷房を24℃にまで下げる。
『ん”ん”っ、あ、あー……昨日鷲尾と出かけたんだよな?どうだったんだ!?』
「あ、えっと、そうだ。昨日鷲尾と本屋に行ったんだがーー。」
伊藤が咳払いをして今この状況を覆うことは出来ないが誤魔化す方向へと無理矢理空気を流そうとするのに俺も乗っかって昨日起きたことを伊藤に伝えた。
鷲尾がかつての同級生と再会したことや、その後何故かスタジオに連れられて彼のお兄さんやその友だちと知り合うことになったこと、鷲尾がギターやドラムを教わって俺はおすすめの本を教えてもらったことを話した。
『へぇ、鷲尾がギターとかドラムをやるとはな……。』
「伊藤はやったことないのか?」
『あー興味はあるけどねえな。いつかやってみてえけど。』
「そうなのか、伊藤はギター弾いてそうな印象があったから少し意外かも。」
数ヶ月いっしょにいてもまだまだ伊藤の知らないところが出てくるものだ、そういえばロックとかパンクが好きと言ってはいっても弾いたことがあるとは言っていなかったな。
もしバンドをすることになったら鷲尾はドラムで伊藤がギター……ボーカルは誰になるだろうか。
「叶野……か?」
『何の話だよ。』
「伊藤と鷲尾がバンド組んだらボーカルは誰になるかな、と。」
『ありえねー……、つかそこは透じゃねえのかよ。』
「……歌得意じゃないし、目立つのも好ましくないからな。」
俺がボーカルなんていう発想が1mmも無かった。いや、そもそも音楽に興味が薄い人間がメインとも言えるボーカルをやるなんて烏滸がましいにも程がある。
あくまで俺の空想上のバンドであって実際やるという訳ではないのだが、そうだとしても俺がやるなんて想像も出来やしない。
「バランスとしては叶野が1番しっくりしないか?」
『それは……あー確かに。あいつ凄いライブ盛り上げてくれそうだわ、想像がすぐ出来た。』
「だろ?」
伊藤も鷲尾も決して暗いわけではないが、空気を読むことに長けていて皆の望むことを返すことの出来るだけのポテンシャルを秘めているのは叶野だ、器用な人間だから楽器も普通に使いこなせそうだな。すぐに想像出来る。やらないというのはわかっていても想像するだけでも楽しいものだなぁ。
「今度伊藤の聞いているやつ貸してみたらどうだ?結構趣味合いそう。」
『そうかぁ?』
伊藤から納得いかないような声を出されてしまったけれど、前々から思ってたんだ。
なんとなく、二人の波長って似ている気がする。見た目は全然違って趣味も違うようだけれど、今回鷲尾もドラムに興味を持っているし伊藤も元々ロックとか好きだし、案外話が合うような気がするんだ。
『……まぁ今度投稿日にでもいくつか持ってってみるか。』
少し間があった後、結構まんざらでもないような声でそう言った。
自分が好きなものを話せるようになれたら嬉しい、よな。……俺だと良し悪しが分かっていないから。伊藤が良いといったものに頷けても語れるようにはやっぱりなれなかった。
俺が好きと言えなくてどこが良いとか語れなかった……少しだけ、寂しいな。
『透もその……鷲尾の同級生の兄の友だち?だっけ、おすすめの本を教えてもらったんだろ?』
「ん?ああ、野村さんな。耳と口元にピアスがじゃらじゃらあいてて、顎と眉のところとかあと、目の間のところにもあいてた。」
『うっわ、いたそ……。』
「そのうち舌にもあけるらしい、今度写真送ってくれるって。」
『いてえ、それめっちゃいてえしこわっ、マゾかよっその人!キャラ濃すぎんだろっ』
「伊藤もいっしょに見てくれ。……俺だけだと怖いから。」
『透も怖いのかよ、何そんなおっかねえ人に気に入られてんだよっ。』
「さあ……。」
見てもいないのに俺が野村さんの特徴を告げるだけで痛そうな反応の伊藤。
伊藤らしい反応ににやけそうになる。伊藤だって、今でこそ少なくなったものの学校に通う伊藤のことを珍獣を見るような、恐ろしいものを見るようなそんな視線を向けられ、コソコソとなにか言われていたのに何も気にせずに堂々としていたのに、な。そんな彼が一つもピアスあいていなくて痛そうで嫌とまで言っているのだから、少し変な感じ。
そういえば確かになんで気に入られたんだろうな……俺だって痛そうと思ってそう思ったことを隠せない態度をとってしまったのだから不快に感じても気に入るなんて考えもしなかった。
『じゃあ、送りつけられたら言えよ?一緒に見てやるから。』
「……うん。」
自分も痛いとか怖いとか言ってるのにちゃんと一緒に見てくれるんだな……、あれだけホラーには拒否反応していたのにな。
『つか、そんな見た目の人も本とか読むんだな……偏見って良くねえな。』
「そうだな、俺も吃驚した。」
『透も本に興味あるとか初めて聞いたわ。』
「……考えてみたら読んだことなかったから読んでみようかな、て。」
まさか伊藤がいない時間を持て余していてなにか暇を潰せるものがないか、と考えてのことだ、とか1番の理由は言えなかった。伊藤に話したのは2番の理由、優先順位が違うだけで嘘は言っていない。
『ふーん、何か買ったのか?本屋行ったんだろ?』
伊藤は気になることが無かったようで俺の理由に突っ込むことなく新たに質問される。嘘は言っていないはずのに何故か心臓がバクバクしていた。
「ああ、2冊買ってみたんだ。『君に伝えたい』と『きみとぼくのものがたり』だ。」
『なんだ、そのチョイス』
「最初は本を買う予定無くて『君に伝えたい』は鷲尾が漫画版買ってて、文庫コーナー回ってたら小説版もあって読んでみようかな、と。もう一冊はいくつか冒頭だけ読んで気になったのと前テレビで紹介されたことを思い出してな。」
『へえ、そうなのかって、ちょ……待て待て!鷲尾があの漫画買ったのか? 』
心底驚いているのが電話越しからでも伝わってくる。伊藤が驚くのも無理はないだろう、俺も吃驚したし。伊藤は俺よりも断然ゴンさんといる時間が長いだろうからあの漫画の内容は知っているんだろう。まだ全然読み終えていないし序盤ですでに躓いているので内容をちゃんと把握しているわけではないがCMやゴンさんの話を聞く限り『少女漫画の純愛もの』らしいし、鷲尾と関連付けってやっぱり出来ないよな……。
「叶野に煽られたみたいで……。」
『あー……、なんか納得した。叶野って対鷲尾になると辛口だよな。』
理由を話せばやっぱり納得された。
叶野の鷲尾に対する態度に対して思うことはやはり同じだったようだ。
俺や伊藤には穏やかで少しお人好しに見えて、親友である湖越にはよくいじられていて容赦なくそれに受け答えながらもその場の空気を壊すような辛辣なことを言わないが、鷲尾に対してのも一切の遠慮をしていないように感じる。……期末テスト前色々あったからだろうか。いや、2人とも楽しそうだし鷲尾もそれに応えても堪えるような様子は無くむしろ受けて立っているから良い関係だと思うが。
『あいつらって見てておもしれえよな。そういや本ってどっちを読んでるんだ?』
「……君に伝えたい、ほうなんだが。」
『が?』
「よく分からなくてまだ10頁しか読んでない。途中で眠くなってしまう始末だ。」
序盤、どうやら主人公はクラスメイトに一目惚れしていて、そのクラスメイトも主人公に一目惚れしているのだが……好きならさっさと告白すればいいのに何故か悶々としたり相手に対してだけ冷たい態度をとってしまったりそれを後悔する描写、まで読んだのだが、行動原理が分からず何度も読み返す羽目になっている。
何故そんな後悔するぐらいなら自分の行動を顧みないのか、好きなのにそんな気も使えないのか、とか色々考えてしまうのだ。何とかその行動理由を見つけようとするのだが、どうしても見つからない。それを繰り返しているうちに眠くなってしまい結局同じことを繰り返しているんだ。
「……先に分かりやすい漫画とか映画を見たほうが良いかもしれない。」
『そうかもな……、ゴンさんも確か持ってる筈だし聞いてみると良いんじゃないか?たぶん快く貸してくれるぞ。』
「そうなのか、それなら鷲尾に借りなくても大丈夫か。」
あれだけ詳しいのだから持っていないわけがないか。考えが及ばなかった。今度鷲尾が読み終わったら貸してもらおうと思ったが、そんな重たい荷物を運ばすようなことをしなくて済んだな。漫画が数冊持ち運ぶのって結構重たいし、良かった。
「とりあえず先に『きみとぼくのものがたり』を読んでしまおうと思う。」
君に伝えたいのほうは一旦後回しにして、もう一冊の方を読もう。動物を飼ったことはないが、普通に可愛いと思う。共感できるかどうか分からないが、恋愛よりは読める、かな?
『どんな話だっけか?』
「捨てられた犬と傷ついた青年の感動ストーリー……らしい。野村さんいわく泣ける本、だと。」
帯につけられていた言葉をそのまま伝えた後野村さんの感想も混ぜてみる。裏表紙のもっと細かくあらすじが書かれていたけれどそれは言葉にしてしまうと長くなってしまうのであえて言わなかった。
『そういうの俺も読んだことも観たこともねえな……、面白かったら貸してくれないか?』
「いいよ、読み終わったら感想言うな。」
『ネタバレは無しで頼む。』
伊藤もそういう動物感動系は読んだことも観たことが無かったのか。面白かったら伊藤に貸そう、うん、何か友だちって感じがして良いな。
「透ちゃーん!ご飯できたわよん〜!おりておいでなさーいっ」
下からゴンさんが俺を呼ぶ声が響き渡って、驚いて時計を見る。
「え、」
『うお、もう19時過ぎたのか、早いな……。』
さっきまで17時半を少し過ぎたぐらいをさしていた時計がいつの間にか19時を過ぎていた。時間の流れが明らかに電話前よりも早いことに驚きを隠せない。そういえば部屋の中も随分暗い、それにすら気付けなかった。
『長々と悪かったな、こっちも多分そろそろ飯の時間だし、切るな。』
「あ、」
今ゴンさんに呼ばれ伊藤の方もご飯の時間で電話を切るタイミングとしては間違っていなかった、俺だって切ろうとする。でも、伊藤から切ると言われて心の中ではそれに納得したのに咄嗟に変な声が出てしまった。切られるのが名残惜しい、のは間違ってないけれど……。
『?どうした?』
つい出てしまった声は大きくて伊藤の耳にもしっかり聞こえてしまって、何か言い忘れか?ときっと今首を傾げているだろう。
引き止めておいて何でもない、とは言えない、伊藤もだがゴンさんも待たせてはいけない。誰にも急かされていないのに焦って
「出来る限りでいいから、早く帰ってきて。」
言う気の無かったわがままをつい、滑らせてしまった。え、と言ったきり固まった電話越しの伊藤の声にハッと今自分が発言したことに気が付く。
「……いや、嘘。うそ、ゆっくり安全に無事に帰ってきてくれ。」
『とお、』
「じゃあ15日の帰り待ってる。また。」
変に片言になってしまったことへの後悔はまだない。
引き止めたのは俺のくせによく分からないことを言ってくる俺の名前を呼ぼうとした伊藤を遮って電源ボタンを押して通話を終了させた自分へ嫌悪感を覚えながらもどうしようもないこれ以上は無理という投げやりな気持ちにもなる。
「……ゔぁー……。」
じわじわと訪れてくる後悔に奇声を発して畳に寝転んでガンっと頭を打ち付けそのまま突っ伏した。呼んでいるのにいつまでも降りて来ない俺に痺れを切らせたゴンさんがやってきて「どうしたの、具合でも悪いのん?」と心配そうに声をかけてくるまでそのままぐあーとかゔーとか奇声なのか呻き声なのか判断のつかないことを発することで断続的に訪れる後悔と羞恥に襲われてくる感覚に耐えた。

ゴンさんによって引き摺られるようにして下に降りカレーを頬張っていると忘れていた眠気がやってきて、今日はちゃんと寝よう、早めに布団の中に入って何も考えずに眠ってしまおうと意気込んだ。
……が、またしても伊藤の布団のなかで自分は眠ろうとしていると考えてしまい謎の羞恥に襲われは、電話での自分の発言を思い出してしまうはまだ伊藤に会えないのかとか女々しいことを思ってしまって気を紛らわせようと『きみとぼくのものがたり』を少し読もうと思って頁を捲った。

「……。」

気付けば真っ暗だった部屋の中がいつの間にか少し目を凝らせばどこに何があるのか分かってしまうぐらい薄く明るくなっていた。
外のどこからか鳥の鳴き声が呆然とした頭でも聞こえてきて絶望的な気持ちになる。
言い訳はではないが、つい……夢中になってしまうほど面白かった。
『君に伝えたい』よりも分かりやすくて感情移入しやすかったし、野村さんに言われたように泣くとまでは行かなったが、鼻を啜ったりじわりと涙が出そうになったぐらいだったけれど、これは映画にされるとやばいかもしれない。テレビで紹介されるだけあり名作だと言っても過言ではないだろう。後で野村さんに連絡して今度伊藤に貸すことしよう、いや、それも大事だがそれよりも。
「眠れなかった……。」
肩を落として呟く。
昨日の睡眠時間も酷かったが今日に至っては最早眠ってすらいない。
本を読んだせいか妙に頭が冴えてしまってか目を閉じても眠気すらやってこない始末。
「……起きるか。」
眠ることを諦め、布団から出る。
タイマーをかけていたので冷房もすでに消えている、早朝とはいえ真夏の締め切った部屋は暑くて換気も兼ねて窓を開けてカーテンをしめてから着替える。

今日こそ、ちゃんと眠らないと。
明日の昼には伊藤も帰ってくるから今日は早めに眠って少しだけではあるが持ってきた荷物を片付けないといけないし、あれだったら今日のうちにまとめておいたほうがいいかな。
……やっと、伊藤に会えるんだな。またすぐに笑って会える距離になれるんだ。
たった4日だったがとても長く感じた。退屈で時が流れるのはこんなに遅かったのだろうかと何度も思った。

伊藤も……この寂しさを味わったのだろうか。

俺がここに戻ってくるまで約6年、ずっと……こんな気持ちだったんだろうか。どれだけ苦しかったんだろう。
しかも戻ってきたと思ったら記憶喪失でそれをどんな気持ちで受け止めて受け入れてくれたんだろうか。
39/58ページ
スキ