3章『やらない善意よりやる偽善。』

あのあともう少しだけ滞在してウサと俺らとで三人で少し早めの夕ご飯に行った。悠司さんと野村さんはそれぞれ用事があるらしくそのまま解散となった。
二人ともまた遊ぼうと言ってくれた。野村さんが俺に「今度舌ピ写メ送る」と声をかけていたのを「等壱がそんなすぐ心開くなんて珍しいなー」と少し驚いたようだった。
18時少し過ぎぐらいに金銭的に余裕のない学生の味方である安くて大体どこにでもある緑の蛍光色が印象的なファミレスに行ったのだが、ウサの話が上手いせいかついつい長居してしまい、気づけば20時を越えていて鷲尾と二人で驚いた。
ウサは家はこの辺らしいのでファミレスから出てその場で一言二言交わしてそのまま別れた。
俺と鷲尾が電車に乗ったのは20時半少し前ぐらいだった。

「すっかり遅くなってしまったな……。」
「でも楽しかったな。」

電車に揺られながら鷲尾と話す。夏休みの学生が多いらしく帰る人たちで人がそれなりにいて座れるスペースもなく並んでつり革に掴まっている。
心無しか鷲尾は自身の腕に額を押し付けぐったりしていて疲れている様子だったが(結構みっちりと二人にドラムとギターを教わっていたようだ)今まで見たなかで充実しているように見えるのは気の所為、ではないだろう。
「どっちのほうが好きなんだ?」
「……ドラムのほうが性に合っている気がする。」
「確かに、どっちも上手かったけれどドラムのほうが生き生きしてた気がする。」

多分悠司さんの教え方が上手くて、鷲尾の飲み込みも良かったんだろう。
「今日の教えの戦果を見してみ」と野村さんに言われ鷲尾がギターとドラムを使ってそれぞれ5分程演奏していたが、本当に今まで触ったことがなかったのか、と問いただしたくなるぐらいに上手かったと感じた。素直に思ったことを伝えれば鷲尾はむず痒そうにしている。
「野村さんだったか、一ノ瀬も随分楽しそうだったな。」
「ああ、本をよく読んでいるみたいで、おすすめの本を教えてもらったんだ。」
「……あの容姿で読むのか。」
「意外に、な。」
野村さんの第一印象で読書が趣味と言い当てられる人はどのぐらいいるだろうか。
俺も驚いてしまった。
「人は見た目によらないな。」
「そうだな……ああ、和久井弟の第一印象もあんな髪色でもここに入れるんだな、だったな。」
「髪色?」
「伊藤と同じぐらい金髪だったんだ、初めて見たな。」
「……そんな意外か?前の学校のとき結構奇抜な色をしている人いたからあまり違和感を感じなかったが。」
「神丘、で?」
「うん。赤とか青とか、ピンク色の人もいた。生徒会の人も普通に染めていたな。」
生徒会どころか風紀委員も染めていた、か?どうも神丘学園にいたときの記憶が薄い、忘れてはいないのだが、思い出すのに時間がかかってしまう。
基本的には黒か目立たない茶髪だったが、普通に金髪はいた。いつからいたのか、もしかしたら地毛の生徒もいたかもしれない。当時は周囲との必要最低限の関わりすら持とうとする努力もせずシャットダウンしていた。祖父のもとに来てから6年ぐらい、ずっと。
自分の感情なんてどうでもよかった、押し殺そうと必死で自分のことしか見えていなかったからどんなクラスメイトがいたのかとか担任がどんな人だったのかも覚えてない。思い出そうと
すれば少しは思い出せるかもしれないけれど……。
とにかく、色素の薄い髪色の人もいた。野村さんのような白色の人だって。それが地毛なのか否かはわからない。
だが、流石に赤や青は染めたのだとわかる。
うっすらとした記憶ではあるが、全校集会の際生徒会の赤い髪の人と風紀委員の青い髪の人が全校生徒全職員の目の前で喧嘩が行われたことは確実にあった出来事だと胸を張って言えるので間違いないだろう。ピンク髪の人こそ存在しか知らないけれど。
「神丘……何だか僕の想像していた学園とは違う、ところなのかもしれない。」
「んー…まあ、名門って言われても高校生は高校生だからな。」
『名門』て言葉により随分ハードルが上がっている気もする、確かに通っている間は『神丘学園』しか知らなかったから特に違和感を覚えなかったけれども……そもそも申し訳ないことにそのときの俺は何も感じていなかったのだが……、ここに引っ越してきてようやく『神丘学園』が超名門校でありとんでもない倍率で通っている大体の生徒も資産家の息子や大企業社長が親である、と言われていることを知った。全寮制で山奥で男しかいない空間であり外に早々出れるものではないことから通っている生徒の殆どがホモやゲイだとかいうとんでもない噂もあるというのもここに来てから知ったので、ガセだったのだろう。
まあ、いくら名門に通っていて親が金持ちで本人も頭が良く品行方正だとしても何ら変わりない、俺らと同じただの『高校生』でしかないのだ。神丘に比べると今通っている水咲高校はにぎやかな感じもするけれどそれは校風が違うだけだ。
「一ノ瀬を見ていると本当にそうだな、と感じる。」
「……俺?」
しみじみと言われて首を傾げる。何故俺を見て納得されるのだろう。
「僕が第一印象で感じた以上に一ノ瀬は『普通』の人間だったからな。」
「……どんな第一印象だったんだ……。」
いや、まあ自分の感情表現の乏しさは自覚しているし口数も少なく気の利いたことも言えないのでいい印象は与えないだろうとは思っているが。
「あの神丘からやってきたと聞いて一ノ瀬を見てみると無表情で無口。人間味が無いなと感じた。」
「……。」
何も言えない。
そうか、人間味が無いと思われていたのか……いや、そう思われる要因は今考えるといくらでも思い付いて納得できる、できるが、少しショックだ。
「だからもっと冷酷な人間で、他の馬鹿みたいに騒いでいる人間とは違う神丘学園に通っていた優れた特別な人間、と第二にそう思った。」
それはちょっと、と予想外すぎることを言われてつい否定の意を伝えようとしてしまう俺を遮るように
「だが、すぐに違うと思った。」
鷲尾はそう繋げた。
「一ノ瀬はいつも誰かと一緒にいた、休み時間には勉強する僕と違って伊藤や叶野たちと話したりしていて、それで誰かと話している最中に僕が入ってきても邪険に扱わず、普通に話してくれた。……叶野を責め立て、湖越に言い返され何も言えなくなって自分が恥ずかしくなって教室を飛び出してしまった僕を一ノ瀬は追いかけてくれた、そして僕の発した暴言を許してくれた、許されなくとも謝罪すべきだと、曲がった道へ進んでいきそうだった僕を一ノ瀬が戻してくれた。」
段々その通る声が小声になっていき、隣にいる俺が耳をすましてようやく聞こえるぐらい小さくなってしまった、ボソボソと話す鷲尾にもっと大きく話せとは言えなかった。鷲尾が話していることは俺のことだ。自分の行動に後悔はないし特に恥ずべきことをしたという認識はない。が、なんだろうかこのむず痒さは。
お腹の底のほうが痒いようなくすぐられているような感覚に陥ってしまった。
自分の行動したことをこうして誰かに話されるのは言い難い感情が溢れる、嫌なものではないがただただむず痒い。
「おにぎりを食べたりラーメン屋に行けば少し変わった新メニューを頼んだり、海で伊藤と良くわからんことをしたり、笑ったり怒ったりしているのを見て、一ノ瀬は雰囲気とその出目が人と違っているけれど中身はそう変わらないのか、とここ最近改めて認識し直しているんだ。」
「……、褒められてる、のかな。」
「僕はただ自分が思ったことを話しているだけだ、褒めているつもりはない。とにかく、お前が思った以上人間らしいのと同じように神丘に通う人間も傍から見るよりも割と普通の人間なのかもしれないなと納得したんだ。」
そう言い切る鷲尾、俺は何だか腑に落ちないと言うか、納得出来ないというかよく分からないことを言われた感覚だが、鷲尾自身が納得しているのだったら俺からこれ以上突っ込むこともないだろう。……あれだけ、俺が神丘学園に通っていたと聞いた瞬間に凄い食いついてきたのに今の鷲尾に神丘学園のことを話しても過剰な反応は無かった。少しは、吹っ切れたのかな。
神丘に通えなかった自分に憤っていたようなところがあったから、今穏やかな鷲尾に安心する。
「そういえば、ウサと会えて良かったな。」
「……名前を忘れていたとはいえ僕のことを忘れていなかったやつがいるとは想像もしていなかった。」
ウサのことについて話題を振ってみる。どこか嬉しげに見える鷲尾。
「鷲尾も存在は忘れていなかった。」
「まあ、ああもふざけた容姿をしているやつは初めて見たしな……それに……。」
「それに?」
「……なんでもない。」
気になって続きを促したが切られてしまう。変なところで切られてなんだか不完全燃焼な気持ちになる。
「大したことではない。気にするな。」
そう言われるも、中学以前の同級生のことなんて覚えていないとまで言っていた鷲尾が名前を忘れていたものの存在を覚えている地点で大したことがあると思う。鷲尾から見て金髪は珍しかったからかもしれないけれども……。
もやもやしながらもこれ以上問い詰めても鷲尾が答えいないというのはここ数ヶ月でわかっているので何も言わないことにした。
「……今後は普通に会ったり出来るし、ウサも別れる寸前また会って話そうとも言ってくれたし、また友だち増えて良かったな。」
「これは友だち呼べるのだろうか?」
「ギターのやり方教えてもらってアドレス交換して夕ご飯もいっしょに食べて楽しそうにしていたから、俺から見て鷲尾とウサは友だちだと思うよ。」
眉を顰める鷲尾。俺も友だち少ないし例が無いから確実にそうだと断言は出来ないが、二人の会話と様子を観察していたけれど、少なくとも俺から見た二人は仲の良い『友だち』に見えた。見た目は真逆だが、互いに対等だと感じた。
「そう、か。……そうか。」
目を逸らして、少し戸惑ったように頷いてしばらく無言になったあとその頬を薄く赤くしてもう一度頷いた。
鷲尾は素直だが、素直じゃない。特に嬉しいときはいまいちどうしていいのか分からないようだった。少し……いや結構その感覚に俺は共感する。嬉しいときほどどういう反応をしていいのか分からないのだ。そしてそれを指摘されると恥ずかしいから、何も言わないほうが良いということも俺は知っている。
『〜〜、〜〜駅に到着しました〜……』
「もう鷲尾の最寄り駅だな、気をつけて帰ってくれ。」
「……ああ、また……次は学校か、またな。」
「また。」
鷲尾は人の波に巻き込まれ電車を後にした。
まだ自分の感情を上手く処理できていない様子を俺は見守りながら鷲尾の背中を見送り、電車の扉が閉まり動き始めそのまま規則的な振動に揺られ立ったままの状態で目を瞑る。鷲尾は心配しなくても大丈夫だろう、気になったら後でメールでも送ろうと決めて、これからの問題に気を落とす。
……これから帰る。
帰るのは、良い。良いんだけれど、どうしよう。内心頭を抱えて途方も無い気持ちになる。
俺の普段帰る家はあの昔住んでいたと聞かされているアパートだ、だけど今期間限定で違う。
正確に言えば14日の夜まで。あと2日、伊藤が帰ってくる前日までの間ゴンさんの家が俺が帰る家で、伊藤の自室が俺がいる部屋。……正直気が狂いそう。
やっぱり親友とはいえ他人の部屋で就寝するのは気が引けてしまうな……。
伊藤が普段利用している部屋で伊藤が眠っている布団を使う、のが……、気持ち悪い訳ではないが、とにかく何か、もぞもぞする。
(……今日、寝れるかな……。)
昨日は鷲尾との約束があるからなんとか無心で寝ようと思ったから眠れたが、今日はどうなるのか……。
『〜〜駅到着、到着しました〜……。』
何も考えが思いつかないうちにもう最寄り駅に着いてしまった。
本当に、どうしよう。



結局悶々としてしまってせっかく涼しくて快適なところで眠れる環境下にいるのに、なかなか寝付けず、今日買った本を読んでいるうちに何とか眠りについたが浅い睡眠で頭は全く冴えておらず最悪のコンディションで朝を迎えてしまった。
まぶた、重い……。
38/58ページ
スキ