3章『やらない善意よりやる偽善。』


「怖くねえ。」
「やーそんな震えた声で言われましてもねー。」
「うるせえ。」

自分に言い聞かせてんだよ、とまでは格好悪すぎて言えなかった。
早く肝試しを終わらせたくて早足で歩いてんのに、何故か叶野はちんたら歩くもんだからイライラする。
かと言って一人でこの暗い森林を抜ける勇気も出ねえから叶野が追いつくまで待つことになる。
そんな俺を分かっているのかわざとかって言いたくなるぐらい叶野はゆっくり歩いている、つい舌打ち。

「お前、なんでこういうの平気なんだよ。」
「なんだろ?でも俺は別に一ノ瀬くんや鷲尾くんみたいに全く怖くないわけではないからね。
さっきのみっちぃさんの話は普通に怖いなって思ったし。
まあ誠一郎も伊藤くんに負けず劣らず怖がりだし、めちゃくちゃ怖がってるひとをみると少し冷静になれるよね!」
「……言ってくれる。」
「あはははー。」

遠回しに俺を凄く怖がっているヤツ扱いをしている叶野につい睨んでしまうが、どこ吹く風と言わんばかりに気のない笑いでごまかしてくる。
睨んでいるつもりはなくとも睨んでいるように見える俺の人相で実際に冗談でも睨むとすぐさま謝られることが多いから叶野の反応は少し新鮮だ。
……なんつうか、遠慮が無くなったな、こいつ。
前だったら笑いながらも謝ったりしてその場の空気を維持するために気遣っていただろう。
まぁ良いんだけどな。多分いい傾向なんだろうけどな。
叶野のなかで『他人』として気遣わないとっていう枠から『友達』だから雑に扱うという俺らは枠に入ったてことだから仲自体は深まっていると思うしそれは不快ではない。

だけどな、それはそれとして軽くだけどやっぱり腹は立つんだわ。

「おら。」
「いだっ!」

癪に触ったのでその赤茶色の髪に軽く手刀をお見舞いした。
痛くない、冗談の範囲の威力の手刀に叶野はわざとらしく痛がって抗議してくる。

「ちょっと、脳細胞死んだけど!」
「そのまますべて消え失せてしまえ。そして俺より頭悪くなれ。」
「ひどくない!?もう英語教えないからね!?」
「透に聞くから良い。」
「ぐ、一ノ瀬くんには勝てない……。」
「だろ?」

頭脳に関しては今の所学校全体から見ても透が一番頭良いだろう。
鷲尾も認めるほどの賢さ、そんなところも昔から変わらない。
透の凄さを思い知っている叶野はがっくりと肩を落とした、透のことを認められるのは自分が他人に認められる以上に嬉しいことだ。
苛立ちは収まり機嫌は上を向く。
機嫌が良くなった俺に叶野は声をかけてくる。

「……あの、さ。」
「なんだ?」

聞きにくそうなことを聞こうとでもしているような、口をもごもどさせている叶野に聞き返した。
ここでなにか重大発表をするようなことでもあっただろうか、と首を傾げる。
最近ではすっかり見なくなった叶野のこの仕草が不思議だった。
歩く足は止めないまま叶野の言葉を待つ。
少しすると意を決したように叶野は一つ、問いかけてきた。
この問いは俺のなかの世界を、ものすごい勢いで揺さぶってくるなんてほんの少しも考えもしなかった。

「伊藤くんって、一ノ瀬くんのこと、そのー……好きなの?」
「あ?当たり前だろ。」

何を今更なことを聞いてくるのか、と訝しむ。
一応これでも他の奴らと透とで自分の態度がちげえのは分かっちゃいる。
たまに話す程度のクラスメイトですら俺が透に対して過保護気味なのを知っていて時折弄られるぐらいだ。
透が引っ越してきて以降、一緒にいることが増えてすっかりさっきみてえに俺が睨んでくるのも構わず遠慮無くいじるようになってきた。
俺が透に対して好意をむき出しにしていることを何故今改めて問いかけてくるのかわからないまま、当然だと頷く。
「そうじゃなくて……あー……。」
「?なんだよ。」

聞かれたことに返しただけなのに、叶野は俺の答えに納得いっていないようだった。
煮え切らない叶野の反応に少し苛立ってつい荒い口調になった。
なんだよ、俺の言っていること疑ってんのかよ、それなら今までお前は透と俺の何を見てきたんだよ。
そう言いたくなる。
ポーカーフェイスとは無縁なのはとっくに自覚してる。
不穏な空気を察して叶野は慌てて両の手を振って弁明する。

「あーごめんごめん!仲が良いのは分かってる、それは俺はもちろんみんな分かってることだよ!そのぐらいは聞かなくても分かる!」
「そうか。……じゃあその質問の意図はなんなんだよ。」

聞かなくても分かるほど仲が良いと認められて現金だけど気分が浮上する。
だが、それならなおさら何故そんなことを聞いてきたのかという疑問が残る、隠すこと無くぶつける。
叶野は「あっ……えっと、あの、勘違いなら良いんだけどね?ほんと、即否定してもらっていいんだけどね?」としどろもどろに煮え切らないことを言うものだから「良いから言えよ、怒んねえから」と呆れ混じりにそう言うば約束だからね?絶対ね?と念押ししてくる。それがもう面倒くさくていいからさっさと言え、と急かした。それがいけなかった。

「伊藤くんって、一ノ瀬くんのことを恋愛的!に好き?」
『恋愛』のところをものすごく強調して聞かれた。聞かれた内容が理解できず固まる。

「……恋愛?」
「うん。」
「……それはあれか。」
「手を繋ぎたいとかハグしたいとかキスしたくなるあれです。」
「そうか、そういう、あれ、か。」
「そういうあれです。」
「そうか。…………そう、か?」

「……。」
「…………。」

「ハァァァ!!?てめ、おい!なに言ってやがる!!」
「怒らないって言った!怒らないって約束したじゃん!!」
「うるせぇ!」
「理不尽っ!」

叶野の聞いている『好き』がどういう意味なのかようやく理解してつい怒鳴りつける。
今は申し訳ないが叶野の言っていることは何も聞こえず、テンパる。
(いやいやいや、無いだろ!確かに透は俺のことを認めてくれた初めての存在だし、一緒にいたいけれど、だけど、だからといって、あいつは男で、俺も男で……でも、手を繋いだりするのは抵抗はないし、俺は打決めたこともある、だけど、それは透が落ち込んでいる姿を見ていたからっ親友としてのつもり、だが……透意外が落ち込んでいてもああはしなかったという確信はある、だけどそれはやっぱり透のことを唯一無二の親友だって思っているからこそで……そのはず、だが……。)
頭のなかで何度も透の姿を思い浮かべ幾度も自問自答を繰り返す。
脳内で色々考えがめぐっているけれど、でも問いかけてきた叶野に声を大きくして否を叫ぶことは考えもしなかった。

(即答しないでそうして悩んでいる地点で……いや、今はなにも言わないでおこうかな……俺も、人のこと言えないし……。)

頭を抱え込んでいた俺よりもたぶんすでに叶野は先に答えを知っているようで、生暖かく見つめられていたことに気づかなかった。

「えっと、まぁ俺が勝手にそう思っただけだから。
……でも俺も誠一郎と親友のつもりだけど、伊藤くんたちみたいに常に距離が近いわけじゃないからね。
ちょっと俺らとは違ったように見えたからそうなのかな?って思っただけなんだよ。」

……気遣うように笑ってそうフォローしてくれるが、俺らと叶野たちの親友の在り方が違うことは確実だと指摘されている。

「……そんなに、いっしょにいねえものか?」
「まあ俺はね。もちろん誠一郎が困ってたり迷っていたりしてたら遠慮なく味方になるつもりだし、クラスメイトよりも友だちよりも深い仲ではあるよ。
でも、いくら親友でも学校も休日もバイト先も一緒にいるのは俺は耐えられない、かな。」
「……。」

叶野の言い方自体は優しくて、こちらを傷つけようとしているわけではないけれど、その言葉は胸を抉る。
親友、の距離だと思ってた。
ずっと一緒にいたいと思うのは離れている期間が長かったからだと思ってた。
親友が苦しんでいるのを抱き寄せるのも手を握ったのも、飢えていた透への友情から来るものだと。
だが今言い回しは違えど
『お前は異常だ。』
そう言われている。
否定しようとして口を開くけれど、続く言葉が見当たらず閉口する。
ちがう、そう言うのは簡単だが、そう言える根拠は無かった。
そもそも俺には透しか親友がいなかったからここまでが親友でここからが恋愛という境界線が分からない。
恋愛、なんてものもできるような相手などいなかった。
俺は……異常、なんだろうか。

「……。」

何も言えず無意識に首に手をやり、目をそらすことしか出来なかった。
わかんねえよ。
俺には、何も、わかんねえよ。

「……ごめん、伊藤くん。」
「……いや、叶野が言うのならたぶん本当のことだろ。」

気まずい空気が流れ、叶野はポツリと謝る。
俺には自覚はなかったが、周りのことをよく見ている叶野がこう言うのだから、きっと本当に異常になってしまうんだろう。それは事実なんだろう、事実を言われているだけで傷ついているような気分になっているのは俺のさじ加減だ。叶野のせいではない。
謝る必要はないと首を振るが、
「いやいやいや!」
と何故か俺以上にすごい速さで首を振られたことに驚いていると叶野は頭を下げ
「違うんだよ、俺八つ当たりしちゃってた。」
「八つ当たり?」
叶野が?そこまで言ってしまいそうになったのを飲み込む、あまり叶野が誰かに八つ当たりする姿が想像つかなかったが、そういった固定概念が人を苦しめることになってしまうことがあるのは俺も身を以て知ってる。何とか飲み込む俺に気がついていないのか叶野はそのまま話を続ける。
「俺、焦ってたんだ。
……さっきのお詫びも兼ねてぶっちゃけちゃうと、俺気になってる人が出来たんだ。
しかも、相手男だったから。」
「……そう、か。そいつのこと、好きなのか?」
「確信はしてない、けど目で追いかけちゃったり……ちょっと他の人と親しげにしているのをみるとモヤッとします。」
「……漫画とかドラマとかでよくそういうの聞くが……。」

まじか。
叶野が気になっている人が男と言われて率直にそう思った。
いや、中学ぐらいから住み着いているところの家主がゴンさんだし見た目はいかついおっさんのくせして心が女で女装が趣味なのを知ってるしよく見てるから、男が男を好きになるのを初めて見たとしても大したことはねえけどよ。
まさか身近の、しかも同級生でもともとそれなりに話す仲であり最近ではもっと距離を縮められるようになってきたなと思っていた相手だ。
少し、いやかなり驚いた。

「……引いた?」
「いや、別に……だけど驚いてる。」

伏し目がちに聞かれたことには即否定出来た。
恋愛なんて今の御時世テレビタレントすら自分は男だけど女として男が好きだとか男のまま男が好きとか
公言出来るぐらいだし、そのぐらい好きにさせてやれと思ってるが、それでもやっぱり今までノーマルだと思っていた同級生に突如男が気になっていると告白されて驚いてしまうのは、差別に入ってしまうんだろうか……。

「そっか。まぁ、即納得されるよりはいいのかな……俺も男が気になるなんてこと初めてだし。」
「じゃあもともと男が、てわけじゃねえんだ?」
「違うよー。」

へらっと否定される。
そうか、なら俺が驚いてしまうのは無理のないことか。
男子校で男しかいない環境のなか、公言したり堂々としている奴こそ少ないが体育の時間とか着替えのときとかに目をギラギラしているヤツも一定数いるのを俺は知ってる。害があるわけじゃねえから、わざわざそれをつつく気もねえからそのままにしてるけどな。
叶野は全く、まぁ透のことは思わず見てしまうのは仕方ないにしてもそれは美術品への反応とほぼ同じだしそれはどうしようもないと思ってる。……クラスメイトにはそういった奴はいねえけど、外で体育してるとき教室の窓から変な視線を向けてくる奴はいるけどな。俺が睨むと直様怯えたように目を逸らすし実害は無いが。
とにかく叶野にはそんな気が一切見受けられなかった。
叶野自身、男が気になっていること自体初めてのことだと言っていたし、まぁ俺が驚くのも無理、ないよな。

「まぁまだちょっと名前言う気にはなれないけどね、それでもし伊藤くんが一ノ瀬くんを好きなら俺の気が楽になるなぁ〜てついさっき突発的に思ってしまい、差別に近いことを言ってしまいました。ごめんなさい。」
「……別にいい。」
「……確かに俺から見て2人の距離は近いと思ってる。
でもそれは2人が心地よい距離感なんだと思う。
それは伊藤くんだけじゃなくて、一ノ瀬くんも。」

叶野の言葉を無言で聞く。
やっぱり近いのか、と少し落ち込む。
だが叶野はそうすることを肯定してくれた。

「ああ言っちゃってからこういうのは説得力はないけど……伊藤くんと一ノ瀬くんはそのままでいて欲しいなって思うよ、仲のいい2人を見るの俺好きだからさ。」
「……そうか。」

叶野が気遣ってそう言ってくれている可能性もなくはないが、そう言ってる叶野の表情は過去のことを話すときと同じぐらい真剣なものだったので疑うのも馬鹿らしい。
そのままでいてほしい、なんてそう言ってくれる奴はお世辞でもなかなかいない。きっと希少な存在だろう。

「あ、俺が男の人が気になってるの誠一郎にも誰にも言ってないから内緒でお願いしまっす!」
「?あいつに言ってないのか?」

顔に出やすいようで出にくい叶野のことを一番に分かっているのはやっぱり叶野の親友である湖越で、叶野も湖越を信頼していて真っ先に言い出しそうなものだが。

「まだね。誠一郎今ちょっと悩んでるし、俺もまだちゃんと自覚してるわけじゃないから、確実になったら言おうかなって。」
「ふーん。」
俺ならすぐにでも透に言ってしまいそうになるが……まぁそこはそれぞれ、か。

「そういや湖越は大丈夫なのか?」
「あー……どうだろう、微妙かな……。」

梶井と関わる湖越の様子がいつもの落ち着いているのが急変する。
叶野針のむしろになったきっかけを作ったのが梶井と聞いて目の色を変えて、叶野を置いて駆け出していった。
それはもう叶野は大丈夫そうだと思ってのことだったのかもしれないがあの状態で置いていくだろうか。
透とともに教室に教室に戻ってきたときには肩の力が抜けて意気消沈といわんばかりだった、さっきだって梶井の存在に気付いて視線を向けようともしない。
叶野もこの辺に対して何も言わないであげて、と守っているかのような雰囲気がある。
……さっきの意趣返し、てわけではないけれど……少し2人の友情が『歪』に見えるのは、俺の気の所為、だろうか。
今も煮え切らない態度の叶野に思うことがないわけじゃないが……深く突っ込むべきではない、か。

「……まあ、いっか。さっさと終わらせようぜ。」
「えー……。」

口を尖らせ不満を顕にする叶野を無視してさっさと行こうとする。

「……あのさ、また話しても良い、かな?みんなを信頼してないわけじゃないけど、やっぱり人を選ぶ話になっちゃうし、さ。」

不安げにこっちを見ながらそう聞かれる。
まぁそうだよな。
男が男を気になるっていうのは、今でこそ随分寛容になってきたもののやっぱり偏見があるヤツだって少なくはないだろう。
叶野に引かなくとも驚いて距離を取るやつもいるだろうし。
確かに、まぁ男なら誰でも好きとかだったら俺だって警戒するけどな、叶野自身男が気になるってのは初めてらしいしな。
叶野も自分の気持ちに戸惑っているのは見て取れる、こういったのは家族にはなおさら言えねえものだろう……俺にはよくわかんねえけど。

「好きにすりゃいい。でも、アドバイスとか出来ねえからな。恋愛とかしたことねえし。」
「ううん、聞いてくれるだけでも有り難いよ!ありがとう!」

突き放すような言い方しか出来ないのにそれに喜んでくれる叶野を見てなんとも言えない気持ちになる。
あー、まあ……それで叶野の気が少しでも晴れればいいか。
これでも学校中から疎遠されていたときに普通に話しかけてくれた叶野に今は感謝してるし、一見近寄りがたい透にも臆すること無く普通に接してくれたおかげで馴染めている恩もあるしな。
こいつはきっと普通のことをしているまでで、大したことしてねえとでも思ってるんだろうけど、そんな『普通』を経験出来なかった人間にとってどれだけ救われたことか、わかんねえんだろうな。
「……こっちこそ、ありがとな。」
「え?なんか言った?」
「何も。」

いつかちゃんと伝えてえけど、ここで言うのは気恥ずかしくて聞き返されて誤魔化した。
首を傾げていた叶野だったがすぐさまにんまりと笑みを浮かべる。
俺をいじってくる笑顔と酷似しており、警戒する。

「もちろん伊藤くんも何かあったら相談してくれていいからね?特に一ノ瀬くんにも言いにくいこととか……。」
「っ俺は別に透のこと、」
「親友にも言いにくいことをいってもいいよー、て言う意味なんだけど?」
「〜〜っ!?」
「ふははははは〜。」

嵌められた。
この会話の流れでそう言うか、こいつ!おちょくってきやがって!
次はさっきよりも力を入れてその小憎たらしく笑っている叶野に手刀をお見舞いしようと同時に叶野は
「……でも、本当に何でも話してくれていいよ。俺が変なこと聞いちゃった通りが起きたとしても、本当に一ノ瀬くんに言い出しにくいことでも。伊藤くんのこと、大事な友だちだって思ってるからさ。」
そう穏やかに笑って言うものだから何も出来なくなった。
宙ぶらりんとなった手を引っ込めて「……おう」とだけ返した。

「……ん?あれ、一ノ瀬くんじゃない?」

不意に叶野は前方を指差し、俺も視線を向ける。
艷やかに流れる黒髪にピンと姿勢の良いゴンさんセレクトの黒地に大きく花が描かれた甚平をまとう後ろ姿が見えた。暑いのかうちわで自分の顔を扇いでいる。何故か先に行っていた透に追いついてしまった。……近くに梶井の姿は見当たらない。

「あ、やっぱり一ノ瀬くんだ。」

叶野が透を呼んで、振り返る。
驚いて僅かに目を見開く、暗い中でも黒い髪と日に当たっても白いままの肌や不思議な灰色の色の瞳が分かって……さっきの会話が会話なだけについ意識してしまい、顔が赤くなった。
透は気付いていないのか暑いからだと思ったのか自分が赤くなっていることに何も言われなくてホッとする。
梶井は急用が出来て帰ったと言われた。
急に帰ったことに不審に思ったが、透の表情は平常のものと全く変わっていなかったのでなにか言われた訳じゃないようだ、良かった。
……何故、この暗がりで木に囲まれたところにいても平然としているのは不思議で仕方ねえけど。
先に行ってしまいそうになる透を何とか引き止め、いっしょに肝試しを回れることになった。
本当は人形のところまで一緒に行ってほしかったが叶野にやんわりと拒否され、透にはそこで待ってもらって2人で人形のところまで行った。
透が人形は神社近くの大きな木の近くの木の椅子に座ってた、と言われた。
透は全く怖がっている様子は無かったから……大丈夫だ、と思ってたんだが。

「……これ、だよね?」

叶野は躊躇い、怯えた様子で俺に問いかける。

「……これ、しか見当たらねえな。」

震えそうになる声を抑えているせいで低い声になった。
透に言われた通りのものを探してもいくら見渡しても見当たらない。
だけど『大きな木』の近くにある『木の椅子』に座っていた『人形』は見つかった。
それだけならそれが透の言っていた通りの状態で、すぐさま御札をおいてここから離れればいい。
が、透に言われたことと少し違うことがあった。
少し、だが恐怖を叶野ですらガチで覚えるほど大きなこと。
椅子の上にある無言で赤い服を着た金髪青目の人形を見つめる。
人形は『座って』いなかった。
ガラスのケースに入れられしっかり固定された状態で『立って』いる。
透が冗談を言ったのかと一瞬思ったが、あの平常と同じ口調は本当のことを言っていた。
……透がいなくなった後誰かが動かしたのかもしれない、だが出入り口は一つで周りには人の気配もない。
誰かがやった可能性は極めて低い。
それなら何故、どうやって。

人形が動いた、のか?ひとりでに……?

「……っ!」

考えが行き着いてじわじわと悲鳴もあげられない恐怖が襲ってきて、待っている透が心配になってすぐ持っていた御札をケースの真ん前に置いて同じことを思ったのかわからないが叶野とほぼタイミング同じく2人で勢いよくパン!と手を合わせた後、慌てて走り出した。
透が言っていたことが聞き間違いだと願いながら。
透のところまで走って戻る。
早く戻ってきた俺らに透はきょとんとしているが説明してる余裕はなく、単刀直入に聞きたいことを聞く。

「本当に透が見たとき、人形は椅子の上に座ってた、んだよな?」
「?ああ、御札の上に乗るように座ってたな。」

不思議そうに首を傾げながらそう言われた。
透の言葉を察するに、人形はケースに入っておらずありのまま御札の上に乗っていた、座っていた、と言った。やっぱり冗談ではないようだ、透はくだらない嘘はつかねえ。ということは、ということは、だ。

そういうこと、だよな?

叶野と俺は一瞬固まって

「よし、走ろうか!」
「おう!」
「?」
「いいから行くぞ!」

何も説明されていないからよく分かっていない透を引きずるようにして走り出す。
その間、後ろは振り向けなかった。振り向いたらなんか戻れなくなりそうだったから。

もう二度と肝試し行かねえからな!
あと叶野逃げ足早いな、ちくしょう!

心の中の叫びは誰にも聞こえなかった。


何とか無事にゴンさんの待つゴールにたどり着けた俺たち。
叶野はゴンさんに色々(さっきの人形のことだと思う)聞いているみてえで、透は俺らの唐突な行動を聞こうとしてくるが、ただの肝試しですらいっぱいいっぱいなのに心霊現象が起こって説明してる力はねえし、透が特に何も問題が無いなら……怖がらせることもねえから、今後説明する気はない。
人形の迫力にビビっただけ、と後で叶野と口裏を合わせねえと。
恐怖によってすっかり叶野と話したこと、自分が悩んでいたことを忘れていた。

たぶん、この後湖越たちが騒ぎを起こさなかったらそのまま暫く忘れていたと思う。
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