3章『やらない善意よりやる偽善。』

「……。」
「……。」
「…………。」
「…………。」

土を踏む音とどこかから聞こえる鳥の鳴き声と、遠くのほうから怖がった女性の悲鳴、ざわっと風によって動く葉の音が大きく聞こえた。
梶井が先に行き俺はそれを追いかける形で歩いている、梶井の後ろ姿は少し離れたところにあって第三者視点の誰かがいたら到底二人組で肝試しに臨んているとはそう思わないだろう。

奥にある神社の鳥居へ向かうとそこにはむすっとした表情の梶井の腕をにっこりと微笑んでしっかりと掴んでいる吉田の姿をすぐに見つけられた。
それなりに人が並んでいたので順番を守って並ぶ。
受付していたゴンさんと会い、かんたんに説明を受けた。
『これは『呪いの人形のおはなし』よ。
昔々、とあるお金持ちのお嬢さんが大事に持っていたお人形があったの。
でもねそのお嬢さんはお金目的で誘拐された挙げ句、殺されてしまった。
と同時にお嬢さんの部屋にガラスのケースに入れられていたはずのお人形が忽然と姿を消したの。
それから1ヶ月ほど経ってもまだ犯人は見つけることは出来なかったけれど、人形は消えたときと同じようにいつの間にかガラスのケースに入っていたの。
……血塗れの状態で。
誰かがいたずらしたのだろうと見つけた使用人はそのお人形を綺麗にしたわ。
でもその家から数十キロ離れた森の中で男の無残な死体が見つかったの。
死んだ日時はちょうど使用人はお人形を見つけた時間だった。
恐ろしく感じた使用人はお嬢さんのお父様にそのことを伝えると、すぐさまそのお人形を神社へ持って行ったの。
きっと大事にされたお人形は魂がやどり、お嬢さん……そのお人形にとってお友達を殺されたことに憎んで犯人を殺しに行ったんだと神社の方に言われたらしいわ。
そのお人形は魂を鎮めるため、この神社に眠っているわ。
……で、その呪われたお人形がちょっと暴れたくなっちゃったみたいであなたたちにこの神社の奥の森のなかにあるから、お人形の怒りを鎮めるためこの御札を供えてほしいのん!』
と、最後にゴンさんがいつもの軽い口調でそう言って御札のようなものを手渡された。
本当の話なのか創作なのか分からないけれど、その話を聞いて思ったのは人形はきっと犯人を憎んでいただろうけれどそれ以上に友達がいなくなったのは悲しかっただろうな、とぼんやりと隣で周りから見えない角度で力いっぱい俺の手を握る伊藤を見ながらそう思った。
叶野は怖いね〜とあまり怖がって無さそうにそう言うのを顔色の悪い湖越がおう、とうなずき、鷲尾は平然とした表情で、俺のとなりにいた伊藤は「怖くねえ、怖くねえから」と言ってたけど、顔は青ざめいてあまり説得力が無かった。
……吉田と梶井のほうも盗み見たけれど、2人とも話を聞いてもなお合流したときと同じ表情のままだったから、平気、なのかな?

「梶井は怖い話とか平気なのか?」

このまま俺が話さなければ終わりまで話すことなく本当に終わってしまいそうで、問いかけた。
2人きりで話せる機会なんてそうそうないし、学校のときも梶井がどこにいるのか吉田もわからないと言っていたから探すのも一苦労だろう。
せっかく2人で話せることが出来るのに俺が怖気づいてしまっては勿体ない。
叶野のようにその場の空気を読むことに長けているわけではないけれど、この質問はこの状況で違和感は無いだろう。
俺は特に怖くないけれどさすがに夜の森林は少し不気味に感じるが、梶井は躊躇いもなく堂々と前へ前へと歩く。
嫌っている俺からの質問に最悪無視されることもありえるか、と予想していたけれどかなり間がありながらも意外にも梶井から返答がきた。

「別に。あんなので怖がれるとかどれだけ平和ボケしてるんだろとしか思わない。
生きてる人間のほうがよっぽど怖いし。」

吐き捨てるようだが、俺が聞いたことにちゃんとした答えが返ってきた。
こちらを振り返ったりはしないけれどこうして答えが返ってくるから梶井のなかに少しでも俺と話そうという気持ちがあることに安堵する。
……言い方に棘はあるけれど、あまり気にしないことにする。

「そう、か……。」

安堵はした、が。
俺はあまり話すのが得意じゃない。
せっかく返してくれたのにこの後どう話を展開していけばいいのかわからない。
相槌しか出来ず、またただ歩くだけで沈黙が生まれる。
……沈黙が痛いってこういうことなんだな……。
やっぱり俺には梶井と打ち解けるのは無理なのかもしれない。

「……ねぇ。」
「っ……なんだ?」

ネガティブな思考に入ってきて勝手に落ち込みそうになったけれど、突然無言を通していた梶井に声をかけられて驚いて変な上ずった声をあげそうになったど何とか抑え込んでいつもどおりの口調で聞き返す。

「さっきの話しさ。」
「ああ、人形の……。」

さっきのはなし、と言われてさっきの話を思い出す。
ゴンさんが話してくれた友達を殺され犯人に復讐した人形のはなし、か。
「あれどう思った?」
「……人形はきっと犯人を憎んでいただろうけれどそれ以上にお嬢さん……友達がいなくなったのは悲しかっただろう、復讐を完遂した人形は今神社でどんな気持ちなんだろう、て思った。」

茶化した話し方でも冷たい口調でもなく、平坦な声で淡々と話していて顔も見えないから梶井の真意は読むことは出来ない。
わからない、だけどせっかく梶井から話題をくれたのだから適当に流すつもりになれずに真面目に答えた。
……怒りに燃えている間はまだ、良い。
目的があってそれを絶対に達成してやるとそれだけを一直線に思えるから。
だが、その憎むべき相手がいなくなった人形は……目標を失い憎める人間もいなくなったあと、途方も無い悲しみに沈んでしまったのではないか、て思ってしまう。ずっといた部屋から慣れない場所に移動させられて、心細くないだろうか。
これはあくまで俺の感じ方だけど、それはあまりにも悲しいことだと、そうおもう。
俺がそう返すと梶井はピタッと立ち止まった。
それを見て俺もその場で立ち止まる、数歩足を進ませれば梶井のとなりに立ってその表情を見ることが出来ると思うけれど、それはしなかった。
多分俺に見られたくないと思う、そう感じたから。
少しすると梶井が話始めた。……少しだけ、声が柔らかくなった気がした。

「……ぼくはね、お嬢さんは余計なことしやがって、と思ったよ。」
「……余計なこと?」

犯人を憎むので無く無残に命を散らされたお嬢さんへ同情するのでもなく、余計なこと?
どういうことなのかわからない俺に梶井は言葉を重ねる。

「だってお嬢さんが人形を大事にしたから、魂が入ったんでしょ。どんな原理なのかわからないけど。
それでお嬢さんが誘拐されて殺されたから人形は憎んで怒り狂って悲しんで犯人を殺した挙げ句、復讐を果たしてもそれでも暴れてるってことはまだ犯人へ怒りは治まっていないか、不躾に呪い人形って言ってくる人間へ怒りなのかわからないけれど、お嬢さんが人形を大事にしなければ自分の立場を分かっていて用心して誘拐されなければ、殺されなければ、人形は何も知らずにそのまま『人形』としていられたのに。
中途半端に魂を入れられて、人間だったら友人を殺されて怒り狂うのは普通の感情なのにそれが人以外、しかも無機物な人形がそんな感情を持って殺したら人形が悪者扱い。
それなら最初から……知らないままでいたほうが良かったんだ。それなら、そのまま知らないまま悲しむことも憎むこともない人形として過ごすことが出来たのに、それが『人形』にとっては一番平穏だったのに。」

知らないままのほうがよかった。
人形は、人形のままで。
早口で語りかけてくる梶井の言葉はこちらになにかを訴えかけてくるようで、放っておけない気持ちになる。
梶井の後ろ姿は、弱々しく見えた。
何かを堪えるようにぐっと拳を作っているのが、どうしても今にも泣くのを我慢している子どものように見えて。

少し前の、自分を見ているような気分になって。

「……きっと人形にとって、そのお嬢さんと過ごした日々がとても大切なものだったんだろうな。」

何も考えずついそう勝手に言葉が飛び出す。
梶井から反応はない、だけど口は止まらない。

「大事にしてくれたからこそ人間のように魂が宿って……そんな大事な存在を理不尽に奪われたからこそ怒り狂ったんだ。
俺はその話の当事者じゃないないから、本当はどう思っていたのかわからない。
だけど、消し去ることのできない憎しみと悲しみと持ちながら……きっと、お嬢さんと過ごした日々はとても愛おしくて苦しくても手放せないものになっている、と思う。
傍から見たら確かに梶井の言う通り余計なことをしたと見れるけど……それでも、人形から見たお嬢さんは本当に友達で一緒に過ごした日々は幸せだった、辛くて苦しくなって捨てたら楽になれるのにそれでも捨てられないほどに。
客観的に見た俺らは推測するしかできないけど、大事にされて幸せだった日々を否定するのは……悲しい、と思う。」

梶井の言っていることを否定したいわけじゃない。
確かにもともと普通の人形で人形としてその存在しかないことが人形の幸せなのならば、呪い人形というレッテルを貼られてしまった人形は不幸に見える、その考えは間違っていない。
でもだからといって、俺らが否定してしまうのはきっと『魂が宿るほどお嬢さんが大好きな人形』にとっては悲しいことだと、そう思う。
梶井の後ろ姿を見ながら俺なりの意見を伝える。
俺も自分の言いたいことうまく言えないから伝えられるものも伝わらないかもれないけれど、それでも今の自分の最上の言葉を選んだつもりだし、自分の意思を伝えられたから恥ずかしいけれど後悔はあまりない。

梶井の後ろ姿は微動だにしないけれど、そもそもちゃんと声は届いただろうか。
あまりに動かないので声すら届いたのかも疑問に思い始めて、ほんの少し一歩だけ梶井に近寄る。
ざり、と舗装されていない地面が鳴る。
音に驚いたのかまるで油断していた猫のようにビクッと身体を震わし、こちらを振り返る。

俺の方を振り返る一瞬本当に一瞬だけ、眉を寄せ目を細めて苦しそうな表情で俺を見ていた。

「っあはは!なぁに真剣になっちゃってんの?ちょっとシリアスな感じで聞いただけでそんなまじに答えてくるなんて、一ノ瀬ってばウケる〜!」

すぐに表情はパッと入れ替わる。
吉田の言う作り笑顔とテンションの高い演技かかった話し方。
普段の……多分みんなに見せている梶井の表情、不自然なほどの笑顔でこちらのペースを乱そうとする言動にばかり注目がいって少し変動があったとしても普段の立ち振舞により深く突っ込ませないようにしている、んだと思う。
吉田から梶井の『素』の表情を見せてもらったからこそ分かる。
さっきまで梶井と話していたから分かる。
梶井のこれは『作ったもの』であり、梶井にとってこれは『盾』のようなものなんだ、と。
表情は傷つかないための『盾』で言動は自分をこれ以上傷つけさせないための『剣』のようなもの。
そこに気付いてしまった。……けれど、それを暴くのはきっと俺ではない。

俺では、梶井を傷つけてしまうだけだ。

「……器用じゃないからな。あと、梶井。」

こちらを寄せ付けさせない雰囲気を知りながらもあえて無視して、ほんの少しだけ梶井に近づく。
物理的な距離ではなく、精神的にほんの少しだけ。

「なぁに?怒ったのん?」
「怒ってない。梶井、俺もう逃げるのは辞める。」
「……ハァ?急になんのはなし〜?」

おれ分かんないなぁ〜と大きく首を傾げてさっきとは一人称を変えている梶井。
……きっと、俺を挑発しているんだろうな。そう思うと笑みが溢れる。
そんなことしてもしなくても、俺は態度を変えるつもりなんて一切ないんだから。
そんなに、怯えなくてもいい。伝わってくれるといいな。

「梶井のおかげで自分の甘さに気づけた。
梶井が何のことかわからなくてもいいよ、俺が勝手にお礼言いたいだけだから。
ありがとう、容赦なく俺の甘えを指摘してくれて。」

俺は梶井を責めるために今日吉田と計画した訳じゃない、俺は梶井と仲良くするために吉田に協力してもらったんだ。
今日一日だけで完璧に仲良くすることは出来ないと思うけれど、少しでも今日という日がきっかけとなればいい、そう思った。それに、梶井に本当に感謝している。
自分自身の弱さとか甘えとか情けない自分のことに気付けた。叶野も言っていたけれど、それは苦手なことを見つけるチャンスと捉えたい。
嘆くことも無駄な時間ではないけど、嘆くだけじゃなにも始まらない。
散々落ち込んでも、それから前に一歩でも踏み出せるようにしたい。

「……一ノ瀬ってマゾヒスト?」
「違う。」

怪訝な表情を浮かべて良からぬことを聞いてくるから即否定した。
別に、虐められたいわけじゃない……むしろやだ。
否定する俺にさらに訝しむ梶井。
……本当に違うから。

「……へんなの。」

じっと梶井の目を見る俺から視線から逃げるようにまた後ろを振り返って一言つぶやいた。

「……ぼく帰る、先に行ってそのまま帰る。吉田とかには適当に言っておいて。」
「分かった、気をつけて帰ってくれ。」
「……。」

突然帰ると告げる梶井にあまりに唐突だったから少し驚いたけれど、梶井が帰りたいと言うのなら(多分吉田に強引に連れてこられて来たのだろうし)無理強いする必要はない。
今まで梶井と話せる機会もなく俺のことを嫌っていてちゃんと話すことも出来なかったから少し焦っていたが、今日話してみてみたけれど呪いの人形のはなしのおかげでほんの少しだけど打ち解けられた、気がする。
初めてちゃんと会話が出来た(すぐ梶井は盾でガードしてしまったけれど仕方ない)のだから今後機会はほとんどなくてもそれでも今日一歩前進出来たし、今日はこれでいいとおもう。

梶井はなにか言いたげに横目で俺の方を見たけれど、渡された御札を今まで立っていたところに置いて、そのまま無言で走り去っていってしまった。
暗闇で走っているからこけないか見ていたけれど、そのまま去って行ったからきっと大丈夫だろう。
「……意外と、律儀だな。」
置いていった御札を拾い上げてつぶやく。
俺からすぐにでも離れたければ御札を持ったまま走り去っていっただろう。
そもそもわざわざ俺に一言断りもいれずに行ってしまっただろう。
……まぁ、俺に追いかけられたくないかそう言っただけなのかもしれないけれど、それはそれとして。
「仲良く、なれそうだな。」
脈があるかないかという観点からすれば無くは無さそうだ。
未だ梶井に不透明なところは多いけれど、無視されないのなら余地はある。
……湖越とのことはやっぱり聞けなかったが。
叶野があんなに言いにくそうにしているのを見たせいか俺もなんとなく聞けなかった。
そのうち聞けたら良いな。
そう思いながら一人で歩みを進めた。
肝試し、というから怖がるべきなのだろうけれど、驚かしてくる人たちには申し訳ないがやっぱり怖いと思えず軽く会釈をして通り過ぎるを繰り返しようやく人形の元へたどり着く。
ずっとまっすぐ歩いていたけれど、神社は一回右に曲がったところにあるようで看板の矢印で神社はこちらと書かれていたのでそれに従う。
御札を供えたらまたこっちに戻ってまっすぐ進むようにとも書いてあった。それを頭に留めて指示通り曲がる。

夜で暗いせいか威圧感を覚える神社の近くに大きくて太ましい木があり、その近くに少し古そうな木の椅子が置かれておりその上に赤ん坊ぐらいのサイズの人形がちょこんと座っていた。
御札は木の椅子に座る人形の周りやその下に敷かれている。
それにならってそっと人形の前に御札を置いて手を合わせる。

「……これでいいのか?」

いかんせん供えたりすることをしたことがないので、これでいいのかわからず首を傾げる。
……少し周りの様子を見てもおばけ役の人や説明をするような人も誰もおらず、聞くに聞けない。
じっと人形のほうを見てみても、当たり前だけど反応はない。
まじまじと人形を見ると、赤いドレスを着た金色のウェーブのかかった髪と青い目をしたフランス人形は意外と穏やかな表情をしていた。
赤いドレスは少し古そうでところどころ解れているところもあったが、予想よりもはるかに綺麗な人形だった。
青い目はガラス製なのか暗い中でもキラキラしてて青く光っているのがわかる。プラチナブロンドも綺麗に輝いているように見えて、心配になった。
……暗いなかこれだけ光っているから、虫に寄り付かれないといいが。
「……んー……。」
この人形はたぶん肝試しの備品としてどこかで買ったものだろう。
でも、何となく人の形をしているということも相まってかこのまま置いていくのはあまり気分が良くない。
「本当は良くないんだろうけど、いいよな。」
誰も見ていないし。
そう自分に言い訳して取り出したのはハンカチ。
そっとベールのように人形の頭にかぶせる。
色がグレーなのは申し訳ないけれど、これなら多少は光っていてもわからないだろう。無いよりはまし、ということで手を打ってもらいたい。

「人間の道楽に付き合わせて悪い。もう少しで終わるから、おとなしく待っててな。」

赤ん坊ぐらいの大きさで人の形してるものだからつい人間のように話しかけてしまうが、まぁそれを突っ込んでくるような人もいないし、気にしないことにした。
もしも誰かにこのハンカチが誰のか聞かれてもしらばっくれよう。
そう思いながら人形から離れる。

「……あっつ……。」

人形から離れるように歩いていると急に暑さがどっと身体に乗りかかる。
生ぬるい風を感じて汗が吹き出る。
さっきまであまり暑さを感じず快適なぐらいだったのにな。
ここに来る前に配っていたうちわで顔を扇ぎながら来た道を戻り指示通りまたまっすぐ歩こうとすると

「あ、やっぱり一ノ瀬くんだ。」
「……叶野?」

馴染みのある声が後ろから聞こえて振り返る。
そこには声の主である叶野と、何やら顔を真っ赤にしている伊藤がいた。

「追いついちゃったみたいだねー。」
「そうだな。」
「……梶井は?」
「……急用が出来たみたいで先に帰った。」

あたりを見回しても俺と一緒にいたはずの梶井がいないことに不思議そうに伊藤に聞かれて、少し考えてそう答えた。
急に帰るって言われただけだから詳しいことはわからないが、そうとしか言えない。
でも、まあ当たり障りない回答は出来たと思う。

「あ、そうなんだね。」
「あいつ、よく一人でここを抜けられるな……つか透もなんでそんなに平然としてるんだよ。」
「一ノ瀬くん本当に全く顔色変わってないね。
伊藤くんなんて早く行きたいのに、俺がゆっくりしてるから先にどんどん一人行く形になって距離が出来たら立ち止まって俺が来るの待ってるもんね、怖いんだったら一人で行っちゃっても良かったのにー。」
「お前こっちに合わせようって言う気にならねえのかっ」
「伊藤くんに合わせてたらゆっくり怖がれないじゃん。このムードが良いじゃない〜。」
「叶野の言ってることわかんねぇ……。」

梶井のことはさらっと流して、さっさと去りたいけど一人では行きたくなかった伊藤とこの状況と怖がることを楽しんでいる叶野。
……叶野ってこういうときも周りに合わせそうな感じがしたけれど、そうじゃないんだな。
自分が楽しもうとしていることを拒否したい伊藤に物怖じせず言い方は優しくてもきっぱりとそれを否と言っている。
こういう言い方は傷つけたりしないから、すごく参考になる。勉強になるなと感心する。

「じゃあ、俺はさきに。」
「いやいやいや、透もいっしょに周ってくれ、たのむ。あいつこええ。」
「そんなに俺と一緒なの嫌がらないでよー。でも一ノ瀬くん一人になっちゃったしせっかくだから一緒に行こうよ。」

2人はまだ御札をお供えしていないし、ペアも違うから先に行くべきだろうと思ったが、伊藤に肩をがっしり捕まれ足をすすめることができなくなってしまった。
叶野も俺がいっしょに行くことに賛成してくれているし、俺もこのまま一人で行くのもつまらないかもしれないとも思っていたから2人の提案にうなずいた。

「この先にある神社の木の近くに木の椅子に座ってる人形が置いてあるから、御札供えてくればいい。」
「……一緒に行かないか?」
「もー、一ノ瀬くんはもう行ったんだからもう一度行かせても面白くないでしょ。ほら、行くよー!」
あまりに弱々しくお願いしてくる伊藤が珍しくてついうなずいてしまいそうになるのを叶野は止めに入る。確かに二度手間だが、別に構わなかったが……なんだかいつもと違う伊藤の反応が楽しいのか叶野が生き生きとしているからなにも言わないことにした。
……正直、俺も新鮮に感じてる。
「……絶対待ってろよ、先に行くなよ。」
「分かった。」
何度も俺の方を振り返りながら叶野に引っ張られて神社の方へと向かっていく2人を見送る。
まぁ予想よりそんな怖い人形でもなかったし、あれなら伊藤も大丈夫だろうと思って近くにあった木に寄りかかってもう片方のほうで先程伊藤にもらったぬいぐるみが視界に入って顔がにやけそうになるのを堪えながらうちわを扇ぎながら2人が戻ってくるのを待つ。



神社に入って予想以上に早く出てくる2人を迎えようと寄りかかった木から離れて自分の力だけで立ち上がる。
何故か言葉少なに走りに近い小走りで戻ってきた2人は暗い表情を浮かべており、どうしたのかと首を傾げる俺に
「本当に透が見たとき、人形は椅子の上に座ってた、んだよな?」
「?ああ、御札の上に乗るように座ってたな。」
何故今見てきたことを改めて聞いているのか不思議だったが、俺の記憶通りに伝える。
すると2人はさらに顔を青褪めさせて
「よし、走ろうか!」
「おう!」
「?」
「いいから行くぞ!」
何がなんだかわからないうちに伊藤に腕を引っ張られてそのまま真っすぐの道を全力疾走した。
ゴールにたどり着いて乱れた呼吸で息絶え絶えの俺たちを待っていたゴンさんはやっぱり不思議そうだった。
なにかゴンさんに聞いている叶野に何がなんだかわからない俺は隣にいた伊藤にさっきのは何だったのか聞いてみても『聞かないほうがいい』と真顔で返されてしまったものだから俺は真相は謎のままだった。
……本音を言うと最後の吉田たちが来るまではずっと気になってたんだけど、3人が戻ってからそれどころじゃなくなってしまったので忘れてしまったのである。
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