3章『やらない善意よりやる偽善。』


「そろそろ肝試しの時間かな?移動しまっしょ〜!」

暗くなり始めた19時過ぎ、祭りに参加する人も俺らが来た当初よりもさらに増え賑わいを見せている。
その空気感には吉田の元気で張りのある声はよく馴染んでいる。
「あ……うん、そうだね。」
「……。」
「分かった。」
「……。」
「……。」

平常に吉田の言うことにすぐに頷いたのは俺だけで、叶野こそ返事自体はしているものの戸惑いを隠せない様子で一番後ろを歩く梶井が気になって視線をチラチラと向けている。伊藤や鷲尾、湖越は無言で、梶井も居心地が悪いようで俺らの方へ視線も向けずどこか遠くを見て俺らから少し離れた後ろのほうで歩いてこちらに入ってこようとしない。
……傍から見れば吉田以外の俺らのほうがこの場に合わないんだろう。この祭りの空気感の中で元気で調子が良さそうなのは吉田だけなのだから。
『サプライズだから誰にも言っちゃだめよ!のぞみんにもかっちんにもすずたんにもだれにもね!!』と、吉田から念押しされたものだから本当に伊藤にも誰にも言わずに今日祭りに来たのだが……伊藤か叶野のどちらかには言っておいたほうが良かったのかもしれないと少し後悔する。特に叶野や鷲尾は梶井が原因で追い込まれそうになったこともあるし、俺が来る前には伊藤も梶井によって陥れられたことがあって……湖越も梶井とは前々から顔見知りではある雰囲気ではあるのだが何かがあったみたいで仲が良い、とは言えないようだった。
そこまで思い出して一つ違和感と疑問を覚える。
そういえば、吉田は俺に誰にも言わないよう念押しした際何故湖越の名前は出て来なかったのだろうか。
誰が来るかはちゃんとは言っていない俺も俺かもしれないけれど。
来ることを予想していなかったのか?いや、叶野の名前が出てきたのだから普段ともにいるはずの湖越の名前が出て来なかったとは考えにくい。
伊藤はきっと俺とよく一緒にいるから連動して絶対に来ると思ってのことだったのだろう。
それなら、わざわざピンポイントで湖越の名前だけを呼ばないのは、何か理由があるのだろうか??

「一ノ瀬くん。」

考え込んでいた俺に肩を軽くつついてくる感覚とともに叶野の声が背後から聞こえてきたので意識をそちらに向ける。
俺にしか聞こえない程度の小声で名前を呼ばれた、この喧騒の中ではそのぐらいの音量では聞こえにくい、ちゃんと聞き取れるように顔を寄せた。
「うわ、一ノ瀬くんやっぱり美形。」
「……どうしたんだ?」
いきなり顔を近づけてきたからか驚かせてしまったようだが、あまりにずっと密着しているのは陰口を言っているよう聞こえてしまうかもしれない、申し訳ないが驚きで出た言葉は無視させてもらって用件を聞く。

「あ、えっと一ノ瀬くんさ。梶井くんと吉田くんが来ること知ってた?というかもしかして一ノ瀬くんが誘ったり?」
「……叶野は洞察力に優れているな。」
「え、ありがとう?」

叶野の洞察力というべきか観察力というべきか、その場の空気を読むことに物凄く長けている。
正直、少し怖いぐらいだ。
でも叶野もこのことを大きな声で言うべきではないと判断しているようで、俺にこう言うのも小声だしきっと気遣い屋だから誰にも言わずに当の本人の俺に様子を伺うように聞いて来たんだろうとわかるから有り難い。

「……ごめん。何も言わなくて。
今は伊藤か叶野には言っておいたほうが良かったのかもしれないって後悔してる。」

吉田と約束したから誰にも何も言わないで今日を迎えたけれど、本当はきっと誘うのは吉田だけにするべきだったんだ。俺は、梶井とも仲良くできるのであればしたくてこうしてしまったけれど、そうすることによって叶野たちがどう思うかということを考慮してなかった。
俺一人で勝手に決めて、結局この時間には吉田と梶井と合流すると言う流れすらも俺は忘れていて吉田に任せている。この気まずい空気すらも何とか出来る能力もないのに、勝手に舞い上がって皆気まずくなってしまっている、申し訳無くて消えてしまいたい。
無意識に頭を抱える俺に叶野は怒ることは無く苦笑する。
「まあ、突然だったから驚いたけどね。
確かに俺も梶井くんに対して気まずい思いもあるけれど、俺は割と平気だよ。
伊藤くんたちのほうが気まずそうかな。」
「……でも、叶野は梶井に……。」
「んーと……そのへんは複雑と言いますか、ちょっとだけ誠一郎の事情が絡んでいると言うか……。」
叶野は梶井に陥れようとしていた、そのことを叶野はどう思っているのか心配している俺をよそに予想以上に平然としている叶野が不思議だった。
後ろを歩いている湖越の様子をチラチラと見て、こちらの声が聞こえていないことが分かったのか先ほどと同じように小声で叶野は答えてくれる。

「誠一郎のことは一旦置いて俺主観としての意見で結果論だけどさ、俺にとってあのことは俺自身の弱さに向き合えるチャンスだったんだって思えるようになったんだよ。」
「……チャンス?」
思いもよらないことを単語が出てきてつい聞き返してしまう。
「そうそう、実際俺のことを暴露したのは小室く……小室、だけど唆したのは梶井くんだし、やっぱり思うところが無いわけでないけど……、でも俺の傷を広げてはいけないって周りに気遣われて誰にも突っ込まれず、俺自身もその傷を見てみぬふりしてた。
見ないふりして薬も使わないで安静することもしなかったから膿んでぐちゃぐゃになってたんだよ。
結果としては梶井くんがああしてくれたおかげで俺はちゃんと俺の弱さと醜さに向き合えた、今はそう思ってる。そう思えるから、俺からはもう何もないよ。
……あ、ごめんうそ、もし普通に話せるようになったらほんの少しは嫌味みたいなこと言っちゃうかもね。
そのときの気分次第かな〜。」

最後だけは少し茶化して笑ってそう言う叶野。
本気で言っているのかいないのか俺には判断はつかないけれど、叶野は「普通に話せるようになったら」と今言った。
叶野からは梶井に対して歩み寄りたいと感じているように見えたのは俺の願望だろうか。
叶野は気遣いが上手すぎて自分を蔑ろにしてしまうところがあるようだけど、今の叶野は心からそう思っているように感じる。
ほんの少しだけ嫌味っぽいことを言うのが叶野の『本当』を感じたような気がした。
他人への気遣いと自分を大事にするのを両立させるのは難しいことだと思うけれど、叶野はそれが本当に出来る人間なんだと思う。
その笑顔は前のようなよそよそしさはなく、前よりも断然明るくて堂々としていた。
自分は自分だって胸を張っているように見えて少し眩しく感じた。

「まあ俺にはともかく伊藤くんには言っておいたほうが良かったかもね。」
「……そう、か。そうだよな……。」

先頭を歩く伊藤を盗み見る。
輪投げのおかげで多少はましになったけれど、梶井と合流してからまた口数が減ってしまった。
いや、唆された鷲尾と何か事情のある湖越よりはまだマシ、か。
吉田に黙っておいてと言われたからその通りにしていたがやっぱり伊藤に隠し事はしたくないな……。
ただでさえ昨日九十九さんと話したことも伝えていないのに、余計に後ろめたく感じてしまう。
気まずい思いで伊藤のことを見ていた俺に気付いてか

「あー……そういえばさ!これから肝試しいくじゃん?
それってみんなで回る感じ?それともいくつかペアになって行くのかな?」

叶野は話題を少しずらしてくれた。
さっき俺と会話していたよりも大きな声でみんなに聞こえるようにわざと言ってくれたようだ、叶野の気遣いとこの場の空気を変える話題を的確に選んでくれたのがすごい。
そういえば、俺もどんな感じで回っていくのか何も決めていなかった。
てっきりみんなで肝試しを回ると思っていたけれどそうか、分けるという選択もあったのか。
吉田と何も相談していなかった、内心焦る俺とは裏腹に
「そりゃペアでしょ〜!はい、おれくじ引き作ってきたからひいてちょ!!色がおんなじ人たちでペアね!俺たち7人だから2、2、3でわけれるようしてきました〜!」
吉田がどこからか出した割り箸の割ったやつを俺らの人数分持っていて根本に付いた色が誰にも見えないようにして差し出してくる。
何も考えずに日和っていた俺とはしっかり考えていたらしい、何も考えていなかった自分を恥じる。

「……僕らのことを知らなかったんじゃないのか?割り箸にわざわざ色つけるとはずいぶん……。」

ついさっき俺らのことを知らずに『偶然』俺達と会って一緒に祭りを回ることになったというのに、しっかり俺たち7人分でくじ引きを引けるようにしていた吉田が用意周到なことを鷲尾が突っ込もうとしたけれど

「細かいことはきにしなーい!たまたま持ってきてたんだよ〜なんか今日イッチたちに会えそうな気がしたし!はいみんなひいてひいて〜!イッチからどーぞ!せっかく名前に数字の1が入ってるしね!」
「吉田くんの順番を決める基準はそこなの?」
「そこなんでーす!」

軽く流して割り箸を俺の前に差し出されて一瞬戸惑ってから真ん中らへんのやつを吉田の手の中の束から抜き取る。

「まだ見ちゃだめよ〜!みんなが取ってからいっせーのーせっ!で見ようね!はい、のぞみんもどーぞ!」
「あ、うん、ありがとう。」

まだ見ないよう釘を刺したあと、俺の隣にいた叶野に差し出して戸惑いながらも叶野も抜き取って俺と同じように根本を隠して待った。
吉田がみんなに渡し終えるまでの間、先に抜き取った俺たちが手持ち無沙汰になった。

「なんかこういうの懐かしいね。」
「……そう、だな。」

小学校ぐらいの班分けを思い出すなーと懐かしそうに笑う叶野に俺は頷くだけしか出来なかった。
本音を言うと、こうして割り箸を使って割り振るのは俺は初めてのことだったのでこういうやり方があるのかと感心していたから、叶野に懐かしいと言われたのが意外で驚いてしまった。
でも、きっと叶野の言うとおりこういう割り振り方は普通のことなんだろう。
伊藤も鷲尾も湖越も用意周到なことに驚いたようだったけれどなんの抵抗も無くひいていたし。
記憶喪失のことを抜きにしても、ほんの少し俺は一般から外れているのは前々からわかっていたことだったが、当たり前で懐かしいことを俺が知らないと言ってしまえば優しい叶野は自分の発言を気にしてしまうかもしれないのでこっそりと内緒にしておくことにした。

「……おれ、青だけどだれ?」

ぽつりと何も感情の乗せていない無機質な声が聞こえた。
怒っているようにも聞こえる、高校生にしては少し高めで俺には聞き慣れない声。聞き慣れないからこそすぐに誰のものなのか分かった。

「あ、まだ見ちゃだめなのに〜!」

吉田としては皆で一斉に見てほしかったので頬を膨らませて子どものように拗ねた口調で訴える。
くじの結果を先に見たのは……やっぱり梶井、だった。

「……もう見ちゃったよ。」
「ま〜みちゃったものは仕方ないね〜じゃ、みんなそれぞれで見て見て〜!」

俺の知っている梶井はどことなく演技かかって取繕うような話し方なのにどこか淡々としていて冷たい印象しかなかったけれど、吉田から頬を膨らませられて責められた今の態度は謝り方が分からない戸惑っている不器用な子どものように見えた。
先に見たことを伝える梶井に、むくれては見たもののそこまで怒っていない吉田はこだわりを捨てさっさと自分の色を確認してる。
俺の色は何色だろうかとそっと手を開いて確認、と同時にピシッと突如石になったかのような感覚に襲われ自分の動きが止まってしまう。

「んだよそんなに拘りはねえのかよ……。」
「吉田くんはマイペースだからね。伊藤くん何色だった?」
いつの間にか隣に来て吉田に突っ込みを入れた伊藤に叶野は割り箸のついていた色が何なのか聞く。
「ん、赤だな。」
「あっ俺と一緒だね!俺いざとなったら伊藤くんを盾にして逃げるからよろしくね〜。」
「ざけんな、お前のほうがまだこういうの得意だろ。ずっと俺の前にいろ。」
「やだー。あ、一ノ瀬くんは何色だった?」

叶野にそう聞かれて、ハッと身体の硬直が解けた。
一瞬ふたりに視線を向けて何も話さない変な様子の俺に首をかしげているのが見えたけれど、

「俺、青。」

眉を顰めている梶井はいつまでも自分と同じ青色をひいた人間が名乗らないことに、苛立ちからか足がトントンと小刻みに叩き始めているところで、少し近寄って俺の持っている割り箸の色を見せる。
やっと自分と同じペアの人間が誰なのかわかると、サッと顔を背け逆方向へあるき出そうとした。

「……おれ、帰る。」
「だめです!順番は、じゃあイッチのぶちゃんペアが最初ね!すずのぞは2番目で、残ったおれらは最後です!さぁ行きましょう!」
「ちょっはな、」
「じゃあ先行ってるから!みんなもおはやめに〜!」

向かう方向とは逆へ行き帰ろうとする梶井の腕をがっしりと掴んでそのまま吉田は梶井を無理矢理引きずるように連れて、走って先に行ってしまったのを残った俺らは呆気に取られその後ろ姿を見送った。

「えっと、じゃあ行こっか。吉田くんたちも待ってるし。」

戸惑って何も言えず行動も出来ない俺らだったけれど、叶野の一言でのろのろと動き出す。
梶井と一緒、か。
なにを話すべきかどう話すか悩んでいると
「……透、交換しないか?」
「……。」
伊藤に小声でそう提案される。
割り箸を前に出して、自分のと交換しないかと言われた。
その顔を見ると心配そうにゆらゆらと瞳を揺らしていて、本当に俺のことを心配してくれているんだと思う。
伊藤の気遣いは嬉しいし、梶井と確かに気まずいところがあるから少し揺れてしまう提案だった。
少し考えてから自分の首を振った。
もちろん、横に。

「っなんで」
「俺は平気、梶井と話すいいきっかけだ。」
「でも、透は」
「ん、まぁ本当のことを指摘されているだけ。
それにもう俺が一緒のペアってあっちも分かっているし、これで交換したら逃げになってしまうしな。」

気まずいけれど、でもみんなの前で俺が一緒だって公言してしまったからこれで伊藤と交換したら確実に梶井本人に自分を避けていると伝わってしまう。
即ち俺が梶井から逃げたと大声で本人の前で言ってしまうことになる、開いている距離がさらに手が届かないほど遠くなってしまうかもしれない。
……叶野の言葉を借りるのなら、チャンスかも知れない。
ふたりっきりで面と向かって話すというのは簡単なようで案外難しいことだ。
これを逃せば次いつ梶井と話せるかも俺にはわからないから。

「もう逃げたくない。」

ストレスから逃げることが悪いことではないけれど、梶井が俺のことを嫌っていても梶井自身が俺のストレスになっているわけじゃない。
気まずいし間が持たないかもしれないし、嫌っている俺といることを梶井はさっきのように嫌がるかもしれないけれど。
少しだけ、肝試しを回る時間だけは俺と付き合ってもらおう。
俺の意思をまっすぐに伊藤に伝えれば、少し躊躇うように視線を俺から外して、一呼吸してすぐに俺に戻す。

「分かった。透の意思を尊重する。……なんかあったら、言えよ。」
「ああ、ありがとう。」
「絶対だからな。」

念を押してくる伊藤にもう一度頷く。
俺のことを心配しながらも(……少し、過保護な気もするけど)俺の意思を尊重してくれるところにとても救われている。
救われているから、俺もいざというときに伊藤を救えるようになりたい。

梶井にどう話をするべきか考えながら吉田たちが待っているであろう神社へと歩みを進める。
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