3章『やらない善意よりやる偽善。』

「肝試し。」

叶野と湖越が綺麗にハモる。これがシンクロというのか、感心する。

「そうそう!来月の10日の夏祭りにね!19時半から肝試し、20時半から花火というプログラムなのん!で、肝試しは私主催なのねん!よかったら来てほしいなーって!」

楽しそうにガハハと笑いながらくねくねしながらそう説明される。

「……急にこいつら呼んで飯食いに来いとかいうからなんだと思ったらこういうことかよ。」

呆れながら伊藤がそうつぶやいた。

「いやぁね〜偶然ついさっき思い出しただけヨン!で、どうかしらん?」
「へ〜楽しそうだねぇ!ね?誠一郎!」
「……いや、俺は」
「今なら屋台の食べ物無料引換券1人5枚あげちゃうわよ!」
「よし!行こう!!みんなでいこう!はいけってーい!!誠一郎もね!」
「ちょっ、おい!」
「いいじゃんいいじゃん!で、みっちぃちゃんどこでやってるんです?」
「ここから15分ぐらい歩いた神社でやるのよ〜」
「へぇ〜!」

渋る湖越を説き伏せて(ゴンさんをあっさりとみっちぃちゃんと呼んでいることに震撼する)叶野にあっさりと行くことが決まってしまった。
予定を頭のなかで確認する。
九十九さんと約束したのは9日だ、前日になるが特に体力や精神をすり減らすことはないだろうし支障はないはずだ。特に反対することはないな。

「みんな怖いのは平気?」
「……わからない。」

ゴンさんから場所とかどこで肝試しをやるのか聞いてしっかりアドレス交換までした叶野がそういえば、と聞かれて俺は首を傾げながら答えた。
お化け屋敷とかも行ったことないし、映画を見に行ったことはあってもホラーを見たことはないので自分が苦手なのかどうかもわからない。

「うーん、じゃあこういうのは大丈夫?」

パカッと折りたたみ式の携帯電話を開いてカチカチと操作したかと思えばハイっと画面を見せられた。
携帯電話の画面には顔を隠れるほど長く手入れがされていないであろうゴワゴワで乱れた黒い髪の女性がアップにされている。髪の間から見える目はこちらをぎょろりと睨んでいて、白目部分は不自然なほど赤かった。じーっとしばらく画面のなかの女性と見つめ合う。
「……」
「うん、一ノ瀬くんは怖くなさそうだね〜。他のみんなはど……」
携帯電話画面をそのまま見やすい角度で他の皆にも向けようとする、のだが。

「見せんな、見せてくるな!!」

未だ完全に画面を見ていないだろうに叶野から逃げるようにとんでもない勢いで後ずさっている伊藤がいた。その顔は可哀想なほど引きつっておりどんな感情をしているのか見ての通りわかった。

「えー……。」
「……伊藤は苦手なのか。」

意外ではあるが……思い当たる節はあった。
俺が漫画とか映画とか行くのは伊藤の誘いからで俺はそれに付き合うという形なのだが観るものはアクションだったりアニメのものだったりで一回も伊藤の口からホラー映画に行こうとは誘われたことはなかったし、話題に登ったことすらなかった。
そうか、苦手だったのか。

「あら?でもわたしのスプラッターホラーDVDは普通に観てたわよね?」
「スプラッターとホラーは別物だろ!」

ゴンさんが首を傾げれば怒鳴るように説明した。

「まぁスプラッターって半ばアクションというかツッコミどころ満載だもんね。」
「そんなに怖いものか、この画像。」
「呪われそうだろ!!」
「あ、わっしーは平気なんだ。ちぇー。」
「なんで残念そうなんだ、お前は。非科学的非現実的なことだ、動じることではないだろう。」
「う”……。」

顔を真っ赤にして叫ぶ伊藤とは反対に淡々としている鷲尾。
そんな鷲尾に伊藤は悔しそうにそして恥ずかしそうに睨んだ、と思えばじっとテーブルに自身を隠すようにしていたのにガターン!とさっきまで自分の盾のようにしていたテーブルをぶん投げてツカツカと俺の方に早足でやってきた。
どうしたのだろうか、とぼんやりとこちらに来るのをじっと見ていれば力強く(でも痛みは感じない程度)肩を掴まれた。

「怖いのはおばけだけだからな!?ゾンビとか人間とか物理的になんとかなるからな!!
あいつらはあれだ、物理通じねえから苦手なだけで!触れられないヤツが駄目なだけで……!」
怖くて苦手なものということは否定はしなかったので事実らしい。
何故か俺に一生懸命説明される。
別に苦手なものなんて俺にもあってみんなにもあることだから恥ずかしいことではないと俺は思うが、そんな必死な顔されてしまっては簡単に否定するわけにもいかない気もする。

「……そうか、頼りにしてる。非現実的系は俺に任せてくれ。」

役割分担というのだろうか。
確かに昼間のような奴らぐらいなら伊藤が負けるビジョンが見当たらない。……さすがに、ゾンビはどうかはわからないけれど……。
普段伊藤に頼ってばかりだから俺が伊藤の苦手なものに迎え撃つことができるのは嬉しい。
目の前の伊藤を真っ直ぐ見つめその肩を軽く叩いてそういう。

「そ、そうか。」
「やーんとおるちゃんおっとこまえ〜!」
「はえ……俺もそう言ってみたいなぁ……。」
「?」

なんだろうか、この空気は。
何故かみんな頬を赤くしてこちらを見られていることに疑問を覚える。
いつも支えてくれている親友を俺も支えたいと思うのは普通の親友とは違うのだろうか。
首を傾げた。

「……さっきから黙りこくってる湖越はどうなんだ?」

鷲尾は俺らのことに興味がないのか時間がかかるやり取りとか思っているのか至極つまらなさそうな顔で隣でずっと黙っていた湖越に聞いている。

「……苦手だけど。」
「あ、去年来年には克服するって宣言してたけど駄目だったんだね、やっぱりね。やっぱり!」
「余計なこと言うな、強調すんな、うっせえよ!お前も一ノ瀬や鷲尾ほど平気だってわけじゃねえだろ?」
「んーまぁ楽しく叫べる程度に怖いと思うよ。俺からすれば完全ノーリアクションの一ノ瀬くんやわっしーのこともオーバーリアクションの伊藤くんと誠一郎のことが分からないなぁ。みんなの中間地点だね、俺。」

湖越は苦手で、叶野は普通に怖い(ということでいいのだろうか)という。
俺にとっての普通は誰かにとって苦手で理解できないことになる。俺も叶野に見せられた写真がやっぱり怖いものとは思えなかった。
……こんなものよりも、生きてる人間の目のほうが怖いな、と思う自分はやっぱり普通ではないのかもしれない。
昔よりも平気になったとは思うが、1回……いや幾度となく隠す気もない剥き出しの敵意の目で見られたらやはり苦手意識は消えずにいる。
それでも、前の俺よりもほんの少しだけ立ち向かいたいと思えて桐渓さん以外の人の悪意や好奇の眼で見られるのを気にしなくなってきたのは今俺の目の前にいる彼らのおかげ以外何者でもない。
人目に付きやすい俺に分け隔てなく接してくれる、彼らのおかげ。
にぎやかに言い合っているみんなを見ていると自然と笑顔が溢れた。



「あ……ゴンさん」
「うん?なにかしらん?」
「……もう、1人か2人増えても、いいですか?」
「あら!大歓迎よん!!どうきゅうせい?」
「はい。……これから2人とも誘うんですけど、ちょっと、1人は来るかどうか当日にならないと分からないと思う、ですけど。」

時刻は夜9時20分をさしそうなところ。
みんなは30分前には帰ってそれをここが最寄りの俺と伊藤は叶野たちを見送って俺もアパートへ帰ろうと思ったが「もう遅いしこのまま泊まって行きなさいよ〜」と言うゴンさんの言葉に伊藤も是と答えられて俺の拒否権が無くなった。
食器の片付けを終え、恐れながら先に風呂に入れてもらって今は入れ替わりで伊藤が入っている。
……正直チャンスか、と思った。
肝試しを誘われたあたりから頭のなかで吉田の約束と梶井の存在がずっとぐるぐる回ってる。
吉田曰く『のぶちゃんとイッチ仲良しになろう、あわよくばズッ友へ』計画のことだ。
あれから数度メールで吉田とその計画についてやり取りをしていたが上手い案が見つからなかったが、これならどうだろうか。
万が一却下されたとしても多分吉田は来てくれる……はず。予定を聞かないとわからないけれど。
問題はどう梶井を連れてくるか。その辺根詰めて考えないといけない。
曖昧にしか返せない俺に
「そうなの、まぁぶっつけ本番でもぜんぜんだいじょうぶよん!」
「ありがとうございます。……あと、できればみんなに……伊藤にも言わないでいただいても……。」
「ワケアリなのねん。おっけー!わたしおくちけっこう固いから心配はごむようよ〜!」
と陽気に答えてくれた。
豪快に笑って曖昧で信用の薄いことを快諾してくてホッと胸を撫で下ろす。
伊藤に言うべきか悩んだけれど、今は言わないでおこう。まだ吉田が来るかも分からないし、この辺は相談してからになる。
わけありなのだととりあえずは納得してくれたようでゴンさんの眼には疑いとか無く、また話しかける前と同じように鼻歌を交えながら明日の仕込みの続きに入った。
なにか手伝いたいな、とは考えるが俺が片付け以外の料理関連に手を出せばどうなるのか未知の世界なので何もしないほうが迷惑にならないだろうと判断する。
……とりあえず、8月1日に国語の補修がある。吉田はサボるタイプではないだろうからきっと来るし、そのとき話してみよう。
そう簡単に計算しながら風呂上がりで身体が未だ熱くてまた伊藤から借りたTシャツと自分の肌の間の空気を入れ替えるように、両手でバサバサと裾を上げたり下げたりを繰り返していると風呂から出てきた伊藤にすごい勢いでTシャツをハーフパンツにインさせられて「暑い」と思わず苛立ち混じりの文句の声を上げてしまったのはもうすぐのことだ。
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