3章『やらない善意よりやる偽善。』


「よく来たわね~!かわい子ちゃんいーっぱいね!遠慮なく食べてちょうだい!」
「おおーすごーい!肉てんこ盛り!!」
「お肉余っちゃったのよねぇ賞味期限も危なかったから助かったわぁ~!」
「これほどの肉まみれ丼は俺見たことないです!わー!おいしそう!」

いただきまーす!と叶野は山盛りも盛られた肉丼に食らいつく。
おいしい!と素直な感想と表情にゴンさんも悪い気はしない、俺らが店に着いてすでにご機嫌だがさらに上がっている。
俺も伊藤もこれでもかというぐらいに盛られた肉に無言で食らう。
叶野のように表情にも言葉にも表すのは得意ではないので申し訳ないけれど(もちろん最初の一口で『おいしい』と伝えてはいる。)食べている俺らを見てるだけでも嬉しそうにしてくれた。何も言えないのにどうしてそんな表情を浮かべてるのか、ちょっと分からないが。
「お2人はどうかしらん?味はだいじょうぶ?大根おろしもあるわよん!」
「……美味いっす。大丈夫っす。」
ニコニコとそんな効果音が合いそうなほど笑顔でガツガツと箸を勧めている叶野とは真逆にゴンさんのインパクトにやられてか海での疲れから一口一口は大きく食べているものの態度は控えめな湖越と
「あ、マヨネーズください。味を変えたい。」
「あら!いいわねん、味変でマンネリ解消はだいじねぇ~はいどうぞん」
「どうも。」
「見た目の割にいい食べっぷりね~!透ちゃんみたいに態度で示してくれるのもうれしいわよ~」
鷲尾はしっかりマヨネーズを頼んでいた。
店に入った初めこそ叶野も湖越も鷲尾もゴンさんの出迎えに予想外の体格とそのフリルだらけのエプロンにリボンをたくさん誂えたロングスカートの格好に驚き固まって未確認生物を確認したような同じ顔をしてまじまじとゴンさんを見ていたけれど、肉を(豚牛鳥問わず肉全部炒めたどんぶり)出された瞬間叶野はすぐ冒頭のように喜びがっついたし、鷲尾もテンションが上がってるようでゴンさんのことはもう気にしていないようだった。

叶野は順応力高そうだからゴンさんに慣れるのはあっという間だろうと予想していたし鷲尾も図太いのですぐ動じなくなるだろうと思っていたし、2人は俺の予想と同じだったのだが。
少し意外な反応なのが湖越だった。
出されたものに手をつけて頬張ってはいるが、チラチラとゴンさんの様子を見て話しかけられれば警戒からかそっけない。
見られていることに気がついてゴンさんが湖越のほうを振り向いて視線が合えば、慌てて視線をそらす湖越、それに苦笑いを浮かべるゴンさんが見える。
「せーちゃんったらもう〜わたしそんな取って食いやしないわよぉ?息子当然と思ってるすずめちゃんのおともだちを手を出すほど餓えてないわよぉ」
「……。」
「もぅ困ったわねぇ〜。」
「んぐ、あー!誠一郎ただ人見知りしてるだけだから気にしなくていいっすよー!」
「あらん、そうなのん?」
茶化すように言うけれどそれでも表情が硬いままの湖越に弱ったような頼りなく笑うゴンさんに、叶野が慌てて助け舟を出した。出した相手は湖越なのかゴンさんに向けてのことなのかは俺にはわからない。
「……そうなのか?」
つい、話しているところで割り込んでしまうようで申し訳ないけれど聞いてしまう。
あまり湖越という人物と人見知りという単語に縁がないように思えたから。
「目立たないけど実はね!内密でお願いしまっす!」
「……すみません。初対面の人と話すのは得意じゃなくて。」
「ううん、いいのよ〜ゆっくり私に慣れてちょうだいな!」
「ふーん意外だな。」
「そうなのか、叶野と一緒にいたせいか気づかなかった。お前はかなり目立つからな。」
「えっ俺そんな目立つかな?」
「自覚ないのか?」
そんなにかな?と疑う叶野に鷲尾はそんなにだ、と力強く肯定する。
二人の会話を聞きながら初めて湖越と話した日のことを思い出していた。
確か先に叶野が俺のほうに来てくれて人懐っこい笑顔で自己紹介してくれてその後で湖越に話しかけられた、と記憶してる。元気よく話しかけてくれた叶野とは違って湖越は落ち着いた感じだったな。そのときだってほとんど湖越は叶野と話していて俺はそれを聞くことが多かったし、会話に入れてくれるのも叶野だった。
……そういえば、湖越と2人だけになったのは期末テスト前の梶井の件だけでそれ以外で2人になったことがないことに気づく。粗探し、と言われてしまうと否定できないけれど。たまたま2人になるきっかけがなかっただけかもしれない。さっきの叶野と同じで。
けれど……こういってしまうと失礼になってしまうかもしれないけれど、俺と湖越の間に距離があるような気がする。
それは俺が湖越に対して梶井関連で無意識に不信感を抱いてしまっているせいなのか湖越側が俺に壁を張られているのかどうかまではちょっとわからないけれど、でも伊藤の場合は少し特殊だとしても同じ時期に知り合えた叶野と鷲尾とは当時よりも仲良くなれたと感じてる。
今日は叶野と2人で話して素のほうの笑顔を見ることができたし、帰り道では鷲尾と語らって
あちらからの提案で今度2人で遊びに行くことになった。
……いまいち、湖越との距離感をつかめていない。そう感じる。
これから湖越と打ち解けることはできるのかはわからなかった。いつか、聞けるだろうか。
梶井との関係のことを。
梶井ともちゃんと話せる日も…来たらいいな。
「どうした、疲れたか?」
「……ちょっと、な。」
「はしゃいじゃったからね〜いやー楽しかったね!」
「そうだな。」
「それにしても一ノ瀬本当に焼けねえな……。」
「白いままだな。」
「……コンプレックスだから。」
自分の腕とみんなの腕を見比べてため息を吐いてしまう。
みんなと同じぐらい外にいて陽をこれでもかと浴びていたのにみんなが健康的に焼けているなか俺の肌はやっぱり生白い。
自分のことだけど……少し、気味が悪い。
「いいじゃねえか。」
冷めた目で自分の腕を見つめているととなりから肯定する声が聞こえた。
行きよりももっと焼けて小麦色に近い手が俺の生白い手を取る。
自分のとは違う肌と大きな手の高めの体温に心臓が妙に跳ねたのを感じる。

「鷲尾なんて真っ赤になってるしな。」
「あ、ほんとだー」
「いっ……!」
「ほら、ああいうふうにやけどみてえになるよりはいいだろ?」
「……。」

湖越が鷲尾の肌が赤くなっているのを指摘すれば叶野がツン、と軽く腕に触れれば痛みに苦しむ鷲尾が目に入る。
俺は伊藤に触れられても全然平気なのに鷲尾は軽く触れられただけであの苦しみようだ。確かに、鷲尾には悪いけれど俺のほうがましな気がする。
伊藤たちは普通に日焼けして少し黒くなっているが鷲尾は日に当たると火傷してしまうタイプみたいだ。
「あらあら、そういえばかずちゃんまっかかねぇ……だいじょうぶん?今冷やすものもってくるわねぇ」
俺らの会話を見ていたゴンさんだったが鷲尾の日焼けを見てかなり痛々しいことになっていたのに今気づいて小走りで(何故か両肘を自分の胸あたりに寄せて漫画で見た女の子みたいな走り方である)奥へと行った。
「かーのーうー……」
「や、これはごめん、本当ごめん。そんなに痛いものだと思わなくて。こういう焼け方する人初めて今日たった今見たんです。ただの好奇心からなんです、厳罰を求めます、すいません、神様仏様鷲尾様。」
怒気たっぷりで叶野の名前を低い声で呼ぶ鷲尾と必死に手を合わせその怒りを解こうと謝り倒している叶野。
もとは自分自身の肌の色が嫌いな俺を励まそうとしての結果がこうなったので俺も謝るべきだろうかと迷う、が何故か未だ伊藤の手が俺の手を掴んでいるからうまく考えられない。
「にしても本当焼けてねえな……あんまりゴンさんには見せねえほうがいいかもな。たぶんうるさくなる。」
「……わか、た。」
まじまじと俺の手を掴んでひっくり返したりまた戻したりとひっきりなしに向きを変えられて観察される。指の先から腕の裏までまじまじと見られる。
普段から洗ってるし、夏場は汗をかくしエアコンのない家だから涼むついでにと水を浴びることは多い。今日帰るときだってちゃんと石鹸使って洗ったから汚いはずはない。
だけど、なんだろうか。伊藤に触れられると頭が白くなるというか何も考えられなくなる。
なにか伊藤に言われたけれど意識が手に集中していて聞き取れなくてでもそれを聞き返すまでに思考がまとまらなくて適当に頷いていた。
離してほしい、恥ずかしい。
そう思うのは本当なのにそれと同時に……もっと触れてほしいとか、うれしい、と思ってしまうのはなんだろう。顔が熱い。確かに肉丼を食べて熱くなっていたけれど、それはもう水を飲んでおさまっていたからそれが理由じゃない。
離してほしくて恥ずかしくて、触れてほしくて嬉しい、真逆のことを同時に感じて混乱する。
頭が茹だるような変な気持ちになる。
「っ」
伊藤の指がツゥーっと手首から肘のほうへと向かっていくのがくすぐったいけれどちょっと違う感じにぞわっときて反応しないよう耐えていたのにビクッと手が震えてしまう。
「あ、悪いくすぐったかった……か……」
「……?」
反応したことにやっぱり気づいた伊藤は俺の表情を伺うように頭を上げて固まられる。
そういえば今自分の顔は絶対に赤くなっているからもしかしたら俺が怒っているんじゃないかと勘違いされてしまっただろうか。
「あ、あー……悪い。遠慮なく触っちまって。」
「……良い。いや、じゃないから。」
気まずそうに謝られてしまい、さっきまで真逆のことを感じてしまって混乱していたくせに格好つけてそう言ってしまう。いや、いやではないのは本当なんだけれど。俺のことなのに俺のことが全然わからない。
それにまた混乱しそうになりそうに、そして伊藤が「えっ」と声を上げたと同時に

「はい、かずちゃん氷で冷やしなさいな!あとちょっとみんないいかしらん?」

袋に入れた氷を持ってきたゴンさんが各々それぞれ過ごして俺らを呼ばれたおかげで意識がそちらに向いて、これ幸いと逃げるようにゴンさんの方へいった。
「……どういう、意味だよ。それ。」
顔を真っ赤にして途方もなくつぶやいた伊藤の声は俺には聞こえなかった。
しばらく顔を覆い隠すように手をやって、少ししてすぐみんなと同じように集まった。
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