3章『やらない善意よりやる偽善。』

「一ノ瀬ってとことんじゃんけん弱いな……。」
「まさか5人もいて1人だけ一回で負けるなんてねぇ……しかも2回連続。」
「……苦手なものばかり分かっていく。」

湖越と叶野に言われた通り、買い出しのじゃんけんも負けてさきほどのじゃんけんも負けている。
そう言えば伊藤と2人のときもお互い好きなものは違うから奪い合いとかしたことはないし、クラスとかでもじゃんけんする機会があまり無かったから知らなかったがじゃんけんはかなり弱いみたいだ。
この2回だけで分かってしまうほど弱いと自覚する。
……本当勉強と運動だけはそれなりに出来ても、それ以外のことはからっきし出来ないな、俺は。
情けなく溜息を吐く。

「今度もっと一ノ瀬も平等になれるような案を考えよう。」
「……そこまでしなくても。」
「そうだな、鷲尾に同意する。」
「……。」

俺の話を聞いていない。というか聞こえてない。
……なんか面白くなくて俺の話を聞いていないくせに俺のことで盛り上がってる伊藤と鷲尾は俺から無視することにした。
それでも2人ともそんな俺のことに気が付いていないので無視しようと思ってるのに無意識に2人の反応を気にして目で追いかけている自分に気付いて今度こそ目を逸らした。

「わっしーも伊藤くんも過保護過ぎない?保護者が増えた~。」
「お前らもさっさと食えよー。あ、一ノ瀬はんぺんやるよ。」
「あ、俺もあげる~さっきのお礼としてたこ焼き二個あげちゃう!」
「……ありがとう。」
「足りなければまた買いに行こうよ!」
「そうだな、ついでにかき氷買いに行くか。」
「いいねー!」

伊藤たちが妙に白熱しているので正直言えば少し引いていると最初に勝ちぬけした湖越と次点の叶野におでんのはんぺんとたこ焼き(二個)をフランクフルトを乗せていたトレイに置いてくれる。
その上自然の流れでまた買いに行けばいいと言ってくれた。
……叶野と湖越は安定感があって話しやすい。
伊藤といるのはたまに心臓が死ぬほど跳ねることもあるけれど一番気が抜くことが出来るしずっと一緒にいても苦痛と感じない、鷲尾もそのハッキリとした物言いは好意を持てるし言動に嘘偽りがないから信用できる。

「あみだくじが一番安定するか?」
「いや、作るのに時間がかかる。」
「それならくじ引き方式が良いんじゃないか、紙以外でも割りばしなどで代用可能だ。」
「それだ、それがいいな!」

……こうなることがあると分かった今、この状態になった2人にはあまり近寄りたくない。そのときが来たらスッと空気になってこの場を去ろう。

「……2人とも俺のために考えてくれるのは嬉しいけれど、別に買い出しになるの嫌いじゃないからいらない。」

みんなが待っててくれる中でみんなのために買い物をするのは好きだと思う。
今日初めてこういうことをやったから知らなかったけれど。
俺だけ買い出しでも多分大丈夫だけど、それが2人とかならなお良い。
意外な人と話せる機会になる。
さっきだって叶野と2人きりで話したのは初めてだ。初めての2人きりに少しだけ緊張したしあまり話せなかったけれど一緒に行けて良かったと思う。
皆で行くのも良いし誰かと行くのも楽しいし、1人で行ったとしても確実にひとり残ってくれるのがわかってるから安心して行ってこれる。……勿論、伊藤のことだ。

「わぁったよ……だけど嫌ならちゃんと言えよ?誰か来てほしいときは連絡してくれればすぐ行くからな?」
「承知した。だがあまりに不平等だった場合はいうんだぞ。」
「2人は俺の何なんだ……。」
「まぁまぁ一ノ瀬くん……。早く食べてかき氷でも買いに行こうよ。」
「俺は足りねえからフランクフルトでも食うかな。」

結局みんなでまた海の家に行く流れになった。
それなら最初からそうすれば、とか思ったりしないわけじゃない。だけど無駄とは思わなかった。
……それよりも、叶野は大丈夫なのか?変な奴らに絡まれたばかりの上あんな対応されて、俺のせいでかなり目立ってしまった。
叶野が嫌な気持ちになるのなら行かない方が……。

「俺なら大丈夫だよ、今はみんなと一緒だしね。」
「!そう、か。」

俺の心を読んだように小声で俺にしか聞こえないぐらいの音量でそう言われた。
最近よく心を読まれたように答えてくれるけれど顔に出ているのだろうか……顔をぺたぺた触っていると叶野に笑われる。

「一ノ瀬くんならこう思うかなーて俺の予想が当たっただけであまり表情は変わってないよ。」
「……そうか。」

それは安心して良いところなのか、という疑念が生まれたけれどまた叶野に笑われるかもしれないので気にしないことにする。

「それに一ノ瀬くんがあそこまで怒ってくれたんだからかなり威力あったんじゃないかな?」
「そうか?」
「迫力あったし効いてると思うよ。
前も思ったけれど怒ってる一ノ瀬くん、けっこう怖いからなぁ。」
「初めて言われた。」
「あんまり怒らなさそうだもんねぇ。」
「……普段の俺のことは、怖いと思わない、か?」
「え、思わないよ。だってそれ一ノ瀬くんの素でしょ?
俺は伊藤くんほど確かに一ノ瀬くんのことを知らないけれど……でもほら!俺ら『友だち』でしょ。
これでも結構知ってるつもりなんだよ?怒ってるか怒っていないぐらいならもう俺にも分かるよ!で、今怒ってない!合ってるよね?」
「……うん。」
「よし、じゃあ怖くないね!」

怒っていなくても怒っているように捉えられて何もしていなくても怖いと言われることは多々あった。
いや、前の学校のときは何も感じていなかったし感じないよう自分を押さえつけて無感情に徹していたせいもあるだろうけれど……確かに同級生の『一ノ瀬っていつも無表情で怖いよな、怒ってるみてえ』と陰で言われていたことを聞いて、それは今もしっかり胸に刻まれていたんだと今知った。
だけど叶野は普段の俺を怖いと言わなかった。こんな表情が変わらないのに。最初からそう思っていたわけではなかったとしてもそれでもうれしかった。
やっぱり、買い出し行ってよかった。そうじゃなかったらこうやって話せるタイミングはいつになるか分からなかった。
……あと俺は結構あの言葉に傷ついていたことにも気が付いてしまったけれど、でももう今消化出来た。

「ありがとう。」
「やだそんな顔されると照れるー。」
「おーい、行くぞお前ら。」
「あっうい今行く!一ノ瀬くんも行こう!」
「ああ。」

食べ終えた3人はすでに先に行っていて、湖越が俺らに声をかけてくれた。
3人の元へ叶野と一緒に駆け出した。
叶野との距離がぐっと近づけた、そんな気がした。
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