3章『やらない善意よりやる偽善。』


今になってとんでもない後悔が襲ってくる。

それは大人数の前で彼らを責め立てたことにではなくて、もっと俺がうまく立ち回れたら良かったのにという後悔。
叶野に先に行かれて置いて行かれたあと、その反応に首を傾げながらもとりあえず叶野は飲み物買いに行くと言っていたし俺は昼飯となるものを買いに行って飲み物は一人だと重いだろうからそのあとで探しに行こうと思った。
このとき、すぐに叶野を追いかけていればああいう風にならなかったかもしれない。
あらかた買い終えてさっき言い忘れていたことがあった、とやってきた鷲尾と合流して叶野を探していると2人組の年上らしき男性に絡まれているのを目撃して……。
……俺も飛び出していけばよかった。
いっしょに目撃した鷲尾が先に駆け出して「一ノ瀬は誰か呼んできてくれ」と言われた通りに……冷静ぶって誰かを呼びに行くことを選択しなければ良かった。
その自分への苛立ちを反省の欠片のない男二人組と杜撰な対応をしてきた係員へぶつけたところがあるのは確かであるけれど、あの人たちへ怒りをぶつけた自分に反省する気はない。
でもこうなる前に何とか叶野が傷つかないで済んだんじゃないかって、そんな考えがぐるぐる回る。

「……叶野、ごめん。」
「えっどうしたの急に?謝るのは俺の方だよ!ごめんね?俺が絡まれたりしなければ時間取られなかったのに。」

申し訳なさそうに……そして俺らに心配かけないように笑いかけてくるのが自分が情けなく思えてしまって仕方がない。ずんっと気分が重くなった。

「叶野はなにも悪くないだろう、絡んできた奴らが悪い。
それに一ノ瀬の対応も間違ったものではない、あの対応の仕方をした奴らが悪い。」
「……俺がもっと叶野に気遣っていればあんなことにならなかったかもしれないのに。」
「いやっ俺が先に行ったのが悪かったんだし……!それに……あれは俺のせいだから……!」
「でも」

ああこのままだと堂々巡りになりそうだ。
そうなるであろうことは俺も叶野も分かっているけれど、止まらない。
どちらかが折れないといけない、が折れる訳にはいかない。
俺が折れたら叶野のせいと言うことになるし叶野が折れたら俺のせいと言うことを認めることになるからあっちも折れない。
ただでさえさっき目立ってしまったのにここで口論になればまた野次馬に囲まれてしまうけれど辞めどころが分からないしここで中途半端にするわけにはいかないと俺も少し意固地になっていたのを

「譲り合いはいいことだと思うが、とりあえず飲み物を適当にその辺の自販機で買って伊藤と湖越のところに戻らないか?遅くて苛立ち通り越して心配になってきているかもしれんぞ。」

鷲尾の困惑しながらも冷静な声にやっと自覚した。
呆気にとられたように鷲尾の姿を視界にとらえる、静かにじっと自分のことを見られていることにたじろいでいたけれど

「どっちも僕は悪くないと思う、から。そもそも悪いのはあいつらだ。自分を責めることはないし、終わったことをほじくり返しすぎるのは毒だ。
…………自分が悪いんだと競わなくていい。
競うならテストの点数で競え!くだらないことで競ってるんじゃない!
あー!僕にそう言うこと言わせないでくれ……得意じゃないのわかってるだろ!」

鷲尾の顔が赤くなっているのは日焼けだけでないのは一目瞭然で。
言われたことを理解する前に「そこの自販機で飲み物買ってくる!」叫んでくるっと回って少し遠くにある赤い自販機に駆け出して行ってしまった。
だけど、耳と首は赤いままだった。

「……鷲尾にああ言ってくれたし。俺らは悪くなくてあいつらが全部悪いとしよう。」
「そうだねぇ……鷲尾くんにとってとんでもなく苦手であろうことを俺らのために言ってくれたしね!」

茶化すように笑う叶野だけど、その顔は嬉しそうだった。……瞳に涙が溜まって今にも零れそうなほどに。

「……もうわっしーと呼ばないのか?」
「えっあ忘れてた!俺ったらキャラブレすぎ!」
「好きに呼べばいい。鷲尾の手伝い、しようか。」

あえてそのことには触れず、叶野の顔を見ないよう少し前を歩いた。さっきのことがあったからあまり距離を置かない程度に、な。
「ありがと。」
そんな声が後ろから聞こえた気がしたけれど気付かないことにした。
「待ってー!あ、わっしー傷心中の俺の分おごってちょー!」
「は、なんでお前のために。」
「ともだちに失礼な~!こんにゃろ!」
俺を追い越して鷲尾の元へ駆け寄るのを見送った。
いつも通りの調子で鷲尾にニックネームで呼びジュースを強請っている。
どすどすと鷲尾の無防備なわき腹を突っついて、苛立った鷲尾にヘッドロックをかけられて「ぎにゃー」と間の抜けた悲鳴を上げているのを見ながら2人の元へ辿り着く。

……前よりも断然仲良くなったように感じる。
鷲尾は叶野の首を抱え込んで絞めている行動をとっているけれど力は入っていないし叶野も痛がっているフリをしているだけで痛くは無いんだろう。
何より、2人の空気が以前とはやっぱり違う。
テストを終えて皆で昼飯を食べた後この2人だけで話した後からだろうか。
抱えている痛みは、ふたりにもあってそれが癒えているのか完治したのか……未だ傷ついたままなのか、俺には分からなくて彼らに出来ることは無いのかもしれないけれど。でもせめて。

「一ノ瀬くんも好きなの押していいってさ!!」
「……俺までいいのか?」
「こ、今回だけだ!いいから押せ!」

こうして一緒にいる時間が、俺と同じように楽しいものであればいいと心からそう思う。


「これからは俺ら3人組のことを呼ぶ際は『わかい組』とよぼー!」
「わかい……和解?」
「命名ヒントは俺らの苗字の頭文字です!」
「それ答えじゃないか。よくもまぁそんなくだらないこと思いつく……。」
「……良い名前だな。」
「……一ノ瀬がいいならいいだろう。」
「わっしーは一ノ瀬くんには甘いよねぇ……。」
「何か言ったか?」
「んーん!!あ、そう言えば鷲尾くんなんで買い出しじゃんけんで勝ったのにここにいるの?」
「言い忘れたことがあった、とは言っていたが。あ、もう昼飯は買ってしまったな……。何か足りないものがあったらごめん。」
「……いや、そこは平気だが……。」
「じゃあなんだい?」
「……炭酸。」
「え?」
「行く前、なんでもいいと答えたが僕は炭酸飲料が飲めない。……それだけ、だ。」
「……メール、してくれれば良かったのに。」
「…………あっ」
「わっしーにしては珍しく抜けておりますなぁ!」
「うるさいっ」
「……あ。」

叶野の発言に気付いて携帯電話を取り出す。
……あー。

「えっ!やば、伊藤くんからの着信回数えぐい!」
「……すごいことになっているな。」
「僕のほうには『大丈夫か?伊藤が心配しすぎて限界だからそっち行くわ』と湖越からメールが着ているな。」
「早く連絡すればよかったねぇ……。」
「……そう、だな。」
14/58ページ
スキ