3章『やらない善意よりやる偽善。』

「はぁい、とおるちゃんは辛いもの苦手だって聞いたからこちらロコモコ丼にしてみましたぁ~」
「ハンバーグ丼ではねえのか。」
「東京の方ではそう呼ぶらしいわよん~でもそれと同じものだとわたしも思ってるわぁ。」
「……ありがとうございます、いただきます。」

伊藤は俺のことをどこまでみっちぃさんに話したのか疑問に感じながら出されたろこもこ丼というものを出してくれた。
ご飯の上にハンバーグと目玉焼き、チーズが乗っていてトマトソースがかかっているものだった。
カウンターに箸がまとめて置いてあったので自分の使う分だけとって手を合わせて食べる。
ハンバーグを半分に割ると肉汁があふれて下のご飯へ滴っていく。
ぐぅ、と腹の虫が騒ぎ始めたので口のなかに入れた。
すごく美味しい。
肉の味ととろけるチーズやトマトソースの酸味が箸を動かす手を止められなくなる。
朝食べて以降食べていなかったので自分で思う以上にかなりの空腹だったようだ。

「とおるちゃん美味しそうに食べてくれるのねぇ嬉しくなっちゃう~」
「それな、分かる。」
「……あまり見ないでほしい。」

食べているところをじーっと見られていることに気が付いて横を向いて食べる。
声かけられるまで気付かなかったのも結構恥ずかしいのである。

「あらごめんなさいね!作っている身としてやっぱり美味しく食べてくれるのが嬉しくてついね~。
あと美形な子が大きく口を開けて肉を食べているとなんだかドキドキしちゃって!」
「……?」
「……。」
「気にしないでちょうだーい!」

言われている意味が分からなくて首を傾げた。
でも伊藤は無言だしみっちぃさんも気にしなくていいと言っているのでとりあえず食べてしまおうと手を動かした。


「ごちそうさまでした。」
「はいお粗末様!細身の割には食べるわねぇやっぱり男の子ねぇ~。」
「……伊藤のおかげで食べ物美味しいです。」

これは良く言われる。
確かにここに来る前は食べてはいたものの特に感想は無かったし、今もあの頃の料理のことを思い出せないな。何を食べていたのかも覚えてない。
ただ無機質に無感動に口のなかにいれてある程度噛んで胃にいれて腹を満たすためだけの義務的なもののように思っていた、かも。
でも今は……俺のために作ってくれて一緒に食べて笑ってくれる伊藤がいるから。
だから前のときよりは食べていると思う。伊藤のおかげで食べ物は美味しいものだって知れた。
本当に感謝している。
……ああ、でも伊藤が作り置きしたものをレンジで温めて食べたりするけれど、確かに美味しいんだけど伊藤と食べたほうが美味しく感じるのはなぜだろうか。

「っあー……それより、ゴンさん透に言いたいことあるんだろ。」
「そうねぇ……とおるちゃん、ごめんなさいねぇ……。」
「?」

伊藤に促されてそのままみっちぃさんに謝られたが、どうして謝られたのか分からなくて首を傾げた。

「あらやだそのきょとん顔かわい……分かってるわよ、だからすずめちゃん睨まないで頂戴……。」
「話を脱線させんな。」
「とおるちゃんのことになると手厳しいわねぇ……。」

伊藤に怒られて少し悲しそうな顔をした、かと思えばパッとこちらを向いて

「ごめんなさいね、暑いなかとおるちゃんのことを連れまわしてしまって、あとすずめちゃんの携帯電話を勝手に見て勝手に返信してあなたを騙すようなことをしてしまったわぁ……。
それに倒れさせてしまったし……なにかお詫びを……ううん、とにかく申し訳ないわ。本当にごめんなさい。」
「……。」

その大きな体を縮こまらせて申し訳なさそうに頭を下げられた。
……確かに、俺が送ったメールを勝手に見て勝手に変身したことは良くないこと、だと思う。結果だけ見れば騙して暑いなかを引っ張って倒れさせた、のかもしれない。
けれど、みっちぃさんだけのせいではないと思う。

「俺自身が自己管理が足りていなかった結果です、むしろ連れて来てくれたからこそ室内で人がいたところで倒れられたところもあるので助かりました。」

約束しなかければ家まですぐだし帰って飲み物を飲もうと考えていただろうし、家だってさすがに扇風機は買ったものの冷房は無いのでちょっと危険だったと思う。
家まで帰る途中で倒れている可能性もあったから、そこはありがたかったと思う。

「結果としては騙されたかもしれないですけれど……俺は伊藤のことを知りたいと思っていたんで……、だからこうしてみっちぃさんに連れて来てもらって、正直感謝してます。」

聞く機会が無かったから……どのぐらい伊藤に踏み込んでいいのかわからないのもあって、なかなか自分からは勇気が無くて聞けなくてもどかしく感じていたから。
バイトをしていることは知っていたけれどどこで何をしているのか分かっていなかった、それを今日知ることが出来た。
また他の人の手助けがないと聞けなかったことは反省するべきだとは思うが、それは今は置いといてとりあえず伊藤を知れたことは嬉しいんだ。

「……悪い。ずっと言えなくて。」
「ううん。……伊藤が良い人のところで働いていたの、安心したから。」

口ぶりから長くそこで働いていたんだろうけれどどんな人なのかどんな環境なのか知らなかった。
だから伊藤が働いているところではどんな人が働いているのか気になっていた。だけど、その心配は杞憂だった。

「多分みっちぃさんは、伊藤のことを心配して俺のことが気になったんだと思うから。
それに俺の肩を掴んでここに誘導されたけれど力いっぱい暴れれば振りほどけるぐらいの手加減した力だったから、俺も同意したようなものだ。
だからみっちぃさんのこと……あまり、責めないでくれな。」

俺は伊藤の過去のことをあまり知らないけれど。
伊藤は今の俺のことも大切に想ってくれていることは身を以って知ってる、俺もその想いを返したいと想ってるから、多分伊藤のことを伊藤が思う以上に俺は見ていると思うから。
俺のことをどのくらい知っているかは分からないけれど、2人ともきっと長い付き合いでそれなりにみっちぃさんは伊藤から俺のことを聞いていたんだろう。
みっちぃさんが伊藤を大事に思ってくれているから心配になっただけ、と考える。

「……まぁ透がそう言うなら、分かった。これ以上は何も言わねえことにする。」
「うんんんん……なんだかちょっとでもとおるちゃんのことを悪い奴なんじゃないかって疑っていた自分が恥ずかしいわぁ!」
「おい、それどういうことだよ。そんなチョロくねえし透のことそんな風に思ってたのか、てめえ。」
「普段のすずめちゃんならいざ知らず、とおるちゃん関連だとちょっと危ういかしら?と思っていたのよぉ。今だってとおるちゃんに言われて許してるし!
わたしより甘いわよ!」

……何となく、みっちぃさんの心配は分かる気がする。
確かに俺としては嬉しい限りだが、俺のことを受け入れすぎな気がする。
いや、伊藤が俺のことをどう話しているのかは分からないが……このみっちぃさんの反応を見ると心配になる感じに話している気がする。
第三者目線でそう言われた伊藤は

「ったりめえだろ。透は透だ。前から今だって……俺の親友なんだからよ、特別扱いして何が悪い。」

至極当然といった表情で平然とそんなことを言うものだから、こっちが……照れる。
ガッと顔が熱くなってきたのが分かって俯いた。

「どうした透?」
「あらやだ、尊みを感じるわ!」
「……ちょっと黙っててくれ。」

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