3章『やらない善意よりやる偽善。』


『もちろん。駅を出て待っててくれ。』

最寄り駅に降りる寸前伊藤からメールの返信が来た。
会えるのは嬉しい、けど。
いつもと違うように感じるのは気のせいだろうか。
伊藤ならどこで待ち合わせようかとか飯はどうするかとか、聞くと思ったのだが。
首を傾げながらもメールの通り改札を出てそのままいつも使っている出口へ向かった。
階段を降り終えてどこで待つべきか、と思案しながら周りを見渡す。
……いかんせん暑い、忌々しいほど太陽は上から俺を照り付けてくる。
もうコンビニの中で待っていてもいいだろうか、と考える前に勝手に足はコンビニのなかに入っていた。
ヒヤリ、火照た身体がコンビニの冷房によって一気に涼しくなる。冷房を身体に長時間当て続けるのは良くないのは分かっているが暑さには耐えられない、仕方ない。
伊藤に駅前のコンビニのなかにいることを伝えようと、店内の雑誌コーナーのほうへ足を進めながら携帯電話を取り出す。
携帯電話を取り出して立ち読みしている人たちのどこか間に入ろうと思い、視線を上に向ける。

「……。」

立ち読みしている人は1人しかいなかった。
夏休みなのだから、俺と同い年ぐらいの子がいてもおかしくないのにどうしたのだろう、と思ったがすぐに納得した。
なんだか近寄りがたい人がいるのだ。
それは裏社会にいるような人物とかではなくて。

「……。」
「……いいわぁ、この筋肉。」

どうやら男性の筋肉を見ているらしい……がたいの良く筋肉質の男らしい肉体を持ちながらその身体に纏っているのはフリフリのエプロンにシンプルな長めのスカートをはいている、金色のロングヘアの人がいたのだ。
失礼ながら気付かれない程度にその姿を見つめる。
男……だと思う。
つい聞いてしまった独り言も到底女性には聞こえたなかったし、その顔立ちも口紅とか付けて化粧をしているけれど細目で髭の生えた痕のあるの逞しい顔立ちだ。
じーっと思わず見てしまったが、女性の格好をして化粧をしているのを好奇の目で見てしまうのは失礼だと気付き、内心『申し訳ない』と思いながらその人の隣に2人分ぐらい開けて立った。
それより伊藤に連絡しないと本来の目的を思い出して携帯電話をいじろうとする。

「あらま!とんでも美形……!」

隣に来た俺をチラッと見られて、なんだか早口で話しかけられた気がしてまたしてもそちらに顔を向けた。
何やら感動を覚えているような表情をしていた、かと思えば「あら?」と首を傾げ顔を近づけられる。
目尻と唇の赤色に目がいく。
まじまじと見つめられた、居心地が随分悪い。

「もしかしてぇきみが一ノ瀬くんかしらん?」

低い声を無理矢理高くしているような声でそう聞かれた。
決して女装している人に偏見はないが……すまない、やっぱりあやしい。
知らない人から自分の名前が出るとは思いもしなかったのだから、それは女装している人間問わず怪しいと感じる。
だけど、この人は俺のことを知っているようだった。もしかしたら記憶を失う前からの知り合いだったのかもしれない。
それなら……頷くしかなかった。
俺が頷くとパッと笑った。

「あらやっぱり!話を聞いた以上の美形さんなのねぇ。」
「……どうも。」
「なんだか警戒してる?……あらやだ!わたしったら自己紹介していなかったわ!そりゃこんな女装しているおっさんにこうして話しかけられたら警戒もするわよねぇ!」

ごめんなさいねぇ!そう言ってガハハハ!と豪快に笑った。
……いかんせん、この人の声が大きくて……店内によく響く。
レジの方で店員が何度も様子を見られている。
この人が誰なのかそろそろ知りたいところだ。嫌な感じは、しないけれど。
それでも初めて会った人だから警戒はそう簡単には解けない。誰なのだろうか、この人は。
あと、改めて向かい合うと身長と筋肉の差が歴然でなんとなく悔しい。

「わたし『みっちぃ』っていうのん、あっ呼ぶときはひらがなでみっちーじゃなくてみっちぃね!小さい『い』を付ける感じで頼むわよ!」
「……はい。」
「で、すずめちゃんのお勤め先の店長をしてるの。」
「はい……あっ伊藤の……?」

彼自身の名前の拘り説かれ軽く流すとさらっと伊藤の名前が出てきたので、それも流しそうになったのを留める。
……俺の反応に何故か、目の前の彼がにやけているけどなんだろうか。

「そうそう、ほらほら行きましょ!すずめちゃんの仕事っぷり見事なのよ~一ノ瀬くん……ううん、とおるちゃんも見に行きましょ?ね?」

頷く前からすでにぐいぐいと肩を寄せられ誘導されてしまう。
強引、ではあるが力の加減はしてくれているみたいで痛いとは思わなかった。俺が力いっぱい振り払えば離れるぐらいの力加減だ。
決して強制されている訳ではない。
俺自身が伊藤が働いているところを見たいと言う欲望に忠実なだけ。
なので警備員を呼ぶべきか悩んでいる様子のコンビニ店員と目を合わせ首を振ってそれは無用と言う意志を伝えた。
呆気に取られているように見えたけれど今は説明する時間は無さそうなので、覚えていたら今度ちゃんと説明しておこうと思う。


「はぁい、ここがわたしのお店よん!……って、だいじょうぶ?!顔真っ赤っかよ?!」
「……むりで、す。」

俺が帰るほうとは逆の方向へ歩いて多分20分は経ってない。
ただ、炎天下の中の20分は俺が熱中症を起こすのに十分だったらしい。……そう言えば、俺は水分を取っていない。
学校に行くときに水筒に麦茶をいれていたけれど、補修が終わるころには飲み終えてしまって、吉田とゆっくりと歩きながら帰ってそのときから飲み物を口にしていない。
あ、やばい、倒れるかも。
体が熱くてくらくらしてめまいすら起こし始めてぐらつきそうな身体をぐいっと引っ張られた。

「おい、鈴芽!冷やしたペットボトル冷蔵庫にあっただろ!それ持ってこい!」
「あ”?勝手にいなくなったと思ったらなんなんだよ……。」

どうやらみっちぃ……さんに抱えられたみたいだ。
さっきの高い声が消え失せ……いや、たぶん素なんだろうな……図太くて大きな声だった。やっぱり作ってたのか、何故か冷静な頭がそう判別する。
あまり聞いたことのない苛立ってるけれど間違いなくその声は俺が最近一番よく聞く落ち着く声だった。
奥の方から出て来て、俺の姿を認識して驚いた顔をしている。

「あ、え、透?!」
「説明は後でしてやるから、俺の言う通りにしろ!」
「あ、ああ!」

……迷惑、かけちゃったな。やっぱりわがままは言うべきではないのかもしれないな……。
ぼんやりする頭の中でそう後悔した。


「具合、平気か?」
「……ああ。」

みっちぃさんにあのまま抱え込まれて、いつの間にか差し出された濡れたタオルを頭におしていた際目を隠してしまったけれど、それでも振動とか音とかで2階に上っているのが分かった。
そこで寝かされてすぐ冷えた麦茶を渡されてそれを飲むと保冷剤を腋に挟められて脚の付け根辺りに置かれて身体を冷やされる。
冷房が効いた部屋のなかで身体の中からも外からも冷やされて大分楽になったな、と思い始めたころ伊藤の声が聞こえてそれに応える。
そろそろ起き上がれそう、と上体を起こす。

「もうちょっと寝てろよ。」
「平気だ。」

むしろちょっと冷えすぎたかもしれない。
自分の腋の下にある普段ない冷たいものに違和感を覚えたのもあるし……、上体を起こして頭に乗っていたタオルをとって下の方を視認する。

「……やっぱり……。」
「ん?あっ……。」

溶けだした保冷剤が制服のズボンを濡らして結構びちゃびちゃになってしまっている。
水分を含んで重くなった制服が不快だったわけだ。ちなみに言うと腋に挟んでいた保冷材も溶けている。

「うえ……。」

不快感から変な声が出た。
視認して自覚するとなおさら。いや、さっきまで熱中症で倒れる寸前だったから緊急事態だったから仕方ないけれど。

「あー俺の服、着てろよ。貸すな。」

どうせ外出れば渇くから平気だ、と言おうとする前には伊藤の行動は早くすでに引き出しから服を引っ張り出して雑にこちらに投げられた。
伊藤が好んでいるであろうなんだかよく分からない柄の白を基準としたシャツとGパン。

「濡れた服だと風邪ひくだろ、透の趣味じゃないのは分かってるけどこんぐらいしかねえし……。」
「……ありがとう。」

そこまで言ってくれる伊藤の気遣いを無碍にする気になれなくて渡された服に着替えることにした。
プツ、プツとYシャツの釦を上から外している途中でやっぱり先にズボンを履き替えた方がいいか、下の方が酷いことになっているなと考え直して中途半端にボタンを外したYシャツはそのままにベルトを外そうとする。

「っ!あ、お……俺下に行ってる。ゴンさんから透に話したいことあるみてえだから、着替え終わったら来い!濡れた服はこのなかに入れとけ、じゃあまた!!」
「?ゴンさんって……。」

誰のことだ、そう聞こうとするがやっぱり伊藤の行動は早くてすでに扉を開けて荒々しく閉め、そのまま下へと駆けていってしまった。
……慌ててどうしたんだろうか。
店の前に来たときには意識が朦朧としていて記憶がおぼろげだが、たぶん食事処みたいなところだったと思う。カウンターとかテーブル席とか、食べ物の匂いとかしていたから。
伊藤がここにいるってことは本当にバイトしていると言う認識で良いんだろう。忙しいときに来てしまったのかもしれない、つくづく申し訳なく思う。
とりあえず誰かから話があると言っていたし、すでに迷惑をかけているのにあまり待たせてしまうのは申し訳ないのでとりあえず伊藤に渡された服に着替えよう。

……そういえば伊藤は普通にこの部屋に置いてある引き出しから手馴れたように自分の服を出していたけれど……ここが伊藤の家だろうか?

ということは……みっちぃさんは伊藤の家族、なのだろうか。

気になる、気になりすぎる。
気になって仕方がないのでさっさと着替えることした。ベルトを外して勢いよくズボンをおろした。
伊藤のことを知れるチャンスだとどうしてか気分が高揚して仕方が無かった。
5/58ページ
スキ