3章『やらない善意よりやる偽善。』


「えーイッチバイトしたいのかーどんなのしたいの?」
「……この間、近くのスーパーの品出しの募集かかってたから応募してみようかとも思ったけれど、色々あって後回しにしてたら募集が終わってた。」
「あらーざんねん……や、でもイッチのその顔面偏差値は下手すると人間関係ブレイカーしちゃいそうだし、生半可なところじゃむずかしいかな……?」
「そんなに見れない顔か?」
「うんや~逆、ぎゃく!良すぎてね~」
「?」

自分の顔は人目を集めると言うのは今までの経験上どうしても自覚しざる得ない。……確かに、日本人離れしてる目の色をしているのは承知の上だが。
前の学校でも何故か俺の顔を見ると大体固まられてしまって、どうしていいのか分からなくなる。
俺も周りの人間と繋がろうとしなかったのもあって小学校から通っていたけれど、まったく友だち……どころか挨拶をしてくれるような人もいなかった。
誰かといて何かを分かち合うことが罪でしかないとそう思っていた時期でもあったから、休み時間もひとりで勉強して人目を避けるように昼食をとっていた。
それが自分の当たり前になっていた。
誰かに見られることが怖くて仕方が無かったはずなのに。今ではすっかり過去の話になっていて、こうしてバイトを受けようとするのも随分と進歩したように感じる。……行動に成功は伴っていないけれど。
吉田の言おうとしていることがよく分からず(顔面偏差値とか、人間関係ブレーカーとか)首を傾げてしまう。
こちらが納得していないのが分かった吉田はなんて言ったらいいかなーと唸っている。
吉田が明るいオレンジ色の髪で、なんとも目立つ。
日本人の顔立ちとして明るい髪色はあまり似合わないであろう色だが、吉田は何の違和感もないしむしろ似合っている。元気な感じだから似合うんだろうか。
ああ、そう言えば伊藤も根元はこげ茶色だがほとんど金髪だな。伊藤も違和感を覚えないぐらい似合ってる。ふと伊藤を思い出して、あの少し痛んだ金髪を撫でた感触を思い出した。
……伊藤は補修はないし、今はバイト中だな。
……。
………。

「…………。」
「うおー?イッチどうした~!?」

今隣に伊藤がいないことに何故か胸あたりが穴が空いたかのような物悲しい気持ちになって、階段を下る足を止めるとどうしたのかと俺のことを見つめる少し下の位置にいる吉田を無言で頭をわしっと掴んで撫でまわした。
てっきり思いっきり染めているから伊藤のように撫でると少し手に引っかかるのかと思いきや。

「ふわふわ、だな。」
「そりゃあおれ見た目をきにしないといけないおしばいするひとだからね!お手入れのおかげでりなちゃんの好きな色のままりなちゃんの好きな髪質を維持しております!」
「……なるほど。」

吉田からすれば俺の突然の奇行だろうに、最初は驚いていたようだが俺が感想を述べれば納得のする理由とともにまたしてもりなちゃんの話になった。
りなちゃんはオレンジが好きな色で吉田の髪質が好き。またひとつ会ったことのないりなちゃんのことを知ることが出来た。
確かに吉田のこの髪はずっと触っていたくなる。内心りなちゃんに同意する。会ったことのないひとに同意されてもりなちゃんも困ってしまうだろうけれど。
拒否されないのをいいことに撫でまわす。それになんの抵抗もなく目を細めて受け入れている吉田に

「ちなみに~イッチのおすきな色は?」

そんなことを聞かれた、今の流れから何の違和感はない。撫でながら目を彷徨わせる。
今の今まで好きな色とか考えたことが無かったのですんなりと答えることが出来ず考えてみる。
色、か。
何かから連想させると良いんだろうか?
好きなもの。
晴天の空の青が好き、それに揺らぐ雲の白も好きだ。
夕方のオレンジも夜の黒も好きだし、植物の緑色も好きだ。
案外好きなものが多いな、そう自分に感心しながらもそれでもしっくり来なかった。
好きなものと好きな色は似て非なるのだろうか、そう思い始めてきたころには吉田を撫でていた手は今自身の口元に置かれていたことに気が付かないほど熟考していた。
視線をうろつかせながら考える。青、赤、緑、黒、白、ピンク、思い浮かべてみても好きなものが連想されるけれど、色が好きとまではいかない。というか段々『好き』てなんだかよく分からなくなってくる。

「見ると自分のテンションが上がる色とか~そう言うのでいいんだよ!」
「テンション……。」

悩む俺を見兼ねてヒントを出してくれた。テンションが上がる、気分が高揚する色。……ああ、それなら。

「……黄色、かな。」

見ていて元気になる色、だ。吉田のオレンジよりももっと薄くて淡い色が、良いと思う。好きな色だと思う。
自分には似合わない色だけど、いやだからこそ好きなのかもしれない。自分にはきっと無縁な色だから。
俺の答えに何故か吉田は笑みを深めた。

「なるほど~すずたんの髪の色だねぇ~。」
「……そう、なるか。」

そう言えばそうなる。
……だけど、そう考えると納得もする。
俺のことを変えてくれた人、俺のことを最初に見つけてくれた人。
伊藤は好きな人間だ。今の俺が一番好きな人間の髪の色だから、ずっと自然のモノを連想させていたから気が付かなかったけれど、黄色が俺のすきな色なんだな。

「イッチはすずたんのことだいすきなのね~!」
「……うん。」

全力の笑顔でそう言う吉田。いや、確かに全くを以ってその通りなのだが……何か、その言い方は恥ずかしい気が、する。
何とか頷くことは出来たがじわじわと顔が熱くなってくるのが分かる。
なんだろう、この羞恥に近いような気持ちは。

「……う~ん……これは、おれもゆらいじゃう~……。」
「?」
「あっなんでもないのよ~アハハハハ!(赤面した美形のはかいりょくってやばいんだね!)」

何か言ったのが聞こえて首を傾げるが、なにか誤魔化すように笑われる(いきなり笑われて少し怖かった)。
ほらかえろ~!と後ろから両肩を押されて急かされて、下駄箱へと向かおうとする。
階段をもうすぐ下り終える、というところで……、会いたくない人物と会ってしまった。いや、あの日以降会わなかったことが奇跡だったのかも。

「楽しそうやね、一ノ瀬くんと吉田くん。」

後ろから押してくる吉田にばかり集中していて気が付かなかった。
俺らは階段を下ってきたところで、そのひと……桐渓さんはじっと俺らを見上げていた。
桐渓さんを目に移した瞬間、自分の身体が強張って楽しい気持ちは一気にサーっと冷めて行ってしまう。
「ちょっと一ノ瀬くん、話あるんやけどええかな。すぐ終わるんやけどね。」
名指しで呼ばれた。
桐渓さんに反抗したりすることは前は出来た、だけど条件反射でどうしても身がすくんでしまう。
桐渓先生の顔を貼り付けて学校のことについての話として呼んでいるように見えるけれど、きっと違う。また、なにを言われてしまうか、胃が痛くなる。
だけど、行かないと。
人当たりの良い先生としての顔を付けているのだからいつまでも俺がこうして戸惑っていると吉田に不自然に思われてしまうから、行かないと。
一歩踏み出して吉田に「じゃあ悪いけれど、ここで」と別れないといけない。
人懐こく桐渓先生に対して笑みを浮かべていると思い込んでいた俺は重い足を引き摺って脳内で考えていたことを実行しようとして。

「ねえ、それっておれといっしょじゃだめなの?イッチだけなの?」
「え?」

誰の声なのか一瞬分からないぐらい淡々とした口調で吉田は問いかけてきた、それに驚いて声を上げたのは桐渓さん、だけど俺もたぶん同じぐらい驚いて吉田の方を見た。
そこにいたのは笑みを浮かべていなければ機嫌が悪くなったような感じでもない、ただただ無表情で冷静……いや冷酷にも見えるほど冷たい瞳の吉田がいた。
吉田との付き合いは長くは無いけれど、にぎやかで笑顔を絶やさない印象だったので吃驚する。

「え、あ~いやな、一ノ瀬くんだけじゃないと……」
「あっこじんじょうほーってやつ?」
「せやなぁ、だからきみもいっしょじゃ、ちょっと……。」
「じゃあその内容をおれがきいてもいいよーってイッチがおっけーしたらおれもいっしょにいていいってこと?それならいいよね~」

戸惑う桐渓さんに一歩も引かない吉田。
吉田の変貌に驚いてしまって俺はただ二人の会話を聞くだけになってしまった。
その合間合間に桐渓さんから助けを求めるような目で俺を見たりされたが、俺にはどうにもできなかった。
……こうして、吉田からの質問に答えることが出来ず、桐渓さんの言う話したいことは学校のことについてではないことは明白だった。
吉田の猛攻は止まらない。

「というかさ~なんで桐渓先生がイッチが補修ってしってるの~?」
「いや、それは岬先生から聞いとって」
「じゃあなんですぐるせんせにイッチのこと呼び出してほしいとか言わなかったの?すぐるせんせーそういうことわすれるひとじゃないとおもうんだよね~」
「っ……あ、ああ、せやなぁ。ちょっと俺がど忘れしとったわ。とりあえず今日はええわ。」
「え~急を要するものじゃないのになんでよんだの?」
「……いろいろあったんや。んじゃな。」

痛いところを突かれまくったせいか、吉田の問いにはもう雑に答えそのまま去って行ってしまった。
去り際にはギッと睨むのは忘れずに。

「……吉田?」
「あっ!ん~……なんか、はずかしーとこみられちゃった~。」

えはは~と気まずそうな笑顔で俺の方を振り向いた。
ちょっと青ざめているようだけれど、いつも通りに近い吉田にこっそり安堵する(いつもと違う吉田が少し怖かったんだと今自覚する)。
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