2章 後編


あの後、報復も裁判もどうでもいいからあの学校から離れたいと言う俺の意見を尊重してくれて(両親からすると訴えたいと思っていたみたいだけど……やっぱり羽佐間くんから逃げたかった。さすがに誠一郎は羽佐間くんに付き合えって脅されたことは両親に言っていなかった、ホッとした。)両親が手続きしてくれたので俺はもうあの学校に行くことなく転校した。
転校先は誠一郎と一緒の市立中学校だ。最初の内は学校のなかのカウンセラーに通うだけですぐに家に帰っていたけれど、徐々に保健室登校に切り替えて学校にいる時間を長くして、なんとか1年生最後の期末テストに間に合って、通常クラスに登校出来るようになった。

家に帰れば母さんがいることがとても嬉しかった。普通なことで当たり前なことが、信じられなくて最初のうちはつい泣いてしまって母さんに心配されてしまった。
勇気も今までの俺との距離を埋めるかのようにとても甘えてくれて、一緒によく寝ていた。父さんもなんだか顔が穏やかになっていつも俺に「どうだった?」と聞いてくれるようになった。今でもそれは続いている。
その問いにいつも「誠一郎がいるから平気」と答えている。今でも変わらない。
誠一郎は俺が学校に行かず自宅で安静にしていたときも、保健室登校しているときも休みの時間になれば遊びに来てくれた。誠一郎だけじゃなくて木下くんや元クラスメイトがやってきてくれたりして寂しさはなかった。
俺は恵まれている。あの日々が嘘のように。あの日々は悪夢だったんじゃないかと思うほど。

家族とまた一緒に暮らせるようになって俺のことを理解してくれる友だちがいて。
安心できる環境のなかで俺は過ごしている。
分かっている。もう俺のことを傷つける人はいないことを、もし傷つける人がいれば助けてくれる環境下であることも。
だから。これは俺だけの問題なんだ。


保健室登校は、教室にはいかないだけで普通に勉強している。
人が多いなかで授業を受けることが難しいかもしれないと考えてのことだった。
これでも一応今まで進学校に行っていたから、市立中学校での授業はほとんどすでに習っていたことだった。だけど。

知っていることも分からないフリをするようになった。
期末テストどころか授業も宿題も勉強も、真剣にできなくなった。
あきらかに下がった成績に父さんも母さんも驚いた顔をしていたけれど、なにも言われなかった。
たぶん今まで無理して真面目に勉強してきたから、その反動だろうと思われていたのかもしれない。でも違うんだ。
赤点ではないにしても今までのなかで一番低い点数を採った俺を周りの人たちもこれが理由でこっちに転入してきたんだと思われていたけれど、誠一郎はやっぱり違ってて『どうしたんだ?』と責めるでもなくそう聞いてくれたのが嬉しかった。
誰にも吐き出せない、だけど誠一郎だけには話した。信じれたから。今の俺が唯一疑うこともしないで一心に信じられる友だちだから。

「……誠一郎、俺ねもう本気で打ち込むのがこわいよ。テストも授業も。」
「……そうか。」
「分かってるよ、真剣にやっている子からすると失礼なことは……。
でも、俺から皆が離れていじめが始まったのが、これがきっかけだったから……こわい。
本気でやって、誰もいなくなっちゃうのが。」
「……俺は希望のとなりにいるからな。でも、無理しなくていいから。」
「……うん、ありがとう。」

親友の優しい言葉に俺は微笑んだ。
誠一郎ならそう言ってくれる、そう知ってて俺は言った。俺ってずるい、ね。
ちゃんと勉強して本気で打ち込むべきなんだと思う。でも、あの日々のことが過って消えなかった。
誠一郎が離れるなんて疑っていない。だけど『誠一郎一人が俺の味方でいてくれればそれだけでいい』と言えるほど俺は強い人間でもなかった。
三木くんのこともあって、初めて会う人に対して信じることもできなくなった。
裏切られたら、そう思うと新しく誰かを信じて友だちになるなんて、出来そうになかった。かと言って冷たくすることもできなくて、結局やっぱり作り笑顔で取り繕ってなんとか皆の輪に入った。
中学校2年生になって、俺のことを考慮した学校側は誠一郎と同じクラスになれた。
進学校からここに来たって言うのは結構噂になっていたみたいで転校してきた理由を聞かれたりしたけれど『勉強に付いて行けなかったんだー』笑って言えばみんな笑ってくれて、深く突っ込まれることはなかった。
今度はうまくいった。これでいい、本音隠して勉強もテストもすごく悪いとまで行かないぐらいでちょうどいいんだ。
そうすれば、目を付けられることなんてないのだから。
誰かを信じるなんて恐ろしい、かと言って一人でいるのも寂しいと思う自分が情けなく思いながらも、誠一郎は『それでもいい』と受け入れてくれた。
自分を責めながら「これでいいんだ」と言い聞かせた。

人を信じなければ傷つくことは減る。
真面目にテストを受けなくても別にいいや。
みんなと同じようになれば、好意で殴りつけられることもない。
だいじょうぶ、俺はこれでいい。

幾度も自分を責めて幾度も言い聞かせて、俺は中学を卒業した。

(このままで、ほんとうにいいの?)

そう疑問に思う自分をそのまま無視して、俺は高校へ入学した。
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