2章 後編


その日から俺の生活は変わってしまった。
クラスメイトは俺のことなんてそこにいないかのように無視されて、登校すると上履きが隠されたり中に画びょうや砂をいれられて、机はゴミだらけだったり水浸しだったり落書きだらけだったり、その日によって違ったけれど俺に対してしていることは明白だった。
……認めたくないけれど、俺はいじめのターゲットにされている。
泣きたくて喚いてなんでって問い詰めたい気持ちになりつつも、顔に出さないように冷静を装って俺は上履きや机を綺麗にした。
先生にバレないよう。父さんにもバレないように、いつも通りを装った。すでにいつも通りじゃないのに。それでも、まだ受け入れたくなかった。母さんと勇気が出て行ったのを受け入れたくないのと同じぐらい、俺には受け入れがたいものだったから。
だって、今まで俺はいじめなんてされたことがなかったから。
いじられるようなことを言ったりそんな行動したりなんてしなかった。心当たりもない。
それにもうすぐ夏休みだ。
あともう少し、我慢すれば良いんだ。
夏休みが明ければきっといじめも治まっている、そう思い込むことにした。

終業式を迎えるその日まで、俺へのいやがらせは続いた。
そして、三木くんと俺が話すことも無かった。



「おっのぞみおひさー!」
「進学校って忙しそうだよなぁー最近どうよ?」
「久しぶりー。まぁまぁかな~。」

夏休みに入って、卒業して以来なかなか会えなかった友だちと連絡を取り合い、久しぶりに会うことになった。
誠一郎は部活があって後から合流する予定だ。誠一郎とも入学して以来連絡も取り合えなかったから嬉しい。
久しぶりに友だちと話せて、ずっと沈んでいた気持ちは向上する。
俺の様子を窺う友だちにそれなりにやっていると返した。……本当のことなんて、言えないよね。

「湖越さ、1年だけどレギュラー取れそうなんだってさ。」
「えっすごい!」
「すっかりムキムキになっちまって、女にすっげーモテるんだよ。」
「こいつ湖越に妬いてるんだよ。」
「はえー……誠一郎モテるんだ……。」

親友の思わぬ変わりっぷりに目を白黒させることしかできない。
入学前までよく遊んでいたけれど、そのときは俺よりも少し身長が高いぐらいだったから。
そっか……元々体格が良かったのが無駄な肉が無くなって筋肉になったんだ。ずっと頑張ってたもんね。
あとで会ったらなにか奢ってあげよう。

「あ、のぞみさ。木下って覚えてるか?」
「うん、もちろん。」

色々あったし、ね。

「あいつもさ、湖越と同じ部活入ってるんだけど」
「へぇ~」
「湖越ほどじゃねえんだけど、なんていうかとにかく頑張って湖越に付いていこうとしてるんだよ。」

木下くんが?誠一郎に?
どういうこと?と首を傾げる。

「木下さ、あの日のことずっと後悔してるっぽくてさ。それで、湖越みてえに強くなりてえって、でお前に胸張って会えるようになりたいんだってさ」
「……え?あの日って……。」

木下くん関連で思いつく『あの日』は一つしか思い至らなかった。
そう、母さんと勇気が出て行ったことをクラスのみんなの前で言われてしまったことを。
あの日以来木下くんと卒業式の日まで話すことはなくて、今もアドレスを交換もしていない状態だった。
今集まっている彼らも夏休みになってようやく連絡を取ることが出来たし、誠一郎には部活が忙しそうで連絡したら迷惑かなと思って未だメールも送れてなかったから、木下くんの現状を今初めて知った。

「で、さ。のぞみが良けりゃなんだけど、この後さ木下も呼んでもいいか?」
「のぞみが会いたくねえならそれでいいんだけどさ、あいつも反省してるっぽいから……どうだ?」
「……」

なんでもない顔しつつも、心配そうに俺のことを見る元クラスメイト。
この二人は木下くんがしたことを怒っていた人たちで、俺が木下くんを許してると言っても気が納まらなかった2人だった。
木下くんが謝罪したのは俺の家でのことだったから他の人は誰も見ていなかったから、ちゃんと謝ったのかずっと疑っていたんだよ。
誠一郎と木下くんとこの2人は同じ中学校。俺は未だ木下くんのアドレスも知らないのに2人は知っているような口ぶり。
木下くんと会ってほしいとそう言った。誠一郎と同じ部活だったことも知らなかった。
誠一郎がレギュラー取れそうなことも、女の子にモテていることも。
おれは、なにもしらない。

「いいよ。俺も木下くんとずっと話したかったんだ。」

心のなかのモヤモヤをしまい込んで、いつも通りの笑顔でそう答えると目の前の二人は安堵して、メールを打ち込み始めた。
それは笑顔で見ていた。

『俺だけなにも知らなくて寂しい。』

そう思ったことを誰にも察されないように。

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