2章『結局のところすべては自分次第。』


ついにやってきた中学生活。
期待と不安を持ちながら入学式を迎えた。
誠一郎とはその前日まで遊んでた、中学入学祝としてついに俺は卒業式を迎えてすぐに、誠一郎も最近になって携帯電話を買ってもらえたからアドレス交換をした。
「いつでも連絡してくれな。俺も連絡するから!落ち着いたら遊ぼうな!」そう約束して別れた。
入学してすぐのころはその約束の通り連絡を頻繁に取り合っていた。まだ他の子との距離感を掴みかねていたし、出席番号の並びでとなりだった子とかに話しかけてはいたけれどまだお互いにさぐりさぐり、て感じだった。誠一郎もきっと俺と同じ感じだったと思う。
だけど、新しい環境に慣れていくにつれて徐々に頻度は下がっていき、そのうちメールをしなくなった。
落ち着いたら遊ぼう、と言う約束は結局始めのほうは入学式やらオリエンテーションやらで時間がなく、慣れてきたころには中学でできた友だちと打ち解け笑い合いながらも勉強に置いて行かれないように予習復習していたら時間がなくて、夏休みに持ち越しかな、とそう考えるようになった。

「叶野くん、今度の日曜遊びに行かない?新しく出来たゲーセンに行きたくてさ。」
「あーごめん、その日はちょっと用事があってね……。」

遊びに誘ってくれたのは三木くん。
明るくてにぎやかな彼とはすぐに仲良くなった。その笑顔とか木下くんに似てるかもしれないなぁ、と最近思うようになった。
せっかく誘ってくれたのは申し訳ないけれど、その日は家族みんなで集まれる日だったからお断りする。

「そっか、残念!塾とか?」
「いや……。」

さっぱりと引き下がってくれる三木くんだが、どうして断られたのか疑問だったようでそう問われてしまう。
いつもの癖でまた誤魔化そうとして作った笑顔を三木くんに向けようとして……辞めた。
今俺のなかで本当の意味で対等かつ信頼できる人と言うのは誠一郎しかいない。
そんな自分を恥ずかしいとは思わないけれど……これでいいのだろうか、と言う疑問がいつもあった。笑顔を作って周りの様子を窺っているときとか、ふと頭のどこか冷静な部分でそう思ってしまう。
信頼できない人に俺の知られたくないことを言わないほうがいい。けれど、三木くんは良い人だ。いつも明るく笑顔で、人を不快にさせないような言葉を選んでくれる、そんな優しいひとだ。
……彼は、信頼できる人、だと思った。

「ここだけの話なんだけど……母さんと弟に会える日なんだ。俺んちさ、ちょっと事情があって別居しててさ。」

ひそひそと耳元で三木くんにそう言った。
下校中で人はいるけど、そこまで近くにいるわけではない。普通のトーンで話しても聞こえはしないだろうけれど、念のため。
今もそこらへんはやっぱりデリケートな部分だから、小学校のときのようにクラスに広められてしまうのは嫌だ。
俺の話を聞いて三木くんは少し驚いた顔していたけれど、すぐにいつも通りニコっと笑って俺のことを真っ直ぐ見て
「そっか!じゃあいっぱい楽しんでおいで~」
いつも通りの声音でそう送り出すような言葉を言ってくれた。
「う、うんっ」
きっと三木くんは俺の唐突の話に驚いてしまったんだろうけれど、でも俺を傷つけないようにかつ気まずくならないように、なんでもないことのように接してくれた。
俺の反応のしにくいであろう事情を普通に受け入れて、気負わず気付かれないような気遣いをいれながらもいつもと変わらない対応をしてくれる三木くんにホッとする。
俺のことはそんなに大したものではない、そう言ってくれているような気がした。
気を遣われるような眼で見ずにいてくれたのがなんだか気楽な気持ちになれた。
そのまま『その日どこ行くの?』とか『弟何歳なの?』とか普通に聞いてくれたのもうれしかった。
別居してる理由を具体的に言わなかったから良かったのかもしれない。でも、それを言いたくないのであればきっと三木くんは察してくれる。
だけど、俺は家族のことを話したかった。
俺の事情を知っているみんな……誠一郎もその辺は気遣われているのが分かったから。
家族の話題になろうとすると俺のことをあっとした顔で見た後話題を変えてしまう状況にもう数えるのが嫌になるぐらい遭遇してる。相手も気遣ってくれているのは分かるけど、俺もそれに気付かないふりをして気遣うことになる。
俺としては家族のことを話したかった。
たとえ、母さんから見た父さんを嫌いで、父さんから見た母さんが嫌いでも、俺は弟も含めて『大好きな家族』だったから。
気遣わずに久しぶりの家族みんなで会う嬉しさとか、こんなこと話したとか、ここに行ったとか、そんな当たり前のような話を誰かとしたかった。
だから三木くんがそうやって俺の家族のことを聞いてくれるのが嬉しかった。

思い切って話してみてよかった。
三木くんを信じてよかった。

ありがとう。

心からそう思いながら三木くんに色んなことを話した。
三木くんも聞き上手だから、ついつい深いところまで話してしまった。
それからは逐一三木くんに報告した。
この日に出かける、弟がテストで万点採った、母さんが褒めてくれた。まるで子どもが親に今日合ったことを報告するがごとく、三木くんに報告した。
俺は普通通りに接してくれるのが嬉しくて。
俺の話を聞いて真摯に対応してくれるのが嬉しくて。
俺は自分のことばかりで。

俺の報告を聞いていた三木くんが、俺のことどう思っていたのか、どんな感情だったのかなんて、見れていなかったんだよ。
ごめんね。
心底申し訳ない気持ちになる。
三木くんのことを見ずに自分のことばかりになってしまった俺自身のせいだ。
だけど……それと同時にやっぱり、モヤモヤした感情が渦巻く。俺はなんて醜悪なんだろう、か。
自分の器の小ささにもう悲しくなってくる。
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