2章『結局のところすべては自分次第。』


俺が『誠一郎くん』と言う呼び方が『誠一郎』になったころに俺は彼から転校する前の『友だち』の話を聞いた。
それを聞いて俺は驚きながらも、その『友だち』にいつか会えたなら俺も友だちになりたいと純粋に誠一郎にそう言った。すると誠一郎は嬉しそうに笑ってくれた。
「きっと、あいつも喜んでくれる。」
いや、嬉しそうと言うよりも安心した感じだったかな?まぁ喜んでくれているんだからどっちでもいいかな?
どこかホッとしたように呟く誠一郎はその『友だち』に罪悪感を覚えているようだったから、少しだけ罪の意識が薄れたのかもしれない。すでにこのときには誠一郎を『親友』だと無意識にそう思っていた。
誠一郎からすればそのとき俺のことをどう思っていたのかは分からない。けれど、俺にとっての『親友』が喜んでくれたのがとても嬉しかった。
人見知りでいつも下を向いていた誠一郎も少しずつ変化していった。
あの木下くんとのことがあってからは誠一郎のことをからかうような子はいなくなったけれど、本人としては小学生にしては大きい身体を気にしていたのか痩せる努力を始めた。
無理しない程度にいっしょに鬼ごっこしたり、かけっこしながら家まで帰ったりしておやつも抜きにしてがんばって、人と目を合わせてハッキリ話せるよう努力してきた。
小学校5年生も俺と誠一郎は同じクラスで(木下くんとは離れてしまった。)その年の夏休みに入る前に、やっと俺のことを『希望くん』ではなく『希望』と呼ぶようになった。
夏休みも痩せるためにいっしょにプールにいったりして、誠一郎の家にも行って宿題をいっしょにやったりした。少しずつ地道に、それでも前へ進もうとする誠一郎になんだか自分も意欲的になりたいと思えた。
俺も、もっと勉強したい。
そう思った俺はまず家族みんなで見ていた洋画を字幕なしで見てみたり、母さんが好んで聞いていた洋楽のCDに入っていた歌詞をお小遣いを貯めて買った英語の単語帳を見て意味を調べてみたりした。
日本語とは違う英語が俺の眼にはとても輝いて見えた。英語、もっと勉強してみたい。他にももっといろんな勉強もしてみたい。
学校で習うものでは、物足りなさを感じるようになった。今通っている塾では俺が一番ではないにしても自分のなかで満足の行く結果が出ていた。
『1年前は落ち込んでいたときもありましたけれど最近意欲的になりましたね、良いことです。』と塾の先生に褒められたあとあることを言われて、自信がつき一つ決意した。
俺は父さんに『あること』を相談をして、快く受け入れてもらえた。
努力を続け結果が出たり出なかったりを繰り返しながらも誠一郎が自分にだいぶ自信を持ち始めてきた夏休み明け。一つの決意を誠一郎に打ち明けた。

「俺さ、中学受験受けることにしたよ。」
「……えっまじか?」
「おおまじだよー。受かるか受からないかは別としてだけどね。」

始業式を終えての学校の帰り道。
周りに同級生がいないことを確認してそっと耳打ちした。
驚いて目を見開いて俺のことを見つめる誠一郎に俺は笑いかける。去年あんなに下を向いていた誠一郎の姿はなくなってしっかりと俺と目を合わせてくることに成長を感じてほほえましい気持ちになる。
塾の先生に言われた『あること』それは
「この成績とその意欲があるならば進学校に通っても充分にやっていけるでしょうね。叶野くんと親御さんさえ良ければ進学校に通ってみませんか?叶野くんは進学校に行って視野を広げたほうがきっと良いと思いますよ。
もし叶野くんがやる気がありましたら、ご両親に相談してみてくださいね。」
と、そう言われたのだ。

正直に言えば少し悩んだ。
俺の第一志望は最寄りより5駅先のところにあって、電車通学となる。
歩いて通っていた小学校とは違いこれから毎日電車通学で、知り合いもあまりいない中でやっていかないといけないしまた一から人間関係を育てて行かないといけないし、ちゃんとその進学校での授業についていけるか不安もあった。
それに誠一郎ともう一緒の学校に通えなくなるのも寂しいと思う。
それでも、塾の先生に『叶野くんは進学校に行って視野を広げたほうがきっと良いと思いますよ。』そう言われて、もっと色んなことを知りたいと思っていた俺にとって先生の言葉はやる気になるのに充分だった。

「そう、か。寂しくなるけれど、希望が決めたことだから……応援するよ。」

言葉に詰まりながら寂し気にしながらも俺のことを応援してくれる誠一郎。
なんだかしんみりしてまった空気を壊すように

「あはは、ありがとう!寂しく思ってくれるのは嬉しいけれど、泣かないでね!」
「は、泣かねえよ!のぞみこそ、泣くなよ!?」
「泣きませんよーだ!はい、タッチ!誠一郎がおにー!」
「おい!」

茶化して誤魔化した。
なんだか照れくさかった。寂しくなるって言ってくれたのも、俺の決意を応援してくれたことも。
嬉しいのにそれを言わずに茶化してしまうのは俺の悪い癖だと思う。本当は嬉しいことも俺にとって都合の悪いことも同じように隠してしまう。いつもなら素直なほうに入るんだろうけど、どっちも意味は違えど恥ずかしくなってしまう。
俺のことを主軸とされると恥ずかしくてつい茶化して逃げようとしちゃう、木下くんとのことで自分の悪いくせであんなことになってしまったのを今のおれは忘れかけていた。
本当の『友だち』が出来たことに浮かれていたんだ。俺にとって誠一郎は自分にとって良い人だったから。心配してくれて応援してくれる。家族以外のひとでそんな言葉をくれたから、誠一郎なら俺にくれること知ってたから、心を開けたんだ。
自分勝手でごめんね。

笑いながら、胸が傷んだのを無視した。



誠一郎に相談してから以降、俺は勉強する時間を増やした。
仲が悪くならない程度にクラスメイトと遊んだりもしながらも自分の無理のない程度に家でも塾でもいっぱい勉強した。
たまに家も近所の誠一郎のところに行けば誠一郎のお母さんが豪快に迎えてくれてそのあとは、普通に誠一郎と話するときもあればたくさんいる弟くんや妹ちゃんも俺のこと気に入ってくれたようで遊ぼうと誘われたりしてそれに乗って遊んだりした。
年下の子……特に、弟くんたちはやんちゃで少しいたずらっ子だけど、邪気のない笑顔で人懐っこいところとかが勇気とかぶって見えた。
母さんと勇気は母さんの祖父母の家にいるから、会えない距離ではない。かと言って気軽に会える距離でもなく、月に何回か会えると言ってもやっぱり寂しかった。父さんもあの日以降出来る限りは早く家に帰って来て俺との時間を増やしてくれたけれど、やっぱり帰っても誰も迎えてくれず一人でいる時間が寂しかった。
塾行ったり遊びに行ったり勉強したりして気を紛らわせていたけれどやっぱり寂しさに負けてしまうときがある。そんなとき誠一郎の家に行くと寂しさなんて感じる暇もないぐらいにぎやかで、そのときだけは忘れられたから誠一郎のお母さんも優しく迎えてくれるものだからつい行ってしまうんだ。

ほどほどに、でも自分なりに一生懸命に勉強しながらもそれなりにクラスメイトと遊んで、寂しさに耐えられなくなったら誠一郎の家に行っての繰り返しだった。
俺がみんなの前で泣いたこと、父さんはどう母さんに伝えたのかは分からないけれど、勇気が俺に会いたいと言っていたからってと言うのもあるだろうけれどきっと忙しいであろう母さんは必ず月1回は会ってくれたし、学校生活はどうなのかと俺に聞いたりしていた。
最初はあまり話さなかった父さんと母さんだったけれど、俺と勇気を挟んでだけど話すようになって……母さんも勇気も俺の決めたことを応援してくれた、母さんからは無理をしないようにねと宥められながら。

息抜きもほどほどに、あまり無理しない程度にでも真剣に勉強に取り組んで合間に家族みんなで集まったりしていたおかげで俺は無事に第一志望に受かった。
受かったことがいつも近くで応援していた父がすごく喜んで、うれしさのあまりその高いテンションのまま母さんに連絡したら、同じようにテンションが上がったらしい母さんが「今からお祝いしましょう!」と夜みんなで焼肉に行った。
俺ももちろん嬉しかったし、勇気も喜んでくれたけれど正直父さんと母さんのテンションについて行けなくてちょっとだけ置いて行けぼりをくらうことになったけれど、みんな楽しそうだったから、俺も楽しかった。
その次の日登校するときに誠一郎に受かった報告すると俺よりも早い成長期を迎えた誠一郎が力加減せず「おめでとう!」と言いながら頭をぐしゃぐしゃにされたのだった。心のなかですぐ身長追い付いてやると新たな決意がここで出来た。夜に湖越家に招かれて俺のお祝いをしてくれた。遠慮したけれど「子どもが遠慮しない!」と誠一郎のお母さんに豪快に言われてしまった。


勉強もしてきて、家族もまだ一緒に住めているわけではないけれどまた良くなってきて、信頼できる友だちも出来た。
中学入学は不安であると同時に楽しみだった。
第一志望の学校に受かって、家族にも親友にも祝福された。
これだけ祝福されたのだから中学で辛いことがあってもがんばっていこう!誠一郎と離れてしまうのはさみしいけれど……。
そんな少しの寂しさと新しい学校での期待に包まれながら残りの小学校生活を過ごした。

卒業式には俺も、中学生になれば離れ離れになる誠一郎や友だちと泣いて別れを惜しんだ。
あれから疎遠になってしまった木下くんも、俺が1人になったときを見計らったように「……ばいばい、のぞみ」とそう鼻を啜りながら言ってくれたのが、うれしかった。
なにか返そうとしたらすぐ走り去ってしまったから俺は大きな声で「木下くん、またね!」と手を振って言った。俺のことを振り返ることなく行ってしまったから聞こえていたのは分からない。
だけど『きっとまた会える』と俺はそう思えた。
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