2章『結局のところすべては自分次第。』


「ここえくん……?」

心底驚く。まさか、湖越くんにこうして庇われるなんて予想もしてなかった。むしろ……俺のこと嫌いと思っていた。

「っんだよ、デブタ!希望を庇うのかよ!希望が悪いのに!責められて当然だろ、うそつきなんだから!」

木下くんはよく湖越くんのことを『デブ』と『ブタ』を掛け合わせた失礼なあだ名で呼んでいた。
確かに、湖越くんは周りの子と比べると肉付きの良い身体をしていた。身長はおれより少し低いけれど体重はたぶん倍以上あるかな?
いつも下を向いていて、誰かに話しかけられてもうまく答えられなくて人と目を合わせるのが苦手なのか常に下を向いていた。
声も音読しても聞き取るのが難しいぐらいの小さいもので。
やんちゃな木下くんはよくからかっていた。俺はそれを近くで見ながらも木下くんの意識を他に移したりは出来ても、止めることは空気をこわしてしまいそうで出来ずにいた。
俺も……湖越くんが転校してきたときには両親の仲はもう最悪であまり気にかけることもできなかった。
木下くんがクラスメイトを引き連れて湖越くんをいじったりしているのを見かけても何度か見過ごしてしまった。
クラスの中心的な存在である木下くんに逆らおうとする子はいなくて、むしろ木下くんに気に入られようと湖越くんをいじったり失礼なあだ名で呼んだりする子が多かった。
俺は幼稚園のときからの付き合いだったおかげか木下くんに気に入られていたから、気に入られようとする行動はしなくても大丈夫だったけれど木下くんはクラスでは絶対的な存在だったからその場の空気を壊さないようにはしていた。
たまに気にかけることは出来ても全面的にそんな湖越くんをかばったりすることは出来なかったし、その呼び方は辞めようとやんわりと促すことは出来ても強く言うことは出来なかった。
そんな中途半端な俺に、湖越くんはどう思っていたのか俺は知らない。
でも、きっとどっちと付かないことをする俺は嫌いだろう、安全なところにいて動こうとしないくせに良い顔をする俺のことなんて。と勝手に予想してた。
それなのに。

「だだだって!ぼくだったら言いたくないとおもう!
だ、大好きなお母さんや弟が家を出て行ったりしたのを、見てたらっやっぱり言いたくないよ!」

俺からは湖越くんの後姿しか見えないけれど、その背中は震えていたのはわかった。
勇気をふりしぼって、俺のことをかばってくれている。
みんなの前に飛び出して、大きな声を出して、きっと湖越くんは苦手で仕方のないことなのに。
それでも、俺のことをかばってくれる。じわりとさっきとは違った意味で泣き出しそうになるのをこらえる。

「か、叶野くんの理由をきかないでせめるのも!あやまれって強制するのも!叶野くんにとって、言いたくなかったことをみんなの前で言う!
そんな木下くんのほうが……ぜ、ぜったいに、おっおかしい!
叶野くんに、あやまれ!!」

人の目を見るのも苦手なのに、真っ直ぐ木下くんを見てそう必死に大きな声を出して木下くんに言い返した。俺からは湖越くんの顔は見えないけれど、きっと一生懸命に伝えてくれているのがひしひし伝わってくる。

「な、んだよ!このデブタ!!おれはおかしくない!ぜったいあやまらない!悪いのは、のぞみ!希望だもん!!おれじゃないもん!そうだよな!?みんなもそう思うよな!?なぁ!?」

今までにない湖越くんに教室は静かになったのに焦ったように顔を真っ赤にして、こちらを指さしてだだっこのようにそう叫んだ。
木下くんは小学校にあがって……いや、今の今までこうして大人以外に真向から抵抗されるのは初めてだと思う。
クラスで絶対的権利を持つ彼の周りにいるのは、彼に気に入られようとする子、彼を嫌いながらもいじられたくないから表立ってなにも言えない子、やんちゃなところも木下くんらしいと受け入れている子、いじられたくないけれど強く言えない子、あとは、俺みたいなの。
こうして堂々と俺に謝れと言う子はいなかった。
湖越くん。
いつも、見ているばかりしかできないのに、それなのにかばってくれたんだ。

「っなんか言えよぉ!なんで誰もおれのことかばわないんだよぉぉぉ!」
「うわっやめろよ!木下っ」
「きゃ、だれか先生呼んでっ」

叫んだのに怒ったのにいつものように誰も自分のことをかばってくれないのが悲しかったようで、近くにいたクラスメイトに掴みかかった。
それを見て俺は慌てて湖越くんの前に飛び出した。湖越くんと目が合う。眉を下げて悲しそうな心配したようなそんな顔をしていたから
「だいじょうぶ。……かばってくれてありがとう、ね。」少しでも気を軽くなってほしくて湖越くんにしか聞こえないぐらいの小さな声でそう言った。

「木下くん!」
掴みかかっている木下くんにパニックになってしまってにぎやかになってしまったみんなに聞こえるぐらい大きな声で彼の名を呼んだ。
ずっと俯いてだんまりだった俺の行動が気になるようで数人は俺の様子をうかがっている、木下くんも涙とか鼻水とかでぐちゃぐちゃで興奮していたからか顔も真っ赤になりながらも俺の声は聞こえていたようで掴みかかってそのまま取っ組み合いになる形になっていたがピタッと行動を止めて俺の顔を見た。
さっきまで俺に謝れと言っていた子は木下くんの動きが止まると同時に下から這い出て距離をとったけれど、それは木下くんの目に入っていないようで俺のことをじーっと見ていた。

「俺は木下くんに確かに嘘ついた。それは、ごめんね。」

座り込んでしまった木下くんの近くで俺もしゃがんで勇気に言うように優しく謝った。
いくら受け入れたくないことで言いたくないことではあったけれど、確かに木下くんに嘘をついてしまったことは事実だったから。その点だけは謝った。
「そ、うだ。希望がおれに嘘つかなければよかったんだっ」
「うん。そうだね。でもね……木下くん」
自分の意見はなんだかんだいつも通る木下くんは今回は少しなんかあったけどいつも通りだとそう思って胸をはっている。
自分の意見はいつだって正しい、そう思える木下くんの自信は羨ましいと思うし尊敬するよ。……でもね。

「俺ね。母さんと勇気が出て行ったことまだ受け入れられないんだよ。認めたくないし、だれにもまだ知られたくないと思った。木下くんにもまだ言いたくなかった。」

少しだけでもいいから、自分以外の誰かの気持ちのことも考えてほしいんだよ。言わなかったのと言えなかったの違いを、すべてを分かってほしいとまでは言わない。だけど、ほんの少しでも考えてみてほしい。

「は?おれと希望の仲なんだから、隠すことないよな?」
「そうだね、俺も木下くんとはいい友達と思ってたよ。ねえ、木下くん。
木下くんだったら、どう思う?木下くんのお母さんとお兄ちゃんが木下くんを置いて出て行くのを見送ったら。もう帰ってこないの分かっててそれを見送るときって、どう思う?どんな感情になるの?」
「え」
「靴を履いて辛そうな顔で『いってきます』て言われるの。もう帰ってこないのに、そう言われて2人は手を繋いで出て行くのを扉が閉まるのを見てさ。
帰ってこないのは知ってるけれど少しだけ期待して帰ってくるの待つの。
みんなはお父さんとお母さんがいるのに自分にはその片方がいなくなっているのを、木下くんは言えるの?みんなの前で言える?」
「あ……え、」

責め立てるように早口になってしまうのは、ゆるしてほしい。俺の立場が木下くん自身のことに置きかえたことを想像して青ざめている木下くん。泣きそうな顔をしてても俺の口は止まらなかった。

「俺は、無理だったよ。言いたくなかった。嘘ついちゃったのはごめん。
だけど……少しだけ、俺の立場を自分に置いてみて考えてみて。
おれね、強がりたかったんだよ、まだ受け入れたくなかったんだよ。言葉にしたら嫌でも事実になっちゃうから。だから、言えなかった。いくら仲の良い友だちでも。」

嘘をついたことに罪悪感を覚えた。俺と仲良くしてくれる木下くんのことは嫌いではなかった。無邪気でやんちゃで笑顔が似合う木下くんに嘘ついた。
それでもまだ俺を置いて出て行ったなんて認めたくなかった。置いて行かれるなんて、認めたくない。認めたくなかった。

「認めたくなかったのに。だれにも、言いたくなかったの、に。」

きみは、言った。言ってしまった。

「ど、うして、言っちゃうのぉっ……しかも!みんなの、まえでっ……う、ううううう……!」

ついにがまんできなくて、その場にへたりこんで床に突っ伏して涙があふれた。
なんでどうして、おれいい子にしてたのに。ちゃんと言うことまもってたのに。
どうしていっちゃうの。母さん。どうしていっちゃったの、木下くん。
ぎすぎすしないようにがんばったのに、どうしておいていくの。どうしてきずつけるの。がまんしたのにっがんばったのに!

「うえ、う、うううう~~~!!」

つぎからつぎへとあふれでる涙。
いつになったら、帰ってくるの。いつになったらおかえりって言えるの。
ねぇ、母さん。さみしい、さみしいよ。
泣き続ける俺の背中をなだめるように叩いてくれたのは、顔は見えなかったけれどたぶん湖越くんだった。大きな、手だったから。
木下くんは目を見開いたまま固まってて、でもだれも木下くんに手を差し伸べたり俺に謝罪するように求める声もなかった。
だれかが呼んだ先生がかけつけるまで俺は泣き続けた。

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