2章『結局のところすべては自分次第。』


しばらく。
そのまま『いつも通り』を演じて過ごした。
いつも笑顔を貼り付けて。学校も家もそうして過ごした。
友だちと話しているときも、授業中も体育のときも、休みの時間もお昼の時間も。
父さんといるときも、仕事や母さんへの連絡とかで忙しそうな父に代わりご飯を作ったりお風呂を沸かしたりしているときも、塾のときも。

なんでもない顔を貼り付けながら、どこか胸に穴が開いたかのような虚しさがあった。
家に帰っても出迎えてくれる母さんも勇気もいない。
『クラスメイトに最近弟来ないね』とか『なんでご飯自分で作ってるの?』とかよく聞かれるようになったけれど本当のことを言わず曖昧に笑って誤魔化した。
自分から説明するとなると、母さんと勇気がいない事実を認めたことになってしまうから。まだ認めたくなかったから。口に出したくなかった。

俺なりにいつも通りにしていたつもりだった。
でもたぶん数人は俺のいつもと違う様子に違和感を持っていて、そしてその違和感を『心配』してくれたのはひとりだけだった。

「のぞみさ。最近冷たいよな?」
「え」

掃除の時間の終わりかけのときだった。
あとは掃除の際移動させていた机を午後の授業が始まる前に掃除前のときに戻すだけ、というときに突然友だちの木下くんから大きな声でそう言われた。
笑顔がひきつる。
彼はいつも何かといっしょにいた。幼稚園からの付き合いもあってなんとなく扱いが分かっていたし、やんちゃでいたずらっ子の木下くんといて大変だけど悪いひとじゃないから、と思っていっしょにいた。
最近は忙しくて俺が遊べないのを不満に思っているのは顔をみて分かっていたけれど、こんなに人が多いところで堂々と言われるなんて思わなかった。

「そんなことないよ?」
「うそだ。ならさっきおれの言っていたことなんだよ?」
「……えっと……。」
「ほら。最近おれの話シカトしてんじゃねえかっ」

確かになにか話しかけられているのは分かっていたけれど、家族のことがどうしても頭から離れなくてぼんやりしていて木下くんのはなしを聞いていなかったことになる。
それは申し訳ないことしちゃったな、そう思ってすぐ謝ろうとしたけれど。

「それに!のぞみ嘘ついてたよな!
最近弟が希望のところに来ないのも帰ってご飯作ってるのも、弟は忙しいとか母ちゃんの手伝いするからとかじゃなくて、お前のかあちゃんと弟は出て行ったからじゃん!先生に聞いたぞ!なんで言ってくれないんだよ!」

隠していた(認めたくない)ことを突然前触れもなく皆の前で叫ばれたのを理解できなくて、目を見開いて彼のことを見ているしかできなかった。
どうして。
どうして、おれのことあばくの。

「俺たち友だちじゃねえのかよ、なんで隠したりするんだよ!」

悲痛な顔して叫ぶ木下くんが俺の顔を見ている。

確かに隠すことになったのは認めるよ、未だ自分のなかでも受け入れることができないことをただ周りに言えなかっただけだけど、結果として木下くんの言ってることは嘘じゃない。
本当なら、隠し事して嘘までついたのは俺だから、眉を寄せて悲しそうな顔して俺に叫ぶ木下くんに謝るのが正しいことだと思う。頭ではそう分かってる。
「希望って木下にかくしごとしたのか?仲良いと思ってたんだけどな。」
「しかも嘘まで吐いたのかよ、それはちょっと……。」
「え、叶野くんのお母さんと弟くんが家出て行ったの?それほんとう?」
クラスメイトの前で大声で木下くんが言ってしまったから、俺でさえ認めたくないことがクラスメイトのほとんどに知られてしまった。
嘘ついてでも自分を守っていたかった俺を責める声と母さんと勇気が家出て行ったのを驚いている声がひそひそとでも俺の耳に入るぐらいの大きさで話しているのが聞こえてしまった。

「……。」

怒っているけれど泣き出しそうな顔をして俺の謝罪を待っている木下くんに俺はなにも言えなかった。謝らないと、というのは頭ではわかってる。
だけど、どうしても納得できなくて言葉が出て来なかった。

どうして。
おれがあやまらないといけないの。
そんなきれいとはとてもじゃないけれど言えない感情が胸あたりを渦巻いている。

いくら友だちでも言いたくないことがある俺が悪いの。
まだ母さんと勇気が出て行ったのを現実として受け入れられていないのを誤魔化してなにが悪いの。
いずれはバレてしまうかもしれないけれど、ほとんどのクラスメイトに知られたくないことを叫ぶ木下くんにはなにも言わないのはなんなの。

なんで、おればっかりがまんしないといけないの。

木下くんだって、いっつも宿題忘れていっつも俺の答え映して、それが先生に間違えを指摘されたらすぐおれを責めるくせに。それでいっつもおれが謝ってるじゃないか。
それでもその場の空気を悪くしないように笑って謝っているのに。

学校でもそうして過ごして、学校が終わったら塾にも行って、塾がない日も忙しそうな父の代わりに家のことして、父さんが帰ってくるのも遅いから母さんと勇気がいない家では俺は一人ぼっちで、さみしいのも……泣きたいのも、がまんしているのに!
泣いて縋りつくのも、我慢したのに。

帰っても遅くまで誰もいない寂しさなんて彼には分からないし、きっと俺が2人が出て行ったのを見てどう思っているのも想像もしたことないんだろう。
ただ『自分』に構ってくれなくて不快なだけ。それだけだよ、どうせ。木下くんのことだもん。おれ、知ってるよ。
それだけで先生に聞いて、それだけの理由でみんなの前でばらした。

木下くんの人柄とでも言うのだろうか。
木下くんはやんちゃでいたずらっ子で、幼稚園のころから大人のひとに怒られたり同い年の子に泣かれたりしたけれど、大人たちには仕方ないなと甘くされたり悪戯されて泣いていた子は次の日は笑い合っていたりして。
俺もまぁ木下くんなら仕方ないかな、と甘かった自覚はあったけれど。
でも、今は。

「叶野、はやく謝れよー!」

頬をふくらませて涙目で俺のことを見ている木下くんに思わず苛立ちを覚えてなにかこの場の空気をこわすようなことを言ってしまいそうで俯いて耐えて俺がいつまでも謝らずにいると、彼を可哀想に思ったのか俺を肘でつついて急かされる。
なんでおれが、あやまらないといけないの。がまん、しないといけないの。

「うそついたんだろ?」
「嘘つかれたそいつが可哀想だろ!」

知られたくないことバラされて、謝りたくなんてないのに謝ることを強要される俺はなんなんだろう。

「はやく!」

そんな俺の心情なんかより木下くんが今にも泣きだしそうになっているほうがみんな大事みたいで、急かす声が増えていく。
……また、おれは我慢しないといけなんだ。
そう思うと悲しい気持ちであふれると同時に胸のどこかが冷めていく。
そんなに自分が認めたくないことを言わないのがだめなのかな。なんか、もういいや。
みんな俺のことなんて、どうでもいいんだろうね。
何かと手伝ったり宿題を見せてあげたりする俺よりもいたずらばかりだけど愛嬌があって素直で楽しい木下くんのほうがきっとみんな好きなんだろう。
俺も泣きたくなる。だけど、我慢する。わきあがる涙をこらえて、少しも謝りたいと思っていないけれど、悔しいと思いながらも俯いたまま『ごめんね』の言葉を声に出そうとする。

「っま、まま、待って!なんで、叶野くんばかりみんな責める、の!?」

今にも泣きそうな彼のことを心配する人たちは俺らの周りを囲んで、俺に謝罪を求める声が大きいなかで、聞き慣れないどもりながら言葉に詰まりながらそれでも大きな声を振り絞る声が教室に響いた。
驚いて俯いていた顔を上げると、そこには俺のことを庇うように両手を広げている湖越くんが立っていた。
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