2章『結局のところすべては自分次第。』


「……英語、大丈夫そうか?」
「あー……どうだろうなぁ。」

今しても違和感のない会話、そうずっと考えてやっと出てきたのはそんな質問だった。
ずっとこのまま無言なのはちょっと嫌だな、と思ってのことだった。かと言ってさっきのことを引っ張り出してしまうとまた変な空気になってしまうということを理解したのでなにを話すべきかとずっと考えていた。
そうだ、伊藤は英語を叶野に教えてもらっていた。思い出した。
さっきのやり取りからほとんど無言で改札口をくぐって電車を待っているときそう聞いた。突然の俺の質問に動じることはなかったが少し不安そうだ。

「叶野の教え方は分かりやすかったんだけどな。そうじゃなくて俺がちゃんと身についているかどうかがわかんねえからなぁ……。範囲も今回広いし、あとで復習しねえと。その場限りじゃ意味なくなるしな……。」
「ちゃんと学ぼうとして努力してるから、きっと伊藤なら大丈夫。」

ちゃんと学びたい、何とかしたい。そう思えるのならきっと大丈夫だろう。努力して向き合えるのなら、悪いようにはきっと行かない。悪いように行ったとしたらそのとき考えればいい。そこまでは伊藤には言わなかったが、

「そうか。透がそう言ってくれると本当に大丈夫ような気がする。」
「……褒められてるのか?」
「褒めてる褒めてる。」

ニッと笑う伊藤を見ていると気が抜ける。何と言うのだろうか、伊藤の前ならなにも気にすることが無い気持ちになるんだ。これが気を遣わない親友なんだろうか。……さっきみたいなのは、ちょっと特殊なんだろう。そう片づける。
あと何分で来るだろう、そう思って時計を見る。

「鷲尾は随分吹っ切れた感じだったよな。あいつもう大丈夫っぽそうだな。透なんか話したのか?」
「……そうだな。俺は別に、思ったことを言っただけだ。……叶野はどうだったんだ?」

あと5分ぐらいか。
そう頭の中で呟きながら伊藤に叶野の様子を聞いた。
俺はあれから叶野とほとんど話していない、伊藤も今日まであまり話していなかったが今日勉強会したから少し話せたのだろうか。吉田には通じたあの答えは俺にはよくわからなかった。話の流れとしても俺が叶野のことを聞いてもおかしくないだろう、そう思って聞いた。

「色々聞かれたんだけどよ、特になんも考えず思った通りを答えたら何か勝手にすっきりした顔してたぞ。よくわかんねえけど、多分大丈夫なんじゃないか?
やっぱ頭良い奴って色々考えこむんだなーて逆に感心したわ。」
「……へぇ。」

俺がこうして叶野たちを友だちと呼べるのは俺に『考えすぎないで簡単でいいんだよ』と前にメールで言ってくれたおかげだ。
なんだかおかしかった。そう言っていた叶野の方が考えすぎているのが、矛盾している。
自覚があるのかないのかはわからないけれど。でも、伊藤と話すとすっきりするのはわかる。だって伊藤の言葉に裏も嘘もなくてなにも隠すつもりがないから信頼できるから。だから、俺は今ここにいられる。

「つか鷲尾も俺のこと馬鹿にしやがるけど、あいつ鈍感っつうか頭硬すぎて周り見えてねえよなぁ。」
「……叶野は周りを見すぎるから、意外と良いコンビになるかも。」
「あーあれか。足して割るとちょうどいいってやつか。」
「そうだな。」

自分のことばかりで周りを見れなかった鷲尾と、周りを見すぎて自分を疎かにしてしまう叶野。どちらも良いところがあって悪いところもある。相性として悪くないかもしれない。
……内心、互いのことを何も気遣うことなく言い合える伊藤と鷲尾は仲良くなれるしとても良いコンビだと思う。それは心のなかに閉まって言わないことにした。
伊藤が不機嫌になるだろうから、というのもあるけれど。さっき吉田に感じたときと同じようにモヤモヤするからである。この現象はなんなのだろうか…。日常生活で頻繁に起こるのであれば気が進まないが病院に行くべきか。
いや、それより先に九十九さんに相談するべきか。そう言えばこっちに俺が越してから……いや、具体的に言えば引っ越す2ヶ月前から連絡がないし姿も見ていない。忙しい……んだろうな、祖父はかなりの資産家だったと思われるから、色々あるのだろう。特に九十九さんは祖父の秘書だったから大変だろう。
大変であるときに俺は何もできないからこのまま九十九さんからのリアクションを待つべきだろう。

話は流れて今日はなにを食べるかの話になった。
何にもしても当人たちの問題でやっぱり俺から口を挟めるものではない。
でも、叶野は俺は見れていないから分からないが、伊藤の口ぶりからするときっと大丈夫だろう。そう思った。



けれど、俺は知らなかったんだ。

「は、ははは……まじかよ。」
「おおまじよん~。」

悪意を以って誰かに傷つけられたことある。でも、それは真実がどうあれ俺が起因するものだった。

「周りに囲まれて幸せそうに笑っているくせしてそんなヤツなのかよ、あいつ!」
「人間不信な人気者なのですよ、かれは~。」
「ははははは!まじ矛盾してるっ!うけるな!」

叶野が何をしたわけでもない。特に怨みも何もない。ただ『自分』のためだけに自分がほとんど接したことのない人間を傷つけることを容易に行える人間のことを。

「テスト始まる前日がさいこうのタイミングよん~。じゃ、よろしくねぇこむろくん。」
「おうよ、あの調子乗ってる叶野をおろせるとか、まじたのしみだわ。」
「たのしんでいただけてなにより~じゃあねぇ~。」

知らなかった。



「……最低な人間だ。あれと僕は同じ。僕と同じ最低な人間をどう使おうと利用したって構わないよね。だって、クズだもん。」

誰かを傷つけて、自分すらも傷つけないと存在証明を確認する術を知らない、哀しい人間のことを。
俺は、まだ会ってすらいなかった。

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