2章『結局のところすべては自分次第。』


そのまま6月が終わった。日々を受け流して悠々と時間はそのまま過ぎ去って……期末テスト週間が始まった。

「さぁそれではー!おべんきょうかいをはじめましょー!」

「……うん。」
「いや待て待て!誰だ、貴様っ!一ノ瀬も流して普通に始めようとするな!」

良かった。鷲尾が突っ込んでくれた。
いや、つい流してそのまま勉強会してしまおうとした俺だが、俺もどうしていいのか分からなかったんだ。
現在放課後。場所は図書室。
名前も知らないこいつの言った通り勉強会をするところだった。本来ならば鷲尾と2人で、だが。
誰だか知らないオレンジ色の髪をしたひと(たぶん同い年だとは思うのだが)が普通に俺らの方に来て俺のとなりに座って人懐っこい笑顔で冒頭のセリフを言ったものだから俺はこいつと知り合いだっただろうか、また忘れてしまったのだろうかと怯えて何も言えなくなってしまった。
自分の記憶に自信がなかったが、鷲尾の反応を見る限り俺の記憶は正しいものであったと証明できる、安心した。

「えっおれ名前言ってない!?」
「……知らないな。」
「顔は知ってるが名前は知らん。」
「あっちゃー脳内だけでじこしょうかいしてたー!つかかっちゃん名前知らないなんてひどーい!」
「かっちゃん……?」

ガーンっとこの間伊藤に勧められた漫画の主人公みたいに驚いた顔をしたあとすぐに「じゃあじこしょうかいしまーす!」とニコニコしながら手をあげた。
表情がコロコロ変わりゆくのにこちらのほうが置いてけぼりにされている気がする。こちらのリアクションを待っているのかじーっと俺の方を見るので、とりあえず頷いた。

「おれ!となりのクラスの吉田 悟(よしだ さとる)!たつみせんせーのクラスだよー!
好きなものはおせんべいとりなちゃんとおしばいです!よろぴくね~。」
「……よろしく。」
「うわーいイッチによろしくされた~!じゃああくしゅあくしゅ~」

少しの邪気も感じさせないどこまでも純粋で子どもみたいな笑顔で手を普通に握られてそのままぐるぐる回される。
じっとそのされるがままに回されている繋がれている吉田と自分の手を見てみる。
幼い雰囲気と同じようにその重ねられている手も俺のよりも小さく感じた。伊藤に握られているよりも小さくて伊藤のより暖かく感じて伊藤よりも弱い力だ。
伊藤の方がゴツゴツしているようにも感じる。決して吉田に手を握られて嫌なわけではない。特に不快感もない。触れられていることに、特に何の感想はない。

けれど、伊藤に感じるものと違う気がする。
なにが違うんだろう。内心首を傾げる。

「突っ込みたいことは山ほどあるが、貴様も勉強したいのか?」
「そうなのですよ!していい!?さしつかえなければイッチとかっちゃんに教えをこいたいところなのですがっ!」
「……いいよ。」
「ハァ……一ノ瀬がいいなら構わないがな……。でも教えてもらうなら一ノ瀬の方がいい。僕も一ノ瀬に教えてもらうために呼んだしな。」
「ほんと!?ありがとう、イッチ!かっちゃんっ!本日はイッチはおれとかっちゃんのせんせいだねっ」
「……その『イッチ』て、」
「うんっ『イッチ』はきみのこと!一ノ瀬だからね~。で、『かっちゃん』は鷲尾のことねっ!ずーっと心のなかで呼んでたけど今初めて言葉に出した~!」
「なんだその呼び方。辞めろ」
「だがーことわーる!!」

バッテンマークまで指で作ってまで拒否する吉田に苛立ったように舌打ちする鷲尾。
『わっしー』と『かっちゃん』どっちのほうが鷲尾のニックネームにいいのだろうか、そんなことを一瞬考えてしまう。
今この場にいない、今この場で叶野の名前を出したり関連することを口に出すのは何となく憚れた。

「吉田」
「はいっ」
「……どの科目を聞きたいんだ?」

予想以上の活きが良い声に少し驚いてしまいながらも聞きたいこと聞く。
文系なら俺や鷲尾より叶野の方が良いと思った。俺らのクラスで叶野に伊藤と湖越が英語を教えてもらっているからそっちのほうがいい。そう思って聞いた。

「数学です!この間のテストでついに一桁になってしまったのに危機を覚えたところです!」
「……そうか。」

これまた元気よく答える吉田に頷いて返した。
数学なら答えが一つしかないので対応しやすいことに安心する。

「……なにをどうすれば、一桁になるんだ……?」
「人には苦手なものと得意なものがあるのだよっかっちゃん!」
「何故そんな胸を張っていられるんだ、貴様……。」

僕がそんな点数とったら……と自分が一桁台をとってしまったことを考えて鷲尾が青ざめて黙り込んでしまう。もう自分のニックネームに突っ込む気力が湧かないほどの沈みようである。

「…とりあえず教科書の復習からしよう。最初からやってみて、わからないところがあったら聞いてほしい。」
「はーい!」

自分のことじゃないのに落ち込み始めてしまった鷲尾はとりあえず置いておいて、前に伊藤に勉強を教えたときと同じように指示する。
伊藤のときもそうだったが大体最初に分からないものを分からないままにしたから次の問題が分からなくなるのだ。とりあえず最初からやることを勧めると吉田はそれに素直にうなずいて取り掛かる。
そしてすぐ綺麗にシャンと真っ直ぐに挙手をして分からないところ聞いてきたのだった。
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