2章『結局のところすべては自分次第。』


電車に乗って最寄り駅について、透の家まで歩いて移動する。
気まずくて何も話さない……なんてことはなくて、いつも通りだ。
話さないときは話さないが、なにか思いついたら普通に話す。驚くほどいつも通りだ。俺も透も。前のようなに俺と目を合わせないようしている訳でもなくて俺も何も気を遣っていない。
透の言う通りこれから俺に話してくれることは本当に俺に話すこと自体忘れていたものらしい。
それなら俺も身構えて聞かなくても平気そうだ。そう思った。


俺は忘れていた。
今の透は前の透とは根本的に変わらないが、色々麻痺していることを。


「俺、伊藤にどこまで話した……?」
透の家に無事着いてテレビを見てボーっとして落ち着いたころに透にそう切り出された。
「あー……りょっ……記憶喪失の理由とか、それで周りに責められたとかは教えてもらった。」
心底どこまで話したのか覚えていないように俺に聞くものだから俺の方がなんだか気まずくなりながらも何でもないよう顔と声を意識しながら答えた。
本当は気になってた。
両親を失って記憶喪失になって……記憶のないことで酷く責められてきたこと。そして神丘学園にいたことぐらいしか俺は知らなかった。
だから初めて学校に来た日。昼休みが終わっても戻ってこなかったのか、戻ってきたときなんであんな表情をしていたのか、俺は知らなかった。その理由を教えてもらっていなかったことに気が付いたのは叶野たちとした勉強会をして帰る際にたまたま桐渓と会った透の反応を見てのことだった。
あのときは、泣きたいのに泣けない顔をしていた透を見て衝撃的なことがあったことにばかり目を向けていてそのことはすっかり頭から抜けていた。
桐渓とどんな関係なのか、どうしてあの名門学園から一般的な公立高校に通うことになったのか、俺は知らないことばかりなんだ痛感する。
なにがあったのか聞きたかった。でも、言いたくないことを言わせるのはと戸惑っていた。話したくないことなのかもしれない。それなら自発的に言い出すのを待とうと思ったのだが……ただ透は俺に言った気になっていただけのことだった。
そうとは知らず勝手に悶々として勝手に透に八つ当たりしていた……穴があったらはいりてえむしろ掘りてえ……。

「……そう、か。あの日全部話していたと思い込んでた。すまない。」

俺の答えに透の方が驚いている。本当に話していたつもりだったようで、なんか、気が抜けた。

「でもこれから話してくれるんだろ?」

申し訳なさそうな透を慌てて励ますようにそう言った。そう言えば透はああ、と力強く頷いて話し出した。
この間ほど激しい感情は覚えないだろうと高を括っていたものだから、油断していた。
そもそも、あんなに凛として時として頑固だけど男前な透があんなに自己評価の低いいつ消えてもおかしくないほど儚いヤツになっていたのだから察するべきだった。
透自身が忘れていた部分の話を、透はなんでもない顔で話し出した。


「病室で目覚めたとき、祖父と桐渓さんがいたんだ。
目覚めた俺を心配そうに見ていた。だけどすぐ記憶喪失であることが分かって急変した。」
「記憶がないことを責められている俺を見つけてくれた人が俺の現状を教えてくれた。
あの人が祖父であること、もう一人の男性は母の幼馴染であり父の親友であること、そして俺はさっき責め立ててきた祖父のもとへ行くことを。」
「そのあと退院した。でも記憶がないことを責められてきた。それは祖父だけではなく桐渓さんも時間を割いて遠くから来て俺と顔を合わせてずっと責められた。……たまに、暴力もあった。
祖父は俺のことを見たくないみたいで、俺を神丘学園にいれた。小中高一貫の中高から全寮制のな。小学生のときはさすがに全寮制ではなかったから家から通ったけど、あまり覚えてない。でも、責められたことと楽しくはなかったことは覚えてる。」
「神丘学園に俺は馴染めなかった。言葉を交わすことはほとんどなかったのに、遠目から凄く見られていたから怖かった。学校も家も俺にはあまり良いものではなかった。」
「すべてが怖くてその恐怖すら見ないことにして壁を作って何も聞かないよう感じないようにしていたらいつの間にか高校1年生になってた。
伊藤と出会った、あの日。何も知らされないまま桐渓さんがやってきて適当に荷物纏めるよう急に言われ、俺はここに引っ越し・転校することになってた。」
「何も分からない俺に桐渓さんは吐き捨てるように『お前のじいさんが亡くなった。その遺言通り勧めてるんよ』と教えてくれた。俺は何も知らされていなかった。葬式があったのも、そもそも入院していたことも。」
「今の桐渓さんは俺の保護者代わりのようなものなんだ。俺のことは憎いけど祖父の遺言だから嫌々やっている。迷惑だからあまり目立つなって言われたのに、昨日目立つことしたから。
だから、さっき保健室に行ってた。俺を心配してくれた岬先生もいっしょに。
…責めるだけ責めて……俺の話はやっぱり聞いてくれなかった。それを聞いた岬先生が掴みかかって……あとは伊藤も見ていたと思う。」
「転校初日。俺昼休み終わっても戻ってこなかっただろ?あのときも桐渓さんに呼ばれて。
メールも電話も出なかったことだけじゃなくて両親のこと責められていたんだ。俺が何をしても、悲しんでも笑っても気に入らなかった。
もう、両親は俺のせいで悲しむことも笑うこともできないのに。庇ってくれたおかげで生きることを謳歌出来ていいな、て。そう言われた。そう言われ続けてきた。」



途中俺が質問したり、透が言葉が出て行こないというかうまい説明を考えながら話していたから無言の時間もあったがそのへんを省略して透の言葉だけの説明だとこう教えてくれた。
俺は時計を見ていないけれど話し終えた透がテレビに映っている左上の時間を見て「長話になった……。」と少し疲れた様子で呟いたのに反応できなかった。

ばかな俺の頭が透の説明したことがうまく理解できなくて。

「…伊藤?」
「…なんなんだよ、それ…。」

ようやく追いついて透の説明がやっと理解できた。
理解したと同時に、憤りを感じた。爆発する憤りをおさめるなんてできない。
怒り。
透をそんな目に合わせていた奴らに対する怒りが、俺のなかに滞って消えない。吐き気がする。
透を責めて、透を遠ざけて、まるで厄介払いをするがごとく神丘学園に入れて、透の都合にお構いなしになにも知らされず引っ越して転校までさせられて。
それに対して何の謝罪もない。むしろ迷惑をかけるなとそう言って。
挙句の果てに……なんだよ、まるで透は幸せになることを阻止しようと、幸せにさせないと言わんばかりじゃないか。
なんで、そう言えるんだよ。なんで何も知らない透に子どもに責めることができるんだよ。なんで、全部透が悪いってきめつけるんだよ!

「殺してくる。」

どうしようもないほどの駆け上がる怒りと憎しみと悲しみにどうしようもなくなって、色々と頭のなかを巡り結論が出た。
立ち上がり玄関へ向かう。
今ならまだ学校にいる。今から行けばあいつを殺せる。
あいつを。桐渓を。
透の祖父にもそれ以外の奴らも憎しみの対象ではあるが……俺の知るなかで一番分かりやすく憎しみをぶつけやすいあいつを一番殺してやりたい。
そもそもさっきの保健室での出来事にも俺は苛立っていた。透や岬先生たちの手前なんとか抑えたけれど、もうむりだ。

あいつは殺す。

あいつの言ったことは透を傷つけるだけじゃなくて、自分の幼馴染と親友……透の父さんと母さんのことも貶している。
透のことを透の両親を傷つけておいて許せるはずがない。
ただ殺すだけじゃなくてひたすら殴り続けてその顔面をぐっちゃぐちゃにしてやりたい。整形しても治らないほどその高い鼻を粉々に砕いてやりたい。
傷つける言葉を発する声帯を引きちぎってもう言葉を発することも呼吸もできなくさせてやりたいから舌を切り刻んでやりたい。
頭に血が上って目の前の透がどんな表情をしているのかとかこんなことをすれば退学どころじゃないとか考えつかない。
殺す殺したい殺してやる、それしか考えられなかった。

外に出るべくドアノブを回した。
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