2章『結局のところすべては自分次第。』


鷲尾和季がわざわざ裏門に叶野希望を呼びだしたのか。
まぁその答えは単純だろう。
生真面目で時間に気にしてばかりでいたときの鷲尾和季ならば、相手のことを何も考えずただこっちのほうが自分の帰り道に近いからと答えたかもしれないが、昨日の内になにがあったのか知らないけれど少し空気が読めないけれど真面目でただの良い奴になってしまった。
今その質問をして返ってくるとされる答えは学校内で比較的裏門のほうが人目につかない場所だから、だと思われる。
その判断は正解。
一般的な生徒が裏門に行くときなんて普通ならゴミ捨てにいくときぐらいなもので先生らは先生たちが帰るときにかいかないだろうし、裏門を使用して帰る生徒もいないわけではないけれどそこまで多い訳でもない。
校庭に行くにしても体育館に行くにしても裏門とは逆の方向で裏門から職員玄関は近いけれどまだ教師は業務を終えていないのでこっちに来る用件なんて限られている。
誰にも邪魔されずに話せて、かつ周りを気にする叶野希望が気にせずに話せるような状態にしてくれている。そこらへんを鷲尾和季が計算しているのかまでは分からないけれど、放課後に裏門で呼び出すと言う選択はかぎりなく正解に近いと思われる。

周りには確かに誰もいない。
先生もクラスメイトも先輩も一ノ瀬透も伊藤鈴芽もだれもだれも。
この場にいるのは鷲尾和季と叶野希望、そして叶野希望を心配したであろう誠一郎くんだけだ。
それを踏まえた上で鷲尾和季は叶野希望に謝罪した。その頭脳を使って考えに考えた上で謝罪したのだろう。


と、おれこと梶井信人はわしおくんの背中が小さくなっていくのを見ながらそうおもったのでしたっ!

「まさかおれが聞いてるなんてだーれもそうぞうしてないよねぇ。」

おもしろくないけど勝手に笑ってしまう。
今おれがいるところはさあどこでしょう?答えは体育館の一番端のトイレでしたー!ここが一番裏門に近くてさ~ありがたいことにわしおくんたちは目の前で話してくれたからつつぬけでした~。
屋上だと声きこえなくなっちゃうからね~やっぱり気になることはちゃーんと自分の耳で聞いていたいからさ~あんまり格好いいところじゃないのがざんねんかな~?
まっ誰も見ていないんだから格好いいも格好悪いもどうでもいいことだねっ!
あ、それにしても~計算ミスっちゃったなぁ~。
便座に蓋をして立って彼らの様子を窓から見ていたが、降りてそのままあぐらをかく。よいこはまねしちゃだめよん~おれは悪い子だからいいの。
小さい窓は開けっぱなしにしているから外から誠一郎くんが叶野希望を慰める声が聞こえてくる。あーむかむかする。
まさかねぇ、あんなにはやく鷲尾が立ち直ってしまうなんて予想もしてなかったのよ。
おれの誘いに乗ってしまった鷲尾が叶野希望を傷つけて、それを誠一郎くんが庇う。そこまでは想定内。
それに傷ついて教室を飛び出すのは想定外だったけどまぁ許容範囲内。
叶野希望が居心地悪くなって、鷲尾がさらに叶野希望を傷つけるようなことを言うなら万々歳ともおもってた。

だけどここでおれの計算もしていなかったところが動いてしまった。
そう。一ノ瀬。時期外れの転校生、予想もしていなかった存在。実際見たのはあの保健室の1回だけ。それも遠目で後姿だ。きっと一ノ瀬はおれの顔を知らないだろうね。どうでもいいけど。
自分の計算が外れることもまああるけれど、大筋が外れなければあとでいくらでも軌道修正できる。それでも念には念を押すべきと考えかるーく彼のことを調べた。
それなりの過去があってそれを罪だと責められ続けてきたんだってねぇ。……まぁ……そこはどうでもいいか。それより性格だ。五十嵐や岬のようなタイプだとめんどうになるしねぇ。
前にいたときどんな感じだったのか知ることができた。
目を惹く美形。大人しくて静かでまるで彫刻のように恐ろしく思うほど美しい。寡黙で何を考えているのか分からない。話をかけにくい雰囲気がある……などなど。
とにかく暑苦しい行動派ではないことが分かった。それなら邪魔にならないと知った。
害を及ぼすような存在になりはしないと思えた。不真面目で不愛想でほとんど不登校だった伊藤を嬉々として楽しそうに学校に来るようになったのを見て察するべきだったか。
意外な行動力あることにもおれは保健室で見ていたから知っていたのに放置した。自分の怠慢だったか。

鷲尾はおれの思った以上に簡単に動いてくれた。そこはうれしいごさんだったねっ。
自分自身ですら醜く嫌悪するところをおれは甘く受け入れたフリして、自分の気持ちの思うがままにすることをおすすめしただけだ。
別に一ノ瀬に対しておれはなんのうらみはない。でも目的のために一つ頑張ってもらうことにした。甘やかしてくれるやつがいるようだしまぁいっかと思った。
一ノ瀬は誠一郎くんや叶野希望と仲が良くなった。それだけでおれの計画の一つを果たしてもらうことを決めた。
おれの意図はほかにもある。だけど今回の計画は目的は一つだけ。

叶野希望を再起できないほどズタズタめちゃくちゃに傷付けることだ。
その前向きすぎるほどの名前とは全く真逆のところ、絶望へと堕としたい。
僕はあいつを傷つけないと気が済まないって言うのは八つ当たりもあるかな?でも僕の最終目標では必要不可欠なことでもある。ま、どっちにしても僕のためだけどね。自分が世界の中心で自分のことしか興味ないのに他人のことなんて気にしてられないよ。

でもちょっと今回の計画は失敗。
叶野希望を傷つけることには成功したけど、まさか鷲尾が謝罪するなんてねぇ……。一ノ瀬のことを見誤って放置してしまったおれのミスだねぇ。
まぁ、まだとりもどせる。すべてにおいて失敗はつきものだよねぇ。失敗は成功のもと~ってね。
おれからすると幸いにも鷲尾の言葉は叶野希望は届いていない。
上っ面の許しを跳ねのけられてショックだったんだねえ。まーだ泣いてるよ。
外から叶野希望がすすり泣く声が聞こえてくる。傷ついてくれているねぇやったね。あー…、鬱陶しい。

でも鷲尾はもう使えないかあ。空気が読めず自分も他人も気遣うことのできない鷲尾じゃなくなっちゃったしねぇ。
本来ならもっともっと弱いところを突っつきまわしてひっかきまわしてぐちゃぐちゃに甘く惑わせてあげて、飴と鞭を与えつつ上手く利用するはずのコマだったんだけど……一ノ瀬が昨日追いかけて何か話したみたいでただのいい子ちゃんになっちゃった。ああん盗聴器でもつけてればよかった。
もう!もりあがりにかけちゃうなぁ!このままおれのほうに来て最初はおれの言うこと聞いて途中から目を覚ましてしまって自分のしたことに後悔して苦悩する感じだったらおもしろくなったのに!いい子になるならもっとやらかした後のほうが絶対良いのにっもったいないよっわしおくん!
一番おいしい立場にいたのにすぐ目覚めちゃうとかおれちゃん興ざめですっ!生温い展開になっちゃったじゃない!
まさか一ノ瀬が追いかけるなんて予想外も良いところだ。んもーまあこれまた予想外に叶野希望が謝罪されて何故か勝手にダメージ受けているから、完璧に失敗したわけじゃないけどさぁ。
でもコマが潰されてしまったのは事実。さぁて、本当は鷲尾にやってもらうつもりだった大一番の役はだれにやってもらおうかなぁ~。

「ほかにいいこまいないかなぁ」

いい加減叶野希望のか細い声と、誠一郎くんのそいつを慰める声に吐きそうになるからトイレを出てそのまま校舎と体育館を結ぶ渡り廊下へ向かう。
鷲尾の代役をだれにしようかな~。そう考えながら体育館を出ようとした、その瞬間

「チッ!どいつもこいつもっほんっとに!うぜえ!うざくてきもいっ」

馬鹿みたいな喚き騒いでいる声が聞こえてきた。あとなんか蹴ってる音も聞こえてくる。
そーっとバレないよう覗き込めば八つ当たりのごとく壁を傷めつけ、苛立っているのがよくわかる大きな声で「くそ、くそ!」と叫んでる……確か彼らのクラスメイト?がいた。
ばかみたいな話し方をしてばかみたいに髪を明るくしている、まぁ見た目の通り頭まで軽いであろうヤツだ。見た目三下の異様に絡んでくる感じの小物臭のする不良だねぇ。
……そうねぇ。もーこいつでいっかなぁ。
鷲尾がやってくれた方がダメージ与えるかなぁと思っていたけどあの叶野希望の様子を見る限り、誰がやってもあまり変わらないだろうし。
一通り学校の生徒らを調べてみたけどこいつもばかみたいな見た目の通りやっぱりばかなことばかりする子だし、今日も無駄に一ノ瀬や鷲尾に絡んだりしてるし。いっかな。

ま、タイミングが悪かったってことで。
おれ自身はうらみないけど、他にうらみもらっちゃった人たちからのバチとでもおもってあきらめてね~。
うーんでもそうだねぇ。探す手間がはぶけたことに感謝してあげよっか。

ありがとうね。
せいぜいおれの良いコマになってね。

「そんなにかべけっちゃってぇ。なーんかいやなことあったのぉ?こむろくん?」

さぁ。
そのおばかさんな頭を持っている小室くんならしんじてるよ?

『俺は悪くない。梶井信人に言われたんだ。あいつが俺を唆したんだ。』とみじめに泣きながらみーんなのまえで言ってくれることをね。
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