2章『結局のところすべては自分次第。』


今俺と希望は帰り道とは逆の方向、学校の裏門へと向かっている。鷲尾が呼びだしたのだ。
本来呼ばれたのは、希望だけだったが……昼に希望が『朝鷲尾くんから手紙貰ってさ、』と相談されてその手紙を見せてもらうと『話したいことがある。放課後裏門に来てほしい』と達筆で大きな文字でそう書かれていた。
俺は行くべきではないだろうと思った。
俺は呼ばれた訳ではない。
希望一人で来いとは書いていなかったが誰かと一緒に来いとも書かれていない、普通に考えれば手紙を受け取った本人だけがそこに行くべきだろう。
……昨日のことを許せないと思って口も利きたくないと言うのなら、『行かない』という選択肢だってできる。
昨日鷲尾に言われたことを考えれば、希望にとって深く傷つくことを言った鷲尾のことを許さなくてもいいんだ。
でも、希望は……謝られたのなら許さないといけない。周りにそうのぞまれているから、自分の意志と関係なく謝れたのなら許さないといけないそんな固定概念にとらわれている。

いくら理不尽な目にあっても、それでも謝られたなら許さない駄目だとそう押し付けられてきたから。

希望はなにも言わない。どんなに嫌な気持ちになっても恐怖から『大丈夫』と言ってしまう。泣きたくても笑って、怒りたくても笑って。
前は俺には言えていたことも、今では言わなくなってきた。俺に頼りっきりは良くないと思っているのか……もう純粋に希望を心配していた俺じゃなくなってしまったからなのかは、分からない。
それでも、希望は俺に鷲尾から手紙で呼び出されたことを言ってくれた。自分を犠牲にしようとして心配させないように強がろうとする希望が俺にそうサインを送ってくれた。
昨日傷ついたのに俺にも何も言わず作った笑顔のままの希望に俺は悲しい気持ちになりながらも何も言うことができない。
せめて、理不尽なこと言われても笑顔で遠ざけることは出来ても怒りを爆発させて掴みかかることができない希望の代わりに俺がそうしよう。
そうすることが俺が唯一誰かのために出来ることだから。

希望と外で昼食べて授業が始まるギリギリで戻ってくると、何かあったのはクラスの雰囲気を見て察したが、鷲尾も一ノ瀬も伊藤も変わった様子がなかったから首を傾げながらも深くは聞かずそのまま放課後を待った。
小室の姿が無かったことに気が付いたのは出席で名前を呼ばれているときだったが、特に関わり合いになったことがないヤツでよくサボっていたから特に気にするべきではないと判断した。
授業も帰りのHRも終わり、鷲尾が教室を出たのを見てすぐ俺と希望も出たのだが……下駄箱のところで立ち止まってしまう。希望に合わせて俺もその足は止まる。
何を言われるか分からない、もしかしたら昨日よりも酷いことを言われるかもしれないし、謝られたら謝られたで苦しい思いをするのが目に見えているところへこれから行くと分かっているから、足取りが重くなったんだろうと理解した。
俯いてしまった希望に「俺だけ行くか?」と聞いてみるが少し間が合った後首を横に振って拒否される。どんな気持ちで拒否したのか顔が見えないから分からない。
苦しくとももう逃げたくないという気持ちなんだろうと察するけれど足が動かなくなるぐらい怖いと思っているはずだ。
こいつがなにを考えているのかわかる、小学校からいっしょにいる親友だから。分かるんだ、でも分かっていてもどう俺は声をかけていいのかわからなかった。
希望の赤茶色の髪から徐々に視線が床のほうへ移っていく。
希望が大事だ。それは変わらない思いだ。今度こそ、変わらないはずのおもい。だけど、それは本当の意味でなのか俺には分からない。分かるなら、希望を励ます言葉はすらすら出てくるんだろうか。
気分も徐々に降下していく。

「あ”ー……っくそ!!」

……。
唐突に聞こえてきた声は、俺でも希望でもないモノだった。
その苛立ちの声と同じように荒々しい何かを殴りつけるような音が聞こえてくる。
声と音のするほうを希望と共に見てみると、そこには壁を蹴りつけていたようで片足を壁にめり込ませている伊藤がいた。
自分を落ち着かせるためなのか興奮からきたのか荒く呼吸を繰り返していた。
最近穏やかな面しか見て来なかったから記憶から薄くなっていたが、そう言えば伊藤は喧嘩を売った先輩らを無感情に殴り続け学校中で恐れられていたヤツだった。
こんなに荒々しいところをみたのは、初めてだった。どんなときもだるそうで無表情だった。最近では穏やかに笑ったりしている姿に見慣れていた……ああ、だけど今日朝は鷲尾と言い合っていたか。それでもここまで苛立っていなかったけれど。
ビビりながら伊藤のとなりを通り過ぎる奴らを横目に話しかける。

「どうした?一ノ瀬となんかあったのか?」
「……」

そう聞いてみると、片足をもとに戻しながら(壁が若干凹んだような気がする。)無言で頷いた。
今までも伊藤に何か変化あるとすれば一ノ瀬関連だったから、そう聞いてみると案の定だった。最初怒っているのかと思ったがどうやら凹んでいるようだ。
「どうしたの?なにか言われたの?」
あんなに伊藤に対して絶対的な信頼を置いている一ノ瀬が伊藤を傷つけるようなことを言うなんて、とさっきまで無言でいた希望が気になって聞くが伊藤は目を伏せながら首を横に振って溜息を吐く。
「……透はなにも悪くねえよ。俺がもっと……。」
希望の問いに答えるのかと思いきやこれ以上言葉を続けるつもりはないようで、あー……と言いながら自分の髪の毛を両手でかき交ぜてでっかい溜息を吐いた。悔いているようにも見える。
「話聞くか?」
「いや、いい。」
このまま置いて行くのも、と思い少しぐらいなら話を聞こうかと思ったが伊藤はまた首を振った。

「…心配してくれてありがとうな。でもこのまま透を待つわ。ちゃんと話し合うから気にしなくていい。」

そう言って力なく笑いかける伊藤に少し罪悪感を覚えた。
伊藤の話を聞けば、それなりの理由になって鷲尾のところに行かなくて済むなんて考えていたことに今気づいたんだ。伊藤が悩んでいることを言い訳にしようなんてことを、そんなことを無意識に思っていた自分に嫌悪感を覚える。
伊藤はそのまま自分が蹴っていた壁に寄りかかる。

「そう、か。また明日な。」
「おー。止めちまって悪かったな。気を付けて帰れよ。」

居心地が酷く悪くなって、いつも通りにそのまま伊藤と別れようとする。希望も伊藤に手を振った。逃げるようにこの場から去ろうとそんなことばかり考えていた。

「あ、叶野。透はお前のこと心配してるし、俺もしてるからな。あんま抱え込むなよ。」
「…………っあ、りがとう。」
「ん。じゃまた明日。」

思い出したように希望にそう声をかけた。声をかけられた希望は驚きながらも労わってくれる伊藤に礼した。
ひらひらとこちらに雑に手を振る伊藤と今度こそ別れた。

「……よし、行こうか。」

希望が聞いていなかった朝の一ノ瀬の言葉を昼に伝えた。悲しそうな顔をしながらもどこか嬉しそうにみえた。今伊藤からかけてもらった言葉も、今希望は嬉しそうだ。
鷲尾のもとへと向かう、勇気をもらったようだった。顔は強張っているし笑顔もぎこちなくて弱弱しいけれど、その足は重々しくもちゃんと動く。鷲尾のもとへちゃんと向かおうとしている。

「おう。」

本来なら俺が希望を励まさないといけないのに、俺はなにも言えなかった。それどころか悩んでいる伊藤のことを気にかけてそれを心配して理由を聞こうとして鷲尾のもとへと行くのを遅らせようとする良い言い訳にしようとした自分が悔しかった。
そんな気持ちをおくびにも出さず、希望の言葉にうなずいた。



「突然の呼び出しだったが来てくれたか。感謝する。」

裏門へ行くとそこには鷲尾は真っ直ぐ立ってこちらに声をかけてきた。
目の前の鷲尾は昨日の動揺と不安定さがなくなって、背筋を伸ばして垂れ目なのに気が強く威圧的に感じるいつも通りの鷲尾だった。
俺がいることは予想済みだったようで、特に驚いた様子はなかった。
昨日のことがあって身構えていたが変になる前の鷲尾であることに安心したのだ。

希望は俺とは全く違うことを考えていたなんて気が付かなかった。
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