1章『それぞれの想い。』


 大音量の携帯に設定した目覚ましの音が響き渡り、目を開ける。
 音を止めてぼーっとする。
 ……夢を見た、ただの夢ではなくて、自分が体験してきた復習のような、そんな整理整頓にちかいものだ。
 今までも夢は見ていた。最後以外の夢は。
 伊藤、伊藤鈴芽。
 俺に笑顔を向けてくれた人。
 昨日知り合った、前の俺の『親友』と名乗った人。

 そして、今の俺のことも『一ノ瀬透』と言ってくれた、はじめてのひと。

 ……伊藤と言う存在は夢ではない、はず。
 求めていた言葉をくれたのが初めてのことで夢見心地に近く昨日のことが浮ついて地に足がついていないかのようなそんな感覚でいたので、いまいち現実味がない。
 昨日が夢でなければ、彼と待ち合わせの約束していた。
 過去の記憶は忘れてしまったけど、それ以外は忘れることがほぼない脳らしいので、ちゃんと伊藤は存在して約束していたはずなのだが、こんなに俺を認めてくれた人なんて今までいなくて自分の妄想だったのかと疑問は尽きない。
 もしもいなかったら、本当に夢や妄想の類あれば……どうするんだろうか、俺は。
 きっと、今度こそ……そんな恐怖を覚えた。
 いや、壊れてはいけない、幸せになってはいけないけれど、でも、壊れてしまえば死んでしまえば、それこそ本当に両親を不幸にしてしまうだろう。
 まさか命がけで助けたのに、一人息子に忘れられるなんて、両親は思っても見なかったんだろう。
 思い出す気すらもない、最低な俺だけどそれでもそれ以上無駄にしたくはないんだ。

「それが俺の『罪』だから。」
 言い聞かせるようにつぶやいた。


 顔を洗って飯を食べて、着替えて歯を磨いて家を出た。
 いつもよりも早足で、心臓が嫌によく聞こえる、早く着きたいような着きたくないようなそんな相反する気持ちを抱えつつも歩みは止まらない。
 待ち合わせと言われた公園に着いた、そんなに距離もないのに長かった気がする。息は切れていないけど妙に緊張して変な呼吸になりそうで、深呼吸して入口に着いた。
 ……まだ、来ていないか。
 人影が無いことを視覚に捉えて残念のような安堵したような変な気持ちだ。

「お?早いな、透」

 後ろから軽く肩を叩かれながら俺の名前を呼ばれた。
 驚いてすごい身体が跳ねて後ろを振り返る。

「はは!そんなに驚くなよ。
おはよ、透」

 どうやら先に伊藤がついていて、公園の中で待っていたようだった。
 変に驚きすぎたことを笑っている。
 そのまま挨拶された。
 ……本当に、妄想でも夢でもなかったことに安心した。
 人工的な金髪、そのてっぺんから見える根元の黒っぽい茶色の髪に強面な印象の顔立ち。
 暗がりと人の手で作られた明かりよりもハッキリと伊藤の顔が見えた。青空がよく似合う、な。
 晴天の空の下に、明るくて穏やかに笑う伊藤、とても印象深かった。
 染めたせいなのか痛んでいる金髪も日の光にあたるとふわふわしているように見えた。
 目の前にいる伊藤はちゃんと存在している。

 ああ、良かった。

「……おはよう」

 昨日までとは違う『今日』が始まったんだ、と今やっと自覚した。
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