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2章『結局のところすべては自分次第。』

扉を数回ノックして職員室に入る。
近くに自分と伊藤の鞄があったので拾って伊藤にも手渡す。

「サイズぴったりだね、良かったよ。」

俺らが入ってきたことを視認した岬先生が近寄り声をかけてきたのでそちらを振り向く。

「なかなかに無茶するなぁ、そう言う奴は嫌いじゃねえけどな!」
「……五十嵐先生」

俺らの視界には優し気に笑う岬先生と大きく口を開けて笑う五十嵐先生がいた。
唐突の大きな声に驚いて無意識に肩が震える。岬先生に着替え終えたら職員室に来るようにしか言われていなかった。
たぶん職員室にいったら今日のことの説明を求められるだろうからなんて答えるべきか考えていたのだが、何故五十嵐先生がいるのかわからなかった。
となりのクラスの先生なのだから五十嵐先生までいることは聞いていない。
困惑する俺を察してか伊藤が聞く。

「あー……今日のこと、透に聞かないんすか?」
「うん。」
「雨も降ってるしな!伊藤も一ノ瀬も最寄りは確かここから3駅ぐらいのとこだったよな?今日は俺も車だし送ってやろうと思ってな!」
「……それは、いいです。体調も悪くないですし……。」
「俺に至ってはただ透待ってただけだしな。濡れてもねえし。透乗らねえなら俺もいい。」

わざわざ先生の車を出させようなんて厚かましいこと想像もしていなかったので首をふる。伊藤も手を振って岬先生たちの提案を拒否する。

「一ノ瀬くんはただでさえ雨で濡れているし、靴もびしょびしょだよね?」
「……」
「車だとそこまでの距離はないけど、徒歩で帰るとなるとね?風邪引いちゃうと思うんだよ。」

痛いところを突かれる。
雨に濡れて無事なのはパンツと、学校に置いていた鞄ぐらいなもので他は靴下も靴も含めてぐちゃぐちゃであり……素足でぐちゃぐちゃの靴を履くか、ぐちゃぐちゃの靴下とぐちゃぐちゃの靴を履いて高校最寄り駅まで歩いて3駅移動して自宅最寄り駅から自宅まで徒歩で帰らねばならない。
いくら折りたたみ傘を鞄に入れていたとしても、今結構な雨降っているからまた濡れてしまうだろう。……そして今日折りたたみ傘すら俺は持ってきていないのだ。今気づいた。

「あとあれだな!一ノ瀬、今岬先生のジャージ着てるだろ?出来る限り濡らしたくない、なんて思うよな?!」
「……。」
「ちょ、五十嵐先生。そんな脅しみたいなことを言わなくても……」
「事実でしょうよ!」

五十嵐先生の悪意ない言葉が今度こそとどめを刺された気分になる。
善意から貸してくれた岬先生のジャージを俺は今着ている、このまま歩いて帰れば濡れることは必須だろう。いくら洗って返そうとは思っていても人のモノを進んで汚していないわけではない。
送ってもらうのが嫌なわけではない。むしろありがたくも思う。だけど、大人しく享受していいものなのか悩んでしまう。

「そんな思い悩まなくていいんだよ!前も言ったけど、子どもが気にすんな!ほら、行くぞー。伊藤もほら!」
「いや、俺は良いっすよ」
「いいから!子どもが遠慮すんじゃねえ!一ノ瀬も乗るんだからお前も乗るんだ!」
「強引過ぎじゃ……うわ、はなせ!」
「ハハハハ!一ノ瀬もすぐ来いよー!」

そこまで言われてなお悩む俺と遠慮しようとする伊藤に、痺れを切らしたのかどうでもよくなったのか強引に車に乗せることを決めた五十嵐先生が伊藤を引き摺って職員室を出ていってしまった。
抵抗する伊藤を物ともせず五十嵐先生は連れて行ってしまうのを俺は見ているしかできなかった。伊藤の手が俺のほうへ手をやるのも虚しく、職員室の扉は閉められてしまう。

「えっと、ほら五十嵐先生もそう言ってくれてるからね?」
「……はい、お言葉に甘えます。」

宥めるような岬先生の言葉に俺は頷く。岬先生のジャージを身に纏っていることや伊藤まで連れていかれてしまったので、五十嵐先生の車で送ってもらうことを決める。
こうまでしないと時間がかかると考えてのことだったのかもしれない。確かに、あのままだと当分平行線だったと思うからもしかしたら五十嵐先生の行動は効率的なのかもしれない。

「……洗って乾いたらジャージ返します、貸してくれてありがとうございます。」
「ん?ああ、いつでも大丈夫だよ。洗って返さなくてもいいぐらいだよ。」
「いや、それは……。」

明日にでもすぐ返したいぐらいなのだが、さすがに洗わずに返すのは抵抗がある。岬先生の言葉に戸惑っていると笑いながら「冗談だよ。」と言われる。
嘲笑するでもなく面白がるでもなく穏やかに笑うものだから、なんとなく気が抜けた。そんな穏やかな笑顔を少し曇らせて岬先生は申し訳ないと言わんばかりに眉を寄せる。そして言いづらそうに

「えっと……今日は良いんだけどね。明日はどうしても話を聞かないといけないと思うんだ。その……桐渓さんとも。」
「……はい。」

岬先生の出した名前で、言いにくそうにしていた理由が分かった。
あの日の、転校初日に起こったこと。俺の異変を五十嵐先生が担任の岬先生に言ったのだろう。
俺に何も聞かないでいてくれるだけで俺と桐渓さんがただの預かられ預かる関係ではないことに岬先生は感づいているようだ。
本当は知りたいのだろうけれど、岬先生はなにも聞かずにいてくれる。今思えば俺の方を見ていたのは様子を見ていたみたいだ、今知る。

「でも僕と交えるよう調節する。
だから、その安心してほしいとかではないんだけ、ど……。えーっと……その…とりあえず、昼休みか放課後空けてもらえるか、な?」
「……分かりました。」

ピシャリと調節するよう言ったかと思えば、すぐ恥ずかしくなってしまったのか頬を少し紅潮させながらちょっと変な口調になる岬先生。
そんな岬先生にまたふと肩の力が抜ける。
桐渓さんの名前に少しだけ強張ってしまったけれど岬先生も一緒にいると言ってくれたから、すぐに落ち着ける。
……可能であれば、伊藤も一緒にいてくれたらもっと安心できるが、そこまで望むのはちょっと高望みが過ぎるか……。俺の我儘はそっと心の底に沈めた。
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