2章『結局のところすべては自分次第。』
一般人が通う進学校でもなければ不良校でもない、平均的な偏差値の公立水咲男子高校。近くの高校がそこだった。それだけの理由で決めた高校。久しぶりの、普通の学校。
入学式はつつがなく行われ自分のクラスに案内される。各々自分の名前が書かれた紙の貼ってある席に着く。すでに数人は入学式は始まる前にそこそこ挨拶をしていたのか、話している奴がちらほら。
僕は、誰かといようと思いすらしなかった。不機嫌そうな顔を崩さない僕に近寄る奇特な奴はいなかった。ただひとりを除いて。
「入学早々なーにそんな仏頂面してるの?えっと……鷲尾くん?」
「五月蠅い。」
「今絶対漢字で変換してたよね!?あ、俺叶野希望って言うの。「希望」て漢字で「のぞみ」と呼びまっす。よろしくねー!」
「何故態々こっちまで来た。」
一生僕の道とは混じることがないであろう、明るい空気を持った叶野が話しかけてきたのだ。
素っ気なく返す僕にめげず、にぎやかだった。どうして僕にわざわざ話しかけてきたのかわからなかったから、素直にぶつけた。
五十音順で彼は先頭のほうで、僕は後方だ。どうして態々遠い席、かつ面白味もないであろう僕に話しかけてきた意味がわからなかった。
「え?なんとなく。」
「……そうか。お前の思考は理解に苦しむな。」
速攻でやってきた返答。予想を上回るシンプルで不確定な答えに僕は戸惑った。たいした行動理由もなく僕に話しかけるその神経がわからなかった。
「じゃあこれから理解していこうぜーこれから1年よろしく!」
「断る。」
「まぁまぁ」
これから先理解するつもりはない。よろしくするつもりもない、と言う僕の意思表示は叶野の明るい笑顔にいつの間にか黙殺されていたことに気が付いたのは入学して2週間経ってのことだった。
僕は、案の定と言うべきか。最初の自己紹介に『鷲尾和季。誰とも関わる気がないので、話しかけないでいてくれると助かる。』と宣言し、本当に誰とも深く関わろうとせず昼休みや授業と授業の合間にも勉強をしていたからクラスメイトから疎遠される存在になっていた。
そうするよう仕組んだのだから、自分の思った通りになったことを無感動に受け入れた。楽しいと思わなければ辛いとも思わなかった。
『今度こそ父からの信頼を取り戻す。』その目標にしか興味が無かった。正直叶野に話しかけられることも鬱陶しいと思っていた。いつの間にか鬱陶しいとも思わずその日の日常として受け入れるようになってしまったのはいつからかだったか。いつから湖越とも普通に話せるようになったのか。よく、わからない。
クラスで疎遠される存在で『他人』とは違う僕だったが、クラスメイトらから迫害を受けたことは今のところはない。
僕は疎遠はしても迫害するなんて無意味な時間だとクラスメイトが分かっていたのか、クラス内で立場が確立している叶野が僕に気にかけていたおかげか。
それとも、僕よりも目立つ伊藤の存在のおかげか。
僕の自己紹介は人寄りしないことは自分でも多少なりとも自覚はしているが、僕よりも先にした伊藤の自己紹介のほうがある意味印象に残って僕のことは結構霞んでいるところはあったのかもしれない。
『伊藤鈴芽。』
あまりに簡潔した自己紹介をしてすぐに席に戻って行っていったのを皆見ているしかなかった。岬先生もあまりの短さに驚いた様子だったがすぐに次のひと!と少し引き攣った笑顔でそう言ったのを覚えている。……もはやあれは自己紹介と言うのだろうか。自身の名前を言っただけでも自己紹介となるのだろうか。
伊藤鈴芽。綺麗な名と響きとは真逆に三白眼で目付きが悪く、入学式からすでに痛んだ金髪に着崩した格好をしていたものだから、とんでもなく目立った。
僕は何故自ら素行の悪いと自分から告げるような容姿にわざわざしているのか理解できないなとだけしか思わなかったが。
どうせこいつもそのうちどっかの素行の悪いグループにいるようになるんだと伊藤の容姿と不愛想な自己紹介を見てそんなことを思っていた。そのうち中学のころのあいつのように中退しそうだなと思った。容姿だけでそう判断していた僕は知らず知らずのうちに偏見を持っていたのかもしれない。
なんにしても僕と関わり合いになることはないと判断していた。
結果として……僕の偏見も予想もすべて合わず違うものになった。
伊藤はあのあとずっと1人でいたし、中退もしなかったし……いつの間にか僕と関わるようになっていた。
だが、言い訳のようだがあの段階では僕の見解は外れてはいなかったと思う。
クラスに馴染もうとせず(と言うよりも誰に対しても警戒していたようにも考えられる。)誰かといようともせず、出席率も悪くなってきたころに……あの殴り合いの事件だ。
生徒やら先生やらが入り混じっていたあの状況でも伊藤の表情は他人事のようにどうでもよさそうにしていたのを、僕は見た。
岬先生や五十嵐先生が尽力したおかげで、自宅謹慎で済んだものの伊藤はやる気が失せたのか、さらにどうでもよくなったのか学校に来ることが謹慎を終えてもほとんど学校に来ることはなくなった。
そのうち中退するんじゃないかとクラスで噂されているのを横で聞いていた。
あのつまらなさそうな顔は、中学のとき僕に勉強は楽しいかと聞いたあいつに似ていたから、そうなるんじゃないかと誰に言うわけでもなく内心そう僕も噂に同意した。
勉強しながら、文字を書き込む手は義務的に動かしながらも、そうなるんじゃないかと不確定なものではなくて僕は中退すると確信していた。あのまま、だったら。
連休が明けて1ヶ月。伊藤は今も学校に通っている。入学当初が嘘のように伊藤は毎日学校に来ている。
連休が明けて転校してきた、一ノ瀬透とともに。
転校生が来ると前々から聞いていたけれど、興味のないことだった。だから自己紹介していたときも一ノ瀬の顔を見ず勉強していた。
けれど、後ろのほうから一ノ瀬は僕が行くことが出来なかった神丘学園からやってきたと、話しているのを聞いた。
いきなりこちらに関心を向けなかったクラスメイトに食いつくそうと言わんばかりの勢いの僕に一ノ瀬は戸惑っていた様子だったが、どうだっていい。
入りたくても入れなくてこの高校に入学した僕のところに、神丘学園にいたはずの一ノ瀬がやってくるなんて皮肉だなと一瞬妬んだ。
だが、そんな僕の意地なんてどうだっていい。一ノ瀬の勉強の仕方を教われば、神丘からやってきた奴に教われば、そうすれば少しでも近づけられる。
今度こそ、父から……。