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2章『結局のところすべては自分次第。』


それ以降、勉強の時間がさらに増えたせいか、元々友人はいなかったものの僕を気にかけてくれたように話しかけてくれたクラスメイトはさらに減り、ついには誰もいなくなった。
体育の授業などで二人一組になるものは僕一人余るようになった。
それもそうだろう。
愛想も無ければ素っ気ない対応しかされず、話しかけられても勉強しているからと断って、そのあとは無視されるのだから、そんな扱いをされてなお話しかけてくるようなお人好しはいなかった。当たり前だろう。自ら、1人になった。僕はそれを望んだ。
僕は父との約束を守るために必死だったから、寂しいとかそんなことは思わなかった。むしろ勉強の邪魔をするやつがいなくなったとも思った。
勉強の時間を増やしたことを父と母はもめていたけれど、母に「僕が望んだことだから」と言えばそれ以上何も言われることはなかった。
ただ。時間さえあれば机に向かうことが多くなった僕はテレビを見ず母との会話が減って、話しかけられても素っ気ない返答しかしない僕に、ほんの少しだけ眉を寄せていた。否今も寄せている。どう思っているのか分からないけれど、自分の思い通りにならない僕に思うところがあるのかもしれない。
だから、一ノ瀬たちと昼食をとってから帰ると言ったとき、嬉しそうに笑われたのが久しぶりのことだった。このとき、どんな表情をしていたのだろうか。電話越しだったから母の顔は分からなかった。でも、嬉しそうだった。
とにかく、僕の中で勉強は必ずしなくていけない努力であり、結果を出さねばならないものだ。
勉強がすべて。他者とのかかわりを持つ時間があるのならば勉強をしなくてはいけない。
父に呆れられたくない。
そのためには、父の言う『良い子』でいなくてはいけない。勉強をして、結果を出さなければならない。時間のすべてを使って。親しい友人も作らず。

僕の家は他と比べれば多少裕福ではあるものの、金持ちとは言えない。
あの金持ちが集まる名門中の名門、神丘学園に普通に入るには学費がかなりの額が必要になる。そこで父は推薦に目を付けた。成績トップで入れば学費や寮費など免除されるものが多かった。
だが、さすがに市立小学校からそこにはいろうとするのは無謀としか言いようがない。そこで家からそんなに遠くない進学校に通うことになった。
高校こそは、神丘学園に入れるように努力をしなくてはいけない。
中学校は僕と同じように成績重視の先生と生徒が多かったのに安心した。不真面目なやつもいたけれど、そう言ったやつはすぐに辞めていったり、ドベだったり。気にしている余裕も僕にはなかったが。

『勉強ってたのしいか?』

ひとりだけ、僕にそう聞いたやつがいた。どんな流れでそう聞かれたのか忘れたけれど。多分、僕がそいつのとなりだった。理由なんてそれだけのもので、そいつはたまたま隣の席だった僕に聞いたんだろうと想像する。
僕はそれに目を合わすことなくいつもなら無視していたが、「楽しいもなにもこれは義務だ。」とだけ答えた。
僕の返答にそいつは『ふーん』と興味を失ったようで机に突っ伏したのを視界の端に捉えた。僕の返答は自由が好きそうなそいつにとって本当にどうでもいいものとしたのだろう。
もう僕はそいつの顔も名前も覚えていないけれど。突っ伏したあとに完璧に僕を見ていないことを確認してそっととなりのそいつを見たときの、痛んだ金髪だけはずっと覚えている。
そいつはその三日後転校してしまったけれど。今彼はどうしているのかは知らない。
けれど、あの中学校よりは楽しくやっているのではないかと思う。
あの一回しか話したことがないから、すでにそいつのなかでは僕の存在はなかったことにされているのだろうが、僕はあの質問と僕は絶対しないであろうあの痛んだ金髪は忘れられなかった。
どうしてそんな彼のことを僕は今も覚えているのか。分からないけれど、自由な彼のあの問いかけはずっと心にこびりついている。

僕は父に褒められ……認められたくて。心のなかでこびりついているものを振り払おうとするかのように勉学に励んだ。

神丘学園に成績トップで入れるように。

僕なりに努力した。けれど、僕はそもそもそのスタート地点に立つこともなく、神丘学園に入ることを諦めることになった。
僕は、受験前日に高熱を出し倒れてしまった。
医師から過労によるストレスから来るものと診断された。

結局僕は努力し続けたのに、その結果を出すことすら出来なかった。

意識を取り戻したのは次の日の夕方。すでに受験が終わっていた。
母は僕を見て安堵からか泣きながらお医者さん呼んできます、と言って病室から出ていった。
病室で父と二人きりになった。

「とう、さん。……その、ごめんなさ……」
「結果を出さねば何も意味が無いと言っただろう。そんな謝罪、無意味だ。自己管理がなっていなかったな。」

起き上がることも出来ない僕は、ただ僕を見ている父に謝った。けれど、言い終わる前に切り捨てられた。
言われたことが理解できなくて目を見開くしかできない滑稽な僕に父は大きなため息を吐いて。

「お前にはもう愛想が尽きた。もう好きにすればいい。」

そう言って、病室を出ていった。
僕は、縋るように無様に父に手を差し伸べたけれど、父は振り向くことはなく行ってしまった。父の背中に僕の手は届かない。縋ろうとした僕はなんて無様なのだろう。

僕は。父に見限られてしまった。
母が戻ってきて、連れられてきた医者にいくつか質問されて、それになんとか答えて。それ以降記憶はあいまいだ。
母は、このやり取りを知らない。だけど、父は僕を映さなくなったし僕も父と目を合わせられなくて。その空気感で何となく察していると思う。
次こそ、次こそ絶対に。良い大学に入らないと。絶対に、入る。そう心に決めた。
結果を出さねば謝罪は無意味と、それなら僕は良い大学に入らなければならないのだ。今度こそ、体調管理もして勉強をし続けて。
だから僕はあえてこの公立高校を受けた。一般的な、男子校を。近い学校にしてその分を家庭教師と塾で補えばいい。すでに塾などで習った問題ばかり教わるが、それは良い復習になる。そう思ってのことだった。
そうすれば、僕は今度こそ良い大学……T大を首席で受かるはずだと。今度こそ、あんなミスをしない。そう決めた。

だが、一ノ瀬が転校してきたことによって、僕の決めたことそれを叶えるのは難しいことではないかと疑うようになった。
一ノ瀬はあの神丘学園から何故かこんな一般的な公立である水咲高校に転校してきたのだ。
僕は他者よりも頭が良いとは言えど、僕は決して天才ではない。進学校のときだって死に物狂いで勉強してなんとか1位は保ってきた。
一ノ瀬ようには、なれない。一ノ瀬の家が金持ちだとかそう言った話は聞いたことはないけれど、話で聞く限り初等部からいたようだし……きっとその頭脳も生まれも僕とは何から何まで違うんだろう。
一ノ瀬は天才だった。
その頭の良さを少しでも盗もうとして、勉強の教えを請うた。だが、聞けば聞くほど一ノ瀬の頭脳は僕とは全く別物だと。そう認めざる得なかった。

生まれて初めて僕は……人を妬ましいとそう思った。
努力では決して届くことのない『生まれ持っての天才』を僕は生まれて初めて出会ってしまった。
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